円安への警告。プログラムで投資している人たちへ
円安だからドルを買う? そのプログラム、本当に最後まで逃げられるの?
また円安になっている。
ニュースを見ると、ドルが上がった、円が下がった、日米の金利差がどうした、FRBがどうした、といろいろ説明されている。
もちろん、それぞれに理由はあるのだろう。
でも私は、もっと単純な疑問を持った。
「今からドルを買って、本当に儲かるの?」
という話である。
ドルがこれから二円、三円上がる可能性はあるかもしれない。しかし、それだけ上がったところで、売買手数料や為替のスプレッドを引いたら、いったいいくら残るのだろう。
一方で、何かをきっかけに五円、十円と円高方向へ戻れば、損失は簡単に上回る。
つまり私は、「絶対に今が天井だ」と言いたいのではない。
天井なんて誰にも分からない。
問題は、
「残っている利益の幅と、失敗した時の損失の幅が釣り合っているのか」
ということだ。
一ドル百五十円前後だったものが、百五十五円、百六十円と上がってきたとする。
百二十円や百三十円の時に買っていた人なら、まだいい。十分な含み益がある。
では、百五十五円や百六十円近くまで来てから新しく買う人はどうなのだろう。
あと二円上がれば儲かる。
でも五円下がったら損をする。
十円下がればもっと損をする。
だったら、何のために最後の二円を取りに行くのだろう。
私はそこがよく分からない。
もちろん、為替取引をしているのは個人投資家だけではない。
企業は輸入代金を払うためにドルが必要になるし、海外投資をするためにドルを買う場合もある。銀行や機関投資家にはヘッジという事情もある。
だから「ドルを買う人は全員、ドル高になると思って買っている」という話ではない。
それでも、投機目的で「ドルが上がっているから、もっと上がるだろう」と追いかけている人については、私はどうしても疑問を感じる。
上がっているから買う。
さらに上がったから、また買う。
それを見た別の人も買う。
すると本当に値段が上がる。
値段が上がったという事実が、また次の買いを呼ぶ。
株でも為替でもよくあることだが、これが行き過ぎると怖い。
しかも今の金融市場では、人間だけが取引しているわけではない。
コンピューターによる自動売買が大量に使われている。
そこで私は初め、
「もしかしてAIがドルを買ってるの?」
と思った。
正確には、全部がAIというわけではない。
ルールに従って自動的に注文を出すアルゴリズムも大量にある。
例えば、
価格が一定水準を超えたら買う。
短期の移動平均線が長期の移動平均線を上回ったら買う。
金利差が広がったらドルを買う。
逆に条件が崩れたら売る。
そういうプログラムである。
人間なら、
「いや、さすがにここまでドル高になったら危ないだろう」
と少し考えるかもしれない。
ところがプログラムの場合、設定された条件を満たしている限り注文を出す。
もちろん、まともなプログラムなら損切りも設定されている。
下落を想定していないわけではない。
一定以上下がったら売る。
損失が一定額を超えたら止める。
値動きが異常になったら注文量を減らす。
取引を全部止めるキルスイッチを付ける。
そういう安全装置もある。
だから、
「ドルが下がることを一切想定していないプログラムが、永久にドルを買い続けている」
という説明では正確ではない。
では何が怖いのか。
私は話しているうちに、むしろ逆だと気付いた。
下がった時に、みんなが同じように逃げることの方が怖い。
例えば、十社の金融機関がそれぞれ別々の自動売買システムを使っているとする。
全部まったく同じプログラムではない。
しかし、見ている情報は似ている。
為替レート。
金利。
値動きの速さ。
売買量。
相場の方向。
損失額。
すると相場が反転した時、別々に作られたプログラムなのに、結果として似たタイミングで「売れ」という判断をする可能性がある。
一社目が売る。
ドルが下がる。
二社目の損切り条件に引っかかる。
二社目も売る。
さらにドルが下がる。
三社目、四社目のプログラムも反応する。
それまで「買い」の条件だったものが、今度は一斉に「売り」に変わる。
ここで問題になるのは、
売りたい人が大勢いても、買ってくれる人が同じだけいるとは限らない
ということだ。
百五十五円で売りたい。
しかし百五十五円で買ってくれる人がいない。
だったら百五十四円。
そこにも十分な買い手がいない。
百五十三円。
百五十二円。
こうして価格が飛ぶ。
つまり、コンピューターのサーバーが最初に壊れるとは限らない。
コンピューターは元気に動いている。
注文も正常に出している。
ところが、市場の方から買い手が消える。
これが厄介なのである。
私は最初、
「そんなに一斉に注文を出したら、サーバーが落ちるんじゃないの?」
と思った。
実際、取引所側にも大量注文への制限や、異常な値動きに対する一時停止など、いろいろな仕組みがある。
しかし世界の外国為替市場は、一つの取引所だけで動いているわけではない。
銀行同士の取引もあれば、電子取引市場もある。先物市場もある。
だから、どこか一か所に巨大な「世界のドル円停止ボタン」が置いてあるわけではない。
一つの会社のプログラムを止めることはできる。
一つの市場を一時停止させることもできる。
しかし世界中の為替取引全部を一瞬で止めるのは難しい。
これを車に例えると分かりやすい。
一台一台の車にはブレーキが付いている。
事故を防ぐ装置も付いている。
しかし高速道路を走っている何千台もの車が、同時に同じ出口へ向かったらどうなるのか。
全員にブレーキが付いているから安全、とは言えない。
出口の幅そのものが足りないのである。
しかも面白いのは、安全装置があるからこそ、同時に売る場合があることだ。
例えば、
「三%下がったら損切り」
という安全装置を多くのシステムが採用していたとする。
三%下がった。
すると大量の損切り注文が出る。
大量に売られたので、さらに下がる。
次の安全装置が作動する。
もっと売られる。
つまり、一台ずつ見れば合理的な安全装置なのに、集団になると相場を加速させる場合がある。
私はここで、
「それって、火傷してから止まる仕組みじゃないの?」
と思った。
もちろん、実際には火傷する前に注文を制限する仕組みも存在する。
しかし「異常な値動きが発生したので停止します」という仕組みなら、異常が起きる前には停止できない。
ある程度の変化が起きたから、初めて異常だと判断できる。
すると、
異常を検知する。
停止を判断する。
注文をキャンセルする。
という間にも相場は動いている。
コンピューター相手なら、その時間は人間から見れば一瞬だろう。
しかしコンピューター同士の世界では、一瞬でも大量の取引ができる。
だから、問題は単純に、
「プログラムは下落を想定しているのか?」
ではない。
「急激な下落の途中で、何社のプログラムがどんな順番で反応するかまで、本当に予測できるのか」
なのである。
これはかなり難しいと思う。
自分のプログラムの動作なら分かる。
しかし他社のプログラムまでは分からない。
他社が何円で損切りするのか。
どの程度の値動きで注文を止めるのか。
どれだけのドルを持っているのか。
どのタイミングで人間が介入するのか。
それらを全部把握することはできない。
だから金融市場では、個別のプログラムは合理的でも、集団になった時に予想外の動きをする可能性が残る。
そして私は、円安そのものについても考えた。
ある投稿で、「円安で日本は得をしていると言うけれど、日本は大きな貿易赤字ではないか」という趣旨の話が出ていた。
確かに円安になると、日本が海外から買う商品は高くなりやすい。
日本は原油や天然ガス、食料、原材料、半導体など、海外から大量のものを買っている。
一ドル百四十円なら、百ドルの商品は一万四千円。
一ドル百六十円なら、同じ百ドルの商品が一万六千円になる。
商品そのもののドル価格が一円も上がっていなくても、日本人が払う円は増える。
だから円安が輸入側の負担になるのは間違いない。
しかし、ここでも私は一つ疑問を持った。
「貿易赤字が増えた分は、全部円安のせいなのか?」
調べてみると、そんなに単純ではなかった。
輸入金額が大きく増えていても、輸入した「物の量」はそれほど増えていない場合がある。
つまり、
海外から急に二割、三割も大量の商品を買ったわけではない。
海外の商品そのものが高くなった。
そこへ円安が加わった。
その結果、円で表示した輸入総額が大きくなった。
ということが起きる。
私はそこで、
「海外に魅力的な商品が増えたから、みんな買ったのかな?」
とも考えた。
もちろん、そういう商品もあるだろう。
新しいコンピューター。
スマートフォン。
AI関連機器。
海外ブランドの商品。
しかし、日本の輸入はそんなものだけではない。
原油も買う。
ガスも買う。
工場で使う部品も買う。
半導体も買う。
食料も買う。
社会を維持するために必要だから、価格が高くなっても簡単には買うのをやめられない商品が大量にある。
ここで戦争の話にもつながってくる。
戦争や国際的な緊張が起きれば、エネルギー価格や輸送コスト、食料価格、保険料などが上がることがある。
もちろん、世界の物価上昇を全部戦争だけのせいにはできない。
天候もある。
需要の変化もある。
生産不足もある。
金融政策もある。
しかし少なくとも、戦争によって物流が混乱したり、エネルギー供給が不安定になったりすれば、輸入国である日本にとって得になる話ではない。
だから私は、
「結局、戦争はやめた方がいいんじゃないの?」
という非常に単純な結論に戻ってしまう。
ところで、ドルが逆に急落したらどうなるのだろう。
ドル売りプログラムが一斉に作動して、買い手が不足する。
ドルが急激に下がる。
そんな時、最後に誰かが買うのだろうか。
そこで出てくるのが政府や中央銀行である。
日本でも、円が急激に動いた時に政府が為替介入をすることがある。
実際の売買は中央銀行が行う。
円が安くなりすぎた時にはドルを売って円を買う。
反対に円が高くなりすぎた場合には、円を売って外貨を買うことも制度上はできる。
アメリカにも為替市場へ介入する仕組みはある。
だから、もしドルが急落し、市場が無秩序な状態になれば、政府や中央銀行が何らかの形で対応する可能性はある。
しかし、ここにも問題がある。
政府が、
「一ドル百四十五円になったら必ず買います」
などと約束しているわけではない。
百五十円で助けるのか。
百四十円なのか。
もっと下なのか。
そもそも介入しないのか。
市場参加者には分からない。
つまり、
「最後は政府が助けてくれる」
と思っていても、助けが来るまでにどれだけ損をするかは分からない。
これもまた、最後までドルを追いかけて買うことの怖さである。
ここまで考えて、私が最初に感じていた違和感は、少し整理できた。
私は、
「ドルは明日必ず暴落する」
と言っているわけではない。
「一ドル何円が正しい価格だ」
とも言っていない。
「ドルを持っている人は全員売れ」
とも思わない。
すでに安い時に買って大量の含み益がある人なら、それぞれの戦略があるだろう。
企業には企業の事情がある。
銀行には銀行の事情がある。
しかし、
今から新規にドルを買う人は、本当にそのリスクを計算しているのか
とは思う。
あと二円、三円上がる。
それを取りに行く。
しかし反転すれば五円、十円下がる可能性がある。
さらに大量の自動売買が同時に方向転換すれば、一時的に普通では考えにくい速度で価格が動く可能性まである。
だったら、
「上がっているから買う」
だけでいいのだろうか。
金融市場では、多数派がいつも正しいとは限らない。
むしろ多数が同じ取引に集まりすぎた時こそ、出口が問題になる。
入る時には簡単だった。
みんな買っていた。
価格も上がった。
儲かっていた。
ところが売る時になったら、全員が同じ出口へ向かう。
そうなった時、
「私は損切りプログラムを設定してあります」
と言われても、
私はやっぱりこう思ってしまう。
その損切り注文、誰が買ってくれるの?
結局、市場はコンピューターだけでは成立しない。
売る人がいれば、買う人が必要だ。
値段とは、売り手と買い手が一致したところで初めて成立する。
プログラムがどれほど高速になっても、この原則は変わらない。
だからドル高が続いている時ほど、
「なぜ上がっているのか」
だけではなく、
「もし反転したら、誰が最後に買うのか」
まで考えた方がいい。
私はドル高そのものより、むしろそちらの方が気になる。
今までの上昇を見て、
「まだ上がる」
と思うのは簡単だ。
しかし、上がれば上がるほど、最後に買った人の逃げ道は狭くなる。
そこへ自動売買が加わる。
みんなが同じような数字を見て、同じような安全装置を使っている。
だったら、一度方向が変わった時に何が起きるのか。
それを本当に全部計算できているのだろうか。
私はそこまで楽観的にはなれない。
だから最初の話に戻る。
ドルをすでに持っているなら、売るか持ち続けるかは本人の自由だ。
もっと上がると思うなら持っていてもいい。
でも今から買うなら、一度くらい考えた方がいい。
あと何円取れるのか。
反対方向へ行ったら何円失うのか。
手数料を払っても割に合うのか。
相場が急変した時、本当に思った価格で売れるのか。
そこまで考えて、
「それでも買う」
というなら、それは一つの戦略だと思う。
しかし、
「最近ずっとドルが上がっているから」
だけなら、私は怖い。
そして世界中のプログラムが同じように、
「上がっているから買え」
と走っているのだとしたら、もっと怖い。
プログラムは速い。
人間より速く買える。
人間より速く売れる。
しかし、速いから未来が分かるわけではない。
最後に出口へ殺到するのも、人間より速いのである。
そこまで含めて考えた時、
「ドル高だからドルを買う」
という一言だけでは、どうにも説明が足りないと思う。
相場で一番怖いのは、みんなが同じ方向を向いて安心している時なのかもしれない。
そして私は、最後の二円を取りに行って大火傷するくらいなら、最初から火に近づかない方がいいと思っている。
それでも火傷したい人は、止めないけどね。




