97. 絶望的な現実と確定された未来
人間は視覚以外にも五感を研ぎ澄ませる事で周囲の情報を手に入れる事が出来る。音の反響や風の流れから距離や温湿度、材質、硬さ、重さ、雑音、更には人間には微弱な電気が常に流れており、それを感じる事で気配を感じる事が可能だ。様々な要素から危険信号を手に入れてそれらを感じ取る術を持っている。
ヌルはそれら全てを"無"にし視覚のみの情報しか得られる事が出来ない。それどころか背中に登ってきた事、ナイフで斬られた事すら感じ取れなかった。これがシャックスの従者:ヌルの神命【無】だった。
「……視覚の情報すら取り除く事はいずれ出来る。もう少し言霊を手に入れればアタシは完全な神命を宿すから完全な【無】として形成される。但しシャックス様はそれを今望んでいないからこれ以上の言霊は入手しない」
「なぜシャックスをそんなに崇拝するんだ」
「……シャックス様はアタシに名前をくれた。何も無い【無】としての存在に生きる理由をくれた。だからアタシはその理由に従うの」
始めからシャックスはヌルを利用する気でしかない。最終的にはその魂を回収するのが目的なんだ。それを理解しているのか不明だがそれでもシャックスの話をする時のヌルの瞳には微かだが光が見える気がした。
「ていうか帰れ!ここはお主らの家ではない!お腹も空いたし我は眠い!」
文句を垂れ流すジャーダは酒瓶を勢いよく飲みプハーと吐いた。さすがに相手が魔物と言えど長居もあまり良くはない。
「よしヌル。一旦外で話そう」
「……アタシは次の指示があるまで動けない。シャックス様がここで待てと言ったからアタシはここを動かない」
そういうと体育座りのままそこに居座る形を取った。こいつには本当に自らの意思という物が無いのかもしれない。これにはヌルの後ろにいるジャーダが怯えながら首をぶんぶん振っている。どうにか帰らせろという合図なのだろう。
「出来るか分からないがシャックスに聞いてみるか。おい!シャックス!聞こえてるだろ。今だけ魂入れ替わってやるから出て来いよ」
「……そんなので会えるの?それよりコナミは闇の使者じゃないのにどうしてシャックス様と会えるの?」
「さあな。でも俺の身体の中に魂とは別にシャックスの魂が存在してるのは確からしい」
「……じゃあ今すぐ会わせて」
そう言うとヌルは急に立ち上がり肩をガッシリと掴んでぶんぶんと揺さぶってくる。今すぐ出せと言わんばかりのもはやカツアゲにも近い。
「そんな事言っても俺のタイミングじゃ分からないんだ。夢の中で出てきたりとか、戦いの中で致命傷を負ったりだと……か……」
やばい、余計な事を口走ってしまった。そう思った時には既に遅かった。
胸元から出したナイフが心臓部を狙って攻撃を仕掛けてくる。意思が無いと思っていたのにシャックスに関する事ならとんでもない執着だ。
「おいおいおい待て!協力するってシャックスからの命令だろ!俺が死んだら協力もクソも無い。お前はシャックスを裏切るんだぞ!」
「……致命傷って言った。死ななければいいんでしょ?」
そう言うとヌルの足元から大きなフラッシュバンが焚かれる。一面を照らす光と爆音で目と耳が眩んだ。このままではヌルを完全に見失って心臓を一突きされかねない。
『おい、能力を切れ。今すぐだ』
頭の中で響くシャックスの声に能力を解除した。
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『仕方のない奴だ。【英雄】』
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神命の力から感じる事も出来ない背後から迫るナイフを持つ腕をガッシリと掴み引き寄せた。ヌルの居場所を察知出来るシャックスだからこそ出来る芸当だろう。これには無表情のヌルも驚きを隠せない様子だった。
「……え?シャックス様?」
「よく俺の言う事を守ったなヌル。イイ子だ」
シャックスは頭をポンと撫でるとヌルはそのまま立ち止まり撫でられ続けた。コナミの身体だが本能的にシャックスだと分かるのだろうか。
「……あの、シャックス様、アタシ……」
「分かっている。お前は今すぐウロボロスを追え。但し言霊は得られては困る。全ての思考を無にしお前は俺の命令だけを聞いているんだ。見つけ次第魂を通じてコナミへ伝達する。そして協力してウロボロスを殺せ」
「……わかりました。あ、あの……」
「大丈夫だ。レイテが居ない以上コナミの身体が死ねば俺の計画も危ぶまれる。だからウロボロスがコナミの命を奪う危険のある攻撃が来た場合、ヌルが代わりに受け止めるんだ。いいな?お前は俺の物なんだ。お前の命も身体も魂も全て俺の物だ」
ヌルの言葉を遮りながら言いたい事だけを述べるシャックスにコナミは苛立ちを隠せずにいた。しかし能力を解放しているシャックスに無理に魂の主導権を奪う事が出来ずにいる。
「……はい。あの、シャックス様」
「なんだ?今すぐにウロボロスを探せと言ったはずだが。まだ居たのか?」
「……すみません、行ってきます」
そのままヌルは飛び立ち永遠の花園ラグペリを後にしてしまった。ふとジャーダを見ると酷く怯え切り、コナミの目を見ただけで目が泳いだまま後退りしている。
「あわわ……あわわわわ……お、お主本当にコナミか?いや、こんな魔王にも近しい存在がこの世に居ていいはずがない……。我は、我は死ぬのか……嫌だ、死にたくない……」
「この程度の低俗な魔物の分際でSSS級だとな。ふむ。どれ、どこがSSS級なのか見せてみろホレ」
シャックスは軽く手を振っただけで凄まじい風圧と共にジャーダを地面や壁ごと吹き飛ばしてしまった。マナを込めて強化しているとはいえ、強大なシガレットの魂を得て、無限とも言えるマナを全開に引き出しているシャックスには底なしの力を得る術がある。
「ご、ごほっ。コナミ、いや、シャックスとやら。許してくれ。我は、もう人を食わぬ。頼む。ごほっ。許して……」
血の泡を吐きながらジャーダは懇願し続けていた。それを見たシャックスはあまりの滑稽さにゲラゲラと笑い、ジャーダにゆっくりと近付いて行った。
『おい、やめろ。シャックス。やめろ!!!』
無情にも魂から発した声は全く聴く耳を持ってもらえなかった。
「ああ……あああ……我が悪かった。頼む。我は、我は……」
「ジャーダ、だったか?偉そうに。何様のつもりだ?誰に口を聞いているのかハッキリと教えてやらねばな」
髪を掴んだジャーダを顔から地面に叩き付けた。何度も。何度も。何度も。その髪が千切れ落ちるまで何度も叩き付けた。そしてピクリとも動かなくなったジャーダは死んだ。いつ死んだのかすらも分からず死してなおも叩きつけ続けた。
「ん~気持ちがいい。清々しい気分だ。フハハハハハ!!はー、なぜ俺がこんな事をやったのか、分かるだろコナミぃ?これが現実でこれが未来だ。お前には身動き一つ出来ずこの下級魔物を嬲り殺す姿を見続けているしか出来なかった。そうだよなぁ?」
魂を奪い返す事が出来ずにコナミはただ魂のまま叫ぶ事しか出来なかった。魂を譲る事でしか解決出来なかった自分の愚かさ、そして魂を奪い返せなかった無力さ、そんな全ての自分自身の不甲斐なさを恨み続けるしか無かった。
そしてニヤリと笑ってシャックスは言い放つ。
「こうやってアイリは殺されるのさ。ハハハハハハハハ!!!」
『ハッ……!!』
絶望的な現実。そして確定された未来。そんな二つをシャックスに突き付けられながらコナミは魂の権限を返して貰った。血塗れで死に絶えるジャーダを抱き締めて自分の弱さを呪った。未だにシャックスの笑い声が頭の中で響き渡っている。
「っっっあああああああああああああああああ!!!!!!!」
ただ、叫ぶしか出来なかった。普段から何かに努力した事なんてなかった。大抵何も出来ず取柄も無く努力している人間を笑っていた側のクソったれだ。ただそれでもこのディバインズオーダーで生きて行こうと、誰よりも努力し続けてきたし自分なりに頑張ってきたつもりだった。
結果はこれだ。やる事成す事全て無意味だと諭された気分だ。次にシャックスに魂の権限を奪われた場合自力で奪い返すのは不可能に近い。ましてや現状がこれではウロボロスとヌルの魂をを回収されてしまっては制御が利かず確実に終わりだ。
手に持っていた剣を見つめたコナミは自分の首元へと持って行った。単純に疲れた。何も出来ない自分に嫌気が指していた。
「もう……今死んでもいいんじゃないか……?」
そう感じた時、心が温かくなる感覚があった。まるで身体の内側から回復している感覚にも近い。その温かさにはずっと助けられてきた。今までも今も。それに気付いたコナミは涙が止まらず自分の考えた愚かな考えを後悔した。
「ハッ、俺は、何を考えて……ごめん、ごめんな。レイテ。本当にごめん……。俺、弱気になってた。お前に託された分も生きなくちゃ、世界を救わなくちゃいけないのにな……」
コナミは立ち上がった。次の目的地は決めた。アイリを探そう。どの道ウロボロスを何としてでも倒さなければ世界が終わってしまうのは事実でしかない。協力して撃ち滅ぼすにはアイリの力が必要だ。
「ああ、そうさ。俺がもう一度この世界の英雄になるってそう自分で決めたじゃないか。そうだよな、アイリ」




