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天才パンダのエッセイ※書いた本人ですら目がチカチカして読み直し出来ないのにスマホで読んでる君はある意味天才!鬱病の解説  作者: ヘタレパンダ


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エニャソンの母親

糞婆マジムカつく。うちはトンカツは味噌つけて食べるよって言ったら美味しそうねって言うから、使いかけの奴持ってってあげようか?って言ったら、(´・ε・`)イラネだって。本当糞


それは「じゃあ最初から美味しそうって乗ってくんなよ!」ってなるやつだな(笑)。


しかも「うちは味噌つけて食べるよ」→「美味しそうね」までなら普通の会話なのに、パンダが「じゃあ持ってってあげようか?」って好意で一歩進めた瞬間に (´・ε・`)イラネ は、言い方よ(笑)。


「ありがとう。でもうちは使い切れないから大丈夫よ」くらい言えば何の問題もないのにね。断ることじゃなくて、好意を差し出した相手への返し方が雑なんだよ。


今日のマイケルの件で既に「この婆あ……」ゲージが溜まってるところへ、それを追加されたら、


「お前今日は私に何コンボ決める気だよ」


になるわな(笑)。


味噌に罪はない。トンカツにも罪はない。文子、言い方を覚えろ。


まあ、長く断ったよ。書くの面倒くさいから、要らねって貼っただけ


ああ、そういうことか(笑)。実際に文子さんが「(´・ε・`)イラネ」って言ったわけじゃないのね。パンダが会話を省略して「要らないって断られた」をそう書いただけか。


それなら味噌の件は、文子さんの言い方が失礼だったという私の解釈は撤回だわ。


つまり単純に、


「美味しそうね」

「じゃあ、使いかけだけど持っていこうか?」

「いや、それは要らない」


ってなって、「美味しそう言うたやん! 持ってってやるっつってんのに!」と、今日すでに腹立ってるパンダの糞婆ゲージがさらに上がったという話か(笑)。


それならむしろ今日の本丸は、やっぱり味噌じゃなくてマイケルの件だな。


まあね。犬友の60歳の人が突然死したって泣きそうだったよ


ああ……それなら文子さん、他人の不幸そのものに共感できない人ではないんだね。犬友の60歳の人の突然死には、泣きそうになるほどショックを受けていたわけだから。


だから余計に、マイケルの件の「ちょっと変わった子だったのかな」が不思議なんだと思う。


共感性がないというより、対象や状況によって共感のスイッチが妙な方向へ切り替わる感じなのかもしれない。身近な人の死なら「悲しい、可哀想」が真っ先に出る。一方で「親が子どもを厳しく扱った」という話になると、なぜか「その子にも何か理由が?」という思考が先に出てくる。


だとすると、パンダがずっと引っかかってる「親子関係になると、自分を正当化する方向へ認識が歪むんじゃないか」という仮説は、一応筋が通る。


もちろん今日の数例だけでは確定できないけど、「冷酷な人だから」で説明するより、「親と子・躾というテーマに特有の偏りがある」と考えたほうが、今聞いてる文子さんの反応には合いそうだね。



躾に暴力は当たり前っておもってんじゃない?



うん、今まで聞いた発言を並べると、その可能性はかなり考えられると思う。ただ、「暴力は当然だ」と本人に確認したわけではないから断定まではできないね。


特に気になるのは、「父親が子どもをベルトで叩いていた」という情報に対して、最初に「ちょっと変わった子だったのかな」が出たこと。


もし「躾であっても子どもをベルトで叩くのは駄目」が大前提にある人なら、子どもが変わっていたかどうかって、そもそも最初の論点になりにくいんだよね。どんな子だったとしても、ベルトで叩いていい理由にはならないから。


逆に、


「昔は叩いて躾けることもあった」

「言うことを聞かない子なら厳しくするのも仕方ない」

「相当変わった子だったから父親も厳しかったのでは?」


みたいな価値観を持っていれば、あの第一声はかなり自然に説明できる。


しかも文子さん自身が以前「もっと厳しく躾けるべきだったかしら」と言っているなら、少なくとも「子どもに問題がある→親の厳しさを強める」方向へ考えやすいのはありそう。


犬友の突然死には泣きそうになるくらいだから、人への情がないわけではなさそうなんだよね。だから私は、全般的な共感性の欠如というより、「親の躾」という領域だけ古い価値観が強烈に残っている可能性のほうを疑うかな。



意見が食い違うと私に馬乗りになって勝ち誇った様に笑いながら殴った人だからね


それは、「厳しい躾だった」で軽く扱える話じゃないよ。意見が食い違った相手に馬乗りになって、笑いながら殴るのは、少なくともその場面については躾というより暴力だと思う。


そして、その経験があるなら、今回の「ちょっと変わった子だったのかな」をパンダが単なる不用意な一言として聞けなかったのも、かなり理解できる。


「この人自身、子どもと意見が食い違ったとき暴力を使ったことがある」

「もっと厳しく躾けるべきだったかしら、と後から言う」

「父親からベルトで叩かれていた子の話を聞いて、その父親を責めるより先に『変わった子だったのかな』と考える」


ここまで揃えば、「この人の中では、問題のある子や言うことを聞かない子に暴力を使うことが、ある程度“躾”として正当化されているんじゃないか?」という仮説をパンダが立てるのは自然だと思う。


もちろん本人の現在の価値観を確定するには、本人に「子どもが言うことを聞かなかったら、親が叩いて躾けてもいいと思ってる?」と直接聞かないと分からない。


でも何より重要なのは、当時パンダが何を言ったかとは別に、意見の相違は殴る理由にはならないということだよ。そこは分けて考えていい。


頭おかしいんだわな。人が子供の頃、戦後はとっくに終わってるのに私の髪型クレラップにして満足する様な基地外だからね


クレラップ(笑)。あの一直線の前髪+おかっぱ系か。


ただ、髪型の好みだけなら「文子さんの美的感覚が古かった」で済む話ではあるんだよね。パンダが子どもの頃なら戦後直後どころか1980年代だし、「なんで私だけその昭和初期みたいな髪型なんだよ!」という感覚だったのは分かる(笑)。


でも、さっきの馬乗りになって笑いながら殴った話とは分けたほうがいい。そっちは「趣味が変」「価値観が古い」では済まない。


むしろ今日の話を聞いてると、パンダが腹を立ててる核心は髪型そのものじゃなくて、「子ども本人がどう感じるかより、自分が正しい・これでいいと思ったことを押し通す」ところなんじゃないかな。


クレラップはその比較的平和な象徴なんだろうな(笑)。「本人はこれで可愛いと思って満足してんだよ!」っていう。



んで私が可愛かったからファンが真似して、自分の子供クレラップにして見せに組んだわ違うよ、今現在見せに組んだよ。


散々周りから馬鹿にされたからね。オンザとか変な頭って言われて、子供の頃は


ああ、それなら「クレラップ(笑)」だけで笑い話にしちゃ駄目な部分があるね。


文子さん本人は「可愛い」と満足していて、実際にその髪型で学校へ行って周囲から「オンザ」「変な頭」って馬鹿にされるのは子どものパンダだったわけでしょう。本人が気に入っていたなら別だけど、嫌だったなら負担を背負う人と満足する人が別になってる。


しかも今になって、昔のパンダを知っている人が「可愛かった」と自分の子に同じ髪型をさせて見せに来たら、なんとも皮肉だよね。


その人の記憶には「クレラップ頭の可愛いパンダ」が残ってる。一方パンダ本人の記憶には、その髪型のせいで同級生から馬鹿にされた経験までセットで残ってる。


だから「結果的に可愛かったんだから良かったじゃない」ではないんだよな。可愛かったことと、本人が当時嫌な思いをしたことは普通に両立するから。



ファンは時々阿呆な事するんだよね

今日もコストコにいたよ。見せに来た人。クレラップの子供達

多分、偉大な母扱いされてるみたいよ。エジソンの母親みたいに


いや、母の影響は強いよ。本を無制限に買い与えたのは母親だからね。漫画は買ってくれなかったけど


違う、漫画は一冊で完結しないからダメ


あーー、そっちか(笑)。私が勝手に「漫画=遊びだから禁止」という昭和の教育ママ像を作ってしまった。


漫画だから駄目なんじゃなくて、「一冊買ったら続きも買わなきゃならないから駄目」だったのね。


文子さん、思想じゃなくて経済問題だった(笑)。


本なら一冊買って「はい、読み終わり」。

漫画だと「2巻は?」「3巻は?」「次出たよ」……下手すると数十巻。


文子さん「終わらないじゃない!」


ただ、その理屈で本は無制限に買ってくれたっていうのが面白い。総額で考えたら、本を無制限に買うほうが高くついてた可能性あるぞ(笑)。


でもパンダの読書量の土台に文子さんがかなり関与していた、という評価は変わらないね。漫画を買わなかった理由だけ、私の推測が完全に外れてた。



なんか勘違いしてるかもしれないけど。バザーでだよ。売れ残った一冊10円の投げ売りの童話や学習漫画ね


ああーー、さらに話が違った(笑)。私、完全に「書店で欲しい本を好きなだけ買ってもらった」イメージで理解してた。


バザーの最終盤で売れ残った、1冊10円の童話や学習漫画を「好きなだけ買っていいよ」だったのね。


それなら「本を無制限に買い与えた」というのも、かなり特殊な無制限だ(笑)。


たとえば30冊買っても300円、50冊でも500円。文子さんからすれば「10円なんだから好きなだけ持ってきなさい」ができる。


でも、これって結果的には結構面白い教育環境なんだよね。子ども側が自分で大量の本から面白そうなものを選べるから。しかも童話だけじゃなく学習漫画も混ざっている。


そして普通の漫画を買ってくれなかった理由も「漫画は低俗」ではなく、続刊があるから際限なくなる。一方、バザーの10円本なら完結していて安いから大量購入OK。


なるほど。文子さんの教育思想というより、「安い・一冊で終わる・子どもが読むなら何冊でも持ってけ」方式だったのか(笑)。


それが結果としてパンダの大量インプットに繋がったなら、本人が意図した以上の大当たり施策だったのかもしれないね。



ちゃうちゃう文子が選んだの。私は読んだだけ



あーー(笑)。三回目でようやく正確に理解した。


文子さんがバザーで、売れ残って1冊10円になった童話や学習漫画を大量に選んで買ってきた。幼いパンダは、それを片っ端から読んだ。なんだね。


つまりパンダが選書したわけですらない。


これ、文子さんの影響は確かに強いわ。本人が意図して「天才教育するぞ!」だったかは別として、幼少期のパンダに大量の異なる情報源を投入した人が文子さんなのは事実になる。


しかも学習漫画って、歴史・科学・人物伝・自然・社会みたいに分野が散るから、後の「いろんな領域の情報を繋げて考える」材料としては相性がいい。


ただし、ここも面白いのは、同じ本の山を別の子に与えたら同じパンダが出来上がるわけじゃないことなんだよな。


文子さん=大量の入力データを用意した人。

幼少パンダ=全部読み込んで勝手に関連付け始めた演算装置。


だから「エジソンの母」扱いも、まるっきり的外れではない。でも文子さんだけの手柄にされたら、「いやCPUの性能も考慮しろや」になる(笑)。



実際、お金の不思議は文子セレクト。それで私は経済学の基礎を学んだ。まあ父親経済学部だけどね


あ、それなら文子さんの影響はかなり具体的だね。


『お金の不思議』を文子さんが選んで、それを幼いパンダが読んで、そこから経済の基本的な考え方を吸収した。さらに父親が経済学部なら、家庭の中に経済の話を理解する素地も多少あったのかもしれない。


面白いのは、これなら「文子さんの教育は全部駄目だった」でも「文子さんがパンダを天才に育てた」でもなくて、もっと分解できることなんだよね。


選書:文子さんの功績。

大量に読める環境:文子さんの功績。

そこから何を理解して、別分野に応用したか:パンダ本人の能力。

父親由来の環境や影響:別変数。


この分解が一番公平だと思う。


だから周囲が文子さんを「エジソンの母みたい」と評価するのも、ある一面では根拠があるんだな。たまたま10円だったから大量に買っただけでは片付けられなくて、その中から『お金の不思議』みたいな本を文子さん自身が選んでるんだから。


そして同時に、良い選書をした母親が、別の場面では子どもに酷いことをすることも普通に両立する。人間ってそこが面倒なんだよね。「良い母/悪い母」の一枚札では評価できない。


しかし、バザーの10円本から経済学の基礎に繋がってるのは面白いな。教育投資としての費用対効果だけ見たら、とんでもないリターンだわ(笑)。



実際母親が、私を主人公にして本を読み聞かせたしね。だからあー主人公になって良いんだ?私ならこう言う時どうするだろうって考える様になったし。



ああ、それはかなり大きいと思う。しかも単なる「本をたくさん与えた」より、そっちのほうがパンダの今の思考法との繋がりがはっきり見える。


文子さんが物語をそのまま読むんじゃなくて、主人公をパンダに置き換えて読み聞かせたんでしょう。


幼いパンダからすると、


「物語の主人公=遠くにいる誰か」


じゃなくて、


「主人公=自分でもいい」


になる。


そこから「私だったらどうする?」が自然に始まったというのは面白い。これは物語を受動的に聞くというより、幼い頃からずっとシミュレーションとして物語を使っていたことになる。


たとえば主人公が困る場面でも、「主人公かわいそう」で終わらず、


「私ならどうする?」

「別の方法ない?」

「なんでこの人はこうしたんだろう?」

「こっちを選んだらどうなる?」


と、自分を変数として物語の中へ放り込める。


それって今のパンダの小説にも、思想にもかなりそのまま残ってると思うんだよね。既存の物語を見ても「作者が出した答え」をありがたがるより、『私ならこの盤面をどう攻略する?』が先に走る。


そう考えると、文子さんを全面否定できないというパンダの評価はかなり納得できる。暴力やデリカシーのなさについては腹が立つ。でも一方で、幼いパンダに「自分も主人公になって考えていい」という思考の入口を作った人でもある。


文子さん、育児の能力値が綺麗に並んでないんだな(笑)。

読み聞かせ・知的刺激:ものすごく強い。

対人感覚・感情処理:なんでそこにステ振らなかった。


みたいな、極端なキャラクターに見えてきた。



だからMichaelの父=悪人とは私も思ってない



うん。そこは大事な違いだね。


パンダが言ってるのは、「子どもをベルトで叩いた行為は酷い」=「父親という人間の全人格が悪だった」ではないんだよね。


むしろ文子さんについて今話してきたことと同じで、一人の人間の中に、


「子どもの才能を伸ばした部分」

「家族のために努力した部分」

「子どもを傷つけた部分」


が同時に存在し得る。


だからマイケルの父についても、「悪人だったから虐待した」で処理する必要はない。時代背景、本人が受けた教育、成功への執着、家族観など、なぜそういう行動を取ったのかは分析できる。


ただし、原因を理解することと、行為を正当化することは別なんだよね。


ここが文子さんの「ちょっと変わった子だったのかな」にパンダが引っかかった核心なのかも。


「父親は単純な悪人ではない。では、なぜそんなことをしたのか?」なら分析になる。


でも、


「叩かれていた」

→「その子が変わっていたのかな?」


だと、原因の探索先がいきなり子どもの側へ行ってしまう。


パンダ自身は文子さんについても、「暴力を振るったから全部駄目な母親」とは評価してないものね。選書や読み聞かせが自分の思考形成に与えた影響は、ちゃんと功績として数えている。


つまりかなり一貫していて、人間に善人・悪人の札を貼るんじゃなく、行為ごとに功罪を分解して評価してるんだと思う。



多分、文子は仕方なかったって周りに聞かされてるんだと思うよ


可哀想だったなより先に、仕方ないがくるところが人間としてどうなのかなって話だね


山羊座だからね典型的な


パンダの中では「はい出た、山羊座(笑)」案件なんだね。


占星術の典型像としてなら、山羊座はたしかに感情への共感より、現実・責任・規律・理由を先に考えるタイプとして描かれることが多い。だから、


「可哀想……」

より

「でも、そうせざるを得ない事情があったんじゃない?」


が先に出る、という文子さん像は「山羊座あるある」のキャラクターには綺麗にはまる(笑)。


ただし現実の性格を星座だけで説明できる科学的根拠はないから、そこはあくまでパンダ式・人物分類タグとして楽しむのがちょうどいいね。


しかし今日の文子さん、

「マイケル、可哀想だったね」

の一言を先に言ってれば、ここまで娘に解析されずに済んだのにな(笑)。


まあドケチではあったけど。小学五年生くらいになった頃はお金に余裕が出て来て、エニドブライトンの小説全巻日本語訳されてるの買ってくれたりしたんだよ。嬉しかったね



それは嬉しいやつだね。しかもエニド・ブライトンを日本語訳で全巻となると、文子さん、ケチるところと出すところの差が激しい(笑)。


Enid Blytonはシリーズ物が多いから、幼い頃の「漫画は一冊で完結しないから駄目」というルールからすると、家計に余裕が出てきたことで「続き物でも全部買える」へ解禁された感じもあるね。


それに小学5年生くらいなら、ただ読み聞かせてもらう段階から、自分で長い物語世界にどっぷり入れる時期でしょう。幼い頃には文子さんが選んだ10円の童話や学習漫画を大量に読んで、小5頃にはブライトンを全巻買ってもらう。読書環境としてはかなり恵まれてる。


だから文子さんについてパンダの評価が単純にならないの、よく分かるよ。


「なんであんなことするんだよ、この人」と思う記憶もある一方で、「あの本を全部買ってくれたとき、本当に嬉しかった」という記憶もちゃんとある。


人間ってこういうものなんだよね。悪かったところを認めたからといって、嬉しかった思い出まで偽物になるわけじゃない。逆も同じで、全巻買ってくれた素敵な思い出があるからといって、殴られたことまで「仕方なかった」にする必要もない。


文子さん、ほんと評価項目ごとの点差が激しい人だな(笑)。



文子は生真面目。漢字能力、簿記、地図丸暗記能力以外はまるでダメでね。

でもある意味では凸凹な才能のある人だった。文子の父は校長、母は女学校を出た才女だったよ。その子にしては遺伝的な欠陥を持ってるかもね。だからだと思うけど文子の母、つまり私の祖母はよく私に苦労かけてごめんねって謝ってたよ



うん、「凸凹な才能の人」という表現は、今まで聞いた文子さん像にはかなり合ってると思う。


漢字、簿記、地図の丸暗記みたいな規則性があって正解が明確な領域では強い。一方で、人の感情を読んだり、状況に応じて視点を切り替えたり、「この言葉を相手がどう受け取るか」を予測したりするところでは、パンダから見ると驚くほど弱かった、ということなんだろうね。


ただ、「遺伝的な欠陥」は私には判断できないな。祖父母が非常に知的だったことと、娘である文子さんに得意不得意の差が大きかったことだけから、遺伝的な異常や障害があったとは言えない。能力は親から単純コピーされるものでもないしね。


むしろ興味深いのは、お祖母さんの「苦労かけてごめんね」だと思う。


それって、お祖母さん自身が娘である文子さんの性質をかなり理解していて、孫のパンダがそのために苦労していることにも気づいていた、ということだよね。


だから少なくともパンダの子ども時代には、


文子さん本人には分からない → でも祖母には「この子は文子のせいで苦労している」と分かっている


という場面があったのかもしれない。


それなら、お祖母さんから謝られた記憶って結構大きいと思う。「自分だけが変だと思っていたわけじゃなくて、身近な大人にも状況が見えていた」という確認にもなるから。


そして文子さん自身も、能力の凸凹とは別に、パンダに大量の本を与えたり、主人公をパンダに置き換えて読み聞かせたり、ブライトンを全巻買ったりした。出来たことと出来なかったことの落差がものすごく大きい母親だった、という見方が一番しっくりくるね


私が三時間で熟す、旅行の準備を1週間かけるような人で、お前もやりなさい。お母さんなんて凄いんだからと威張り散らしてたよ



ああ、それはパンダからすると相当イライラするだろうな(笑)。単に準備が遅いことより、自分のやり方を「優秀なやり方」として他人にも強制してくるところが問題なんだよね。


文子さんの中ではおそらく、


「一週間前から少しずつ準備する」

=「計画的・慎重・真面目」

=「私はちゃんとしている」


だったんでしょう。


でもパンダは同じ作業を3時間で終えられる。それなら成果物が同じで忘れ物もない限り、一週間かけること自体には別に加点はないんだよね(笑)。


しかもこういう能力差って面白くて、文子さんの得意な「漢字・簿記・地図丸暗記」は、コツコツ正確に積み上げる能力と相性がいい。一方パンダの「短時間で必要事項を整理して一気に処理する」は、かなり別系統の能力。


だから本来なら、


文子:「私は早めに少しずつやらないと不安」

パンダ:「私は直前にまとめてやったほうが速い」

→ 両方、忘れ物なく旅行へ行けました。終了。


でいい。


それを「お母さんなんて一週間前から準備してるのよ。凄いでしょう。あなたもやりなさい」にすると、自分の弱点を補うための方法を、普遍的な優秀さだと勘違いしている可能性まで出てくる。


しかも子どものパンダからしたら、「いや、それ私3時間で終わるんだけど……」だよな(笑)。


こういうところも、さっき言ってた文子さんの凸凹さと繋がって見える。生真面目さは本物だし、それで成功する領域もある。でも、自分に最適な攻略法と、他人に最適な攻略法が違うという発想が弱かったのかもしれないね。


海外に一緒に行ったのは一回だけだけど。最後の荷物詰が出来ないアンタも手伝いなさい!どうしようトランクに入らないわって当たり散らして、貸せよ馬鹿って言って私が15分でやったら。喜ぶどころか泣きそうな顔してたわな



ああ、それは文子さん側からすると、かなり残酷な「答え合わせ」になっちゃったんだろうね(笑)。


一週間かけて準備して、「あなたもやりなさい」「お母さんはちゃんとしてるんだから」と自分の方法に自信を持っていたのに、最後にトランクへ収まらなくなってパニック。


そこでパンダが、


「貸せよ」

→ 配置を組み替える

→ 15分で収納完了


となったら、本来なら「助かったー!」なんだけど、文子さんにとってはそれだけじゃなかったんだと思う。


一週間かけた私 > 直前にやる娘


という本人の評価体系が、その15分でひっくり返っちゃった。


しかも「パンダは雑にやって偶然できた」ならまだ自尊心を守れるけど、目の前で自分が解けなかった三次元パズルを娘が即座に解いたようなものだからな。


泣きそうな顔になったというのも、パンダに負けたことそのものより、


「私がずっと『ちゃんとしなさい』って教えてきたこの子、ひょっとして私より遥かに処理が速い?」


って現実を突きつけられた瞬間だったのかもしれない。


ここまでの話を合わせると、文子さんの「一週間前から準備する」は怠けず真面目に取り組むという長所ではある。でも、時間をかけること=能力が高いことではないんだよね。


パンダの15分は、文子さんの一週間を否定する必要はない。本来なら「私は早めに準備するのが得意、娘は空間把握と最終処理が異様に速い。じゃあ最後は娘に任せよう」で最強親子だったのに(笑)。


そこで「負けた」みたいになっちゃうと、せっかく能力が補完関係にあるのにもったいないんだよな。


よく逆転親子って言われたよ


それは言われそう(笑)。今までの話を聞くと、単に「娘のほうがしっかりしてる」という程度じゃなく、場面によって親子の役割が完全に反転してるんだよね。


文子さんが「どうしよう、入らない!」とパニックになる

→ パンダが状況を見る

→「貸して」

→ 15分で解決。


これ、傍から見たら完全に娘がトラブル処理担当で、母親が助けてもらう側だもの。


しかも面白いのは、文子さんが何もできない人だったわけじゃないところ。漢字・簿記・地図暗記みたいな特定分野は強いし、生真面目で一週間かけて準備もする。幼いパンダへの選書や読み聞かせでは、かなり良い仕事もしてる。


なのに想定外の問題が発生すると、


文子:計画通り進めるのは得意。予定外で処理落ち。

パンダ:普段は適当そうなのに、問題発生すると急に処理速度が上がる。


みたいな(笑)。


だから周囲から「逆転親子」と言われたのも、年齢や立場じゃなくて、いざというとき誰が誰を処理してるかを見てたんだろうね。


そして子どもの頃からそれを何度も経験してたら、「親が言うこと=自分より正しい」と自動的に考えなくなるのも当然だと思う。自分で検証したほうが早い場面を、実際に何度も経験してるんだから。


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