39. ウロボロス
要塞共和国インペリアルの宿は本当にリゾートの様に綺麗で、夜でも明るく照らされており真夜中だというのに多くの人が外を出歩いている。部屋の中は貝殻を模したベッドだったり魔法が施された外からは見えない透明な遮光カーテンと、いくつものオシャレなビル群が立ち並び、話せば長くなる程に都会要素が詰め込まれていた。
宿泊先のベッドはダブルベッドになっていて一緒に寝る事に当初アイリは反対するものだと思っていたが、旅をする内に気にならなくなったのか拒否する様子は無かった。
「はぁ~、今日は楽しかったデスね」
「そうだな…」
コナミはそんな気分にはどうしてもなる事が出来なかった。
こんな平和な街でウロボロスが平気で闊歩している。この事を大三元のみんなに伝えて戦うべきだろうか。だが彼らが闇の使者やその協力者でないという保証はどこにも無い。なぜなら必ずこの街の決まりでは初めに大三元とウロボロスは会っているはずだからだ。
「どうしたデスか?元気ないデスね。そんなにウォータースライダーが怖かったデス?」
心配そうにアイリは顔を覗かせてきたが、アイリには話すべきだろうか。でも夢の中で会った敵なんて誰がそんなものを信じると言うのだ。いっそこの街から早く去りたい気持ちが強かった。何よりも怖いのだ。
見つかれば必ず殺される。
「いたんデスね。闇の使者が」
アイリはボソッと呟いた事にコナミは驚きを隠せなかった。
「おま、な、なんでそれを…!」
「やっぱりいたんデスね。どうしてそう言ってくれないんデスか全く。ワタシの事、そんなに信用できないデスか?」
ハッタリをかましたアイリはムッとした表情でコナミを睨みつける。こうなっては信じて貰える云々の問題ではなくちゃんと話す他ない。なぜなら旅をする中でコナミ自身が誰よりもアイリを信じているのだから。
「実は夢の中でウロボロスと名乗る闇の使者が何度も出てきたんだ。ほら、アルマが住んでたカラトの街を焼いたっていうアイツ。そいつをこの街で見かけた。ちょうどウォータースライダーに乗る前だった」
「なんで話してくれなかったんデス?」
「そりゃ夢の中で出てきた話だぞ?信じて貰えるなんて思わないさ」
貝殻のベッドに二人で座っていたが、アイリは大きく溜息をつくとコナミを押し倒して覆い被さった。
「え、え……アイリ…さん……?」
「ワタシを見て欲しいデス」
「え?」
アイリの宝石の様に美しく煌めく青い目は真っ直ぐとコナミを見ていた。その瞳はコナミの心の奥底まで見られているような感覚だった。
「ワタシは信じるデスよ。何があっても、どんな事があっても。だからワタシに嘘とか隠し事とかしないで欲しいデス」
「……アイリには敵わないな」
「フンだ。ワタシばっかり信じてただなんてコナミさんサイテーデス」
本当にその通りだと思った。今までアイリに何度救われた事だろう。もちろん誰よりもアイリを信じている。でもそのアイリに信じて貰えなかった事をどこかで恐れていたのかもしれない。
「明日ジークに話してみようと思うけどプライベリウムやジンライムの事があったから大三元のあいつらが闇の使者かどうかわからないんだ。だから正直な所どこまで信じていいのか」
「そうデスね。今までは単独の闇の使者でしたがグループを作っていたら勝ち目はないかもしれないデス。かと言ってワタシたちだけでどうこう出来る問題ではないデスから一緒に話に行くデスよ」
今まではメサイアやレイテがいたから自信と勇気があった。【英雄】の能力を得たからといってウロボロスには勝てないのも分かっている。このままではアイリを守る事すら出来ないコナミは自分自身の弱さをどこまでも痛感した。
「とにかく!今日は寝るデスよ。ワタシも隣にいてあげますから」
「いつからお姉さんキャラになったんだお前」
「コナミさんが小心者だからデス」
「違いますー!違いますからー!!」
――――――――――――――――――――
当然眠る事は出来なかった。
ウロボロスの事を考えるだけで背筋が凍ってしまう。窓の外を見たらウロボロスが覗いているのではないかと思う程恐怖しているのを感じる。
「すぅ…すぅ…」
アイリは隣で寝息を立てながらスヤスヤと眠っていた。ジンライムに居た時のいつまでも起きないと思わされる不安の無いアイリの寝顔には安心する。
さすがに真夜中になったせいか街は少しだけ暗く静かになっていた。それでも幾人かの人がプールサイドで遊んでいるのが見える。
コンコンッ
突然部屋のドアのノックが鳴り、同時にコナミの心臓は跳ねるかのようにドクンと鳴る。
ウロボロスが来た、いやウロボロスならわざわざノックするだろうか、そもそもバレていた?殺しに来た?なぜ?待てまずはアイリを起こして。馬鹿か。ルームサービスって可能性もある。この時間に?やはりウロボロスか?
思考がぐるぐると頭の中をかき回しながらコナミは十字架の剣を構えながらドアスコープを覗いた。
「コナミ。少し話がしたい」
その声の主はジークだった。ドアスコープ越しに見てもジークの姿が目に映る。確認出来た事に安心したコナミは十字架の剣を収めてドアを開けた。
その瞬間だった。
凄まじい勢いで手が伸びてきてコナミの首を掴みかかり、そのまま廊下に投げ飛ばされた。何が起こったのか判断も付かずにもがくコナミの顔の近くに剣が刺さる。覚悟していない死が突然目の前にやってきた。
殺される。
殺される。
怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!!!
「少しはマシになったと聞いていたがそうでも無さそうだ」
「なっ…!」
バサッと白いマントの音を立てて剣を抜いたそいつは赤い鎧に身を纏い、更には燃える様に赤い鞘にその剣を静かに収めた。
「どうしてここに?」
そこに立っていたのは元旅の仲間【霊剣】イヴ・バレンタインだった。
「私はお前をあれから一度たりとも信用していなかったし、闇の使者だとずっと疑っていたよ。そんなある日用事でプライベリウムに立ち寄った際にメサイアから闇の使者やお前の話を聞いた。更にはプライベリウムに来ていたレイテ、アイリッシュ、あとはカラトの獣人からもお前の話を聞いてな。どうやら強くなったと聞いていたがまだまだこの程度とはな」
ブロンドの長い髪をサッと耳にかけながら話すのはイヴの昔からの癖だ。
「でもさっきジークの姿が見えた気がした。あれは一体……」
「昔旅の途中で手に入れたこの【水鏡の杖】の効果だ。記憶した者の姿に変化する事が出来る」
かつてとあるクエストの攻略時に使用した骨董品にも近い杖を取り出した。そういえばイヴはこの杖を気に入っていて渡したのを今になって思い出した。
「先程までの話は聞かせてもらっていた。ウロボロスとかいう闇の使者がここにいるんだな?」
「ああ、それは間違いない。でも……」
「分かっている。聞いた話ではマナを使わない能力を持っているとか。だが私の【明鏡止水・真円】の効果からは逃れる事は出来ん」
【明鏡止水】とはイヴの最も使用する技で心の波を極限まで0に近付ける事で、全ての感覚器官を最大限まで引き上げる事が出来る能力らしい。そこに【真円】や【霊障】など様々なバラエティー豊富な技が含まれ、【明鏡止水・真円】は聴覚や皮膚組織の感覚を研ぎ澄ませ、この街を覆い全ての人間の居場所や声、体温までも感じ取れる技だ。
「待ってくれ。それってウロボロスに気付かれたりしないのか?」
「心配ない。その時は私がウロボロスを殺す」
この筋肉馬鹿はフィルスと一緒だ。元々のパーティは編成が悪い事でギルド内で有名だったのだ。そもそも剣士が3人も居てどいつも特攻野郎であり、メサイアですら後方からの魔法は特攻にも近い。後方支援はレイテだけであり回復から補助まで全て1人でしてくれていた。通常であればバフやデバフ、タンク役のシールド等も多いはずなのだが、結局特攻してレイテが何とかしてくれている場面しかない程に筋肉馬鹿なのだ。
「お前、ウロボロスの能力がどんなのかも分からないんだぞ」
「そんなもの知る必要はない。出会った瞬間即抹殺だ」
そんな雑な戦い方があってたまるか。しっかり伝えておかないとこれは本気でやり兼ねない。
「とにかく明日ジークに話に行くからイヴはそれまで待っていてくれ」
「ジークに話をするのはオススメしないな。だから私はわざわざ今会いに来た」
イヴはまた長い髪の毛を耳にかけて話し始めた。
「ジークはシガレットを討ち取ったとフィルスの剣を見せてきたが、実際には最後に私が戦ったし、シガレットの最後を私が見たんだ。だからこそ言えるが戦場に奴はいなかった。あいつは一体何者なんだ」
「わからない」
「あいつが闇の使者である可能性は?」
「わからない…」
イヴはイライラしているのか後頭部を掻きながら足は貧乏ゆすりのせいでトントンと廊下に響く。
「イヴ、もしかして焦っているのか?メサイアやレイテは闇の使者を倒したのに、とか」
冷徹な目に切り替わったイヴは無言でコナミの胸倉を掴み持ち上げた。
「すみませんすみませんすみません」
「随分と生意気な言葉を吐くようになったじゃないか。私は焦ってなどいない断じて焦ってなどいない!」
絶対に焦っているイヴは顔を真っ赤にして怒っているが何故だか可愛く見えた。そんな中部屋のドアが静かに開き、目を擦りながら眠そうなアイリが出てきた。
「うるさいデスね…。こんな真夜中に何をしてるデスか」
「アイリッシュ、起こしてしまってすまない。小僧が生意気な口を吐くものだから大きな声が出てしまった」
イヴはアイリの頭を撫でながら嬉しそうにしている。レイテと同様フィルスの娘だから我が子の様に感じるのだろうか。
「イヴさん、この間ぶりデスね。どうしてここに?」
「とにかく部屋で話そう。生意気小僧、お前もさっさと来い」
「俺の部屋だッ!!!」
――――――――――――――――――――
「それじゃあコナミ、やってみてくれ」
コナミは【水鏡の杖】を使ってウロボロスの姿になった。実際に姿を知っているのはコナミだけで二人は想像でしかわからないから初見となる。
ウロボロス。ウロボロス。ウロボロス。ウロボロス。
想像しただけでもおぞましい。血を呑まないと冷静を保てない狂気。
そして恐ろしく強い力を備えている化け物染みた存在。
ふと窓を覗いた瞬間、目を疑った。
そこにはウロボロスがいた、が反射で映った自分だった。コナミは驚いた拍子にスッ転んでそのまま心臓が止まるかと思った。
「それがウロボロスか」
「ああ、間違いない。自分で見ても震える程に恐ろしいよ」
生身で初めてしたにしては上出来な程その姿はそのままウロボロスとなった。それだけ目に焼き付き、身体が恐怖を覚え、記憶に染み付いているのだろう。
「見た目は普通の人デスね」
「だからこそこの街に溶け込めているのかもしれないな。私はこいつを見かけたら隙を突いて殺す」
「そう焦るなって!」
「何度言えばわかる貴様!私は焦ってなどいない!被害が出てからでは遅いのだぞ」
「だーかーら、うるさいデスよ。そもそもウロボロスはどうしてこの街に現れたんデスか?カラトの村は攻撃的で直ぐ焼き払ったんデスよね」
言われてみればそうだ。何の為にウロボロスはここに来ているのだろう。もし力を証明する為であればこの街で暴れて大三元と戦えばいいだけの話。それ以外の目的となると闇の使者であるなら言霊を集める事。
それって……。
「それってシガレットの魂を持つ闇の使者としてシガレットを殺したと話してるジークに関係があるんじゃ。その真実が異なるものだと知っているなら怒って殺そうとしているかもしれない、とか」
言霊の話はウラノスの危険信号が赤になる可能性も十分にあるから話せないとして、なんとか都合の良い解釈のまま説明してみせた。
「なるほど。あるかもしれないな。その線で進めよう」
本当に理解しているのか不明なイヴは簡単に納得した。メサイアやレイテの時は作戦や協議が出来たが殺す事しか考えていないイヴに対してはそれも難しい。
決まった訳ではないが言霊の事を考えると、ジークが本当にシガレットを殺していた場合その状況を話してもらい言霊を得る事で更なる力を得る事が出来る。殺していなかった場合、言霊を得る事は出来ないがその嘘に対して殺す理由は当然出来る。どちらにしてもジークが狙われているのは事実だ。
「じゃあナギアに相談してみよう。ナギアがジークに伝えるのか、ナギアが直接ウロボロスを討つのか判断してみるのもいいかもしれない」
「それはダメだ」
「なんでだよイヴ」
「私が討つからだ」
頑固なイヴを何とか説得してナギアには相談をした後どうするか教えて貰ってから行動する事にした。それなら一緒にナギア、イヴの4人もしくはジーク、グリフォも仲間になってくれるかもしれない。
ウロボロス攻略戦に微かではあるが希望が見えてきた気がする。やっと終わりの無いと思っていた悪夢から覚めるんだ。
「またなコナミ。昼間は近くでお前達を監視するから焦って闇の使者を殺すんじゃないぞ」
そう言って別人に変化したイヴは笑いながら去って行った。焦っているのはお前だ!と言いたかったが心の中で叫んでおいた。
「さて明日は忙しくなるデスね~。それじゃ、おやすみデス」
アイリは布団に入った途端にもう眠ってしまった。遊び疲れが取れなかったのだろう。限界が来ていたコナミもそのままベッドで眠った。
※※※※※※※※※※※※※※※※
「小僧。私を討つと、そう言っていたな」
「え?」
目の前にはウロボロスが立っていた。
場所は前回目が覚めた時と全く同じ教会都市ジンライム。まるで前回の夢の続きからそのまま始まったかのような状態だ。右肩の肉がえぐれたまま血が大量に吹き出していた。急な激しい痛みにコナミは悶えた。
「ぐあああああ!!」
「まずは私の質問だ。私を討つと言っていたな小僧。どうなんだ!!」
指がどんどんと右肩にめり込んでいき、溢れ出た血をウロボロスは舐め取る。
だがコナミも数多くの痛みを経験したからなのか慣れたくもないがそれでもある程度我慢出来るようになっていた。
「ふー……。で、お前は何が目的でインペリアルにいるんだ」
「ああ、私の目的は至極当然言霊を集める事だ。闇の使者らしくな。お前も闇の使者であるなら当然分かるだろう」
「何故俺が闇の使者だと分かる?」
「この夢だ。これ程に忠実で史実に基づく映像を誰が出せるというのだ。これがお前の神命であり、私の神命【次元時空】と共鳴しているからだよ」
「【次元時空】?」
「そうだ。【次元時空】とは……ああ…なぜ私はこんな小僧にイチイチイチイチイチイチ説明をしなければ!!!!」
やばい!気がまた狂ってきてしまった。
「ほら!血飲め!いいから飲め!」
「ん”ん”ん”ん”ん”ん”ん”!!!!!!」
右肩から流れ出る血をゴクゴクと飲み続けた。かなりの痛みと貧血で頭を強く揺さぶられた様にふらついているが、どうせ死んでも目が覚めるだけなら今の内に得られる情報を得てから死んでやる。
「ふう。お前は物分かりがとても良いな。説明してやる。【次元時空】は次元の狭間を超える事で時間を遡る事も出来るし、あらゆる到達点への移動も可能。だが私の現在の神命では10秒程しか逆行出来ないというのにこれ程の時間を飛ぶ事が可能とはお前は素晴らしい」
「お前の説明だと俺の夢に潜り込んでいる神命にならないぞ」
「いいや。夢とは別次元での物事への干渉行為なのです。仮に2つの選択肢がありその一方を選んだ場合、もう一方は別次元の流れへと消えていく。お前の神命は夢という形でIF説の別次元を干渉して時間の流れを現実世界へ誘導しているのだ。なんと素晴らしい!」
ウロボロスは高笑いをしながら説明をしているが、数々の神の力でこの次元を作り出して映像どころか現実化しているのだろう。そこに神すら思いもよらない次元へ干渉出来る闇の使者が現れてしまったという所だ。
「とにかくお前の夢に干渉する事で過去の真実へ辿り着き、言霊を無限に回収する事が出来る。何と羨ましい事か。お前は何とも素晴らしい、が!!!」
急にギロリと睨み突然コナミの顔面を蹴り飛ばした。
「この私を討つだと?ましてや人間共と慣れ合い協力して私を殺すだと!!?」
急に暴れ出したウロボロスはコナミを踏みつけて蹴り続け頭蓋骨から鈍い音が鳴る。限界は近い。死がもうそこまで来ている。痛みすら感じない。アルコール中毒のようにぐるぐると視界が回る。
「私にこれ以上干渉した場合は現実世界でお前を殺してやる。お前のお仲間も八つ裂きにしてその四肢をロウソク代わりに使ってやる。これでも優しい私は貴様の神命に免じて現実世界では殺さずに生かしてやっている事に気付け。この痛みを現実世界でも味わわせてやる!」
ぐしゃ
脳が崩れる様な音と共にコナミの頭蓋は完全に崩壊し視界はブラックアウトした。




