侯爵の告白
1/28 少しつつきました。
侯爵は縋るような眼差しをシェルに向けていたが、彼女の背後にある2つの影に気付いて胡乱げな顔をした。
「勇者殿……それに」
リリアーナは被っていたフードを外した。途端に溢れ出す金の髪に、侯爵は目を瞠る。
「リリアーナ殿下!?」
どうしてここに……!? 侯爵は思わず立ち上がった。リリアーナは曖昧に微笑んで優雅に礼をしてみせる。
「彼女は私の依頼者よ。同時に貴方の願いを叶える協力者になり得る存在よ」
シェルの言葉に3人は引っ掛かりを覚えた。
確かにリリアーナはシェルの依頼者だが、何故侯爵の協力者になるのか。訝しむ一同を尻目に、シェルは机の上に置かれていた先程の封筒を手に取った。
「侯爵には想いを寄せている娘がいるのよ」
「へー……え?」
アレックスとリリアーナは目を丸くして侯爵を見た。彼は固い面持ちで銀の髪の少女を見つめている。シェルは構わず続けた。
「相手の娘は彼が侯爵だということは知らないわ。だって彼女にとって侯爵は、自分に一目惚れして通い詰めて来ている、1人の客だもの」
「は?」
封筒から出て来たのは1枚の紙。三日月の浮かぶ夜空の模様が入ったそれは、『月の音色』からの便りであることを示す。
そこに、1人の女の名が記されていた。聞き覚えのある名前に、アレックスは目を瞬かせる。
「南地区にある花屋の娘、エリー――――彼女が彼の想い人よ」
「……2年も前のことになります」
ソファに身を沈めて語る侯爵は酷く頼りなかった。素晴らしい手腕で領地を治め、民に慕われている様を知っているだけに、リリアーナは余計にそう思った。まるで懺悔をしているかのようである。
「冷たい雪の降る中、彼女は店に出て屈託なく笑って花を売っていたのです」
花のない寒い季節でも街が明るくなるように、寒い冬であっても咲くという花を売っていた。
灰色の景色の中、彼女の周りだけが仄かに色付いて見えた。他の貴族たちとの駆け引きに心が少しばかり荒んでいた彼は、温かく微笑む姿に惹かれた。
「それからはセントラルにいる間はできるだけ毎日彼女の店に行くようになりました。最初は花を買うだけでしたが次第に話もするようになって……昨年、ついに想いを告白し、晴れて交際が始まりました」
「まあ!」
侯爵の告白に、何時の間にかリリアーナは目を輝かせて聞き入っていた。それを一瞥し、アレックスは続きを促す。
「それで?」
「私も侯爵として責務を全うできるようにもなったので、彼女に婚姻を申し込もうとしたのですが……」
「王から賭けを吹っ掛けられたんですか……」
「……はい」
偶に酒を飲み交わしながら遊戯をしていたので、その誘いだと思って王の許に赴いた。程よく酔いが回って遊戯に白熱していた頃、王は言った。
『ただ遊戯をするだけではつまらんな。何か賭けるか』
そうだな。私が勝てばお前の爵位返上でどうだ? 代わりにお前が勝てば王女をくれてやっても構わない。
最初は酔いからくる冗談だと思ったのだ。だから曖昧に笑ったのだが……
「なんだか、途中から可笑しかったのです」
「可笑しい?」
「わざと、負けようとしているようで……」
いつもは恐ろしい程真剣に勝ちに来るため、調子が悪いのかと思った。だが誓約書を書かされて、王が負けを口にした時点で、侯爵は愕然とした。
エリーに結婚を申し込もうとした矢先のことだったからだ。
リリアーナと婚姻を結べば王家と繋がりを持てる。侯爵家にとっては安泰だろう。
「けれども、私はエリーのことを……」
それきり、侯爵は口を噤んでしまった。言い表せない沈黙が舞い降りる。
アレックスは負けず嫌いの王のことを思い出して遠い目をした。一方のリリアーナは目を潤ませて感極まった様子だ。
シェルは息を吐く。
「そのことなのだけれど」
ずっと黙っていたシェルに視線が集まる。彼女は碧い双眸を眇めていた。
「魔王討伐の話が出た少し後に、隣国から姫に婚姻の打診があったのよ」
知っている? シェルの言葉に、侯爵とリリアーナは目を丸くした。
「隣国より文書が届いたということは聞いていましたが、まさか殿下の婚姻に関してだとは」
「わたくしは文書が届いていたこと自体、初耳ですの……」
「そうよね。王は必死に隠そうとしているもの。王妃も知らないわよ」
「なんでシェルは知っているんだよ」
「秘密」
シェル曰く、隣国は魔王国からの防衛としての同盟を結びたいと言っているらしい。
平和そのもの、戦争、何それ美味しいの? な楽園に対して、その国は軍事国家であった。広い国土に対しあまり領土が肥沃ではないため、実り豊かな楽園の領地を狙っているというのは周知の知るところだ。今回も楽園が魔王からの挑戦を受けたことをこれ幸いに、リリアーナを国に迎えて友好という名の統合を図ろうとしているのだそうだ。
「そんな……」
高い軍事力を誇る隣国と戦争が起これば、楽園に勝ち目がない。平和ボケし過ぎている。
可愛いリリアーナを隣国になどにやりたくはない王は悩みに悩み――――誠実でまだ若く、侯爵位に就いている彼に白羽の矢を立てたのだ。
「で、シェルは何を企んでいるんだ?」
永い付き合いの勇者である。この少女はかなりの面倒臭がり屋だが、一方で理に叶うことであれば手段と労力を惜しまない。たとえ相手が誰であろうとも、使える者は何でも使うのだ。
「姫と侯爵の婚姻を取り止めて、尚且つ隣国を下がらせて姫たちがハッピーエンドになる方法があるのだけれど、乗ってみない?」
女神と謳われる少女は、悪戯っぽく小首を傾げて見せた。
次、王様の行く末はいかに……!?




