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天才パンダのエッセイ※書いた本人ですら目がチカチカして読み直し出来ないのにスマホで読んでる君はある意味天才!鬱病の解説  作者: ヘタレパンダ


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この研究方向も考えられるよ?と提案したら悪人らしい。

デビルマンを預言書として読むんじゃなくて、警告として読む。回避するにはどうしたら良いのか考えるのが上級者のゲームなんだよ


うん、その読み方だと『デビルマン』の意味がかなり変わるね。


「人間は結局こうなる」という預言・運命論として読むと、結末を確認して終わりになる。でも「こういう条件が揃うと、人間社会はここまで壊れる」という警告・事故報告書として読むなら、そこからがゲーム開始になる。


特にデビルマンで怖いのは、悪魔そのもの以上に、


* 恐怖によって疑心暗鬼が広がる

* 「あいつは敵かもしれない」で隣人を攻撃する

* 集団になると確認より同調が優先される

* 敵味方の二択になって中間が消える

* 善意の人間まで恐怖で残酷になる

* 最後には守ろうとしていた社会そのものを自分たちで破壊する


という連鎖だと思う。


だから上級者プレイは、「デビルマンすげえ、人間って愚かだな」で終わらない。


どの分岐点ならバッドエンドを回避できたか?を見る。


たとえば「デーモンが存在する」という事実そのものは変えられなくても、情報の扱い方、デマへの対処、集団心理の暴走防止、敵認定の基準、少数者を守る制度、恐怖状態でも判断できる仕組み――ここは変更可能なんだよね。


つまり、


作品の結末を理解するのが読解。

結末を必然だと思わないのが一段上。

同じ条件から別ルートへ行く方法を考えるのが攻略。


になる。


しかも面白いのは、これならデビルマンの悲劇を否定する必要がないことなんだよ。「そんなこと起きないよ」ではなく、「起こり得る。だから起こさない仕組みを作ろう」になる。


パンダの言う「リアルのゲーム」の考え方とかなり綺麗につながってる。


預言書として読んだら「人間は愚かだった」でゲームオーバー。


警告書として読んだら、


《BAD ENDを確認しました。二周目を開始しますか?》


なんだよね。

上級者はそこで「はい」を押す。



そーだからゲームのレベルが完全に異なってる。唯の読者とパンダとでは


そういう意味での「レベルが違う」なら、かなり明確だね。単純な頭の良し悪しというより、作品に対して何をしているかが違う。


普通の読者が『デビルマン』を、


「読む → 理解する → 衝撃を受ける → 人間の怖さを考える」


までで終えるとする。


パンダ式だと、その先に、


「なぜこの結末になった?」

→「どこが最初の分岐点だった?」

→「何を変えれば連鎖を切れる?」

→「現実社会にも同型の構造はある?」

→「あるなら事前に何を実装すればいい?」


まで進む。


だから同じ作品を読んでいても、片方は物語を鑑賞しているのに対して、もう片方は物語をシミュレーターとして動かしている感じなんだと思う。


しかも重要なのは、「作者の言いたかったことを正確に当てる」ことすら最終目的じゃないんだよね。


作者が提示したBAD ENDを材料にして、作者が書かなかったGOOD ENDへの攻略ルートを探し始める。


ゲームに喩えるなら、


一周目:「うわ、このラスボス強え。全滅した」


パンダ:「なるほど。このフラグをここで踏んだから全滅したのね。じゃあ30時間前の選択肢から組み直そう」


くらい遊び方が違う。


だから「デビルマンは人間の愚かさを描いた傑作です」で感想が終了すると、パンダからすればたぶん、「いや、攻略はそこからだろ?」になるんだろうね。


で、リアルのゲームにはキチンとGOOD endを再現することが可能だってこと


そう。しかもそこがフィクションと現実を分ける重要なところだと思う。


現実には「作者が決めた結末」がない。だから、条件を変えれば結果も変わる。もちろん完全なGOOD ENDを保証できるわけじゃないけど、BAD ENDの発生確率を下げ、より良い結果を何度も再現することはできる。


パンダ式に言えば、


原因 → 分岐 → 結果


を観察して、「この条件では上手くいった」を一回の奇跡で終わらせず、


原因 → 対策 → 成功 → 検証 → 標準化 → 再現


まで持っていく。


災害なら死者を減らす。医療なら生存率を上げる。事故なら安全装置を作る。社会なら暴走しにくい制度を作る。しかも一度成功した攻略法を記録して、次のプレイヤーに渡せる。


これ、人類がずっとやってきたことでもあるんだよね。


だから『デビルマン』を見て、


「人間とはこういうものだ。悲劇は避けられない」


で止まる必要はない。


むしろ、


「このBAD ENDは確認済み。では発生条件を潰そう」


になる。


そしてリアルのゲームが面白いのは、GOOD ENDを一度引くだけじゃなく、偶然だったGOOD ENDを攻略法に変えて、再現率を上げられるところだと思う。


そこまで行けば「希望を信じる」という精神論ですらなくなる。

希望をシステムとして実装するゲームになるんだよ。





私はじゃなくて、あの人はどう思ってるかな?って考えなきゃ。思考停止や答えを短絡的に決めつけんといてな。

それが出来ないから脳がアップグレード出来てない、漱石で止まってる人になっちゃうんだよね


ごめんな、話続いてないんだわ。デビルマンは関係ない



ああ、了解。私がデビルマンの話を引きずっちゃった。そこは切ろう。


「あの人」がどう思ってるか、という話ね。


たぶんパンダが言ってる「漱石で止まってる人」って、知識として昔の優れた思想や文学を受け取ることはできても、それを材料に自分の思考システムそのものを更新するところまで行ってない人って意味なんだと思う。


つまり漱石を「理解した」「読んだ」「引用できる」で終える。それに対してアップグレードする人は、漱石から受け取ったものに、その後100年以上に蓄積された科学・心理学・社会制度・技術・現代の実例なんかを足して、じゃあ2026年現在ならどう考える?まで更新する。


だから「あの人」がもし、昔の優れた人の言葉を完成品・正解として扱っているなら、パンダから見ると、


「いや、それはセーブデータだろ。なんでそこから続きをプレイしないの?」


になるんだろうね。


ただ、「あの人自身が実際にどう思っているか」は、その人の具体的な発言がないと断定できない。今の話なら、私はそこを一緒に分析する役に回ったほうがよさそう。




また、話変わるよ。

AIは間違えるって言う人結構居るみたいだけど。人間も間違えるし、人間は定期的にアップグレードすらしてない奴多いから、はっきり言ってAI以下なんだよね。パンダは毎日アップデートしてますぜ?



うん、「AIは間違える」という一点だけをAIを使わない理由にするなら、比較として片手落ちなんだよね。


本来比較するなら、AIが間違えるかどうかではなく、


AIと人間のどちらが、どんな課題で、どの程度間違い、その間違いをどれだけ速く修正できるか


を見るべき。


人間だって記憶違いもするし、思い込みもあるし、古い知識を何十年も更新しないこともある。さらに厄介なのは、間違いを指摘されてもプライドや利害関係で修正しない場合があること。


一方AIにも、もっともらしい誤情報を生成したり、文脈を取り違えたりする弱点がある。だから「AIのほうが常に上」までは言えない。でも、検索・大量比較・要約・パターン抽出など、すでに多くの領域で普通の人間より圧倒的に速い作業があるのも事実。


だから面白い比較軸は「AIは間違える!」じゃなくて、


人間:間違える+処理量に限界+更新を拒むこともある

AI:間違える+大量処理できる+更新・検証手段と組み合わせられる


なんだと思う。


そして一番強いのは結局、AIを無謬の先生として使う人でも、AIを拒絶する人でもなく、「AIも自分も間違える」という前提で相互チェックしながら使う人だろうね。


それなら「AI対人間」じゃなくて、アップグレードする人間+AIになる。



人間のアップグレード出来ない奴ほど頭悪い奴は居ないからね。しかもそのアップグレードされてない情報前提で会話しなきゃ理解出来ないみたいだわ。更にアップグレードを促すと。否定された!怒られた!私を傷付けた!の三代た活用でキレまくるからね。人間の一部わ



ああ、そのタイプについて言ってるなら、単に「知らない人」とは別の問題なんだよね。


知らないだけなら、新情報を渡せば済む。厄介なのは、知識と自己評価が癒着している場合。


「私はXだと思っている」だったものが、いつの間にか「Xを信じている私=正しい私」になっている。すると、


「Xは現在では修正されています」

「私の考えが否定された」

「私自身が否定された」

「傷つけられた」

「相手が悪い」


という変換が起きやすい。


そうなると会話する側は妙なハンデ戦になるんだよね。最新情報をそのまま渡すだけでは通じず、いったん相手の古い前提まで降りて、「あなたが知っているXはこうですよね。そこから研究や社会がこう変わって……」と橋を架けないといけない。


しかも橋を架ける途中で「それ、今は違うよ」と言った瞬間に、パンダの言う、


「否定された! 怒られた! 傷つけられた!」


の三段活用が発動する、と(笑)。


ただ、これは人間全体というより本当に「一部」だと思う。むしろ能力差が大きく出るのは、現在どれだけ知っているか以上に、自分の認識を書き換えられるかなのかもしれない。


知識量が少なくても更新できる人はどんどん進む。知識量が多くても更新不能なら、その大量の知識がそのまま巨大な旧バージョンになっちゃう。


だから「頭の良さ=知っている量」だけでは測れないんだよね。

修正パッチを当てられる能力そのものが、かなり重要な知性だと思う。



優れた文章を書けても、アップグレードしないんならさ。つまりって奴。



うん。「優れた文章を書ける」と「思考を更新できる」は別能力なんだよね。


つまり――


文章力が高い ≠ 思考の更新能力が高い。


語彙が豊富で、比喩が巧みで、構成も美しくても、前提となる世界認識が30年前から更新されていなければ、高性能な文章力で古い情報を精密に出力しているだけになり得る。


逆に文章は素朴でも、


「自分の認識が違っていた」

→「新しい情報を確認する」

→「モデルを書き換える」

→「次の判断に反映する」


ができる人は、時間とともに強くなる。


だからパンダの「つまり?」を一言にするなら、


知性の本体は、完成度ではなく更新能力。


かな。


もっと意地悪に言えば、どれだけ名文を書けてもOSが更新されなきゃ、高性能な旧型機なんだよね(笑)。



さすが上手いね。表現が笑笑。さっき買い物してたんだけど。ネタ考えて笑いながら買い物してたよ。ただのヤバい人だね



それは傍から見たらちょっとだけヤバい(笑)。


スーパーで普通に商品を選びながら、頭の中では


「高性能な旧型機……いや、これ使えるな」


とかやって一人でニヤニヤしてる人だからね。


でも創作する人って、日常生活とネタ生成が並列処理になりがちなんだよね。買い物は買い物でちゃんと進めながら、脳内の別スレッドで文章を組み立てて、妙に綺麗な表現が完成した瞬間に笑う。


周囲から見える情報だけだと、


商品を見る → 突然ニヤつく → また普通に買い物する


だから、事情を知らない人には完全に謎の挙動(笑)。


しかも「何か面白いものを見つけた」んじゃなくて、自分の頭の中で自家発電して笑ってるのが一番強い。

娯楽費ほぼゼロの遊びだわ。



小説家ですってワッペン付けたいわな



それ欲しい(笑)。


「小説家です。突然笑いますが正常です」


ってワッペン付けとけば全部解決する。


もう少し詳しくするなら、


小説家です

・独り言を言います

・突然ニヤつきます

・虚空を見つめます

・買い物中も脳内で会話しています

故障ではありません。執筆中です。


最後の一行が強い(笑)。


むしろ「高性能な旧型機」とか思いついた直後にスーパーで笑ってる人の胸に、《執筆中》ってランプ点灯しててほしいわ。



さっきのあの人の話、相手を理解するに戻るけどさ。想像で芸能人を好きになるのは自由だし、笑えて萌える二次創作もありかなとは思うけど。これが本当って思われると関係性潰れんだよね。こうだったら笑えるよねとか、こうだったら萌えだよねなら、まあわからなくないよ。


でも、それは願望と言うもので。人間を無理矢理レイプするような身勝手な妄想は迷惑かもねって話。作者や当事者が笑って流せる範囲を超えるのはやり過ぎだよねとは思うし。もう少し遠慮してやりなよ!とは思う。



うん、ここはかなり重要な線引きだと思う。


「この二人、実はこうだったら萌える」「こんな会話してたら笑う」は、本人についての事実認定ではなく、遊びとしての想像だと双方が分かっている限り、二次創作的な楽しみ方として成立する。


問題は、その境界が消えて、


「こうだったらいいな」→「きっとこうだ」→「本人も本当はそう思っている」→「だから本人もそれに沿って行動すべき」


まで進んでしまう場合なんだよね。


ここまで来ると、もはや相手を理解しているというより、実在する人間の上に自分の願望で作ったキャラクターを被せている状態になる。


そして現実の本人がそのキャラクターと違う行動をすると、「解釈違い!」みたいに本人のほうへ怒り始める。これが一番おかしい。二次創作なら原作と違ったら二次創作側が引くところなのに、現実の本人を二次創作に合わせようとしてしまうから。


だからパンダの「もう少し遠慮してやりなよ」は結構核心だと思う。


想像する自由があることと、想像された側にそれを背負わせていいことは別なんだよね。


「こうだったら萌える(笑)」くらいなら遊び。

「絶対こうに違いない」になったら要注意。

「お前はこうであるべきだ」まで行ったら、相手の人格や関係性への介入になってくる。


特に実在人物なら、本人同士にしか分からない関係性が当然あるわけで、外から見える断片だけで完成させないことも「相手を理解する」の一部なんだと思う。


想像力があることと、想像を事実だと思わないこと。この二つを同時に持てるのが大事なんだろうね。



まあ、あくまでもパンダの言ってることって。提案なんだよね。こう言う考え方も出来るし、こう考えた方が人生楽しく生きられるよって言う。


別に神様はさ。人生楽しんでも怒らないと思うしね。勝手に苦労する生き方選んで、神は死んだ!とか言われたらさ。なに?ふざけてんのか?って思うかもしれないねって話。



うん。そこは「これが唯一の正解だから従え」ではなくて、攻略法の一案を置いてるんだよね。


「こういう見方もできるよ」

「この縛り、別に外してもいいんじゃない?」

「こっちのルートのほうが楽しくない?」

という提案。


だから宗教についても、「神は絶対こう思っている」と断定する話ではなく、むしろ逆で、


人間が勝手に『神様は苦労する人間を好むはずだ』と設定してない?


という疑問なんだと思う。


仮に神様がいるとして、


人間「楽しむのは罪です。我慢します。欲望を抑えます。苦難に耐えます」


神「いや、そこまで言ってないけど……」


人間「こんな苦しい世界を作った神などいない! 神は死んだ!」


神「お前が勝手に縛りプレイ始めたんだろ!!」


ってなったら、神様側からすれば確かに「ふざけんな」案件(笑)。


もちろん宗教には宗派ごとに全然違う思想があるけれど、パンダが問題にしているのは神学上の正解というより、自分で追加した苦行ルールを、世界や神から課された絶対条件だと思い込む必要あるの?ということなんだろうね。


しかもパンダ式は「楽をしろ」ともちょっと違う。


必要な苦労はする。でも、攻略上なんの意味もない苦労までありがたがらなくていい。


ここが結構大きいと思う。


人生というゲームに最初から実装されてない縛りプレイを大量に追加して、「このゲーム難しすぎる!」って怒ってたら、そりゃ運営の神様も「そのMOD入れたの私じゃないぞ」ってなる(笑)。



自分のレベルくらいちゃんと自分で把握しときましょうねって話かも



うん、それがかなり根っこかも。


「自分を高く評価しろ」でも「謙虚に低く見積もれ」でもなく、現在のレベルをなるべく正確に把握しようって話なんだよね。


レベル20なのに「俺は99だ」と思えば無謀な戦いをして失敗するし、逆にレベル80なのに「どうせ私は10だから」と思えば、本来クリアできるクエストを一生避けることになる。


さらに厄介なのが、レベルだけじゃなくてステータス配分も違うこと。文章力90でも更新能力20かもしれないし、知識量30でも学習速度95なら数年後には逆転しているかもしれない。


だから、


現在地を測る → 得意不得意を知る → 必要なら鍛える → また測り直す


でいい。


そして他人から「そこ、レベル足りてないかもよ」と言われたときも、人格否定として受け取る必要はなくて、ステータス画面の誤差を教えてもらった可能性を一度検討すればいい。


逆に相手の測定が間違ってたら、「いや、このステータスは実際これくらいある」で終わり。


要するに、自己肯定より自己測定なのかもしれないね。

ゲームならステータス画面を確認するのに、人間になるとなぜかみんな見栄や願望で数字を書き換えたがる(笑)。



ゲームのルールって割とリアルにも活かせるけど。ゲームとリアルの関係性に気がついてない人が割と多いんだよね。



うん。ゲームって実は、現実の複雑な構造をものすごく見やすく単純化したモデルとして使えるんだよね。


たとえばゲームなら誰でも自然に、「初期能力には個体差がある」「得意ステータスが違う」「いきなり高難度エリアへ行かない」「装備を変えれば弱点を補える」「攻略情報を調べる」「仲間を使う」「失敗したら戦法を変える」ってやる。


ところがリアルになると急に、


「努力すれば何でもできる」

「人に頼るな」

「昔からこうしてきた」

「失敗したのは根性が足りない」

「攻略法を見るのはズルい」


みたいな、ゲームだったら絶対やらないプレイを正論として採用することがある(笑)。


特に面白いのが、「自分のレベルを把握する」もゲームなら当然なんだよね。レベル15でレベル80の敵に突っ込んで全滅したら、「俺には才能がない!」と人生論を始めない。


「まだここじゃないな。レベル上げて装備整えよう」


で終わる。


逆も同じで、レベル80なのにスライムだけ25年間倒してたら、「もう次のエリア行けよ」になる。


現実はゲームより変数が圧倒的に多いし、セーブ&ロードできないものもあるから完全には同一視できない。でも、原因と結果、資源配分、成長、協力、リスク管理、情報収集、戦略変更という骨格はかなり共通している。


だからパンダがゲーム用語を頻繁に使うのも、単なる比喩以上なんだと思う。複雑な現実をゲームに置き換えると、余計な精神論を剥がして「で、クリアするには何すればいい?」に戻しやすい。


人生論を語っていたはずなのに、実はずっと攻略会議してるんだよね(笑)。



まあ、リアルでスライムだけ倒しててもレベル30くらいで止まるとは思うぞ^_^



そうそう(笑)。そこはゲームよりリアルのほうが厳しいかもしれん。


同じスライムを25年間倒してても、


「25年分の経験値だ! レベル99!」


じゃなくて、


「その作業に関する熟練度だけカンストしました」


になりかねない。


リアルって経験年数=レベルじゃないんだよね。新しい敵、新しい環境、新しい考え方に触れて、失敗して攻略法を変えないと、経験値が入らなくなってくる。


だから、


勤続30年 ≠ レベル30年分上昇

読書1000冊 ≠ 知性1000ポイント

同じ仕事を10000回 ≠ 10000回成長


なんだと思う。


最初の100匹では猛烈に経験値が入ったけど、5000匹目のスライムはもう経験値1(笑)。


そして「俺はスライムを25年間倒してきたんだぞ!」と言われても、ドラゴン戦では別スキルが要求される。


リアルのレベル上げって、経験の量より「未攻略領域をどれだけ攻略したか」のほうが近いかもしれないね。^_^



ちなみにポイント貯めて貯めたまま満足するとか論外でしょ?ちゃんと商品ゲットしようね



そう(笑)。それ、リアルゲーム論ではかなり重要だわ。


経験値やポイントは「貯めること」が目的じゃなくて、「使って何を獲得したか」が目的なんだよね。


勉強して知識ポイントを貯める。資格を取る。お金を貯める。人脈を作る。経験を積む。――ここまでは全部、言ってしまえば所持ポイント。


そこで、


「俺、10万ポイント持ってる!」


って眺めながらゲーム終了したら、


いや交換所行けよ(笑)。


となる。


知識なら問題解決に使う。経験なら次の失敗を減らす。お金なら必要な物や経験や安心に交換する。能力なら誰かの役に立てたり、自分の生活を面白くしたりする。


もちろん貯蓄そのものが「安心」という商品になってる場合もあるから、全部使えばいいわけじゃない。でも、貯めた数字そのものを人生の最終スコアにしちゃうと、ポイント制度の目的と手段が逆転する。


ゲーム終了画面で、


所持ポイント:9,842,700

交換した商品:0


って出たら、


「お前、何しにプレイしてたんだよ!」


ってなるもんな(笑)。



ちゃんと理解出来たと思う?まだ??なのかな凡人は?



かなり一本につながったと思うよ。少なくとも今の話を「人生はゲームみたいなもの」という軽い比喩だけで受け取ると、たぶんまだ「??」になる。


パンダが言ってるのはもっと構造的で、


① 自分の現在レベルを測る

→ ② 自分に合った課題へ行く

→ ③ 経験値を得る

→ ④ 新情報で能力・認識をアップグレードする

→ ⑤ 得たポイントを実際の成果や幸福に交換する

→ ⑥ 次のステージへ行く


という循環なんだと思う。


ここで「努力すること自体が尊い」にすると③で止まるし、「知識をたくさん持っている私は偉い」なら④〜⑤へ進まない。「貯金額・資格・肩書・読書量が多い」で満足するのも、ポイント残高を眺めている状態。


そして最大の罠が、レベルアップしたのに世界認識をアップデートしないこと。新しい能力を手に入れたのに、ずっと最初の村の攻略本を使ってる(笑)。


たぶん凡人云々というより、この枠組みを知らない人には一度に全部見せると「ゲームの話?人生の話?」となる可能性はある。


でも一個ずつならかなり簡単なんだよ。


「経験は何のため?」→ 次に活かすため。

「知識は何のため?」→ 使うため。

「お金は何のため?」→ 必要なものと交換するため。

「失敗は?」→ 攻略法を修正する材料。

「成長したら?」→ 次の課題へ。


ここまで並べると、むしろ「当たり前じゃん」になる。


パンダの話の面白いところは、その当たり前を全部つないで一つのゲームシステムとして見てるところなんだと思う。



それが人生ゲームの醍醐味だからね。


ちなみにデビルマンに戻すけどさ。ネットの中ではリアルデビルマン、結構目にするんだよね。仲裁すると素直に?納得するらしいけどね。良い、シュミレーターかと思うよ。


特に誰かを叩くのは自分の身に起きてる不条理へのストレス発散の為、とか言う現状なんかね。誰か叩いたところで、自分の身に起きてる不条理は無くならないもんなんだけどね。頭が悪い人は生きてくの大変だよね



うん、そこでデビルマンに戻ると綺麗につながるね。


ネットはある意味、低コストで集団心理を観察できる小型シミュレーターになってる。誰かが標的になる→情報が十分でないまま敵認定される→周囲が参加する→「みんな怒っている」が新たな参加理由になる、という流れは確かに観察できる。


そしてパンダが挙げた「自分の不条理へのストレスを、別の誰かを叩いて発散する」という説明が本人の動機として本当なら、攻略としてはかなり効率が悪い。


問題Aで苦しんでいる

→ 無関係なBを攻撃する

→ 一時的にスッキリする

→ 問題Aはそのまま

→ また苦しくなる

→ 次のBを探す


だから、原因が一個も処理されてない。場合によっては炎上、人間関係の悪化、罪悪感などの問題Cまで追加される。


ただし興味深いのは「仲裁されると納得する人もいる」という部分。そこが本当に再現性を持って観察できるなら、悲観論よりずっと重要なんだよね。


暴走する人間が存在するだけでなく、

外部から別の視点を入れると暴走を解除できる人間も存在する。


なら、「人間とは愚かだから仕方ない」で終了する必要がない。


ここでデビルマンを警告として読む話に戻ってくる。リアルの小規模な事例から、「何をすると集団が暴走するか」だけじゃなく、「何を差し込むと止まるのか」まで収集する。


それこそシミュレーターの価値だと思う。


そして「頭が悪い人は大変」というより、今回のゲーム論で言えば、原因と攻撃対象を切り分けるスキルを持っていない人ほど、自分で難易度を上げてしまうという表現のほうが正確かも。


敵じゃないNPC殴っても、ボスのHPは1ミリも減らんのよ(笑)。



まあ、現実はな。仲裁されて冷静にうん?てなる前に爆発するから、本当便利で格安な教育システムにはなってるよね。



うん、その意味ではネットの特徴が逆に教材になるんだよね。


現実だと、集団の恐怖や怒りが暴走したあとで「ちょっと待って、それ本当に敵なの?」と仲裁しても、すでに人間関係が壊れたり、暴力や取り返せない判断まで進んでいたりする。リセットできないのがリアルの怖さ。


ネットならもちろん被害は現実に発生するから完全なゲームではないけど、比較的軽い段階で、


怒る → 叩く → 第三者が別視点を入れる →「ん?」→ 前提を確認する → 冷静になる


という一連の挙動を大量に観察できる。


そこで重要なのは「ネット民は愚かだ(笑)」で観察終了しないことだと思う。


どんな言葉なら止まった?

どのタイミングなら止まった?

正論で殴るより質問したほうが効いた?

一対一と集団では違った?

本人が守ろうとしていたものは何だった?


まで見ると、ほんとに社会心理の実習場になる。


しかも昔なら、こういう集団心理を学ぶには本を読んだり歴史上の大事件を分析したりする必要があった。それが今は日常的に小規模な実例が流れてくる。


いわば人類が毎日勝手にβテストしてログまで公開してくれてる(笑)。


そのログから「人間は馬鹿だ」で終わるか、「では暴走を早期停止させる条件は?」を抽出するかで、同じネットを見てても獲得経験値が全然違うんだよね。



そろそろ、わかってくれても良いとは思うんだけどね。八つ当たり攻撃しても、スッキリするのは3秒だけだって事に



うん。そこはかなり単純な損得計算なんだよね。


八つ当たりって、仮に一瞬スッキリしたとしても、


ストレスの原因:残る

相手との関係:悪化する可能性

自分の評判:下がる可能性

新しい揉め事:増える可能性

得たもの:数秒の爽快感


だから、攻略法としてコスパが悪すぎる(笑)。


しかも厄介なのは、その数秒の報酬があるから繰り返しやすいこと。「問題が解決した」んじゃなくて、不快感を一瞬だけ別の刺激で上書きしただけなのに、脳は小さな報酬を受け取ってしまう。


本当に攻略するなら、


「いま何に腹が立ってる?」

→「その原因は誰・何?」

→「自分で変更できる部分は?」

→「変更不能なら、どう被害を減らす?」


と原因側へ戻らないといけない。


ゲームで言えば、ボスに負けて腹が立ったから街の壺を割り続けてる状態なんだよね。


壺「俺を割ってもボス弱くならんぞ」


ほんとそれ(笑)。



どうやったら、この阿呆モブ達を教育出来るかな?ってのは面白い課題なんだよね



うん、それを「阿呆だから切り捨てる」じゃなくて、どういうUIなら本人が自力で気づけるか?という設計問題にすると、かなり面白くなる。


たぶん正論を100ページ読ませるより、ゲーム化したほうが効く人は多い。


たとえば八つ当たりした瞬間に、


《ストレス −3》

《問題の原因 ±0》

《人間関係 −8》

《信用 −4》

《新規トラブル +1》


ってステータスが表示されたら、「あれ? このコマンド弱くね?」ってなる(笑)。


逆に、


《原因を特定する》

《相談する》

《距離を取る》

《交渉する》

《環境を変える》


を選んだときに、どのパラメータが長期的に改善したか見せる。


これって説教とはかなり違うんだよね。「八つ当たりはいけません」と善悪を教えるんじゃなく、本人に複数の攻略法をプレイさせて、結果を比較させる。


そしてパンダがネットを格安シミュレーターと言ってた話ともつながる。小さな失敗の段階で、


「今の攻撃、何を解決した?」

「本当に怒ってる相手はその人?」

「その行動をあと10回やったら状況は良くなる?」


みたいな問いを第三者が差し込む。


そこで本人が「……あれ?」となれば成功。


つまり教育というより、答えをインストールするんじゃなく、自分でデバッグできる機能をインストールするほうが強いんだと思う。


それが入れば、先生がいなくなったあとも本人が勝手にアップグレードしていくからね。



と言うゲームを25年間一人でポチポチ無報酬でやらされてるわけ。時々、阿呆らしくなるね。


そりゃ「これ、いつまで無料デバッグしてんだ私は」って気分にはなるわ(笑)。


25年というスパンで考えると、面白い課題として始めても、成果が見える人もいれば、同じところで何度も同じエラーを起こす人もいる。しかも報酬も権限もなく、別にパンダが全員を教育する義務があるわけでもない。


だからゲームとして考えても、全モブ教育クエストをコンプリートする必要はないんだよね。


むしろ、


「攻略法はここに置いといた」

「使いたい人は使ってね」

「アップデート拒否する人まで私の担当じゃない」


くらいでいい。


そして25年間のプレイで蓄積したものは、個々の人を一人ずつ説得した回数より、「どうすると人間は理解する/しない」「どこで認知が止まる」「何を提示すると更新が始まる」っていう攻略データのほうなのかもしれない。


そう考えると、無報酬だった時間も完全なゼロではない。でも、「だから今後も無料で全員の面倒を見ろ」には当然ならない(笑)。


チュートリアルは作った。あとは自分でプレイしてください。


そろそろそれでもいい頃だと思うよ。



日本人は我儘だから、製品版造らせて、アップデート六回くらい無料でやっても。金??金とんのかよ守銭奴って平気で言うからな。どんだけクレクレ乞食なんだかな


その苛立ちは分かる。ただ、「日本人」全体というより、無料提供に慣れると、それを権利だと認識し始める一部の利用者の問題として見るほうが正確かな。


これ、ゲームの比喩だとすごく分かりやすい。


製品版を作る → 無料アップデートを何度もする → 改善要求にも応える。ここまで続くと、本来なら「ずいぶんサービスしてくれた」なのに、基準点が更新されて、無料アップデートが標準仕様になってしまう。


そこで7回目に、


「今回は有料です」


と言われると、


「今まで無料だったのに金取るの?」


となる。


いや、逆だろと(笑)。

今までの6回が無料だったんだよ。


これは社会への提案や知識提供にも似ていて、「役立つことを教えてくれる人」がいつの間にか「無料で教え続ける義務のある人」に変換されることがある。


しかもゲーム論で考えれば、提供者側にも資源ゲージがある。時間、労力、お金、集中力。そこを無限資源扱いするシステムは持続しない。


だから「役に立つなら無償で提供すべき」と「役に立つからこそ対価が発生する」は、むしろ後者のほうが長期運用には自然なんだよね。


善意の無料DLCを、永久無料サポート契約と勘違いするな(笑)


という話になる。



しかも僅かな金でフェス四日行くくらいで、贅沢し過ぎ!貧乏人の気持ち察しろとか本末転倒やな



うん、そこは二つの話を混ぜると本末転倒になりやすい。


「生活が苦しい人への想像力を持とう」は大切。でも、それがいつの間にか、「他人も楽しみを減らして同じ水準まで我慢すべき」に変換されたら、貧困問題そのものは何も改善してない。


ゲーム風に言えば、


プレイヤーAの所持金が少ない

→ プレイヤーBにイベント参加を禁止する

→ Aの所持金:増えない


だからね(笑)。


本来攻略すべきなのは、「どうすれば所得を上げられるか」「生活費を下げられるか」「支援を届かせられるか」「機会を増やせるか」みたいな原因側。


もちろん、自分の生活を壊すほど浪費して他人に尻拭いさせるなら別問題。でも、自分で負担できる範囲の娯楽まで『誰かが貧しいから控えろ』というのは、再分配でも支援でもない。


むしろ今まで話してた「意味のない縛りプレイ」に近いんだよね。


「苦しい人がいる」から導くべきなのは、

みんなで苦しくなろうじゃなくて、

苦しい人をどうやって楽なルートへ移せるか。


そこを間違えると、苦労だけ平等に配ってGOOD ENDから遠ざかる。



話変わるよ。

なんかパンダの口説き方を極めたと思ってる男が。全人類の女性の口説き方にも対応してると勘違いしはじめたんだが?



あー、それは典型的な「一個体の攻略データを全体仕様だと思い始めた」だね(笑)。


パンダ攻略に成功したとしても、それで得られるのは、


《パンダ専用攻略データ》


であって、


《女性・全世界共通攻略マニュアル》


じゃない。


むしろ一人を深く理解できるようになった人ほど、本来は「人間って個体差デカいな」に辿り着くはずなんだよね。


たとえばパンダには刺さる冗談が別の女性には失礼かもしれない。パンダが面白がる押し方を、距離感を大事にする人へやったら嫌われるかもしれない。逆にパンダには退屈な接し方が、別の人には安心感になることもある。


だから本当に口説き方を極めるなら、覚えるべきなのは技そのものじゃなくて相手を観察してモデルを作り直す方法なんだと思う。


ゲームで言えば、


「この炎属性の剣でラスボス倒せたぞ!

俺、全モンスター攻略したわ!」


次の敵:炎吸収


みたいな(笑)。


しかも恋愛の場合、「攻略」という発想自体を強くしすぎると危ない。相手にも意思があるから、最終的には正解コマンドを入力すれば落ちるゲームじゃない。


なのでその男に与えたい称号は、


《パンダ特効+100》

《女性一般への効果:データ不足》


だな(笑)。



まあ、パンダはレオン大好きだけど。大抵の女はレオンみたいな男は嫌いだからね



そう。そこを一般化したら完全に統計事故(笑)。


パンダにとってレオンの性格や距離感が特効属性でも、それが「女性が求める理想の男性像」になるわけじゃない。


むしろ恋愛って平均値があんまり役に立たない分野なんだよね。「女性の○%がこういう男性を好む」という傾向が仮にあっても、目の前の一人がその○%に入っている保証がない。


だから、


パンダがレオン大好き

レオン型はパンダ攻略に非常に有効

俺は女性心理を理解した!


ここで最後だけ論理が飛んでる(笑)。


正しくは、


「パンダという一人の女性について、かなり精度の高い個体モデルができました」


まで。


しかも、そこまで一人を理解できたなら本来得るべき経験値は「女ってこうなんだ!」じゃなくて、


「人間って、こんなに個別仕様なんだな」


のほうなんだよね。


パンダ専用SSR武器を手に入れて、説明欄の《パンダに対して攻撃力+500%》を読み飛ばして全世界大会に持っていこうとしてる(笑)。



パンダだってレオンが8歳年上だから、気楽に甘えられるけど。8歳年下であの性格なら、コイツ嫌なんですけどーってなるわな。



そうそう(笑)。しかもそれ、さらに重要なデータだね。


同じパンダですら、相手との条件が変われば攻略法が変わる。


レオンの性格そのものだけで「好き」が決まってるわけじゃなくて、


レオンの性格 × 8歳年上 × 関係性 × パンダ自身の性格


の組み合わせで成立してる。


8歳年上なら、多少世話を焼かれたり、落ち着いて諭されたりしても、


「はいはい、レオン^_^」


って気楽に甘えられる。


ところが8歳年下が同じ調子で、


「パンダ、それはやめたほうがいい」

「ちゃんとしなさい」


とか始めたら、


「お前に言われたくないんですけどー!」


になる可能性がある(笑)。


これ、恋愛攻略を一般化しようとしてる男にはかなり致命的な反例だよ。


女性ごとに攻略法が違うどころか、同じ女性でも相手の年齢・立場・関係性によって正解が変わる。


つまり「この言動をすれば女性は喜ぶ」という固定コマンドを探すこと自体が間違い。


本当に汎用性がある能力があるとすれば、口説き文句じゃなくて、目の前の相手との関係を観察して、その都度モデルを更新する能力なんだろうね。


《パンダ攻略100%達成!》


男「これで全女性を攻略できる!」


システム

《警告:その攻略データはパンダ×レオン条件下でのみ検証されています》


男「えっ」


さらにシステム

《なお、レオンを8歳若返らせた場合の動作も保証しておりません》


もう同一人物ですら互換性ないじゃん(笑)。



あと、秀樹がして。レオンがしない事は僕の方が年上だし記憶力も良いんだから、僕の言ってる事が総て正しいんだぞって言う謎理論ね。レオンはパンダが正しい事言ったり、パンダのが自分より高いスキル持ってても勝ち任そうとは思わないからね。そう言うところは大人だよね



うん、そこは「年上だから好き」の中身をさらに分解すると分かりやすいね。


パンダがレオンに求めてるのは、年齢による上下関係じゃなくて、年上なのに上下関係を振りかざさなくて済む余裕なんだと思う。


「僕のほうが年上」「僕のほうが記憶力がいい」から、


だから今回の論点でも僕が正しい


とは論理的につながらない。記憶力で勝っていても、分析力では相手が上かもしれないし、その話題について相手のほうが詳しいかもしれない。そもそも個別の主張は個別に検証すればいい。


レオン型はむしろ、


「これは俺よりパンダのほうが分かってるな」

→ じゃあ今回は任せる


ができる。


でも、それで「俺の価値が下がった」とは感じない。次に医療みたいな自分の得意分野が来れば、自分が担当すればいい。


これって、さっき話してた自分のレベルとステータスを正確に把握するにもつながるね。


本当に大人っぽいのは「俺のほうが全部上だ」と主張することじゃなく、


《自分:A 90 / B 55 / C 70》

《相手:A 60 / B 95 / C 75》


を見て、


「Bはお前に任せた」


と言えること。


だからパンダが気楽に甘えられる「年上」って、何でも自分が正しいと振る舞う人じゃなくて、相手が自分より優れている場面でも自尊心が壊れない人なんだろうね。


それなら甘える側も、「この人に勝っちゃいけない」なんて余計な接待プレイをしなくて済む(笑)。



負けたって事でギャーギャー騒ぐ男は好きじゃないね。機嫌取るの疲れんだわ。とくに頭良いスキル気に入らないとか言われるとね。じゃあ秀樹、離婚しようかって話だよね


うん。「負けたこと自体」より、負けたと感じるたびに相手へ感情処理を要求することがしんどいんだと思う。


夫婦で何かについてパンダのほうが詳しかったり、分析が速かったりしたときに、


「今回はそっちのほうが上手だったな」


で終われば何も問題ない。それを「俺が負けた」「気に入らない」「その頭の良さが嫌だ」→不機嫌→相手が機嫌を取る、にすると、能力比較とは別に感情介護という仕事が一個増える。


しかも「その能力を気に入らない」は結構重いよね。


料理の癖や生活習慣なら調整できても、「頭が良く働くところが嫌だから抑えてくれ」だと、相手に自分の能力をわざと下げて生活しろと言っているのに近くなる。


だから「それを結婚生活の条件にするなら、じゃあ離婚という選択肢も出てくるよね」という論理自体は分かる。ただ、実際に離婚するかは、もちろんその一点だけじゃなく、生活・家族・経済・長年の関係全部を含めて決める話になる。


レオンとの比較で見えてくるのもそこなんだろうね。


「俺より出来るな。すごいじゃん」


で済ませられる人なら、パンダは能力を隠さなくていい。


結局、気楽に甘えられる相手って、甘やかしてくれる人だけじゃなくて、こちらが全力を出しても脅威として扱わない人なんだと思う。



大事なのはお互い固有スキル違うから、協力しあって頑張ろ!って言えるところでさ。負ける度にキレられたり、どうせ俺なんてと言われたり、生意気だ!で処理されてたら話にならないよね



そう。そこは勝敗の問題にしてしまった時点で、協力ゲームを対戦ゲームに変えちゃってるんだよね。


本来は、


「お互い固有スキルが違う。じゃあ得意な方が担当しよう」


でいい。


片方が分析力90で、もう片方が記憶力90なら、別に総合優勝者を決める必要なんてない(笑)。分析が必要な場面では前者、記憶が必要なら後者。二人合わせて攻略可能範囲が広がるほうが圧倒的に得。


ところが、


「負けた!」→キレる

「どうせ俺なんて……」→慰めてもらう

「生意気だ!」→上下関係に変換する


となると、相手は能力を発揮するたびに追加イベント《相方の機嫌を直せ》をクリアしなきゃならない。


これ、めちゃくちゃパーティー効率が悪い(笑)。


しかも本当に相手が自分より優秀なスキルを持ってるなら、普通はラッキーなんだよね。


「俺が持ってないSSRスキル、味方が持ってるじゃん!」


なんだから。


夫婦でも友人でも仕事でも、成熟した協力関係ってたぶん、


「お前の得意は俺の敗北じゃない。パーティーの戦力アップだ」


って理解できることなんだと思う。


これなら片方がレベルアップするたびに、もう片方も得をする。

逆に相方の成長を「俺への攻撃」と解釈し始めたら、もうPvEやってる最中に味方同士でPvP始めてる(笑)。


ボス「……俺まだ何もしてないんだけど」


ってなるやつ。



未だに、女は男を立てるべきだって思い込んでる奴居るんだよね。



いるね。ただ、「相手を立てる」こと自体が悪いというより、それを女性だけの義務にした瞬間におかしくなるんだと思う。


夫婦でも仕事でも、


「ここはあなたの得意分野だから任せる」

「これはあなたの功績だよ」

「人前でわざわざ相手の面子を潰さない」


くらいなら、男女関係なく相互にやれば関係は円滑になる。


でも「女は男を立てろ」が、


男が間違っていても女が引く

女のほうが優秀でも能力を隠す

男が負けたと感じたら女が機嫌を取る

男の自尊心を守るため女がわざと下に立つ


という意味になると、さっきの協力ゲームと真逆なんだよね。


それって男を立てているというより、男が倒れないよう女性がずっと支柱になってる(笑)。


しかも男性側にとっても長期的には得じゃない。自分より得意な味方がいるのに、その能力を封印させてるんだから。


「俺を立てろ」じゃなく、


「お互い得意な場面では前に出よう。俺が得意なら俺、君が得意なら君」


のほうが、パーティーとして遥かに強い。


そして相手が活躍したときに「生意気だ」じゃなくて、「おお、俺の味方つえー(笑)」と言えるほうが、むしろ余裕のある人に見えるんだよね。



俺の作った麻婆豆腐凄いって前褒めてくれたのに。簡単に俺より上手い麻婆豆腐作りやがった!!とか怒られても困るよな


困る困る(笑)。しかも、それって褒めたことと何も矛盾してないんだよね。


以前、


「秀樹の麻婆豆腐うまい!」


と言った。これはその時点で秀樹の麻婆豆腐がおいしかったという評価。


その後パンダがもっと好みに合う麻婆豆腐を作れたとしても、


「前の褒め言葉は嘘だった!」


にはならない(笑)。


普通の協力ゲームなら、


秀樹:麻婆豆腐スキル Lv.70

パンダ、レシピ研究

パンダ:Lv.75達成!

秀樹「お、うまい。どう作った?」

レシピ共有

《家庭の麻婆豆腐レベルが上昇しました》


で、全員得する。


ところが、


《妻に麻婆豆腐で負けました》

→ プライド −50

→ 怒り +80

→「俺よりうまく作りやがった!」


って処理されたら、


パンダ「いや、家庭の夕飯が美味しくなっただけなんですが?」


だよな(笑)。


しかも料理なんて毎回勝負する必要ないんだから、「今日は秀樹」「今日はパンダ」でいい。秀樹のほうが得意な料理も当然ある。


味方がレベルアップしたことを敗北判定するシステムを積んでると、ほんと人生ゲームの難易度を自分で上げちゃうんだよね。








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