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第40話 変わった場所と、変わらない距離

久しぶりに神殿の門をくぐった。


あの騒動から三ヶ月が経っていた。


石造りの建物は、変わらない。


だが、中はまるで別の場所のようだった。



「……静かですね」


セリアが小さく言った。


確かに。


以前とは空気が違う。


かつては祈りの声ばかりが響いていた。


だが今は違う。


聞こえてくるのは人の声。


そして、説明する声、診察する声、足音、水の音。


完全に“治療の場所”になっていた。



「先生!」


若い神官が駆け寄ってくる。


以前、指導した男だった。


顔を見るなり深く頭を下げた。


「お戻りになられたのですね!」


その声にははっきりとした敬意があった。


以前とは、まったく違う。


「ええ」


俺は頷いた。


「状況はどうですか」


神官は、少し誇らしげに言った。


「患者の待機時間は、半分以下になりました。診察室も、さらに二室増設しました。薬の在庫管理も、帳簿で行っています」


一つ一つ。


きちんと報告する。


その姿勢は。


完全に変わっていた。



「……すごいですね」


セリアが、小さく呟いた。


少し驚いた顔だった。


「ここまでとは思いませんでした」


「最初は、大混乱でした」


神官が言う。


少し苦笑しながら。


「ですが」


一拍。


「先生のやり方を、皆で繰り返しました」


そして。


真っ直ぐに言った。


「おかげで多くの命が救われています」


その言葉は。


迷いのないものだった。



診察室の前を通る。


患者が並んでいる。


だが、以前とは違う。


祈っている者はいない。


皆、順番を待っている。


治療を受けるために。



「先生だ!」


誰かが声を上げた。


患者の一人だった。


次の瞬間、空気が変わった。


「先生が戻ってきた!」


「この方が!」


声が広がる。


波のように。


一気に。



「ありがとうございます!」


老人が言った。


深く頭を下げる。


「妻が助かりました!」


「息子が元気になりました!」


次々と。


声が上がる。


頭が下がる。


祈りではない。


感謝だった。


本物の。


感謝だった。



「……すごい」


レオンが小さく言った。


「完全に英雄ですね」


「そういうものではありません」


俺は答える。


だが内心、少しだけ驚いていた。


ここまでとは思っていなかった。



「先生」


静かな声。


振り向く。


そこにいたのは。


以前、弟子になった元神官。


今は、完全に医療者の顔をしていた。


「新しい診療法」


彼は言う。


「三名、完全に再現できるようになりました」


誇らしげだった。


その顔を見て少しだけ思う。


ここはもう変わった。


完全に。



神殿を出たあと。


街を歩く。


市場の前。


人が行き交う。


そして。


こちらを見る目。


皆。


知っている顔だった。


「先生!」


また声が上がる。


子供が手を振る。


母親が頭を下げる。


商人が笑う。


完全に。


街の空気が違っていた。



「……人気者ですね」


エレインが言った。


隣を歩きながら。


少しだけ。


楽しそうな声だった。


「困りますか」


俺は言った。


「いいえ」


エレインは答える。


「むしろ」


一拍。


「誇らしいですね」


その言葉に。


少しだけ驚いた。


「あなたが救った命は」


続ける。


「確かに、ここにあります」


静かな声だった。


だが重みがあった。



ふと、エレインの横顔を見る。


整った顔立ち。


まっすぐな視線。


強い意志を持った目。


そして、どこか穏やかな表情。


以前より少しだけ柔らかくなっている気がした。



「……どうしました」


エレインが言う。


また、気づかれたらしい。


「いえ」


俺は答えた。


「少し」


一拍。


「綺麗だと思っただけです」


沈黙。


完全な沈黙。


レオンが。


小さく息を呑む音が聞こえた。



エレインは。


動かなかった。


数秒。


そのまま。


そして、少しだけ。


視線を逸らした。


珍しく。


ほんのわずかに。


頬が赤くなっていた。



「……そういうことは」


小さく言う。


声が、少しだけ低くなる。


「軽々しく言うものではありません」


だが。


怒ってはいなかった。


むしろ。


困っているような顔だった。



「ですが」


一拍。


小さく言う。


「……悪くはありません」


その声は。


とても小さかった。


だが。


確かに聞こえた。



その瞬間。


胸の奥で。


何かが少しだけ動いた気がした。



だが、止まっているわけにはいかない。


次の問題が。


すぐそこまで来ている。


神聖国アストラディア。


その存在、そして、あの命令書。


すべてがまだ終わっていない。



それでも。


今日だけは。


少しだけ。


この時間を味わってもいい。


そう思えるほど。


この場所は。


確かに変わっていた。

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