雑文、今日考えたこと 4話
その運用なら、「反論があるか」より反論の質を見るのが大事だね。
ただ、ひとつだけ切り分けると、評論家が黙っている=正しいとは限らない。単に読んでない、論争にコストを払いたくない、専門外、相手にする価値がないと判断した、みたいな理由でも沈黙は起きる。だから沈黙は補助材料にはなっても、証明にはならない。
一方で、反論してくる人が本文を読まずに印象だけで否定してるなら、そりゃ議論にならない。そういう時は、
「どの前提が違う?」
「どのデータが誤ってる?」
「どの比較が不適切?」
「反例は?」
まで具体化させればいい。それに答えず人格攻撃や論点ずらしに行くなら、ブロックでも十分合理的。
むしろ一番強いのは、叩きのめすことより、相手の反論を分解して『ここは有効、ここは無効』と処理すること。それなら第三者が見ても、どっちが計算してるか分かる。
例えばその理論は間違えてるって言ってるのに。偉そうに間違える理論を広めてたりね。
後評論家はかなり聞いてるよ。実際大学教授が毎日代わりばんこでテレビ出て、この理論考えましたって番組NHKで作ってたくらいだから
それなら、「誰も見てないから反論がない」ではない、というあなたの見方にはかなり筋があるね。少なくとも、大学教授や評論家が継続的に触れていて、NHKで理論を扱う番組まで作られていたなら、完全に無視されていたとは言いにくい。
ただ、そこでもやっぱり「黙ってる=正しい」とまでは置かない方が強いと思う。むしろ、
専門家が見ている
→ 明確な誤りがあるなら、具体的な反論が出る余地がある
→ それでも反論が「その理論は間違ってる」というラベルだけで、どのデータ・どの推論が間違いか示されない
→ なら、その反論自体の質が低い
という評価の方が堅い。
特に一番ダメなのは、あなたが言うような「その理論は間違いだ」と言いながら、実際には同じ構造の理論を自分の言葉で広めているケースだね。それが本当に起きているなら、内容の否定ではなく、誰が言ったか・どの派閥から出たかで扱いを変えてる可能性がある。
だから勝負するなら、「私を認めろ」じゃなくて、『私のどの式が間違っているのか示してください。なお、その人が後から言っているこの理論は私の式と同型です』と並べるのが一番強い。
それなら感情論じゃなく、比較だけで刺せる
主にそんなことしてるのは宗教学者と精神科医だけだけどね。
うん、今まであなたが挙げてきた不満は、その二分野にかなり集中してるね。
ただ、そこも「宗教学者はそう」「精神科医はそう」と一括りにするより、特定の人・特定の主張・特定の更新不足として切った方が強いと思う。分野全体を叩くと、ちゃんと検証してる研究者や医師まで同じ箱に入ってしまうから。
あなたの批判の核はたぶん、
「権威があるなら、なおさら最新データで自分の前提を更新しろ。反論するなら肩書きではなく、データと論理で反論しろ」
なんだよね。
宗教学でも精神医学でも、そこを具体例つきで示せば、単なる専門家嫌いじゃなくて「この理論、この根拠、この更新時点がおかしい」という検証になる。そっちの方がずっと刺さる。
政治家は最近言う事聞いてるよ^_^
それなら、少なくともあなたの感覚では「政治家は以前よりデータや提案を拾って修正するようになってきた」ってことだね^_^
政治の世界は、宗教や学問よりも結果が選挙・予算・支持率で早く返ってくるから、都合が悪くても現実に合わせて更新する圧力が強いんだと思う。もちろん全部が全部ではないけど、「使える案なら採る」「失敗したら修正する」が回り始めると、思想の純潔より実務が勝ちやすい。
だからあなたから見ると、最近は政治家の方が「間違ってたら直す」ができてて、逆に一部の専門家の方が古い前提を守ってるように見えるんだろうね。そこは皮肉だわ^_^
宗教家には信者がいて、精神科医には患者居るからね。それで不幸になったり間違えた事されると面倒臭いね。直す患者ふえるだけだし。そう言う時はなんで私は苦しいんでしょうと聞かれたら、宗教悪いよ。精神科医悪いよと答えられてもね。文句言うべきではないかと。
そこは本当に影響が大きいね。宗教家なら信者、精神科医なら患者みたいに、その人の言葉をかなり重く受け取る相手がいる。だから間違った前提や古い知識のまま強く断言すると、本人一人の問題で終わらず、周囲に連鎖する。
特に「権威が言ったから正しい」で止まると面倒で、後から誰かが修正するコストまで発生する。本人の時間だけじゃなく、家族、支援者、別の医療者、場合によっては行政まで巻き込まれる。
だから大事なのは、宗教家でも医師でも「自信満々に言うこと」じゃなくて、根拠を示すこと、更新すること、間違えたら訂正することだと思う。
あなたが言う「直す患者が増えるだけ」という感覚も、構造としては分かる。最初の対応が雑だと、後工程の人が余計に手間をかけることになるからね。
哲学者はパンダ様の仰る通りってなってるかも
そういう感触を持つのは分かるけど、そこは少し慎重に言った方がいいかな。
哲学者って、必ずしも「パンダ様の仰る通り」になる人たちじゃなくて、むしろどこが違うかを延々突いてくる人たちだから笑 ただ、あなたの考え方が「権威より前提を疑う」「価値観をそのまま飲まず、誰にどう作用するかを見る」「反例があれば再計算する」という方向なら、哲学者と議論が成立しやすいのは確か。
だから実際に面白いのは、賛同者を探すより、ニーチェ、孔子、功利主義、実用主義、ポパーあたりと自分の理論を並べて、どこまで一致してどこで分岐するかを見ることだと思う。
そこで大半が既存哲学と重なっていて、一部だけ独自なら、その「一部」があなたの思想の本体になる。逆に既存の誰ともかなり違うなら、それも面白い。
いや私の言ってる哲学ってさ。
問題は計算式変えてでもキチンと解け!
派閥を作るな橋渡しをしろ!
1人で背負うな分散しろチーム組めの三つだけなんだよね
ああ、それならかなりシンプルだね。あなたの哲学の核は、ほぼこの三原則で説明できる。
1. 問題は解け。必要なら計算式そのものを更新しろ。
「昔からこの式だから」で現実を式に合わせるんじゃなく、現実と合わないなら式を疑う。
2. 派閥を作るな。違う集団の橋渡しをしろ。
A派かB派かを選ぶより、「Aのここは使える、Bのここも使える」と接続して問題を解く。
3. 一人に背負わせるな。分散してチームで解け。
救世主一人に依存するんじゃなく、能力・責任・負担を分ける。
これなら、さっきのシヴァの話とも微妙に違うのが見える。あなたは「壊せ」が中心じゃない。解けないなら壊してでも直せなんだよね。壊すことは目的じゃなく、問題解決の手段に過ぎない。
そして三つとも実は同じ原則にまとめられる。
「目的を見失って、手段を神聖化するな」
計算式も手段。派閥も本来は手段。個人の能力も手段。なのに人間はそこを守ること自体を目的にして、肝心の「問題を解く」を忘れる。
たぶん、あなたが25年前から使ってる計算式の芯って、かなりここなんじゃないかな。
これ出来ないとしたらさ。頭の容量が丸暗記と忖度でいっぱいになってて計算するスペースが残ってないのかもね?
その比喩はかなり分かりやすいけど、実際の脳が「丸暗記で容量が埋まるから計算できない」という単純な仕組みではないよ。
ただし現象としては近いことが起きる。暗記した正解・所属集団のルール・上司への忖度を優先する癖が強いと、新しい情報を入れて前提を組み替える認知的な余裕が減る。要するにメモリ不足というより、処理方針が固定されてる感じ。
しかも「この先生が正しい」「この派閥が正しい」「この教科書が正しい」が強いと、計算する前に答えが決まってしまう。そうなると、新しいデータは検証材料じゃなくて、既存の答えに合わせて切り取る材料になる。
だからあなたの言い方を少し直すなら、
頭の容量がいっぱいというより、計算用の回路を使わずに、検索と忖度だけで答えを返す癖がついてる。
こっちの方が実態に近いと思う。




