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『――先週金曜日に起きた事件の最終的な死亡したのは17名のギャングという事で決着したようです。未明の中の凶行であっても一切の民間人の死傷者がでていないのが唯一の救いでしょう。今日未明に入院中であった重要参考人の一人であったマイケル・キーソン・フォスターが死んだ事で、真相は闇へと消えていく可能性があります。
現場の周辺には倉庫群しかなかったというのも民間人に影響が出ていない理由の一つでしょう。しかし、この様な場所でどういった抗争が行われていたのかは不明です。
関係している派閥の割り出しにも警察は悩んでいるようで、周囲に散らばる残留物には軍の関係で使われる爆薬の破片などもあったとの事です。
武器の出処について、国防省は一切の沈黙で応えていますが、内部で調査班が作られているという話も入っていますので、今後の進展に期待という所です。――』
流れ出るラジオの雑音交じりに音に、メアリーは鼻歌混じりに準備をしている。隣に普段は居るはずのジェリーの姿はない。彼女が居るのも実家の広い部屋ではなく、かといって孤児院のマイケルが使っていたベッドルームでもない。
どこかのモーテルの一室というのが分かる。平屋建てのモーテルには、用意されているものなど大したものがない。簡素なテーブルに、小さい丸椅子。木製の製品がほとんどで、電球に至っては黒い線が浮き出しているため、悲しそうに時折点滅している。
『――マイケル・キーソン・フォスターの死について多くの疑念がもたれ、保護者を自称していた神父のトラビス・ジャマル・ロビンソンは失踪しています。ですが、彼の経営していた孤児院には多くの児童虐待の証拠を示す凶器の数々が散乱しており、警察ではトラビスと関係のあった”ドン”サルヴァトーレ・マランツァーノを含めて捜査の対象として手を伸ばしている様です。――』
メアリーの手首には二筋の縛痕があった。赤黒くなっており時間が少し経過している様だった。手首の甲には鍵穴の様な跡だけが残っている。大型の刃物で刺された様な傷であり、傷の深さを知る事は出来ない。貫通していない、という事だけは分かるが、化膿もせず、黒く木の洞の様に口を開けていた。
『――先週末には街中で大規模な抗争があったばかりという事もあり、ニューヨーク近郊であっても安全という言葉に疑問符がついてしまう日常になってきました。特に、教会の修道女であったエヴァンジェリンさんが殺害されたという事も相まって、事件はより混迷をしているところです。ですが、教会は一切のコメントはを排除し、――ッブ』
接触不良を知らせる様な、酷い雑音と共にラジオは音を止めた。
メアリーはくすりと笑みを浮かべて鏡を覗く。端々に曇りのある鏡には可憐な少女が映るだけだ。人の姿をして、他人を惑わす事ができる女性の笑顔を浮かべている。少女ではあるが本来天真爛漫な色を浮かべているはずの瞳には一切の希望も、夢も、未来も映っていない。
モーテルの扉を叩く音がした。二階、コンコンという高い音だ。腕時計に目を向ける。
年齢相応のシルバーの洒落た細い腕時計は薄く残る縛痕を隠す様に巻かれていた。
時間は20時になる。普通のティーンであれば家に帰り、一家団欒をする時間ではある。特にメアリーの家であれば尚更だ。家長の父や気の強い母は、非行を簡単に許す様な事はない。
これから向かう先についてメアリーの両親が知っていたら、全力で止めに来るだろう。
「車の用意ができました。メアリーお嬢様」
扉の外から男の声。神経質そうな声は甲高く機械的で無機質な音に聞こえた。先ほど流れていたラジオの音の方が何十倍も人間味があった気がしたが、この外に居る男はそういった物がない。
「ルークさん、すぐに行きます」と一言。すぐに手元にあったポーチを手に取り、ベッドの上に置かれていた黒い鞄に詰め込んだ。娼婦が赴く時に使いそうな明るい色のバッグには、有名なブランドのマークがきっちりと付け加えられていた。
白いドレスの上に、一際高そうなコートを羽織る。長い髪をかき上げて、彼女は満面の笑みを浮かべて扉を開いた。
粛々と、頭を下げているルークに対して、メアリーは言う。
ルークの隣に立つ背の小さい黄色のフードをすっぽり被ったレインコート姿の男を見て、笑いながら。
「さて、あの人の場所に行きましょうか」




