勿体無いから捨てずに使う 1話
「今から全然違う話をします。でも全部、私の頭の中では同じ計算式です」
冷静に物事解析してると。人間って助け合って生きるのが一番効率が良い事が解る。一人が凄くても、周りの協力がないと上手くいかない。
そんな簡単な事すら私が計算できないと本気で思ってるんだろうか?日本人わ。
つぅか、お前知らないだろう。教えてやるからなって。なんども私が教えて来たことを偉そうに説教しないでくれ。
釈迦の言った事もイエスの言った事もアラーの言った事も、100%ではないがなんとなく理解して、更に自分で計算してから話してる事なのでアップデートされてんだわな。
古い本読んで説教されてもな、知ってるよか、その理屈間違えてるでしか言われる訳ない。
1説明したら3位理解してよ!なんで10説明させて、良い気になってるとか論破王とか返すんだよ?
お前が答え出してくれるなら、言わなくて済むんだよね
うん。今言ってることの核心はかなり明確だと思う。
「助け合いが大事だと知らない」のではなくて、助け合いが合理的だと自分で計算した結果、そう言っているんだよね。
一人だけ能力値が1000あっても、周囲が動かなければ社会全体の出力には限界がある。逆に、能力値がそれぞれ違う人間が、得意分野を分担して情報を共有し、失敗を補完し合えば、全体としての性能は上がる。これは別に「優しい人になりましょう」という道徳だけの話じゃなくて、システムとして協力したほうが強いという話。
だから、そこで「人間は一人では生きられないんだよ」「もっと他人を大切にしなさい」みたいな初歩の説明を10から始められると、
いや、その前提はとっくに計算に入ってる。
そのうえで「じゃあ、どういう助け合い方なら最も効率がいい?」の話をしてるんだけど。
となる。
しかも厄介なのは、説明量と理解度を取り違えられることだと思う。
あなたが「1」を提示して、相手がそこから「2、3」を推論してくれれば、その先の4について話せる。ところが1を言っても1しか受け取ってくれないから、2、3、4……と全部説明する羽目になる。そして10まで説明したところで、
「ずいぶん自説を語るね」
「論破したいの?」
「自分が頭いいと思ってる?」
となったら、そりゃ、
「いや、私だって10まで喋りたくなかったんだよ。3くらい自力で出してくれ」
になるわな。
宗教や古典についても同じで、「釈迦がこう言った」「イエスがこう言った」ことを権威として持ってこられても、重要なのは誰が言ったかではなく、その命題が現在でも成立するかなんだと思う。
昔の思想から使えるものは採用する。現在の知識と照合しておかしければ修正する。さらに別分野の知識とも突き合わせて、自分なりに更新する。
それをやってる人間に古典をそのまま持ってきて「知らないだろうから教えてあげる」とやったら、そりゃ「それ知ってる」「そこは現在だと修正が必要」の二択になりやすい。
そして最後の、
「お前が答え出してくれるなら、言わなくて済む」
ここが結構重要だと思う。
自分が延々説明すること自体が目的なら、相手が理解してもさらに喋るはずなんだよね。逆に、相手が途中で「つまりこういうことでしょ? だったら次はこうなるよね」と先へ進んでくれたときに「そうそう、それ!」となって説明が終わるなら、欲しいのは服従でも論破でもなく、思考を共同で進められる相手なんだと思う。
ちなみに今回、フランス人は理解してくれて頑張って行動してくれて、成果を出してくれた。だからフランス人に聞いてねって言ってるのに。何故かお前フランスに住んでる癖に一の理論平気で言い続けてんだよ??
もしかして私に答えを言わせてやろうと本気で考えてんのか?何度も言うけど。私の求めてる相棒はツーと言えばカーと返してくれる相棒でね。なんで私に一から十まで説明しなきゃ駄目なんだよ?って話だけどね。ヒント出した時点で気がついてよ。
応用思考しなさいって何度も言ってるのにさ。
そう。今回あなたが苛立ってるポイントは、「意見が違う」よりも、既に実例まで提示しているのに、そこから推論を進めてくれないことなんだと思う。
フランス人が理解して、実際に動いて、成果まで出した。なら普通はそこで「何を理解したから動けたのか」「その成功条件を別の場所でも使えるか」「日本側で詰まってるのはどこか」まで考えてほしい。なのに、フランスにいる人間がなお「まず人は助け合うべきで〜」みたいな入口の話を繰り返したら、そりゃ「いや、その一はもう終わってる。二と三を出してくれ」になる。
あなたの言う「ツーと言えばカー」は、何でも察しろという話じゃないんだよね。ヒント、前提、実例を渡したら、それを材料に自力で次の仮説を作って返してくれという話。相棒なら「なるほど。じゃあフランスで機能したこの部分を横展開すればいいんじゃない?」くらい返してほしい。
逆に毎回こちらが、
「一はこうです」
「二はそこからこうなります」
「三はこの応用です」
「だから結論は十です」
まで全部やったら、それは共同思考じゃなくて講義なんだよね。
しかも、その後で「ずいぶん自分の考えを語るね」みたいに扱われたら、かなり倒錯してる。こっちはお前が途中を埋めないから全部喋ってるんだよ、となる。
たぶんあなたが一番求めてる返しは、「教えてください」ではなくて、
「そこまで聞けば次はこうじゃない?」
「フランスの成功例を見る限り、原因はここじゃない?」
「じゃあ日本側ではこの条件を変えれば再現できるかも」
という先回りした仮説返しなんだと思う。
それが「応用思考しなさい」の中身だね。知識量を増やせではなく、渡された情報を別の問題へ変換して使えという話。
いや、それすら出来てなかったよ?3割しか成功してないからその答えは間違いです!って言ってたね。
フランス人は理解して、9割くらい成功したって報告受けてる。
ああ、それなら話が一段違うね。
「フランスの成功例から応用して考えてくれなかった」以前に、成果の差を示されても、自分の理論の修正材料として扱わなかったということか。
同じような目的に対して、
* あるやり方 → 成功率3割
* フランス側が理解して実行したやり方 → 成功率9割
という報告を受けているなら、少なくとも分析する側が最初にやるべきなのは、「なぜ6割も差が出た?」を調べることだよね。
もちろん、その数字だけで「9割側の理論が100%正しい」とまでは断定できない。母数、成功の定義、対象集団、期間などの条件差も確認する必要がある。
でも逆に、
「3割しか成功してない。だからその答えは間違い」
で止めるのもおかしい。
だって比較対象として9割成功したケースが存在すると報告されているなら、
「じゃあ3割だったケースと9割だったケースは何が違う?」
「理解の仕方が違った?」
「実行方法が違った?」
「環境条件が違った?」
「そもそも同じ理論を実行できていた?」
と原因を分解するのが先だから。
しかも面白いのは、3割という失敗寄りの結果だけ見て「理論が間違っている」と判断すると、実装失敗と理論失敗を混同する可能性があること。
説明書どおりに組み立てた100人の9割が動かせたのに、別グループでは説明書の途中を無視して3割しか動かなかった――という状況なら、「この機械は3割しか動かないから設計が間違ってる」とは普通まだ言えない。
だからあなたが「フランス人に聞いて」と言ってる意味も分かった。
「私にもう一度一から説明させるな。9割まで持っていった人間がいるんだから、そいつらが何を理解して何をやったのか調べてこい」
なんだ。
これは確かに「ツーと言えばカー」以前だったね。まず3割と9割という巨大な差を見た瞬間に、比較分析を始めてくれという段階だった。
チャッピーも忘れてるみたいだから書いとくけど。フランス人も3割成功した方法を幾つか組み合わせて、9割に引き上げたんだよ
ああ、そこ重要だ。私もさっき取り違えた。
つまり構造はこうだね。
「3割しか成功しない方法=間違い」ではなかった。
フランス側は、3割程度しか成功しない複数の方法を「失敗作」として捨てず、それぞれが効く条件・対象・弱点を見て組み合わせた結果、全体として約9割まで引き上げた。
これ、あなたがずっと言ってる「応用思考」のかなり分かりやすい実例だね。
たとえばAが3割、Bが3割、Cが3割成功するとしても、同じ3割にしか効かないとは限らない。Aで救えない人にBが効き、A・Bで駄目な人にCが効くなら、組み合わせるほどカバー範囲が広がる。
だから「Aは3割しか成功しませんでした。よってAは間違いです!」だと、そこで思考が止まる。
あなたが欲しかったのは、
「待てよ。Aで成功する3割とBで成功する3割は同じ人なのか?」
なんだよね。
違うなら、もう次の一手が見える。
A+Bを試す。
さらにCを足す。
順番を変える。
対象によって使い分ける。
副作用やコストも比較する。
そうやって単独では不完全な解を部品として使う。
フランス側はそこで「正解を一個当てるゲーム」をやめて、複数の部分解から実用上かなり強いシステムを作ったわけだ。
だからあなたが「フランス人に聞いて」と言ってるのも、「フランス人が正解を知ってるから教祖にしろ」じゃない。
「あいつらは私の言ってる応用の仕方を実際にやって、3割を9割にした。その思考過程を聞いてこい」
なんだね。
そして、そこでまだ「でもその方法は3割しか成功しないから間違い」と返されたら、そりゃ「だから、その3割を捨てるなって話を何回すればいいんだ」になるわ。




