第31話 分けるということ
水路の調査を終えたその日の午後。
王宮の一室に、簡易的な治療区画が設けられていた。
「ここでやるんですね」
セリアが周囲を見ながら言う。
「ええ」
俺は頷く。
「条件を揃える必要があります」
寝台が二つ。
同じ症状の患者が、それぞれ横たわっている。
どちらも、同程度の状態。
脱水。
衰弱。
意識の低下。
「比較する」
セリアが小さく呟く。
「そうです」
「同じ条件で、一つだけ変える」
「それで差を見ます」
セリアは腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「合理的ですね」
「やりましょう」
⸻
「レオン」
「はい」
「一方には、通常の水を」
「もう一方には、煮沸した水と塩と砂糖を混ぜたものを与えます」
「了解です」
レオンはすぐに動いた。
動きに迷いがない。
⸻
患者にそれぞれ処置を行う。
一人は通常の水。
もう一人は、調整した液体。
ゆっくりと、時間が流れる。
⸻
「……来ましたね」
セリアが言う。
最初に変化が出たのは、調整した液体を与えた方だった。
呼吸が安定する。
脈が落ち着く。
そして。
「……目を開けました」
レオンが言う。
患者が、はっきりと意識を取り戻していた。
一方で。
もう一人は変わらない。
むしろ、わずかに悪化している。
「……差が出ている」
セリアの声が低くなる。
完全に理解している声だった。
「水の質が、結果を変えています」
俺は言った。
「ただの水では、足りない。そして」
一拍。
「その水自体が、問題を含んでいる可能性がある」
沈黙。
部屋の空気が変わる。
⸻
「……証明されましたね」
セリアが言う。
視線は患者に向けられたままだった。
「ええ、これで終わりではありませんが、方向は確定です」
セリアはゆっくりとこちらを見た。
その目には、もう疑いはなかった。
「認めます」
一拍。
「あなたの考えは、正しい」
⸻
その時だった。
扉が静かに開く。
「……すまない、挨拶もなしに入ってしまった」
入ってきたのは、一人の男だった。
若い。
だが、その立ち姿には明らかな気品があった。
護衛が一歩後ろに控えている。
セリアがすぐに姿勢を正す。
「殿下」
男は軽く手を振る。
「形式はいい」
「今はそれどころじゃないだろう」
その視線は、すぐに患者へ向けられた。
そして、もう一人へ。
差を確認する。
「……結果が出ているな」
「はい」
セリアが答える。
「この方の方法で、明確な差が確認されました」
男はゆっくりと頷いた。
そして、俺を見る。
「呼びつける形になってしまって、申し訳ない」
その言葉に、わずかに空気が変わる。
「だが」
一拍。
「来てくれて助かった」
率直だった。
飾りがない。
現場を理解している声だった。
俺は短く答える。
「これが仕事です」
男は小さく笑った。
「そうか」
そして、視線を患者へ戻す。
「……頼む」
それだけだった。
だが、十分だった。
⸻
男が去ったあと。
セリアが小さく息を吐く。
「これで、動きやすくなりましたね」
「ええ」
「後ろ盾は十分です」
⸻
俺は水を見た。
透明に見える。
だが。
そこにあるものは、もう分かっている。
「次は」
俺は言った。
「止めます」
セリアが頷く。
「はい」
レオンも、力強く頷いた。
⸻
原因は見えた。
証明もした。
あとは。
この流れを断ち切るだけだ。




