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お姫様のお願い

*5/13 突きました。



 王女リリアーナは物憂げに出された茶に映る己の姿を見つめていた。

 眩いばかりに煌く淡金の髪に、澄んだ琥珀色の瞳。陶器のような白い肌に、淡く色づいた頬と唇。いつも笑みを絶やさない天使のようだと比喩される愛らしい美貌は今曇ってしまっているが、確かにリリアーナ本人だ。シェルが掴み所のない月と評される一方で、彼女は民を照らす太陽のようだと言われている。

 彼女は侍女服に身を包み、金の髪を1つに纏めてフードに隠して、単身ここまでやって来たのだという。


「どうやって城から出て来たんですか? 警護の者は?」

「それは……」

「この姫、隠し通路を使ってよく抜け出しているわよ」


 ぎくぅっとリリアーナは身体を強張らせた。どうやら図星のようだ。

 白い手がぎゅっとワンピースの裾を掴む。リリアーナは意を決したように顔を上げた。


「お願いします! どうか、わたくしに知恵をお貸しください!」


 シェルとアレックスは顔を見合わせた。




 ぽつりぽつりと、リリアーナは語った。


「実は、数日前のことなのですが、父が侯爵と賭けをなされていたのです」

「賭け?」

「はい」


 こくりとリリアーナは頷いた。


「何でも、父が勝てば爵位の返上、侯爵が勝てばわたくしは彼の許に降嫁ということだったそうで……」


 歳は離れているが、2人は仲の良いことで有名だ。最初は冗談のようであったらしいが、次第に勝負は白熱していったらしい。負けず嫌いな王は酔っていたこともあり勢いでそう取決め、誓約書を制作――――結果王である父は負けてしまった。酔っていたのだから無効だとリリアーナの母である王妃も訴えてくれたが、王は約束は破れないと宣った。

 今朝初めてそのことを知ったリリアーナは呆然とした。どうにかして婚姻を取り止めることができないかと熟考し、そして以前侍女から聞いた数多の知恵を持つ情報屋のことを思い出した彼女は、縋る思いで城を抜け出してきたのだ。

 琥珀の双眸が大きく揺らぐ。


「王女として政略結婚は覚悟しておりました。けれども、賭けの賞品だなんてあんまりですわ……っ!」


 なんて親だ。わっと泣き出したリリアーナに、そう2人は思った。


「シェル様、どうかお願いします! わたくしに侯爵の許に嫁がなくて済む知恵をお与えください……!」

「……私は情報屋であって、賢者ではないのだけれど」


 シェルは契約書を取り出した。自分の名前を記すと、リリアーナに差し出す。


「私はあの頑固王があまり好きではないし、条件付きで依頼を受けてあげてもいいわよ」

「本当ですか!」

「私は嘘は言わない」


 ぱあっと顔を輝かせるリリアーナに対し、アレックスは嫌な予感がした。恐る恐るシェルを見やる。


「依頼を受ける代わりに、魔法使いとして私たちと共に魔王の討伐に来なさい」

「やっぱり……」


 王女は目を丸くしてしまっている。

 嫌なら受けない方がいい。アレックスが口を開く前に、リリアーナは身を乗り出した。


「ぜひお願いしますわ! わたくし、1度でいいので魔王国に行ってみたかったのです!」

「え、マジで?」

「あら、話の早い」


 頬を上気させていそいそとサインするリリアーナの姿を見る限り、嘘ではないようだ。鼻歌を歌いだしそうな勢いである。


「これで、契約成立ね」


 シェルが契約内容を確認してそう言うと、リリアーナは安堵の息を吐いた。早速行動を始める2人を見て、アレックスは呟いた。


「……嫌な予感がする」


 勇者の勘は当たるのだ。しかも悪い意味のものは外れたことがない。

 ……嫌な予感しかない。




「まずは件の侯爵にお会いしましょう」


 と言う訳で、3人はセントラルの東地区に広がる貴族街、その中でも取り分け立派な邸宅の前に立っていた。侵入者を阻む高い壁とぴったりと閉じられた鉄の門を見上げ、アレックスは傍らの少女を振り返る。


「……どうやって会うのさ?」


 王女であるリリアーナや勇者として面識のあるアレックスならともかく、シェルは表向きはただの商人だ。貴族がそうそう屋敷に上げるとは思えない。


「もちろん、普通に会うわ」


 そう言ってシェルは門兵に声をかけた。彼は最初訝しげな顔をしていたが、シェルの顔を見るなり姿勢を正す。


「つ、月の女神!」


 どうやら彼もシェルの信仰者(ファン)のようだ。ここに来るまでにもシェルの姿を見て顔を赤らめる少女や、彼女の後姿に向かって拝んでいる少年の姿を何度か見た。


「ど、どうされたんですか?」


 門兵はかなり緊張してしまっていた。そんな彼にシェルは淡く微笑んで白い封筒を差し出す。


「これを、侯爵様にお渡しして欲しいの」

「これは?」


 兵は隅にシェルのサインと蒼い三日月のマークが入ったそれを見て、困惑げに眉を寄せる。女神と敬愛しているシェルのお願いでも、主人に渡すかどうか悩んでいるようだ。


「侯爵様にお渡しすればわかるわ」

「…………わかりました」


 少々お待ちください。そう言って彼は主人の許に向かった。残されたシェルは手持ち無沙汰に空を見上げる。


「いい天気ねー」

「……何を渡したんだ?」

「企業秘密よ」




 そう長くは待たされなかった。酷く慌てた風情で先程の門兵が3人の許まで戻ってきた。


「侯爵様がお会いになられたいそうです!」


 門が開かれ、屋敷内に案内される。綺麗に整えられた広い庭園を抜け、温かみのある色をした壁の屋敷に入る。

 通されたのは侯爵邸の中でも相手がかなり大切な客である時に使用されている客間だった。家には住人の性格が如実に現れる。上質で品の良い家具が嫌味なく置かれ、訪れた者に穏やかさと温もりを与えている様に、シェルは心の中で称賛した。

 その部屋のただ中。ソファに座って組んだ手を見つめていた青年が、はっとした面持ちで入室してきた3人――――特に銀の髪の少女を凝視する。


「……貴女が、噂の月の女神か?」


 若き侯爵の言葉に、シェルは薄く微笑んだ。




シェルの信仰者は結構います。

滅多に店から出て来ない上に滅多に勇者(アレックス)以外と話をしないため、

日に日に神格化されていっています。

本人も他人を相手にするのが面倒なので放置状態。

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