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 エヴァンジェリンが目を醒ますと、両手に鋭い痛みを感じた。宙づりにされている事は、肩や手首の痛さから容易に想像でき、足がぷらん、と動く度にギシギシと皮膚に鋭利なナイフが食い込む様な違和感があった。

 同時に周囲を包み込む熱は、彼女の皮膚にじりじりとした焦げる細かな痛みを与えていた。「――ッ!」苦痛に喘ぎ、声を出そうとして首に違和感がある事が分かった。喉を焼き尽くす正体が口内全体に広がる火傷だとはエヴァンジェリンが気づく事はない。

 キーガンが施した”施術”は普通の人間には耐え難い仕打ちであった。きっと鏡が目の前にあれば、エヴァンジェリンは自分自身に起きている状況のすべてを理解する事ができただろう。

 欠損している片腕に豚の枝肉を吊るすための太いフックをひっかけられ、穴が拡張しない様に、薄い鋼板でサンドイッチさせていた。前後に通された長いボルトが強い力で捩じられ、本来でれば十五センチほどは飛び出ているが、飴細工の様に鋼板に”力ずくで”絡みつき、キーガンと思わしき指跡を残していた。

 喉元には四本の焼けた針が刺さっている。声帯を震わす事が出来ない様に、人工的にポリープを発生させる荒業だ。焼けた針は、声帯付近に巨大な水膨れを発生させ、声を出す事を叶わなくさせていた。髪の毛程の鋼針であったが、その効果は十分すぎた。

 右足に沿わされてた添え木の類は完全に取り外されて、やせ細った足が空気に触れていた。視線で追おうにも眼下であり、どういう状況か分からないが、ジーンと血のたまり切った足の感触は、鉛で出来てると感じるほどだ。

 肩から背筋に向かって背骨全体に広がるピリピリとした痛みは、長時間吊るされている事によって脱臼している肩が神経を擦っている様に感じた。力をいれてはめ直すという事も出来ないだろう。エヴァンジェリンの力は其処までの事はできない。ぐいっと力を入れれば逆に激痛が脳髄にまで響き渡って悲鳴にならない悲鳴を上げた。

 空気の圧を持って一瞬にして眼前のぼろい木の壁が吹き飛んだ。入ってくる外気がぶわっとエヴァンジェリンの背後の熱を円形に穴の外に抜けていった。

「――!」入ってくる影が息を飲むのが分かった。全身がズタズタに引きかれてた相手の姿を見て、エヴァンジェリンはトラビスの名前を口にしようとした。しかし、すぐさま喉の痛みで咳き込んだ。喉が震えない咳は、甲高い呼気音のみを響かせた。

「逃げる必要なんて、ない。お前の運命は決定済みだ」

「訳の分からない事を! 君に決められる運命なんてないね!」 

 振るう手が一秒の間に二度の翼の殺傷を防いだ。合計十には到達する連撃を必死の形相で砂漠トラビスは、ちらりとエヴァンジェリンを見た。

「ほら、逃げてばかりいるから弱みを見せるんだ。さっさと切り刻まれればいいのに」

「――ッ!」エヴァンジェリンの頬をかすめる真空を伴う斬撃。切り裂かれた肌から温かいものが溢れているのが分かった。口の端にのり、口内に入り込む味は、強烈な鉄分。

 アリソンが動く。

 風を纏い炎がその後を追従する。一歩の速度はすでにエヴァンジェリンに感覚の外。トラビスは何やら小声で悪態をついてエヴァンジェリンの前に低空でやってくると、長い腕を虚空に飛ばした。

 高い金属音に合わせて火花が散った。

 金属の打ち鳴らされる音は威力を一切感じさせないが、時折エヴァンジェリンの体の傍を通り過ぎる風圧で恐怖感が募っていった。

「すごいよ」何度目かの攻防。未だアリソンの姿は見えなくとも、巻き起こる風の音の回数は初手から見ても倍近くまで増えている。

「本気でやってるのに、なんで――当たらない?」

「当たったら死ぬじゃねぇか!」柄にもなく、トラビスは大声を上げた。必死に食らいつく額には汗がにじんでいる。周囲のオレンジの炎によって夜空の星の様に光っていた。

「お前、何なんだ? 人間の知覚速度はとうに超えているのにさ」

「当たり前だ! クソッ!」多くは語らず、トラビスは必死にエヴァンジェリンを守っている。幾度となく打ち合った腕には痺れが見られるのか、明らかに疲れが見て取れる。腕に動きも鈍く、必死に体全体を使って腕を振るっているのが分かった。

 無理だ。エヴァンジェリンにも分かった。

 トラビスの体に限界が感じられる。相手の未曾有の攻撃は一瞬でごっそりとトラビスの体力を削っている。今この場でエヴァンジェリンが居ないのであれば、まだ息をつく事もできるだろう。

 しかし、背後にエヴァンジェリンがいるから一切の攻撃を”避ける”事ができない。一発でも避ければ背後にいるエヴァンジェリンは切り刻まれ、ミンチされた肉に変わり果てる事は理解できる。

 腕に、背に炎の熱もある。仮に吊るされていなければ、地面を這いずってでも彼の邪魔にならない所へ退避している事だろう。

 力があれば。

 ――力があれば?

 何かを勘違いしている事にエヴァンジェリンは気が付いた。

 自分が『何か』理解をして居ない。かつては富豪の娘であった事は事実。非力な子供である事も事実。教会に入り聖歌を謳い、神への賛美をしていた。

 何のために、自分はどうして……家から外へと出て、なんのために教会に居たのか。その事実を忘れている。

 エヴァンジェリンの問いに忘れている一つを思いだす。

 背に何か強い物を感じる。

 熱を、焼ける様に広がる痛みを。

「”ソレ”は出すな!」トラビスが叫ぶ。理由は分からない。必死になって、エヴァンジェリンを守っている中での叫びがどういう意味なのか分からない。エヴァンジェリンに向けられたものだろう、という事は想像がついた。

 文脈も、主語も置き去りにした《no》に理解が及ばない。しかし、エヴァンジェリンには《know》だった。

 頭の奥で声がする。

 遠く、深く、高く、振り降りる声に脳が同調した。

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