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29. 死の森ジグフォレスト

 魔法都市プライベリウムの街は多くの魔本や魔道具が置かれている。そのどれもが強力かつ誰でも簡単に扱える品が多かった。魔王討伐の際にはここで【大魔導士】メサイアと【大司祭】レイテの装備を整えたのを思い出した。


 「ふぬぬぬぬ……!!」


 アイリはトイレで気張るかのような声を出しながら魔法の杖を握る。気迫こそ素晴らしいが恐らくマナの許容量である【マナルテシス】が極限までに低いのだろう。マナはディバインズオーダーに生きとし生ける全てが持つ魔法エネルギーのようなものだ。


 残念ながら異世界から来たコナミには一切なかったのか浮く事すらできなかったが。


「はぁはぁ……これ不良品デスよ!魔法でないデス!」

「それはマナの許容量が足りないのに上級魔法を使おうとするからだ」

「ワタシこれでも魔法使いなんデスが?!」


 リン王女から頂いたお金でアイリを魔法が使える魔法使いにしようとしたのは失敗した。この街に何度も訪れた事はあるがやはり街並みは昔とは少しだけ違った。恐らく冒険都市ビルダーズインと同じく過去にシガレットとの戦いが起きたせいなのだろう。


 街並みが変わって期待はしたが分かっていた。この街には剣が置いてはいなかったのだ。


 「ダメかー。次の街まで俺武器無しってか」

 「仕方ないデスよ。ワタシが守ってあげるので心配ご無用デス」

 「そうか。その時は魔法使いらしく魔法で頼む」


 猿のように怒るアイリを横目に最終目的地であるアイリの故郷・王都ブレイブまでのルートを考えた。しかし道中真っ先に死の森ジグフォレストという凶悪な魔物が多くいる森を通らなければならない。


 「やっぱり剣がいるな。一度ビルダーズインに戻って…」

 「コナミ様ー!」


 遠くから近衛騎士を連れながらこちらに向かってくるのはリン王女の姿だった。急いで来たからか綺麗な服が乱れており、いそいそと近衛騎士が治している。街の人たちも動揺しながらその様子を見守っていた。


 「ど、どうしたんですか。街に下りてくるなんて」


 「先の戦闘で剣が折れたとメサイアから聞きました。更には次は王都ブレイブに向かうと。道中死の森を通る道だというのに剣無しで行かれるおつもりですか」


 息が切れながらリン王女は話す。

 この展開はまさかRPGでよくあるパターンのアレか!


 「そこでこちらをお持ちしました。どうぞお使いください」


 きたーーー!!よくあるパターンのアレ!!

 渡されたのは魔力が込められた魔法剣と呼ばれる中でも火属性が込められている【紅蓮剣】と言うレア上級装備だった。極小さなマナにでも反応して燃え盛る炎を繰り出し、剣撃とは別に魔法攻撃も乗せられる代物だ。だが剣など置いていないはずの魔法都市になぜこんな物が。


 「す、すごい!紅蓮剣だなんて!でも、どうしてこんな剣が?」


 「こちらは……【英雄】シガレット様の剣なのです」


 その瞬間コナミは古い記憶を思い出した。あれは天文台での何気ない出来事。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 「メサイアとレイテは装備が良くなっていいな。この街には剣が置いてないなんて聞いてないぜ」


 シガレットとフィルスは星空を見ながら悲しんでいた。


 「魔法都市だし魔法剣くらいは置いてあるかと思ったんですが。残念です」


 レイテは購入したばかりの輝く杖を見ながら話した。それは嫌味なのか、それとも本心なのか未だにわからない。そこでシガレットは妙案を思い付いた。


 「よし。もし次の勇者がこの街に来た時の為に魔法剣を置いてくってのはどうだ?リン王女に渡しておいて認めた勇者に渡すようにしておくんだ」


 「あなた達二人とも魔法剣なんて持ってないでしょうに」


 ハァと溜息をついたレイテは呆れ顔で話す。その時メサイアはシガレットのマントをつまんだ。


 「ま……魔王を倒した後で……納めるっていうのは……どうかな。平和の象徴として……大事にしてもらえる……かも」


 メサイアはおどおどしながら顔を赤らめて話す。シガレットのマントを持つ力が強くなった気がした。それに対して3人は顔を見合わせた後笑った。メサイアが良い案を思い付いたからではなく、単純にメサイアが可愛かったからだ。


 「メサイア、それ良いな。3人でが平和の象徴になれる魔法剣を納めれるか勝負だ!」

 「じゃあ魔王を魔法剣で倒してそいつを納品するってのはどうだ!」

 「私の霊験こそ最高の魔法剣だよ。その時は魔王を倒した剣ですと収めてみせるわ」

 「いいですね。納品する時は僕のサイン入りにしますね!」


 メサイアは照れながら笑ってその様子を見守っていた。そして魔王を討伐した後、シガレット一行は魔法都市プライベリウムに魔法剣を納付したのだったが、折角ならとダンジョンで手に入れた新品のレア武器を収めたのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 「ああー、あれかー!」

 「え?」

 「あ、いや、えと、武器の名前を聞いた事があっただけで……あはは」


 リン王女とアイリは首を傾げていたが危なかった。迂闊な発言はシガレットの魂を分けた闇の使者ではないかと疑われてしまう危険がある。


 「是非ともこちらをお納めください。かつてこの剣を次世代の英雄に引き継ぐ為の剣だと言われていますので」


 コナミは魔法剣:紅蓮剣を手にした時に本来伝わるはずの感覚が無い事に気付く。分かり切ってはいたがマナを使えないコナミにとっては魔法剣はただの剣でしかなかった。


 「ありがとうございます。この剣できっと世界を救ってみせます」

 「ご武運をお祈りします」


 「「凱旋!」」


 号令と共に盛大な音楽が鳴り響き魔法都市全体で見送りをされた。魔王を倒した時のファンファーレと異なり、今回はこれから倒しに行くのだから重みが違う。


 遠くからメサイアが手を振る姿が見えた。小さく手を振り返してコナミ達は魔法都市プライベリウムを後にするのだった。


 またきっと会いに来るから。




―――――――――――――――――




 死の森ジグフォレストは魔法都市プライベリウムを出てから近くに見える。

 この森はキラースパイディと呼ばれる樹上性の蜘蛛型の魔物が多く発生し、炎のマナによる攻撃が有効になるのだがマナを使えないコナミと魔法使いかどうかも怪しいアイリでは話にならなかった。


 「アイリ、この死の森は炎属性の攻撃が必要だ。悪いがこの魔法剣を使って戦ってくれないか?」

 「残念ですがコナミさん。ワタシは魔法使いなので剣は持てません」

 「でもあの時は剣を――――」


 遮るように話を無視して死の森に進むアイリに仕方なく付いて行く。


 アイリは確かにハーベスト戦で剣を持ってフィルスの技を使った。なぜ使えたのか、剣を持ってくれないのかを聞くべきか悩んでいた。その時だった。


「キシェエエエエエ!」


 突然上から降ってきたのはキラースパイディだった。高さだけで2メートルはあるだろう凄まじい大きさはゲームで見るのとでは迫力のわけが違った。初めてここに冒険で立ち寄った時はメサイアがいたからどうにかなっていたが、当時シガレットだった頃でも苦戦を強いられた敵だ。


 「くそっ!十文字斬りィ!」


 剣を大きく振りかぶりキラースパイディに挑んだが、肉質が硬すぎて剣が通らない。コナミはキラースパイディの足で弾き飛ばされた。


 「やばいやばい!マジで強い!やっぱ炎魔法ないときついって!」


 本当は【英雄】の能力を使いたいが恐らく使えば身体は壊れる。あの時も大きな反動に大ダメージを受けた上に立ち上がれなくなった。囲まれた場合アイリを守り切れない。


 「…逃げるデスか?」


 アイリのその言葉にコナミはハッとして紅蓮剣を強く握った。

 今この魔物が闇の使者だった場合、尻尾巻いて逃げるというのか。そんな訳にいかないのは当然だ。強くなると誓ったばかりなのだから。


 「誰が!!逃げるかよぉ!!」


 もう一度十文字斬りを放つが剣はどうしても通らない。そして同じようにまた弾き飛ばされる。


 「ゲホッ……十文字斬りじゃダメだ。もっと強い技、今なら使えるだろ!考えろ。思い出せ。十文字斬りより威力がありつつ中級程度の技」


 「螺旋撃とかどうデス?」


 アイリの声に応える様に螺旋撃の構えを取る。この技は腰から回転を加える事で大きな一撃を繰り出す事が出来る。言うなれば回し蹴りのような感覚だ。


 「キャシャアアアア!!」


 キラースパイディは真っ直ぐ直線的に突っ込んで来た。これを外せば大ダメージを受ける、つまりこの一撃に賭けるしかない。


 「うおおおお!螺旋撃!!」


 自分自身でも思いも付かなかった。これ程簡単に技を繰り出せるなんて。

 意外や意外な事にコナミは戦いの中で成長していたのだった。まるで吸い込まれるかのように螺旋撃はキラースパイディの頭蓋骨を叩き割り、凄まじい奇声で苦しむキラースパイディに畳みかける様に攻撃を繰り出す。


 「螺旋撃!!十文字斬り!!螺旋撃!!十文字斬り!!」


 連続した攻撃に耐えかねてキラースパイディはそのまま息絶えた。成長を実感したコナミは嬉しくなって飛び跳ねた。


 「うおおお!俺かなり強くなってないか!」

 「コナミさんは力はそこまでないデスが脚力と身体の柔らかさはイイ感じデス。なので力を主とした十文字斬りより螺旋撃や一閃抜刀といったマナを使わない剣技をオススメするデスよ」


 アイリはまるで師匠になったかのようにペラペラと話し始める。


 「アイリは剣技について詳しいんだな」


 本当は神命の事についても聞きたかったが探るようにコナミは聞いた。


 「……前に話したデスよね。ワタシはパパから剣技しか習ってこなかったのデス。本当はプライベリウムのみんなみたいに魔法を使ってみたかったデスけど、家庭の事情でワタシには剣士としての道しか選べなくて……」


 寂しそうに話すアイリに対して踏み込んだ話は出来ずコナミは頭を撫でた。

 お約束だが当然その後殴られた。



―――――――――――――――



 ジグフォレストを進むコナミ達は気付けば辺りは暗くなってしまった。夜の死の森が本当の地獄だと知っていたコナミは急ぎ寝床を探した。木の上には大量のキラースパイディがいる為、小屋を建てた所で破壊されて襲われる。キャンプなんて以ての外だ。


 死の森での生きる術は地下。


 スモウルベアという可愛らしい子熊型の魔物がいるが彼らは穴の中に住んでいる。巣穴に入りこんでくる敵を決して許さない上にキラースパイディだろうが一撃で粉砕する破壊力を持っている為、キラースパイディでも地下には近づかないのだ。だから一夜を過ごす為には穴を掘り、そこで朝を待つのが有効とされている。


「という事で穴を掘ります」


 コナミは鞘に入った魔法剣でえっほえっほと掘り進めたが硬すぎて全く掘れない。あの時はメサイアが破壊魔法で穴を開けてくれたからよかったもののこんなに上手くいかないなんて。


 アイリは魔法都市で買ったマナを使って火が点くランタンを片手に辺りを見渡している。もしアイリが穴を見つけてもスモウルベアの巣穴の可能性があるから絶対に入りたくはない。


 「コナミさん!穴あるデスよ!あそこに入りましょう!」

 「え!?おい!!!」


 アイリは止める暇も無く巣穴の中に飛び込み、状況を整理する暇もないままコナミも穴の中へ入った。スモウルベアの巣穴の可能性も考慮していたが巣の中に入ると異常な獣臭さが漂っていた。


 「くっさいデス!なんデスかここ」

 「アイリ気を付けろ。ここはスモウルベアの巣穴かも」


 しかし足元には草を敷き詰めたベッドの様な跡もあり、スモウルベアの生態とは異なっていた。ただこの獣臭さの中人間が住んでいるという風には到底感じない。


「生き物の気配なんてしないデスよ。ぐえ!」


何かに躓いたアイリは大きくスッ転んだ。


「おいおい、気を付けろよ。足元はしっかり…照らして…」


 ランタンを照らした先にあったのは血塗れで死んでいるスモウルベアだった。親から子供まで全て八つ裂きにされて転がっている。


 「スモウルベア!?何でこんな事に!」

 「誰じゃ!そこにおるのは!」


 突然入口付近から大きな女の声が聞こえたが暗くてよく見えない。


 「ご、ごめんなさいデス」


 目の前の惨状に困惑したからかアイリは動揺しながら咄嗟に答えた。アイリはランタンを近付けると"それ"は姿を現し、突如目にも止まらぬ速さでアイリへ襲い掛かる。


 「キャアアアア!!」

 「アイリ!!!!」


 バリンとランタンが割れる音が聞こえて辺りは闇に包まれる。


 「アイリ、アイリ!!大丈夫か!?」

 「うっ……あぅ……」


コナミは急いでアイリへ駆け寄り、抱き抱えたコナミには今の状況が見えずとも手の感覚で即座に理解出来た。アイリの小さな身体から出る生暖かい血。不意に手の震えが止まらなくなる。


 「ここは吾輩の家だ!!人間風情が入っていい場所ではない!!」

 「テメェ!!ざけんなぁ!!!」


 コナミは剣をすかざず構えるがその姿は闇の中全く見えない。左手にアイリを抱き抱えたまま戦うには不利過ぎる。


 その時入口から月光が差し掛かり慣れてきたのもあって夜目が効いてきた。今にも飛び掛かろうとしている体勢の"それ"がハッキリと見える。


 虎のように力強く肥大した手足に、顔は狼のように鋭く獣と化している。怒りに身を任せたような茶色の髪はうねるように広がり、自然における威嚇を表現しているかのようだ。

普通ならばこの時点で慌てふためく所だがコナミは違った。


 「カラト族がどうしてここにいるんだ―――――」


 ここよりずっと南に位置する【神域の森・カラト】に住む部族に近い獣人がいた。魔物や人間とはまた異なる人種で、人間社会とは逸脱した特有の文化が存在し外界とは相いれる事はない。そんな部族が今なぜここにいるんだ。


 「貴様ら人間がしでかした結果だろうガァ!!!」


 カラト族はコナミに突っ込んで来た。熊の様に自然によって鍛え抜かれた自慢の手足、そして虎や狼のように発達した牙。噛みつくも引き裂くもお手の物だ。


 だがディバインズオーダーをやり尽くしたコナミには対策は簡単に思い付いた。

 獣人族の見た目は本来人間とさほど変わりなく、力を発揮する時に獣人化を行うが体力の消耗が酷く長期戦には不向きなのだ。更には突撃するはいいが素早いが小回りが利かない為、まるで闘牛のようにスッと避けていれば自然と決着は付く。


 はずだった。


 所詮は獣。されど獣。

 アイリを抱き抱えていた左手は突進の一撃と共に吹き飛んだ。当然そのその速度が見えるはずもなく、腕が吹き飛ばされた事もワンテンポ遅れて知る。


 「ぐあああああああ!!!腕がぁ!!!」


 その瞬間貧血になり視界がぼんやりと消えかける。だがカラト族はまだ攻撃態勢を止める気は毛頭ない。それどころか左手を狙ったのは抱き抱えるアイリ含めてここで仕留めるといった所だろうか。


 コナミはふらふらになりながらもアイリの姿を見た。


 血塗れで倒れるアイリ。コナミには自分の死よりもアイリを失う恐怖の方が勝った。もう手段を選んでいる場合ではない。


 『―――――叫べ』


 「当然だ。【英雄】!!」

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