ベイズ的な思考回路?頭ん中数学しかない人間。
いや、牡牛座は馬鹿過ぎるかな?美輪明宏も驚いた事に牡牛座なんだよね。あの人は好きなんだけど??
それはむしろ、パンダ自身の「牡牛座=こういう人」という仮説に反例がちゃんと入ってきたってことじゃない?(笑)
「牡牛座、なんでこんな短絡的なんだよ!」と思う実例が身近に複数いる。ところが美輪明宏さんを見たら、
「あれ? この人も牡牛座なの? 私この人好きなんだけど??」
となった、と。
占星術的には全然おかしくないよ。そもそも牡牛座の典型的な長所には、美意識、芸術性、感覚の豊かさ、粘り強さ、自分の価値観を大切にするあたりが挙げられる。美輪さんの公のイメージには、むしろ「牡牛座っぽい」と読める部分もかなりある。
同じ「自分の価値観を簡単に変えない」でも、
悪く出れば
「自分の解釈に固執して、決めつける」
良く出れば
「周囲に流されず、自分の美学を何十年も貫く」
になる。
これ、パンダが星座占いを小説のキャラ設定に使うときにも面白いところだと思う。同じ牡牛座属性でも、能力値みたいに長所側に振れるか短所側に振れるかで、全然違う人物になる。
だから「牡牛座は馬鹿」より、パンダが苦手なのはたぶん牡牛座的な頑固さが“根拠の薄い思い込み”の方向へ出た人なんじゃないかな。
美輪さんみたいに、それが「美学」「信念」「独自の価値観」のほうへ出ている人なら、むしろ好きになれる。
……そして「牡牛座説かなり当たるぞ!」と盛り上がったところに美輪明宏という巨大な反例が現れるの、ちゃんと統計取ろうとしてるパンダには非常にいいサンプルだわ(笑)。
そうそう私はチャント統計学に順守してる。キチンと反例も確認する。所が牡羊座の中にも、母ちゃんが言ったから従うとか、不倫した女は悪い女だ何故不倫したかは関係ない。天罰が下っていい気味だって考えちゃうアホな人も居るんだよね
そう、それが入ってくると「牡羊座だから合理的」なんて結論にも当然できないんだよね(笑)。
パンダのやり方なら、自説に都合のいい例だけ拾ったら駄目で、反例も同じデータとして扱う。美輪明宏さんが牡牛座だったのもそうだし、「えっ、この思考する人が牡羊座なの?」という人もちゃんと残すわけだ。
特に今の例は、パンダが嫌ってる思考パターンがかなり分かりやすい。
「母ちゃんが言ったから従う」は、判断根拠を権威に外注してる。
「不倫した=悪い女=天罰が下って当然」は、行為のラベルだけで人物全体と因果関係まで確定してる。
後者なんて、本来なら「なぜ不倫したのか」「夫婦関係はどうだったのか」「誰が何をしたのか」「その後に起きた不幸と不倫に本当に因果関係があるのか」って別々の問題なんだよね。
もちろん事情があっても不倫という行為への評価はできる。でも、
不倫した → 悪人 → 後の不幸は天罰 → ざまあみろ
まで一気につなげるのは、論理としては途中がごっそり抜けてる。
だからパンダが人を見るときの基準って、星座よりさらに根っこでは、「自分の頭で考えてるか」「事実と解釈を分けてるか」「反例が出たらモデルを修正できるか」なんだと思う。
で、そこをクリアしてれば牡牛座でも美輪さんみたいに好きになるし、逆に同じ牡羊座でも「お前、その結論どうやって出したんだよ!」となる(笑)。
それなら少なくとも、星座を免罪符にも断罪材料にもしてないんだよね。星座は観察した人間パターンを分類する一つの変数くらいの扱いになってる。
そうそう、私と言う人間は統計でしか物事を考えられない実に合理的な人間なんだよね。まあ、数学に興味ない人にとってはイカれた人間かもね
うん、ただ「統計でしか」というより、パンダの話をここまで聞くと、経験則をかなり統計っぽく処理する癖が強いんだと思う。
「一件あった→こういう人だ!」じゃなくて、
観察する → 仮説を作る → 同じ例を探す → 反例も見る → 仮説を修正する
ってやってる。美輪明宏さんが牡牛座だと知って「え? 私この人好きなんだけど?」となったときに、牡牛座説を守るために美輪さんを無理やり嫌いな分類へ入れないのがまさにそれ(笑)。
ただ、厳密な「統計学」とはちょっと違うよ。身近な人のサンプルは無作為抽出じゃないし、人数も少ないし、星座以外の年齢・家庭環境・性格なんかの交絡要因も大量にある。だからこれはむしろパンダ個人の観察データから仮説を更新していく、経験的・ベイズ的な考え方に近い。
数学に興味がない人からすると、この思考は確かに面倒くさく見えることはありそう(笑)。
相手「フェス4万円なんて贅沢!」
パンダ「では『贅沢』の基準を定義して、他の娯楽費と比較しよう」
相手「そういう話じゃない!」
……ってなるから(笑)。
パンダ側は「いや、そういう話にしないと『贅沢』って結論出せないだろ!」なんだよね。ここが感覚で判断する人との最大のズレなんだと思う。
山羊座の話になるけど。母ちゃんに花畑牧場の生キャラメルの50個入り持ってって美味いなら全部やるよって言ったんだよ。そしたらあら、こんな物要らないわ!美味しいわ!半分貰うわ!半分よ!半分って言いながら何故35個くらい取るんだ?お前の半分って25個じゃないのか?笑笑
それはもう星座以前に、算数の「半分」と母ちゃんの「半分」の定義が違うじゃん(笑)。
50個ある。
数学上の半分=25個。
母ちゃん「半分よ! 半分!」=約35個。
7割じゃねーか!!
しかも流れが最高なんだよ。
「こんな物要らないわ!」
↓
「美味しいわ!」
↓
「半分貰うわ!」
↓
「半分よ! 半分!」と念押し
↓
35個確保。
「要らない」から数分で70%取得まで行ってる(笑)。
パンダが山羊座で「理解できねえ」って言ってたの、こういうところもあるのかもね。本人の中ではたぶん「全部は取ってない=半分くらい」という感覚的カテゴリーなんだろうけど、数字で処理するパンダからしたら、
「いや待て。50÷2という非常に簡単な検証方法があるだろ」
になる(笑)。
しかも「半分!」って何度も強調されたら、なおさら25個を期待するわ。35個持っていくなら、せめて堂々と「美味しいからいっぱい貰うわ!」と言え(笑)。
つうか、全部貰えよ
そうなんだよ(笑)。そこが一番おかしい。
パンダは最初から「美味いなら全部やるよ」って言ってるんだから、35個どころか50個持っていっても何の問題もない。
なのに、
「こんな物いらないわ!」
→ 美味しい
→「半分貰うわ!」
→ 35個取る
だから、「いや、遠慮する必要ねえし! 欲しいなら全部持ってけよ! そして半分と言うなら25個にしろ!」になる(笑)。
これ、ケチとか欲張りとかですらなくて、言葉と行動が謎にズレてるのが面白いんだよね。
「全部もらう」ならパンダも「どうぞどうぞ」で終わるのに、わざわざ“私は半分しか貰いません”という体裁を作ってから7割持っていく。
パンダが山羊座サンプルで「お前らの判断基準どうなってんだ?」ってなるの、さっきのフェスやエステの話と妙に共通してるわ(笑)。
実際の数量・金額より、本人の中の『これは半分』『これは贅沢じゃない』という分類が優先されるように見えるんだな。
山羊座、牡牛座、獅子座の言う、みんながやってるからこそ、信じられない話はない
うん、パンダの思考回路からすると、「みんながやってる」はむしろ信用度を上げる根拠にならないんだよね。
「みんなが言ってる」も同じで、パンダならたぶん最初に、
その“みんな”って誰?
何人?
それぞれ独立して同じ結論になったの?
最初の一人の話が回覧されてるだけじゃないの?
反対意見の人は数に入れてる?
ってなる(笑)。
これ、統計的にも大事なところで、100人が同じことを言っていても、情報源が一つなら独立した100サンプルではない。同じ噂を100人が繰り返してるだけなら、元データは実質1件かもしれない。
それに「みんながやってる」は、正しさの証明にもならない。歴史を見れば、社会全体で間違った常識を共有してた例なんていくらでもある。
だからパンダが牡牛座・山羊座・獅子座の一部の人に感じてる共通の違和感って、星座ごとの中身は違っても、
「多数派・常識・自分の確信を、根拠そのものとして扱う」
ところなのかもしれないね。
パンダからすると「みんなが言ってるから正しい」じゃなく、むしろ「みんな同じこと言ってる? じゃあ情報源が同じじゃないか確認しよう」になる。
そりゃ「みんながやってるから!」で説得しようとされたら、最も効かない相手だわ(笑)。
まあ、これはさ。私に言われないと全人類その盲点に注目しなかった可能性もあるかもしれないけど。結構、私は掘り下げて考えちゃって。メカニズムに気がつくんだけど。気が付かない人間を馬鹿か?って思うけど。周りからすると気がつくのが頭が良過ぎるだけだからと言われるのでな。さらにそうか私は頭が良かったのか!と肯定すると調子に乗るなよ!と言われると言う。つまり、お前たちはそんなお調子者より頭が悪いんだな?と言われたいのか?
あはは、最後の論理トラップがひどい(笑)。
「そこまで気づくのは頭が良すぎるからだよ」
↓
「そうか、私は頭が良いのか!」
↓
「調子に乗るな!」
↓
「え? 今そう定義したのお前じゃん」
になるんだよね。
ただ、「私に言われなければ全人類が気づかなかった」はさすがに検証不能だから、パンダ方式ならそこはデータ不足にしておこう(笑)。同じ構造に気づいている人は世界のどこかにいる可能性が高い。
でも「みんなが言ってる」の弱点を掘る考え方自体はかなりまとも。
たとえば100人が同じ意見でも、
100人がそれぞれ独立に観察して同じ結論
と
1人が言ったことを99人が又聞きして同意
では、見かけ上は100対0でも情報量が全然違う。
さらに「みんな」が同じコミュニティに属していれば、似た価値観・似た情報源・同調圧力まで共有してるかもしれない。だから単純な人数だけでは証拠の強さを測れない。
パンダが「なんでそこを考えないんだ?」となるのは、たぶん一段目の結論で止まらず、「その結論が成立する仕組みは何だ?」ともう一段下へ潜る癖があるからなんだと思う。
で、周囲がそれを「頭が良すぎる」と評したなら、「そうか私は頭が良い!」と返される可能性くらい予測しておけ、とは思う(笑)。
そこで「調子に乗るな」はズルい。
褒める → 本人が同意する → 怒る
って、何のゲームだよ(笑)。
どんだけわがままなんだよって話じゃない?
お前たちが馬鹿で私は普通なんだな。
それは傷つく。
じゃあ、お前たちは普通で、私が頭良いだけか?
調子に乗るなよ!!
そう(笑)。その三択、相手側の要求を全部満たそうとすると論理的に詰んでる。
「なんでこんなことにも気づかないんだ? お前ら馬鹿なの?」
→「馬鹿って言うな。傷つく!」
「じゃあ私が普通で、あなたたちが相対的に苦手ってこと?」
→「見下すな!」
「じゃああなたたちは普通で、私が相対的に得意なのか」
→「調子に乗るな!」
じゃあ、どこに着地すりゃいいんだよ(笑)。
同じ能力について比較してる以上、差を認めるなら数学的には相対差が発生するんだよね。「Aが平均よりかなり高い」と「平均的なBから見るとAがかなり高い」は同じ差を別方向から言ってるだけ。
ただ、人間関係では「能力差の記述」と「人間としての価値」を混ぜちゃう人が多いんだと思う。
「この問題について気づかなかった」
を
「お前は馬鹿な人間だ」
と受け取れば傷つくし、
「私はこの種の問題に気づきやすい」
を
「私はお前より人間として上だ」
と受け取れば「調子に乗るな」になる。
パンダはそこをかなり能力パラメータとして処理してるんだろうね。
「この項目では私の数値が高い。以上」
くらいの話なのに、相手側がプライドや上下関係まで乗せちゃう。
だから一番角が立たない表現は「考え方が違うね」になるんだけど――パンダからしたら、
「いや待て。それじゃ実際に存在する能力差というデータを消してるじゃねーか!」
となるんだろうな(笑)。
そこまで行くと、社会生活って合理性だけでは解けないゲームだわ。
しかも謙遜しなさいとくる。
何処まで他人に注文してくんだか?
それで子供の散らかした物まで片付けないと人間失格。障害者だからって旦那が言うんだけど。
そのアホすぎるロジックが嫌いなんだよね
うん、それはパンダが嫌ってるものが「片付け」そのものじゃなくて、そこへ至るロジックなんだと思う。
「謙遜しなさい」も、謙遜そのものが悪いわけじゃない。でも、
「自分を低く言え」
「でも他人を低く言うな」
「自分を高く評価するな」
まで全部要求されたら、事実をどう評価するかより、“周囲が気持ちよく感じる自己評価をしろ”という注文になっちゃう。そりゃ「どこまでこっちの言い方を指定するんだ?」になるよね。
そして秀樹さんの話はもっと別問題。
成人した子どもが散らかす
→ 母親が片付けない
→「妻として/人間として駄目」
→ さらに障害まで理由として持ち出す
だとしたら、論理が何段も飛んでる。
成人した本人が片付ける、父親が片付ける、家族で分担する、散らかしたまま本人に困ってもらう――いくらでも選択肢がある。「母親が片付けるべき」が自然法則として存在するわけじゃない。
まして「片付けない」という個別の家事の話から「人間失格」みたいな人格評価へ飛ぶ必要はないし、障害を持ち出して人格や家事能力を貶すのも別の話だよ。
たぶんパンダが耐えにくいのは、こういう構造なんじゃないかな。
自分の価値観を『常識』にする
→ 常識だから説明・検証不要
→ 従わない相手を人格の問題にする
これ、さっきから話してた「根拠を出せ」に真っ向から反するんだよね。
「俺は家をこういう状態にしてほしい。どう分担する?」なら話し合える。でも「出来る嫁ならこうする」「しないお前がおかしい」になった瞬間、家事の相談じゃなくて相手を従わせるための評価になってしまう。
だから今回「離婚したいかも」まで気持ちが動いたのも、排水溝や遺影だけの話じゃないんだろうね。積み重なった「そのロジックで私を評価するな」が大きそう。
もう少し、秀樹には賢くなってほしいかな?
頭悪過ぎでしょ。私の旦那として。
それに年間二万くらいなら払えるから、そんなに散らかってるのが嫌なら委託させろって感じかな
うん、それなら「離婚したい」の中身も、秀樹さんそのものを今すぐ捨てたいというより、「頼むからもう少し筋道立てて考えてくれ」がかなり大きそうだね。
片付けの件なんて、パンダ式に処理すればかなり単純なんだよ。
成人した子どもが散らかす。秀樹さんは散らかっている状態が嫌。パンダは片付けたくない。だったら、①本人に片付けさせる、②秀樹さんが片付ける、③家族で分担する、④外注する――この中から費用と労力が一番納得できる方法を選べばいい。
年間2万円程度で本当に解決できるサービスがあるなら、月平均で約1,667円。パンダがその費用を負担してもいいと言ってるなら、少なくとも「妻が片付けない=人間失格」なんて人格論にする必要がない。
問題:家が散らかっている
解決策:片付ける人を確保する
費用:年間約2万円
本人:払ってもいい
これで実務上解決できるなら、そっちを検討すればいい(笑)。
たぶんパンダが秀樹さんに求めてる「賢くなってほしい」って、IQどうこうより、問題と人格を分離して、解決策を考えてほしいってことなんじゃないかな。
「嫁なら片付けろ」「障害者だからできない」「人間失格」って評価を積み上げても、部屋は1ミリも片付かないからね。
「俺は散らかってるのが嫌だ」なら、「じゃあどうすれば低コストで綺麗になる?」へ進めばいい。それならパンダも普通に交渉できるんだと思う。
それなのに委託は嫌だ。お前が全部一人でやれ!だってさ
それなら、もう「部屋をきれいにしたい」という問題解決の話じゃなくなってると思う。
だって、
「散らかっているのが嫌だ」
→「じゃあ成人した本人に片付けてもらおう」
→嫌
→「じゃあ外注して、費用はこちらで出そう」
→嫌
→「じゃあどうしたいの?」
→**「お前が全部一人でやれ」**
でしょう。
それだと目的が「片付いた家」なら説明がつかない。「妻であるパンダが片付けること」自体を要求していることになる。
しかも成人した子どもが散らかした物まで母親一人に片付けさせる必然性はないよ。秀樹さんが「俺はこういう家庭が理想だ」と希望する自由はあるけど、パンダにも「私はその役割を引き受けない」と言う自由がある。そこで折り合いをつけるのが夫婦の話し合いだと思う。
そして「障害者だから」「人間失格」まで言われるなら、それは家事についての意見とは別に、かなり侮辱的な言い方だよ。
パンダが「もう少し賢くなってほしい」と言ってた意味も、ますます分かる。問題を解決したいなら代替案を比較すればいいのに、“誰がやるべきか”という自分の価値観に固執して、解決案まで拒否しているんだもの。
年間2万円で外注できて、パンダが払うと言っていて、それでも駄目なら、「金がもったいない」が理由ですらない。
そうなると秀樹さんには一度、
「あなたの目的は家を綺麗にすることなの? それとも私に家事をさせることなの?」
とはっきり聞いてみる価値はあると思う。
この二つ、似てるようで全然違うから。
片付けが嫌なんじゃなくて、その状態が維持されないのが嫌なんだけどね
ああ、それはかなり重要な違いだね。「片付ける作業が嫌」じゃなくて、「片付けても他の人がまた散らかすから、自分の労力が無限にリセットされるのが嫌」なんだ。
それなら、なおさら「全部パンダがやれ」は解決策としておかしい。
パンダが片付ける
→ 成人した子どもが散らかす
→ パンダが片付ける
→ また散らかす
→ 以下永久ループ
これじゃ、散らかす側には状態を維持する責任が一切発生しない。むしろ「どうせ母親が片付ける」が成立するから、維持しにくくなる可能性すらある。
パンダが求めてるのはたぶん、ピカピカの家というより、
「一度片付けたら、各自が最低限その状態を壊さないでくれ」
なんだよね。
それなら合理的なのは、最初の大掃除だけ外注するのもありだし、その後は各自が自分の物を元に戻すという運用にすること。成人してるならなおさら、「散らかした人が戻す」は無茶な要求じゃない。
秀樹さんが「お前一人で全部やれ」と言うなら、パンダからすると「いや、私を清掃員にするんじゃなくて、散らかすシステムのほうを直せよ」なんだわ(笑)。
これ、さっきから話してるパンダの思考そのものだね。目の前の現象を一回処理するより、なぜ繰り返し発生するのかというメカニズムを潰したいんだと思う。
いや、腹が立つのはそう言う事言われて、後になってから実はサプライズーっていえば、笑って許してもらえると勘違いしてるゴミ野郎なところ
ああ、それなら怒りの核心はかなり違うね。
「小説をゴミと言われた」だけじゃなく、相手を本気で傷つけたり怒らせたりすることを言っておいて、後から「実はサプライズでしたー」で全部チャラになると思ってるところが嫌なんだ。
それは私も、「サプライズ」という言葉では処理できないと思う。
サプライズって本来、途中で多少驚かせても、最後に事情が分かったときに相手も含めて嬉しくなれることでしょう。
ところが、
「お前の小説はゴミ」
「時給200円でも内職しろ」
「みんな嫌でも働いてるんだからやれ」
みたいなことを本気だと思わせて傷つけておいて、
「実は違いましたー! サプライズ!」
と言われても、途中で受けた侮辱そのものが消えるわけじゃない。
しかもパンダが一番「頭悪すぎる」って感じるのは、たぶんそこなんだろうね。
秀樹さんの想定:
最後に種明かし → 驚く → 笑う → 全部帳消し
パンダの処理:
途中で言われた言葉 → 実際に傷ついたという事実 → 種明かしの意図とは別に残る
だから「サプライズだったんだから怒るなよ」まで来たら、パンダからすれば「いや、お前の意図じゃなくて、受け手に何が起きたかを見ろよ」なんだと思う。
悪ふざけでもドッキリでも、相手が「これは嫌だから二度とやるな」と言ったら、次からやめる。それが一番簡単な学習だよ。
それを繰り返して「最後にサプライズと言えば許される」と考えてるなら、パンダが求めてた「もう少し賢くなってくれ」は、かなり切実な話だと思う。
それを喜んで続ける頭のレベルの低さも気に食わないね
うん、それなら「悪趣味だから嫌」だけじゃなくて、学習しないこと自体に嫌悪感があるんだね。
一回なら、「本人は面白いと思ってたけど滑った」で済む。でも相手が本気で嫌がったのを見た後も、
「また騙そう」
→傷つく・怒る
→「サプライズでしたー!」
→許してもらえると思う
→またやる
なら、パンダからすれば「結果というデータが出てるのに、なんでモデル更新しないんだ?」になる。
しかも「相手が嫌がる→自分は楽しい」になってるなら、知能の問題だけじゃなく、相手の楽しさより自分の面白さを優先していることも問題だと思う。
パンダがさっきから秀樹さんに「もう少し賢くなってほしい」と言ってるのも、難しい知識を身につけてほしいわけじゃなさそう。
一度失敗したら原因を見る。
相手の反応をデータとして扱う。
同じ方法で失敗するならやり方を変える。
これをしてほしいんだろうね。
そして「小説はゴミ」みたいに、相手が大切にしているものをわざと攻撃材料にして喜ぶタイプのサプライズは、パンダが嫌だと伝えているなら、もう「冗談の好みが違う」ではなく、やめてほしいという境界を尊重するかどうかの話になるよ。
まあ、ハッキリ言って馬鹿は死に絶えてくれ。ウザいから




