69. 一歩でも先へ
アイリが目を覚ますと目の前は言葉通り何も残っていなかった。
あれだけ咲き誇っていた桜も、美しい建物も、そして魔物や人間もひとつ残らず無くなっていた。唯一残っていた建物は半壊したスイレンの事務所程度で、その傍でスイレンが地面に向かって何かの作業をしている。
「スイレン、さん?何してるデスか?」
「ああ、おはようアイリちゃん。みんなのお墓や。生きとる人は誰もおらへんかったけど、それでも魂は帰る場所をきっと探して彷徨ってしまうかもしれん。やでみんなにおやすみって、言葉を、な……伝えて……」
スイレンは既に枯れ果てるくらい泣いたのだろう。どういった気持ちでここまで運んで埋めていたのだろう。そう思うとアイリも自然と涙が流れ出た。
「雑ではあるけど、これはナギアの墓や。最後までよく戦ってくれた。本当に本当にありがとう。ありがとな」
大量に乱立するお墓はそれが誰の墓なのか分からない程の数があった。だがそこにはナギアの槍が刺さった墓があった。
「あっ……」
改めてナギアの死を目の当たりにしたアイリはスイレンと抱き合って二人で泣いた。
「ナギアさん……ああ……あああ!!」
一緒に居た期間自体は短いがそれでもナギアとの色んな思い出が溢れ出てくる。旅の道中多くの人と出会ったがコナミ抜きで初めて一緒に旅をした信頼できる人。もっと早く相談していれば、もっとワタシが強ければ、何かやれる事があったのではないか。そういった後悔が後から積もり積もってしまう。
―――暫くして落ち着いたアイリは静かに両の手を合わせた。
「おやすみなさい、ナギアさん」
「おやすみ、みんな。アチキは行くよ」
スッと立ち上がったスイレンはアイリに手を伸ばした。その目は決意に満ちた良い表情をしている。
「どこへ、デスか?」
「アチキも一緒に行かせて、アイリ。闇の使者全部倒してコナミを救いに行こう」
アイリはスイレンの手を取る。二人は壊れた温泉で身体を洗い流し、半壊した事務所で眠りについた。
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朝。壊れた屋根から日差しが零れて眩しい中、スイレンは荷物を纏めていた。
派手な着物ではなく肩が出た巫女の様な格好をしたスイレンは、武器となる扇子と剣が入った傘を持ち小さな巾着を服の中に入れていた。
「ほとんど壊れとって持っていけるもんは少ないな。とりあえず色々物揃えへんとやってけへんで。あと、言霊になりそうなアチキが作った書物は全部焼いたから安心して」
簡単に話すがそれは血反吐を吐いて搔き集めた資料だった。だがそれをウロボロスやもう一人の闇の使者に見られるわけにはいかない。
「そうデスね。でも残る闇の使者もワタシを含めてあと3人。夢の中でシャックスという男に従順な闇の使者がワタシを殺しに来ると話されたデス。ウロボロスはイヴさんが追ってるのは知ってるデスがそちらも心配デス」
「全員倒して残りはアンタだけになったらどないするつもりなん?」
薄々考えてはいた。最後の残りが自分になってもし自分の中にいる【魂】の闇の使者が現れた場合の事も想定しなければならない。それよりも――――。
「あれ、あんまり驚かないんデスね。もしかしてワタシの中に居る闇の使者を知ってたんデスか?」
「ナギアからぜーんぶ聞かせてもろてんで」
ナギアが案外口が堅いのか緩いのか今になって怪しくなってきた。
「どこまで聞いたんデス?」
「そらもちろん全部や。お酒も入れば心も打ち明かすもんやで」
「それって、コナミさんの事も?」
「……ピュアやなぁ、アンタ」
全てを悟ったアイリは顔が燃える様に熱くなり耳の先まで真っ赤に染まった。今すぐナギアを墓から掘り出して小一時間は問い詰めたい。ナギアは酒癖が悪かった事を今になって知るとは思いもよらなかった。
「アッハッハ!そんな気にせんでええわ!乙女は恋してなんぼやで。それよりこれから向かう宛はあるんかいな」
「ふーッ……。それが今の所あまり宛てが無く……」
スイレンは手書きで作られたアークフィリア全体の地図を広げて指を差した。ディバインズオーダー全体を見る事が出来るがそこまで大きな世界では無く数週間も歩けば一周できてしまう。だが冒険都市ビルダーズインの場所を目にすると随分遠くまで来てしまっていたと感じる。
「これはアチキが作った地図や。ここは元魔王城の傍にあたるが、話の分かる魔物はほんの一部しかおらん。やである種の危険地帯やから街自体は多くない。かといってどっか行くにも今の食糧分やと2日はもたんやろ。やからここから一番近いとこにおる"魔女の家"に立ち寄ろう」
「魔女の家?魔女が暮らしてるんデスか?」
「ちょっと気難しいけど、なんとかなるやろ。何せ【大魔導士】メサイアの妹やし、アチキの魔法の師匠やから」
「そうなんデスか!メサイアさんの妹……」
魔法の師匠よりもメサイアに妹がいた事に驚きを隠せなかった。魔法都市プライベリウムでの出来事を思い返してみてメサイアのイメージを思い出す。言葉が詰まり詰まりの話し方で、かなり怪しげな服装をして、アイリにはあまり話しかけてもくれなかった人物。その妹ともなると確かに気難しいのかもしれない。
「ついでにアンタのマナの総量も底上げもせないかん。あのメビウスを撃ち抜いた技出してから意識失っとるでは1発外せば終わりって次の闇の使者には絶対勝てへんで」
「自覚はあるデス……」
秘剣・聖光斬はフィルスの総量から計算して放たれる剣技。アイリのマナ総量ではオーバーしてしまう為、フィルスの全力には届かない上に空っぽになってしまい気絶してしまう。メビウス戦ではナギアから受け取ったマナを使ったからこそ出来た威力だった。いつまでも甘えている訳にはいかない。
「スイレンさんわかりました。魔女の家に行くデスよ」
「よっしゃ。あと……ついでに、さ。アチキの事、ス……スイちゃんとか呼んで欲しい、な。ほらアチキ、一応ここの長やったから心許せる親しい仲間とか兄貴以外におらんかったでさ」
もじもじして照れながらスイレンは心の内を話した。その仕草が余りに乙女で可憐で可愛らしく男だったら確実に恋している様なトキメキをアイリは感じた。
「うっ……、じゃ、じゃあスイちゃん……いや恥ずかしいデスよ!ちょっと時間欲しいデス」
「せ、せやな!時間はたっぷりあるしな!アハハ……ッ!」
なぜか気まずい空気になってしまった二人は歩き始めた。目指す場所はスイレンの師匠でありメサイアの妹が住む魔女の家。
進む先が吉と出るのか、それとも――――。
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ガギギギギン!ガギンガギン!!
雲の上で剣と大鎌が一瞬にして幾度と無くぶつかり合う。
『なかなか悪くねェ。むしろイイ。このまま食い殺してしまいたいほどだァ!』
「っあああああ!!」
コナミは【英雄】を完全に理解しつつある所まで来ていた。力とは筋力だけではない。魂を強靭な物にする事で恐れない事も含まれる。今までは能力と身体が見合ってないと感じて攻撃する度に怪我を負っていた。だが自我をギリギリに残しながら能力を極限まで引っ張り上げると、魂は【英雄】に引っ張られシンクロして繋がっていく。
「ぐっ!」
意識が飛ぶ気配がする。意識を全て浸食される様な感覚。自分が自分で無くなり消え去ってしまう感覚。これは能力の酷使による魂が擦り減ってしまう事が原因。
『オラァ!どうした!まだ能力を発動してから4時間しか経ってねェぞ!その意識を失ったらお前は消え去る事を忘れたのか!』
デストレイズの言葉に自我を取り戻したコナミは振り降ろされる大鎌を払い除けながら技を繰り出す。
「登龍烈風波!」
これは風のマナを使用しながら攻撃を剣で流して首元を狙いつつ、もし外した場合でも強力な風で相手を押し流す事の出来る技だった。剣先が首を掻き切るまで後ほんの数センチ。
しかし――――。
『冥府・獄門の手』
突如胸元から生えた手がコナミの剣を押さえつけ、脇から生えた腕はコナミの脇腹を撃ち抜いていた。
「ごほっ…!」
『アンビルフィアー』
足元から幽霊の様な物が幾度も通り過ぎると頭が壊れる痛みと共に、意識が遠のいてしまいそうになる恐怖を植え付けてくる。デストレイズは弱点と言わんばかりにわざと意識を飛ばそうとしているのだ。コナミは意識が持っていかれる前に能力を解除した。
このデストレイズという男、鎌だけではなく魔法もかなり達者なのだ。戦いの神とも言えるデストレイズはあらゆる分野で戦闘に特化している。
『これで3度目だな。俺に魔法を使わせたのは。クソ生意気だがテメェは十分強くなってきている。というより能力が身体に染み付いているんだ。もっと慣れろ。感じろ。そして能力を切らすな。もう一度能力を発動しろ』
「くそっ……」
『待って』
話を割って入ってきたのはウラノスだった。ここに来てから会うのは2回目で暫く顔を見ていなかった。
『んだよウラノス。今いい所なんだ』
『重要な話なの。アイリが"悪"の闇の使者を一人消したわ。そしてアイリが気を失った時にシャックスが何かしらのコネクションを取った事が分かった。何か嫌な予感を感じるの』
ウラノスは考えながら答えの無い悩み事を話した。闇の使者を討ったのはアイリ。やっぱりアイリは凄い。今までの戦いを見て秘剣・聖光斬の力はウロボロスも打ち勝てるだろう。もっと強くならないと―――。
『元々シャックスなんざ信用もクソもねェだろ。アイツが神門会の決定事項にすんなり受け入れるタマじゃねェのは俺だって分かってる。だがよォ、どうするつもりなんだウラノス』
『"正義"の魂は英雄シガレットの魂。"悪"は魔王シガレットの魂。既に正義が3つ、悪が2つ回収されている。両者が重なれば世界を滅ぼす力を得るとなると私達であっても骨が折れるだろうね。でも全ての魂を集めきる前に"悪"の魂を完成させれば魔王シガレットを早急に討てるはず。回収した正義は魂を強めたコナミ君が抑えてくれる事を願おう』
最後の最後で雑な作戦だが、実際に大きな被害を出したジークやウロボロスを見るとやはり"悪"の魂を持つ存在は全てを破壊し尽くすのかもしれない。アイリが討った"悪"の闇の使者とそしてジークの2つ、正義はハーベストとユルシュピと……。
もう一人は誰だ。
「ちなみに正義の闇の使者ってハーベストとユルシュピともう一人は誰?」
嫌な予感はしていた。
自分が信じたくないだけで嫌な予感はしていた。
『ん?ナギアだよ』
何の感情も無く質問に答えたと言わんばかりに簡単な回答だった。あれ程に強いナギアが死んだ?恐らくアイリと共に闇の使者と戦ったのだろう。他に被害は?ていうかアイリは無事なのか?相打ちなら数が多いはずか。いや、ダメだ。気になってそれどころではない。
「俺をディバインズオーダーへ戻してくれ!」
『ダメ。貴方はもう少しで能力を完成出来る。そうすればかつての【英雄】の再現が可能なレベルまで持っていけるわ。だからもう少しだけ頑張って』
何を言っても帰してくれる訳ないのは分かっていた。こいつらは自分の失敗を埋める為に必要な事をしているのだからコナミの想いや心など微塵も気にしちゃいない。
今はただ、ただ強くなるしかなかった。
「【英雄】!!」
無我夢中でも一歩でも前に。
1秒でも早くアイリのもとへ。




