アイデール陥落(1)
「魔王アデル。
ゾルヴァル、アバクァス、アスタルは出発したよ。
必ずや南方を滅ぼし王都への道を魔王様に献上すると張り切って行ったから人間は可哀想だね。
張り切った悪魔は怖い事をその日知ってから死ぬ事になるだろうね」
クツクツと笑い愉快そうに語る。
アデレスは美しい外見だけどやはり悪魔なんだなと思うアデル。
引きこもっていたせいで俺の目は更に虚ろに、黒く濁っていた。
その俺の目を愛おしそうに見るアデレス。
「そうだそうだ。
アッシュにこれを頼まれてたんだ」
俺が佇む薄暗いベッドの上にパサリと置かれた一枚の手紙。
手を伸ばすもなかなか辿りつけずにいた。
「それじゃあまた何かあったら知らせに来るよ」
アデレスが部屋を出て行ってもなかなか手紙には手を付けられなかった。
何が書かれているのか怖くて仕方なかった。
「我が主が進む道のゴミ掃除だ。
主が進む道は決して汚れてはならない。
さあやりますぞ」
ゾルヴァルの言葉にアバクァスは大剣を担ぎ街を囲う壁にある門へ歩き出す。
「アスタルは人間を殲滅しながら奴隷の確保。
我は人間を一人も逃がさないように各門を抑えていよう。
クハハハハハ!!
さあ人間どもよ!絶望を奏でよ!!」
ゾルヴァルとアスタルは空を飛び、街へと向かう。
「グベッ!?……」
背後から聞こえた何かが潰れる音に男は振り返る。
「?……バケモノだあああ!?」「逃げろおおおおお!」「キャアアアア!!」
街の中へ入ろうと列に並んでいた人間が騒ぎ始めた。
門を守る兵士は見えていた。
赤茶色の肌に大きな角を頭に生やしたバケモノが大剣を振りかぶりどんどん殺していくのを。
「りょ、りょ、りょ、領主様にご報告しろおおおおおお!!」
若い兵士が慌てて走り、転げながらも必死に向かう。
門の近くに居た人間た、外から聞こえた悲鳴に騒然とする。
だが愚かな人間は兵士が何とかするだろうと考え、アバクァスがその門から入り込むまでは慌てて逃げる様子はなかった。
空に居たゾルヴァルは眼下に広がる沢山の人間の群れを嘲笑しながら見下す。
南門はアバクァスが暴れているから他の東、西、北門の街側に眷属たるミノタウロスを二体ずつ召喚し、逃げる人間を殺し塞き止める。
冒険者ギルドと思われる建物から武装した人間がワラワラと出てきた。
「クククク……楽しませろよ人間」
「さあ主様のご所望の亜人の奴隷を確保していきましょうか」
空から街に降り立ったアスタルの姿をその場に居た人間たちは唖然と見ていた。
アスタルの影が大きく広がり、人間共を影へ飲み込んでいく。
とっさの事で逃げられなかったたくさんの人間が飲み込まれ、影から肉が潰れ骨が砕かれる音が、そして断末魔か響いた。
あまりにも異様な理解できないその光景に更に恐怖しパニックになる。
影を戻しスタスタと歩き始めるアスタルに人間は逃げるように道を開ける。
少し進むと、まだ状況を理解していない人間が前に出くわす。
「あぁ、そこの貴方。
ちょっとお尋ねしたいのですか、奴隷はどこでしょうか?」
突然声をかけられた男はアスタルの黒髪黒目の姿を見て、憎悪の目を向ける。
「知るか!
悪魔が何しに来やがった!
上等な服を着やがって。
見逃してやるから有り金全部置いてけや!」
その返答にアスタルは口を大きく横に釣り上げ妖しく笑い男を嗤う。
アスタレの足元の影が蠢き触手となって男に襲いかかる。
「な!?なんだ!?
離せっ!!このやろう!!」
ズルズルと引きずられ、口を開けたアスタルの影に引き込まれる。
影からはまたしても肉をすり潰すグチャグチャという音やバキバキと骨が砕ける音、男の断末魔が辺りに響く。
「そこのご婦人、奴隷はどこかな?」
街の至る所から聞こえる叫び声はこの街を治めるレイデール伯爵の屋敷まで聞こえていた。
「なんだ!!
何が起きたというのだ!!」
「み、南門より報告!!
敵襲です!!
ば、バケモノが攻めてきました!!」
ついに来たか!!
思ったよりも遥かに早い……。
南方辺境はすでに全滅したということか!?
それにしては早すぎるぞ……!?
「や、休んでる兵を叩き起こせ!!
脱出するぞ!!」
「領民はどうしますか?!」
「知るか!!
こうなってはもう避難させる術はない!!
冒険者にでもやらせてろ!!
とにかく王都に避難するぞ!!」
クソっ!
まだ荷造りが纏まってないというのに……。
財産を置いていかなきゃいけないとは……。
まあいい、王都に向かい王都の軍と合流して討伐し、取り戻せばいいだけだ。
とにかく一刻も早く逃げなければ!!
既に退路が無いというのも知らずに無駄に逃げる準備を始める。
この時レイデール伯爵は南門からしか報告が無かったことで、南からしか攻めてきてなくて、別の門は無事だと考えていた。
バタバタと走り回る兵士たちに苛立ちながらも必要最低限の物は纏める。
「確か逃げてきた町民や村民は奴隷を解放していたと言っていたな……。
おい誰か!!誰がいないか!?」
すると、声に気が付き若い兵士が部屋に入ってくる。
「ハッ!お呼びでしょうか!!」
「奴隷共を集めろ!!
すぐにだ!!
街に行ってかき集めてこい!!」
「か、畏まりました!」
鬼気迫る伯爵の雰囲気に若い兵士は萎縮しながらも敬礼し部屋を慌てて出て行った。
街の中に入ったアバクァスは逃げ惑う住民たちを殺戮していく。
門には既にミノタウロスが二体召喚され、逃げ場はなかった。
巨体に見合わぬ俊敏さで次々と暴れ回り、屍の山を築いていく。
泣き叫ぶ子供を潰し、逃げ遅れる老人を潰し、奴隷を盾にして逃げようとした商人は後で殺すとして奴隷は無視して次々と薙ぎ払い潰していく。
アバクァスは退屈していた。
欠伸をしながら大剣を振るい、その度に十人以上の人間が死んでいく。
空に居たゾルヴァルは兵士が街で奴隷を集めているのが見えた。
「我が魔王様への献上物に何をしようとしてるんだ?
汚らわしい手で乱暴に扱いおって……。
壊れでもして我等が魔王様に叱責されたらどうする……」
奴隷を探していたアスタルに声が届く。
『お前の進む先に屋敷がある。
そこに魔王様の献上物である奴隷を集めている愚か者がいる。
始末して取り戻してこい』
「畏まりました」
影の触手で捕まえていた人間を影に引き摺りこみ、殺した後に屋敷へと歩を勧める。
逃げ惑う人間共を無視して辿り着いた先には立派な屋敷があり、兵士が奴隷を担いで中に入っていくのが見えた。
その兵士の後ろにピタリと張り付いて屋敷の中に入る。
兵士は背後にアスタルがいる事なんて全く気がついていなかった。
「よし!!
これならあのバケモノも私に手出しできないだろう!!」
奴隷を目の前に集め、兵士で囲み槍をつきつける。
これは交渉し私だけでも見逃してもらって……。
「もう一匹お持ちしました!」
「おお!良くやった!!
さあもっとだ!!
もっと連れて来い!!」
兵士は担いでいた奴隷の子供を投げ入れると、バタバタと走って出て行った。
その場に残る黒髪黒目の執事風の男。
自然にそこに居るものだから最初は誰も気が付かなかった。
「答えろ。
我が主様の献上物を集めて何をしようとしている」
言葉を発して初めて伯爵と兵士、奴隷はアスタルの存在に気がついた。
異質な雰囲気を放つアスタルに気圧され、誰も答えられない。
緊張状態が続き、伯爵を守る為に控えていた若い兵士が我慢できずにアスタルに向かって槍をついた。
その槍はズブリと体に突き刺さる。
殺せる。
伯爵はそう思って兵士に命令した。
「この賊をいますぐ討ち取れええええええ!!」
その命令に緊張していた兵士は一斉に動き出し、持っていた槍でアスタルを串刺しにする。
貫かれたアスタルは脱力し、刺された槍に支えられてだらりと頭と手を垂らす。
「こ、殺した……討ち取ったぞおおおおおお!!
なんだ……、簡単に殺せるではないか!
賊も案外大したことは「もう一度聞きます」」
声がした方を見ると、貫かれたままのアスタルが平然としていた。
「主様の奴隷を集めて何をしているのですか?」
呆ける兵士や伯爵にアスタルはクツクツと笑う。
「クフ……、我を殺した気分はどうでした?
クフフフフ……、なかなか見事な役者で「うわあああああ!!」」
喋り終える前に恐怖にパニックになった一人の兵士が槍を手放剣をアスタルの顔に突き刺す。
右目から後頭部に剣は貫通し、確実に死んだだろうと思ったこの場の人間共は更に恐怖する。
「やはり人間は獣以下。
躾のなってない人間は話を最後まで聞くことが出来ないようだ」
自分の影が広がり、アスタルを囲み槍を突き刺した兵士はズブズブと影に飲みこなれていった。
影から聞こえる不快な音と断末魔に伯爵と伯爵を守る兵士、アスタルの状況を見て気絶しなかった奴隷達は顔を青褪め恐怖に震えた。
開け放たれていた扉は独りでにバタンと閉じられ人間どもは閉じこみられた。
恐怖に発狂した兵士が剣を振り回し奴隷を殺そうとする。
「うへえええええ!うへへへええええ!
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
奴隷達は悲鳴を上げ、抵抗しようとした時、発狂した兵士に黒い触手が巻き付き、ズルズルと引きずられ一瞬にして兵士は影に飲まれ、食われた。
「これは主様のモノ。
勝手に傷つける事は許しません」
「そ、そうだ!!
これはそう!!
貴方の言う主様に献上する為に集めたのだ!!
どうかお納めください!
これらを集めたのはこの私、レイデール伯爵と申します!
どうか!どうか命だけは!!」
「ほう!
それはそれは。
そういう事でありましたら勿論、お助けしましょう。
でしたら貴方の手で主様にこの奴隷を献上しますか?」
アスタルの黒い目が射抜くようにレイデール伯爵を見る。
その目を見た伯爵は硬直し冷や汗を流す。
言葉を発することも出来ず、もうダメかと諦めかけた時、アスタルは笑った。
「良いでしょう。
我が王に謁見しこの者達を直接献上する事を許します。
もし嘘とわかった場合、死よりも恐ろしい地獄を見る事になりますよ。
それではもっと奴隷を集めてもらいましょうか」
自分達の会話を固唾を呑んで聞いていた兵士に目を向ける。
「何をしているのですか?
早く奴隷を連れてこないと殺しますよ?」
兵士たちはバタバタと部屋を出ていき、伯爵は力が抜けて椅子に座り込む。
『ゾルヴァル様、聞こえますか?』
「聞こえている。
始末したのか?」
『いえ、今兵士達を使い奴隷を集めさせていますのでその報告をと』
「何をしている。
なぜ殺さない」
『後ほど面白いものをお見せ致しますのでどうかご容赦を』
「ふむ、そうか。
ではそれを楽しみにするとしよう。
わかった」
暴れまわるアバクァスに同じ事を知らせると、舌打ちされ文句を言われたのだった。