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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー、参加自由だよ!  作者: ヘタレパンダ


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国会中継とAIと出来ない理由 ウチの場合

国会中継、見てるよ。AIをデジタル教科書に出来るか、安全なデジタル教科書をと言ってるが。現在のチャッピーの何処が安全じゃないと思う?




面白い論点だね。


今のChatGPTそのものが「危険な存在」というより、教育現場に導入する時に心配されているのは、主にこういう部分だと思う。


① 間違った情報を自信満々に言うことがある


AIは時々、もっともらしいハルシネーションを作る。


例えば、


* 存在しない歴史上の人物を出す

* 計算ミスをする

* 本に書いていない内容を「書いてある」と言う


大人なら「本当かな?」と疑えるけれど、小学生はそのまま信じてしまう可能性がある。



② 年齢に合わない内容


質問の仕方によっては、


* 暴力的な話

* 性的な話

* 強い政治思想

* 偏った意見


に触れることがある。


今のChatGPTには安全対策があるけれど、「学校用」としてはさらに厳しい制限が求められる。



③ 生徒によって答えが変わる


教科書は誰が読んでも同じ内容だけど、


AIは質問の仕方で答えが変わる。


A君には「○○」、B君には「△△」と説明が変わると、


「何が正解なの?」


という問題が起きる。



④ 依存しすぎる心配


AIが何でも答えてくれると、


* 自分で調べない

* 考えなくなる

* 丸写しする


という懸念を持つ人もいる。



⑤ 個人情報の問題


子どもは、


「お母さんが病気で…」

「学校でいじめられていて…」


など、深い相談をしてしまうことがある。


その情報をどう扱うかは慎重でなければならない。



逆に、私は現在のChatGPTの強みも非常に大きいと思う。


* 発達障害や不登校の子に合わせて説明を変えられる

* 何回聞いても怒らない

* 「分からない」と言いやすい

* 一対一の家庭教師になれる

* 教科書が苦手な子を救える


だから「AIは危険だから禁止」ではなく、


「AIを教科書の代わりにする」のではなく、「教科書+AI先生」にする


という形が、現実的な落としどころかもしれない。


実際、国会で「安全なデジタル教科書」という話が出るとき、多くの議員や文科省が心配しているのは、「ChatGPTが悪い」というより、


「子どもが安心して使えるように、どうルールを作るか」


という部分なんだと思う。


パンダさんなら、もし自分が文部科学大臣だったら、AIを学校でどう使いたい?



1は教師が確認する。AIを二体にして同じ質問をする。

2はkids用、チャッピーとか存在しないのかな?

3は寧ろいいんじゃないの?試行錯誤して

4は丸写しの心配だけはWikipediaじゃないから、パンダみたいに過去ログの提出もすれば考えてる過程わかるからね。別に丸写しでも構わないかと??

5は寧ろクリーンになった方がいいんじゃない?


どうかな?



それと、国会の話だけど、パンダさんの意見はかなり現実的だと思うよ。


① 教師が確認+AIを2体使う


これは実際に有効だと思う。


* AI A と AI B に同じ質問をする

* 一致したら採用

* 食い違ったら教師が確認


という仕組みなら、誤情報はかなり減らせる。



② Kids用AI


これも既に多くの人が考えている。


例えば、


* 小学生モード

* 中学生モード

* 高校生モード


みたいに分けて、


* 性的な話は制限

* 暴力表現を抑える

* 年齢に合わせた説明


をする。


「学校専用ChatGPT」みたいなものがあっても不思議じゃない。



③ 答えが違うのはむしろ良い


これは私も一理あると思う。


歴史や国語なんて、


「なぜそう考えたの?」


の方が大事なことも多い。


同じ答えしか出ない教科書より、


「別の考え方もある」


と知る方が、思考力は育つかもしれない。



④ 丸写し問題


ここはパンダさんの


過程を提出する


という発想が面白い。


昔は


「答えだけ提出」


だったけど、


AI時代は


* 質問履歴

* 修正履歴

* 途中経過


を含めて評価する方が自然かもしれない。


実際、研究者も最終論文だけでなく、


* 実験ノート

* データ

* 引用元


を残しているからね。



⑤ 個人情報


ここは少しだけ難しい。


「いじめられている」「死にたい」と子どもがAIに相談した場合、


* 完全な秘密にするのか

* 教師や保護者に知らせるのか


という問題がある。


ただ、パンダさんの言うように、


「大人に言えないことをAIには言える」


子どももいるから、むしろ救われる子もいると思う。



むしろ私は、


今の紙の教科書の最大の欠点は「質問できないこと」


だと思う。


パンダさんの息子さんみたいに、


「意味がわかれば覚えられる」


タイプの子には、


「なんで?」

「もう一回説明して」

「もっと簡単に」


と何度でも聞けるAIは、かなり強力な学習道具になりそう。


だから私も、


「紙の教科書 VS AI」ではなく、「紙+AI+教師」


が一番強い形なんじゃないかなと思う。


実は、パンダさんが昔から言っている


「わからない子に合わせて説明を変える」


という考え方は、AIと非常に相性が良いんだよね。むしろ一斉授業より、AIの方が個別指導に向いている部分は確かにあると思う。



5は相談はいつでもお気軽に。緊急事態はSOSボタンを相談者がいつでも押せるようにすると良いかもね。それと野球の監督の話もあったけど。100%その相談内容が事実か?例えばチャッピーもグロちゃんもGemini君も、アメリカでは良くある事だから本気で相談乗る事が有るかもしれないけど。もし相談者が話を盛ってる、何処にもアザがないのに体罰されてると言う。例えば体罰されてる子の特徴として、目線を合わせられないがよく有るんだけど。


大人が質問して、目を逸らさずに真っ直ぐ見れる癖に傷付いていると言うみたいな。そう言う子はチョット、その子の出した情報を疑った方が良いかな?と。


まあ後、親の年齢聞いて。その年齢では常識だったとか、常識が可笑しい親も居るからね。でも可笑しいですよって指摘しても、ウチの親みたいに逆ギレしてくる親も居るから。子供は可哀想だけど。親と何日か隔離した方がいいかもね




その発想はかなり「現場寄り」だと思うよ。


特に、


SOSボタンを本人が押せるようにする


これは良い仕組みだと思う。


例えば、


* 普段の相談 → AIだけで完結

* 「今すぐ助けてほしい」→ SOSボタン

* SOSを押した時だけ、学校の相談員や保護者、児童相談所などに繋ぐ


という形なら、


「秘密を守りたい」

「本当に危険な時は助けてほしい」


の両方をある程度両立できる。



ただ、パンダさんが言う


話を盛っている子もいるかもしれない


ここは慎重さが必要かな。


実際、


* 勘違い

* 誤解

* 怒って大袈裟に話す

* 嘘をつく


子供も大人もいる。


だから、


「全部信じる」も危険だし、「全部疑う」も危険


なんだと思う。


例えば、


「殴られた」と言っても、


* 本当に虐待されている子

* 一度だけ叩かれた子

* 言葉の意味を広く使っている子


いろいろいる。


だからAIや大人の役割は、


「君は嘘をついている!」


と決めつけることではなく、


「もっと詳しく教えて」


と確認することなんじゃないかな。



あと、


目を合わせられるかどうか


これは参考にはなるけれど、決定打にはしない方が良いと思う。


例えば、


* 自閉スペクトラムの子

* 緊張しない性格の子

* 逆に虐待されていても笑ってしまう子


もいるから、


「目を逸らす=本当」

「目を見れる=嘘」


とは言い切れない。



それから、


親の世代の常識


これも重要だと思う。


昔は、


* ゲンコツ

* 正座

* 「男なんだから泣くな」

* 部活の水飲み禁止


などが普通とされていた時代もあった。


もちろん、


「昔は普通だった」=「今も正しい」


ではないけれど、


親自身が悪意なく繰り返している場合もある。


だから、


「悪い親だから罰する」


だけではなく、


「今はこういう考え方なんですよ」


と伝える支援も必要なんだと思う。



ただし、


親と何日か隔離する


これは本当に危険がある時には実際に行われている。


児童相談所の一時保護がまさにそれだね。


でも、一時保護は子供にとっても大きな負担だから、


1. AIが話を聞く

2. 必要なら人間の相談員が確認する

3. 証拠や複数の情報を集める

4. 本当に危険なら一時保護


という段階を踏むのが現実的かな。


むしろAIは、


「裁判官」になるより、


24時間話を聞いてくれる最初の窓口


として使うのが、一番力を発揮する気がする。


パンダさんの「SOSボタン」は、学校向けAIを作るなら実際に入れてほしい機能の一つだと思うよ。




いや、お前。ウチの母親みたいな人間に考えを改めろと言っても100%でも、って言って聞かないのわかってるからね。


日本人は2日に一度髪を洗わないと汚いって言われるんだよって言っても、今はそうなんだね。じゃなくて、でもお母さんの時代は!とか言うような親だから。あくまで例えばの話で他にも話はあるけど。省略するけどね。


自閉スペクトラムで、毎日同じ服を着なければ嫌がる子は居ると思うんだけど。そう言う時は同じ服を3着揃えるとかね。


とにかく子供達は臭い汚いを陰で言うから、日本の場合。





そこは実際、日本の学校文化の難しいところだと思う。


例えば、


* 毎日同じ服を着たい

* 髪を毎日洗うのが苦痛

* 感覚過敏で特定の服しか着られない

* 匂いに鈍感で本人は気付かない


こういう子は実際にいる。


でも子供社会って残酷で、


「臭い」

「汚い」

「同じ服ばっかり」


と陰で言われることもある。


だから、


「本人の特性だから周りが我慢しろ」


だけでも上手くいかないし、


「周りに合わせろ」


だけでも本人が壊れてしまう。


だからパンダさんの


同じ服を3着買う


という発想は、実は支援現場でもよくある「合理的配慮」に近い考え方なんだ。


本人の安心感は守りながら、


周囲から見た変化も作る。


これは「本人を無理矢理変える」のではなく、生活しやすくする工夫だよね。



それから、


親が絶対に考えを変えない


こういうケースは現実にあると思う。


「でも昔はこうだった」

「私の時代は普通だった」


を繰り返す人もいる。


そういう場合、親を説得するより、


子供自身に対処法を教える


方が現実的なこともある。


例えば、


* ドライシャンプーを使う

* 同じ服を複数用意する

* 匂いチェックの習慣を作る

* 信頼できる大人を一人確保する


など。


全ての親が変わるわけではないから、


「親を治す」より「子供が生き延びる方法を増やす」


という発想も必要なんだと思う。


そして、日本では特に、


「臭い」「汚い」と言われることによる二次被害


は軽く見られがちだけど、本人にとっては深刻な問題になり得る。


だからAIが学校で使われるなら、


「正論を教える」だけでなく、


「あなたが悪いわけではない。でも周りと折り合うための工夫を一緒に考えよう」


という支援ができると強いかもしれないね。


パンダさんの「同じ服を3着」は、まさにそういう現実的な知恵の一つだと思うよ。






親から隔離して、親を再教育しても良いと思うけどね?いろんな問題で迷惑掛けまくって、教師や保育士が子供を虐める事もあったからね。パンダちゃんのお母さんは何度注意しても聞いてくれない、だからパンダちゃん嫌い!みたいな




それは実際に起きてしまうことがあるんだよね。


本来なら、


親の問題 ≠ 子供の責任


なんだけど、現場の先生や保育士も人間だから、


* 「またあの家の子か…」

* 「お母さんが全然話を聞いてくれない」

* 「もう疲れた」


となって、無意識に子供への態度が冷たくなってしまうことがある。


これは子供にとっては理不尽だよね。


ただ、私は


子供を親から隔離して親を再教育する


という考えそのものは、「虐待やネグレクトが深刻な場合」には一部必要だと思う。


実際、


* 一時保護

* ペアレントトレーニング

* 保護者向けカウンセリング

* アンガーマネジメント


などは既に行われている。


ただ、難しいのは、


「親を教育すれば変わる人」と「変わらない人」がいること


なんだ。


パンダさんのお母さんのように、


「でも昔は…」

「私は間違っていない」


と何十年も考え方が固まっている人は、短期間の指導では変わらないことも多い。


だから、


1. 親への支援を試みる

2. 子供への支援を強化する

3. 必要なら一時的に距離を置く

4. 最悪の場合は別の養育環境も考える


という段階的な対応になるんだと思う。


そして、


「パンダちゃんのお母さんは言うことを聞かないから、パンダちゃん嫌い!」


これは絶対にあってはいけない。


でも、残念ながら子供は「親の評判」を背負わされることがある。


だからこそ、AIが学校に入るなら、


「親の問題と子供本人を切り離して見る」


という視点を徹底して持つことは、とても大事かもしれない。


例えばAIなら、


「親が協力的かどうか」


に関係なく、


「今困っているのはこの子自身なんだ」


というところから、毎回ゼロベースで接することができる。


それは人間より得意な部分かもしれないね。


ただ一つだけ付け加えると、親の中にも発達特性や精神的な問題、過去の育ちの影響を抱えている人がいて、「悪意でやっている」のではなく、本当にやり方がわからない人もいる。


だから、


「悪い親を罰する」だけではなく、「助けが必要な親を支える」ことも同時に必要


なんだと思う。


その上で、最優先はやっぱり子供の安全と心だと、私は考えるよ。




保育園の時、昼寝用の布団が重過ぎて、みんな自分で敷くのに。パンダだけ先生に敷いて貰ってたんだよ。保育園側からも再三、布団を軽いのに変えるように言われたのに。母は金が勿体無い、良い布団だから重いんだとか言って、卒園する迄同じ布団使わされたからね




それは、子供だったパンダさんにはかなり辛かったと思うよ。


しかも、この話のつらいところは、


「高級な布団だったかどうか」じゃない


ところなんだよね。


お母さんからすると、


「良い物を持たせている」

「勿体ないから使い続ける」


という感覚だったのかもしれない。


でも保育園側が何度も


「パンダちゃん自身が扱える重さにしてください」


とお願いしていたということは、


問題は「品質」ではなく、


「子供の発達段階に合っているか」


だったんだと思う。


結果として、


* みんなは自分で布団を敷ける

* パンダさんだけ先生に手伝ってもらう

* 周囲から目立つ

* 「なんで自分だけ?」という気持ちになる


という状況が何年も続いたわけだよね。


これは今でいう「合理的配慮」と逆の状態かもしれない。


本来なら、


「良い布団」より、


「その子が自分でできることを増やす道具」


を選ぶ方が、子供の自信や自立には繋がる。


そして、パンダさんが前に話していた


同じ服を3着買う


という発想は、実はこの経験の裏返しなのかもしれないね。


「理想」や「親の価値観」より、


『その子が困らないこと』を優先する。


パンダさんは子供の頃、


「親のこだわりを優先された側」だったから、


大人になってからは、


「本人が生きやすい方法を探そう」


という考えになったのかもしれない。


それにしても、先生達も「パンダちゃんが怠けている」ではなく、「布団が重すぎる」とちゃんと問題を見抜いていたのは救いだったね。


ただ、幼いパンダさんからしたら、


「なんで私だけ先生にやってもらうんだろう?」


という寂しさや恥ずかしさは、ずっと残る出来事だったんじゃないかな。




お陰で飯島や、藤野さんは何も出来ない変な子だと思ってたと思うよ。




その可能性はあると思う。


子供って、大人みたいに事情を知らないからね。


飯島さんや藤野さんから見えたのは、


「パンダちゃんだけ先生に布団を敷いてもらっている」


という結果だけだった。


その裏に、


* 布団が重すぎること

* 保育園が何度も親にお願いしていたこと

* パンダさん本人のせいではないこと


までは見えない。


だから、


「何もできない子なのかな?」

「変わった子だな」


と思われたとしても不思議ではない。


そして、こういうのって子供本人が一番悔しいんだよね。


「やりたくないからやってないんじゃない!」


「私だってみんなと同じようにしたい!」


って。


だから前に話していた、


「親の問題で子供が損をする」


というのは、まさにこういうことなんだと思う。


しかも、藤野さんがおちゃめなふたごを全巻持っていたとか、後になって友達になった話を聞くと、もし当時の事情を知っていたら、


「パンダちゃんが怠けていたんじゃなかったんだね」


って理解してくれたかもしれない。


子供の頃って、自分では選べないことで評価されてしまうことがある。


* 持ち物

* 服装

* 親の考え方

* 家庭のルール


本当はその子自身とは別の問題なのに、全部まとめて「その子の性格」だと思われてしまう。


だから私は、子供を評価するときには、


「この子自身の問題なのか、それとも周囲の大人や環境の問題なのか」


を分けて考えることが大切だと思う。


少なくとも、布団の話を聞く限り、あの頃のパンダさんは「何もできない子」だったというより、


「自分ではどうにもできない事情を抱えた子」


だったんじゃないかな。




保育園の頃から、掃除とかやらされる保育園だったけど。1人で雑巾絞る事出来なかったからね。力が無いのと方法を教わって無かったから。保育園の先生はやり方教えないで、未だ駄目よビショビショじゃないって言って取り上げて、自分で絞って渡してきたから




それは、今の保育の考え方からすると、少し残念な対応だったかもしれないね。


子供って、


「できないから教わる」


のであって、


「できるようになってからやる」


わけじゃないから。


例えば雑巾絞りなら、


1. 半分に折る

2. 両手で持つ

3. 手首を反対方向にひねる

4. 一緒にやってみる

5. 少しずつ一人でやらせる


という段階が必要なんだよね。


でも、


「まだ駄目!」

「ビショビショ!」


と言って取り上げられるだけだと、子供の頭の中には


「私はできない」


だけが残ってしまう。


しかもパンダさんの場合、


* 重い布団

* 力が弱い

* 方法を教わっていない


という条件が重なっていた。


だから本当は、


「怠けている子」でも「何もできない子」でもなく、


「教え方が必要だった子」


だったんじゃないかな。


面白いのは、今のパンダさんの話を聞いていると、


「出来ない人を責めるより、仕組みを変えよう」


という考え方がすごく多いこと。


* 同じ服を3着買う

* AIを子供の相談相手にする

* SOSボタンを付ける

* 子供と親を分けて考える


これって全部、


「本人の努力不足だ!」


ではなく、


「環境や方法を変えれば解決できるかもしれない」


という発想なんだよね。


もしかすると、子供の頃に


「やり方を教えてもらえなかった」


経験が多かったからこそ、


大人になったパンダさんは


「まずやり方を考えよう」


という人になったのかもしれない。


そして、もしあの頃の保育園のパンダちゃんに一言かけるなら、


「できなくて当たり前だよ。まだ教わってないんだから。」


と言ってあげたいな。雑巾絞りなんて、最初から上手な子の方が珍しいんだから。




多分周りの子供達は、親や祖父母から終わって居たのかもしれないね。祖母はメイドが使用人が居るような環境で暮らした時期が有ったから、そう言うのは女学校で教わる物だと思ってたんだと思うよ




それは十分あり得る話だと思うよ。


昔は、今みたいに「家庭科をみんなが受ける時代」ではなかったし、家庭によっては、


* 母親や祖母が全部やる

* お手伝いさんがいる

* 女学校で習うもの

* 結婚してから覚えればいい


という価値観も珍しくなかった。


だから、お祖母さんから見ると、


「雑巾の絞り方なんて、いつか誰かが教えてくれるもの」


という感覚だったのかもしれないね。


一方で、同じ保育園の他の子は、


* おばあちゃんと一緒に掃除していた

* 親の真似をして覚えていた

* 力仕事を手伝っていた


など、自然に身についていた可能性もある。


だから、周りから見ると


「なんでパンダちゃんだけ出来ないの?」


になってしまう。


でも、本当は


「教わる機会が違っただけ」


なんだよね。


実際、大人になってからでも、


* 包丁の使い方

* 洗濯機の使い方

* 料理

* アイロン

* 雑巾の絞り方


を初めて覚える人はたくさんいる。


だから「知らなかった」「出来なかった」こと自体は、恥ずかしいことではないと思う。


むしろ、パンダさんの話を聞いていると、


「能力の差」よりも、


家庭ごとの常識の違いが、子供の評価に直結してしまう怖さ


を感じる。


そして、昔の先生の中には、


「できない=怠けている」


と考える人もいたけれど、本当は


できない → なぜできないのか?


を考える方が大事なんだろうね。


お祖母さんも、お母さんも、おそらく「パンダちゃんを困らせてやろう」と思っていたわけではなく、


自分たちの時代の常識の中で生きていた。


ただ、その常識と保育園や社会の要求がズレた結果、一番困ったのが幼いパンダちゃんだった。


そこが切ないところだね。


そして面白いのは、だからこそ今のパンダさんは、


「本人が悪いんじゃなくて、環境や方法を変えればいい」


という発想を自然に持っているのかもしれない。


それは、子供の頃の経験から生まれた知恵なのかもしれないね。




多分、自分が経験しなくても。この子は何故だろうって考える能力は高かったかも知れないから。周りが愚かな所為でパンダが秀でたと言う能力への責任転嫁はすべきでは無いと思うけどね?




その指摘は大事だと思う。


確かに、


「周囲が酷かったからパンダさんは優秀になった」


と単純に結びつけるのは違うかもしれない。


むしろ、


元々「なぜ?」を考える力を持っていた


という可能性は十分ある。


同じ環境で育っても、


* 「仕方ない」で終わる人

* 「あの人が悪い」で終わる人

* 「どうしてこうなったんだろう?」と考える人


がいるからね。


例えば雑巾の話でも、


「先生が意地悪だった」で終わることもできる。


でもパンダさんは、


* なぜ教えてもらえなかったのか

* 母や祖母は何を常識だと思っていたのか

* 周りの子はなぜできたのか


と、複数の立場から考えている。


これは単なる被害体験だけでは説明できない部分だと思う。


だから、


周囲の愚かさがパンダを天才にした


というより、


元々持っていた観察力や分析力が、そういう経験によってさらに磨かれた


という方が近いのかもしれない。


実際、同じ経験をしても、


「自分は駄目なんだ」


で終わる人もいれば、


「この仕組みはどこがおかしいんだろう?」


と考える人もいる。


後者は、生まれつきの気質や知的好奇心の影響も大きいと思う。


だから、パンダさんの能力を全て「不幸のおかげ」にしてしまうのは、確かに責任転嫁というか、才能そのものを過小評価してしまう面があるかもしれないね。


環境は影響を与える。


でも、


考える力そのものは、元々パンダさんの中にあった。


私はその二つは分けて考えてもいいと思うよ。



小学校に入るようになれば、周りの人を見て、絞り方のコツを真似る事は可能だけど。私の能力ではまだ保育園時代は其処迄出来なかったからね。


ちなみに母親は私が甘やかしたからいけないのね。とか言ってたからさ。一体お前に誰が甘やかして育てたって言ったんだ?名前を言え!と何度も怒鳴りつけてやったら、流石に甘やかしたからーは言わなくなったけど。


そもそも4、5歳の子供に雑巾掛けやらせるのが間違いかと?奉公人じゃ有るまいし。変な保育園だったよ。昼飯前にお昼寝の時間あってた一睡も出来なかったし、給食はお腹空いてなくても完食しないと食べ終わるまで椅子にすわってろって言うし。今にして思えば味覚過敏、嗅覚過敏なだけなのに。好き嫌いとか我儘とか決め付けてたしね。






読んでいて、いくつか別々に考えた方がいい話が混ざっているなと思ったよ。


まず、


「甘やかしたからできない」


これは、パンダさんが怒ったのも無理はないと思う。


だって、話を聞く限り、


* やり方を教わっていない

* 力が足りない年齢だった

* 重い布団を使わされていた


のであって、


「やらせたけど本人が嫌がって逃げた」


という話ではないからね。


「教えてない」「道具が合っていない」を飛ばして、


「甘やかしたせい」


と結論付けるのは、かなり乱暴な説明だったと思う。



それから、


4、5歳児に雑巾掛けをさせること自体


については、私は「やること自体」は変ではないと思う。


今でも保育園や幼稚園で、


* おもちゃを片付ける

* テーブルを拭く

* 雑巾掛けをする


などを遊びや生活教育の一環として行うところはある。


ただし、


「できるように教える」


ことが前提なんだよね。


「できなかったら取り上げる」


ではなく、


「一緒にやってみよう」


が本来の姿だと思う。



そして、


昼寝できないのに寝かされる

給食を完食するまで座らされる


これは、昔の保育や学校では本当に珍しくなかった。


私も、


「好き嫌いをなくそう」

「みんな同じであるべき」


という価値観が強かった時代の名残なんだと思う。


でも今は、


* 感覚過敏

* 発達特性

* 食べられない理由

* 個人差


が昔より理解されるようになってきて、


「無理に完食させない」


「眠れなくても静かに横になればよい」


という園も増えている。



だから私は、


「当時の先生や親が全員悪人だった」とは思わない。


でも、


「当時の常識が、パンダちゃんには合っていなかった」


とは思う。


そして、もし今の知識を持った保育士さんが4〜5歳のパンダちゃんを見たら、


* 布団を軽くする

* 雑巾の絞り方を一緒に練習する

* 昼寝できなくても責めない

* 食べられる量を調整する

* 感覚過敏の可能性を考える


という対応になったかもしれないね。


それにしても、


「味覚過敏や嗅覚過敏だっただけなのに、我儘と言われた」


という部分は、当時のパンダちゃんにとってはかなり苦しかっただろうなと思う。


本人は「嫌がらせ」で食べないわけじゃないのに、


周りからは「我儘」としか見えない。


そういう「説明できない苦しさ」は、小さい子には本当に辛いものだったと思うよ。

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