38. 要塞共和国インペリアル
5メートルはある大きな門に頑丈な作りの囲われた塀。近くで見ると中がどうなっているのかなど確認出来ない。
「すごいデスね……」
圧巻されたまま上を見上げるアイリは語彙力が皆無を失っていた。その姿はまるで田舎暮らしの子供が都会に行った際ビル群を見上げているように見える。とにかく中に入ってみたいが扉が重すぎるせいか開く事は出来ない。
「どうやったら入れるんだ?会員制ってことなのか?」
「殴って開けちゃうデスよ!」
「馬鹿だろ。いや馬鹿だ」
色々試してみたが押してみても引いてみてもどうにも開くことは無いし、明らかに人間用のドアではない事は確かだ。見た事はないが巨人族でも住んでいるのだろうか。
「あれ~?アンタたち冒険者さん?」
振り返ると高さだけで4メートルはあろう超巨大な牛が目の前にいた。この牛こそが砂漠を横断するのに必要なロバートフットだった。
手慣れた様に降りてきたグラデーションの入った金と赤髪に長いツインテールに頭巾の無い忍者の様な格好の女。当然の様に美人な上に胸元がガッツリと開いており、目のやり場に困ってしまう。背中には赤く光るエフェクトを付けた燃える槍、これは超級冒険者が使用する槍【ハルバードブレイズ】。こんな物を装備しているという事は相当な腕の立つ槍使いなのだろう。
「俺はコナミでこっちがアイリ。冒険都市ビルダーズインから冒険者として旅をしてるんだ」
誰がどこで闇の使者と関わっているのかわからない為、あえて闇の使者のワードは伏せておいた。槍使いの女は腰に下げた何本ものクナイをチャリチャリと慣らして近付いてきた。
「ふうん。君、見た事のない剣をしてるね。アーシはナギア。この都市に住んでるんだ。最近は色々と物騒だから一応決まりで【大三元】が確認してから入れる様にしているよ」
「【大三元】?」
「まぁ中で話そうよ。グリフォ~!開けて~!」
ギギギギギギ……!!
ナギアがそう言うと堅く閉ざされた大きな扉が鈍い音を立てて開いていく。今は夜だと言うのに中は真昼の様に明るく眩しかった。
「ようこそ、要塞共和国インペリアルへ」
門を開いた先はビーチリゾート街だった。後ろを見れば森が広がっているのに中には中央に巨大なにウォータースライダーがあり、多くのオシャレな建物がいくつも並び、どの都市でも見た事もない程に人が多く賑わっていた。ディバインズオーダーの世界観とは異質だった。
「ふおおおお!凄いデス!海デスよコナミさん!はわー!初めて見たデス」
「にしし、人工であって海じゃないよアイリちゃん。後で泳ぎに行こっか!」
「いいんデスか!行きたいデス!」
テンションが爆上がりな飛び回るアイリを見てコナミも自然と笑顔が零れた。旅の道中は戦いばかりだったしのんびりするのも悪くない。ナギアはロバートフットを入口付近にいた従業員の様な男に渡して遠くを指さした。
「まずは【大三元】に挨拶に行こ~。一応それがこの街の決まりだからね」
指を差した先にあったのはプールを突っ切った先にある外からも見えた大きな城。一応と先程から言葉を溢しているがそこまでの規則ではないからなのだろうか。
「キャー!ナギア様~!」
「おお!ナギア様!」「ナギア様!!」
プールサイドから多くの黄色い声を浴びるが軽くヒラヒラと手を振り返す。さすがは超級の槍を持つ冒険者という所か。かつてシガレットだった頃は街を歩いた時にこういった事もあったものだ、と先輩面した顔でしみじみとコナミは昔を思い返していた。
城は上空をレーザービームのような光をいくつも放ち、何かを探しているようにぐるぐると巡回するように動いている。
「あの光は?」
「ああ、敵が空からくるかもしれないからね。念のためってこと!もし見つけたらグリフォの魔導兵器でドカーンってわけ。マジ最強っしょ!」
ピースサインを送りながらニコニコと歩くナギアと裏腹に、先程までのリゾート街と打って変わって城前は物々しい雰囲気に包まれていた。城前に立つ大剣を装備した2人の兵士は右手を胸に当て頭を下げる。
「おかえりなさいませナギア様!」
「あーあー、人前で恥ずかしいよ~。みんなもお疲れ~。ジークもグリフォ~聞こえてるっしょ~。そのうち着くからね~!」
そう言うと城内へスタスタと進んでいった。中にも多くの兵士が並んでおり、そのどれもが強者と見える。これ程の兵士を従えているナギアは一体何者なんだ。
「ここだよ!マジ地味なとこだけど許して!」
ドアを開くと会議室のような部屋に招かれた。奥の校長室の机の様な所で事務作業をしている眼鏡をかけたイケメンの男。その隣にはガスマスクを付けた息の荒い明らかにヤバそうな大男。
「いらっしゃい、冒険者のコナミとアイリ。話は聞かせてもらっているよ。僕はこの要塞共和国インペリアルの創設者のジークフリート。こっちにいるのは【魔導】のグリフォ。怪しい見た目だがとても優しいよ」
「プフー。シュコー、シュコー」
監視カメラでもあったのだろうか、グリフォという男が何かしたからだろうか、ナギアとここまで来た時の話等については全て聞かれていた様だ。慣れ馴れしく話すジークと言う男はコナミとアイリに握手した。
ガスマスクに黒いハット帽を被った大男も握手のため手を出してきた。白い手袋をした手に握り返すと明らかに人間の手ではなく機械の手だとわかった。このグリフォという男、ほとんど人間ではないのかもしれない。
「案内してくれたこの色仕掛け美女は…」
「アーシは色仕掛けしてねーし!」
「アハハ、この人は【流麗】のナギア。簡単に紹介するなら槍術の天才だ」
「アーシ、マジ最強だから任せてくれし的な!」
ウインクしながらダブルピースをしているナギアを誰が最強と思うだろう。槍無しでは確実にそうは思えない程のただのギャルだった。
それよりも【魔導】だの【流麗】だの冒険者をしていた当時では聞いた事もない呼び名だった。戦争後に出てきた冒険者なのだろうか。
「そして最後になったが改めまして、僕はジークフリート。この世界で【英雄】と呼ばれている」
「英雄……だって?」
英雄?英雄だって?この男が?一体どんな功績をあげたと言うのだ。
「そうだし!ジークはあのシガレットを倒した張本人なんだから!」
「シガレットを倒した!?」
「こらこらナギア」
溜息を付きながらジークは自慢げな表情を隠し切れていない。本当にこのジークフリートという人物がシガレットを倒したのであれば、【英雄】と呼ばれていてもおかしくはない。
だがアイリもそうだがどこか疑っているがそれは当然だ。ナギアは装備が凄まじいがジークフリートについては何一つ装備は無い。ただの一般人、と言ってもあまり差し支えない程だった。
「やっぱほら信じて貰えないねジーク。アレ見せちゃった方が信じて貰いやすいって」
「それもそうだね。グリフォ頼む」
「シュコー。シュコー」
グリフォはパンッと手を叩くとジークの机の下からある物が出てきた。それはこの世界で生きる全ての人が知っていて見間違える事は誰も無い。
「これは……まさか……」
アイリは震えながらただ、それを見ていた。
フィルスの大剣。かつてシガレットがフィルスから奪い取り、それで世界を滅ぼしかけた最強にして最高の剣だった。
「信じて貰えたかな?」
コナミが見間違えるはずもない。
共に旅をして共に笑い共に戦ったあのフィルスの大剣だ。
そもそも元々は魔王勇者パーシヴァルが持っていて打ち取った際にフィルスに譲り渡したのだ。コナミ自身その剣は欲しいと思った事は何度もあったし羨ましく思った事も数知れない。それ程に強く美しく輝かしく、今になっては曰く付きではあるがそれでも世界一の剣だ。
「近くで見てもいいデスか……?」
「見る分でしたらいくらでもどうぞ」
二人はそれを近くで見たが、二人とも言葉が出なかった。決してその剣の輝きが美しかったからではない。コナミとアイリにとってはフィルスの大剣は思い入れが深すぎた。
隣を見るとアイリはボロボロと涙を流していた。瞬きひとつせずその剣をじっと見つめるアイリをコナミは優しく撫でた。どれだけの想いが詰まっているのだろう。何て声を掛ければいいのだろう。どう感じているのだろう。
「君がフィルスの娘、アイリッシュ・ステルスヴァイン。それは聞いていたし、ここに時機来る事も分かっていた。これを渡すわけにはいかないがそれでも君には見せたかった」
「ありがとうございますデス……」
アイリの目は剣から離れようとはせず、吸い込まれるかのように見ていた。優しい目や冷たい目等色んなアイリの目を見てきたがこんなアイリの目は初めて見た。それを見てなのかグリフォはもう一度手を叩き、剣をジークの机の下に収納した。
「さっ、もういいっしょジーク!アイリちゃんプール行こうよプール!」
「あっ、ハイデス……」
ナギアはアイリの手を取って部屋を出て行ってしまった。コナミも気持ちを切り替えたいと思っていたからちょうどいいと部屋を後にしようとした。
「コナミ」
ジークに呼び止められたコナミはゆっくりと振り返る。ジークは逆光で見えにくかったが真剣な眼差しに小さく笑みを浮かべていた。
「この要塞共和国インペリアルは我々三人を合わせて【大三元】がいる限り絶対安心だ。闇の使者等恐れる必要はない。ゆっくりと楽しんで行ってくれたまえよ」
ニッコリと笑う【英雄】ジークフリートの目は笑っていなかった。もしコナミやアイリが闇の使者であっても鼻から問題視していないのだ。フィルスの大剣がある限り、この街は安心という事なのだろうか。単純に闇の使者を知らないだけなのか、それとも。
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「キャーーーーーーーーー!!!」
少女の甲高い声が聞こえる。だがそれは夢で見るような悲鳴ではなく楽しそうな声。
ウォータースライダーを滑り降りてくるナギアとアイリは先程までの空気はどこへやらといった風に和気あいあいとしていた。
「コナミさんコナミさん!ウォータースライダー最高デスよこれ!」
「にしし!アイリちゃんマジ最高っしょ!コナミくんもそんなとこいないで一緒に行こうよ~!」
ナギアの黒ビキニに豊満な胸。サングラスを頭に乗せたそれはもうギャル。アイリはフリルのついたピンク色の水着にあの笑顔はさすがに眩しすぎる。
過去一度もモテた経験が無いのコナミにとってはここが天国と言っても間違ってはいない。更には大賑わいしているプールではあちらこちらと目移りしてしまう程美人が多い。
「ほらほら行こうよ!アーシが乗り方教えたげるから!」
「もしかしてコナミさん怖いんデスね!全く臆病なんデスから」
二人に両脇から腕を引っ張られてウォータースライダーへ連れていかれるコナミは嬉しすぎてもう感無量だった。陽キャって毎日こんななんだろうな、と羨ましく感じる程の幸せ絶頂期。
だが、そんな喜びすら一瞬で消え去る程のものをコナミは見てしまった。
そいつは大きな黒のマントに白いスーツに蝶ネクタイ。白くて長い髪の毛は全て後ろで纏められている。そう、それはまるでヴァンパイアの様な。コナミは急激に息が詰まるのを感じる。見ただけで吐き気を催す程の邪悪。
闇の使者:ウロボロスは要塞共和国インペリアルに姿を現した。
なぜここにいるのかは不明だがウロボロスはまだ遠目でこちらに気付いていない。ナギアの忍者のようなコスプレ風装備でも特に目立つ事も無い程に多くの人で賑わうこの都市では、ウロボロスの格好も目立つわけではない。その姿が狂気に満ちているのはコナミがウロボロスを知っているからであって、大衆の目からは変わった格好をしているただのイケメンである。
「はぁ……はぁ……」
息が詰まる。怖い。見つかりたくない。逃げたい。そんな事を考えていたコナミは気が付けば足がガクガクと震えていた。
「もしかしてコナミくん高所恐怖症?可愛いとこあるんだ~!」
「コナミさんホント情けないデス!ほらいってらっしゃいデスよ!」
思考を巡らせていたコナミは気が付けばウォータースライダーのてっぺんにいた。二人に背中を押されてまるでジェットコースターのように落ちるウォータースライダーはどこまでも深くどこまでも急加速して、どこまでも落ちて、落ちて、落ちて行く。
地獄へと繋がるその先へ。




