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「知っている事を洗いざらい吐いてもらおう」スティーヴ獰猛な言葉に、アーチーはいつもどおり薄い笑みを浮かべて笑っていた。手元にある白いティーカップに琥珀色の液体を左手で注ぎ込み、茶葉を濾すためのティーストレイナーを乱雑に右手で湯切りして、ソーサーの縁に置いた。

「そんなに睨んた所で、何もありませんよ。あくまでも、上としては事態の処理と、事件の処分を望んでいるだけですから」だから、という訳でもなく暖簾に腕押しの笑みを見て、スティーヴが一度、ドンと机を軽く小突いた。

「私はね、トラビスと共に行動しているが、基本的に自分の身を置いている組織すら信用しちゃいないんだよ」語調が強いのは、スティーヴとしても情報を一切与えられず、盟友のトラビスを死地に追いやろうとする教会本部への怒りが見て取れた。

「トラビスが前に流した情報の裏取りくらい、翌日にはできているんだろう? お偉い方々のご機嫌取りに随分とご執着されている様だし、その程度の”力”を得ているんだろう? なぁ、だからトラビスもアーチーという相手を認めている」

 スティーヴは口をへの字に曲げて、「私たちと同じ寮室にいた奴の昇進はたしかに喜ばしい事さ。――といはいえ、あのエロ坊主がただエロさだけで上に立っているとは思えねぇ。なぁ、偉いやつらに接待をして、自分の色気で女や男を”かどわかして”何をやってんんだ?」

 アーチーはくすくすと口元に手をあてて女性の様に上品に笑った。「かどわかしてなどいないというものですよ。相手の事を考え、そして、天国を見せるために私は手を尽くしているというもので――」

「……フンッ」呆れた様にスティーヴは鼻を鳴らした。「”天国”がその辺に転がっているというのはありはしねぇ。一番、アーチー、あなたがそのことを理解しているだろう?」

「……」アーチーがそっぽを向いた。スティーヴには理解できる。この男の過去を知っているスティーヴにとって、彼に強い信仰心があるとも思えない事も理解している。

 それでも人の上に立ち、多くの情報を集め、統括し、手下を動かすのには、理由がある事もスティーヴよく理解していた。

「……。神なんぞいたらな、妹と平穏に暮らしていた、と思えなくもない。ディラン司教は言い方だ。私の様な――アーチーやトラビスも含めてだけれど、孤児達が平和の助けになると考え、積極的に支援していたのだからさ」

 アーチーが口をへの字に曲げた。珍しく、上着のポケットからシガレットを取り出すと、テーブルの引き出しに隠していた引き出しから、陶器の灰皿とマッチを取り出す。さっと火を付けて、一息吸いながら、手にしていた煙草とマッチを机の上に乱雑に放り投げた。

 スティーヴは気づかれない様にため息をついてから、机の上に広がった煙草を一本拝借すると、同じ様に火を付けて煙を吸い込んだ。

「カレンの事は言うな」いつもとは違う、アーチーの言葉は重い。気分的に沈んでいるという事はよくわかっていた。

「当てつけで、俺たち雑兵に『ただ押し付ける』なんてことはやめてくれと言ってんだ」わざとらしくアーチーの顔に煙草の煙を吐きかける。ムッとしたアーチー左手で払いのけた。

「カレン・ミレッジ・ミラー。アーチー・J・ミラーの妹。3歳の時に両親が離婚し、4歳の時に母親が死亡。家を追い出されて4歳から6歳までスラム街で生活を行う。その時、たまたま慈善活動を行っていたディラン・リー・ハミルトン神父が保護。以後、オクラホマ州のセント・ジョセフスカトリック教会で修道につき、妹は自立し17の時にショーン・アール・ライナーと恋人関係になる。

 翌年には結婚しようという事を話し合っている最中、事件が勃発。フィラデルフィアを含む周辺で多くの人々が”失踪”する。その失踪者の一人にカレンの名前とショーンの名前がある。

 当初は気の早い新婚旅行でも行っているのかと思われていたが、ショーンの右大腿部および左腕が発見された事で殺人事件と断定。

 左腕においてカレンの指輪が握られていた事で、カレン自身の死亡も濃厚と言われている。指輪には微かに血液が付着しており、一つはカレン本人。もう一つがショーン。最後に『キーガン』と近年断定された3つが付着している。

 カレンは《呼ばれた者》ではなく、むしろショーンがそうであったと確認が取れていた。しかし教会には属さず、真っ当に生活をしていたらしく、彼のアパートメントは質素そのものだった。

 二人の死亡が囁かれる中、教会に残っていたアーチーは一度目の”問題”を起す。性的虐待を行ったとされるロバート・ヴァン・ノビスの開いていた夜会に参加していた事が発覚し、厳重注意となる。除席とならなかった真意について、上層部は多くの説明をしないが、同僚からはロバート神父の『跡を継いだ』という噂が流れる。

 二度目の”問題”は、第一次世界大戦終結中に六人の《呼ばれた者》を保護し、独自に戦力に組み込み、戦闘を行う武力組織を創り上げた事で、教会への謀叛を疑われた件。これにはディラン司教も疑う余地話として、特段の弁護はしなかった。

 しかし、どういう訳か情報通で、政府とも懇意にしていたトム・ジョン・クラーク司教がアーチーを弁護。多くの証言と物証を文字通り一蹴して、自身の補佐へと回した事は、余りにも目に余る行為でとしか言いようがない。

 アーチー。分かっているだろう? 疑われるだけならまだしも、あなたが何を考え、私を含めた手駒を好き勝手に動かしているのか、誰も彼もが『興味』が尽きない。剰え、今度は同期の中で一目置かれているトラビスに《キーガン》の処分を頼むという事は、私怨以外の何も感じられないところではあるんだよ。

 そのくせ、あなたが掴んでいるであろう一切れにも満たない情報の一端を、そこいらに居る野良犬に食わせる浮浪者の人骨の様に粗雑に扱い、それだけで本丸を落とせと言うのだから狂気の沙汰だと思われても仕方が無いだろう。

 トラビスは人の良い奴であるから、あなたの事を疑う事や、多くの苦言を呈す事はしないのはよく理解している。情報が出ないことも織り込み済みで、自分の命を溝に捨てる気だろう。

 特に、マイケルに関わってからトラビスは人が変わってしまったよ。昔の様な利己的な――あるいは自己中心的な心という、一般的に人の心に『あるべき』自分という物を、完全に捨て去って奉仕と自己犠牲に執着する抜け殻になったのは何故だ?

 あなたは知っているはずだ。トラビスに”人”を教え、今回何をしたいのか」

 おい、と目を伏せたアーチーに対して、スティーヴは机を軽くたたいて視線を上げさせた。

「逃げているわけでもないのは知っている。あなたがその地位に立って何を見ているのは知らないけど、未だに『何か』を潰そうと企んでるんだろう?

 七年前の”問題”の様に、三年前の”問題”の様に、ただ表沙汰になる事だけで全てを隠そうとしやしないでくれ。

 ――はっきり言うが、トラビスがあなたの手駒でいる以上、私もある程度は大人しく手駒を演じてやる。だがな、……トラビスを殺す事につながるのなら、悪いが今度ばかりは降りさせてもらうぞ?」

 アーチーは短くなった煙草を灰皿に投げ捨てて、新たに一本取り出した。口にくわえるが火はつけない。少し考え、口の端で煙草を上下させて何を言うか考えている様だった。

 視線はスティーヴを見ず、天井のレリーフをなぞっている様にすら見える。

 スティーヴは呆れて、煙草の煙を床に向かって吐き出した。彼の吐き出す強い息で、地面を這う白煙は、すぐさま綿あめの様に消えていった。

 時計の音だけが虚しく時を刻み、無駄な時間が流れているとスティーヴは思えた。

 アーチーがマッチを取り出し火を付けた。擦られるリンの音の後、直ぐに燃え上がる木片の鈍い音。十分な熱を持ったマッチの先を煙草に近づけ、息を小さく吸いながら煙草へと火を映した。

「隠している訳では無いですよ」不服そうな物言いで、煙を遠くに飛ばした。

「嘘は十分だよ、アーチー。……なんのために隠すんだ? 私たちを殺すためか?」

 いいや、とアーチーは首を横に動かす。「もし、殺す気であるんだったら、そもそもこの場所に来る前に片付けるところですよ。それはお判りでしょう?」

「そりゃそうだ。あなたはそう言う人で、それだけの力を持っている」

「……ハッ」悔しそうにアーチーが自嘲した。「力? そんな物が私にあるとお思いですか? この場所に固執して、この場所から外に出れず、世間の一握りの人間とも関係を持っていない私が? どうして力なんて語れますか」

 乗ってきたアーチーの舌を止めない様に、スティーヴは火の燻る吸い殻をそっと陶器の灰皿に押し当てて消した。今度は自分のポケットから煙草を一本取り出すと、アーチーのマッチを一本貰って火を付けた。

「わたしがね、不本意ながら情報を出し渋っているとあなた方に思われているのは仕方のない事だとして、本当はわたしが情報を持っていると誰から聞いたものなんですか? ――あぁいいえ、結構。どうせ根も葉もない噂の類か、あなたの得意の妄想癖でしょう。

 電話して聞いている情報はいくらかありますよ。書類で見て集めた情報もありますよ。しかし、其処に『事実』とつなげる物は見つかっていないのです。分かるでしょう? それとも、憶測だけであなた方に偽情報も混同したカオスな物を投げつけて、『判断はそちらでどうぞ』なんていう無責任な事をしろとでも?

 それこそ、心外というものですよ。わたしが、トラビス神父の事を気にしていない? あり得ない事です。

 わたしが私怨で動いている? そんな物”だけ”で動かされる程、青臭い生活を行っていると思いますか?

 不確かな情報の全てが欲しいという要請があるのであれば、結構、わたしが集めた情報のすべてを開示してもいいでしょう。事実と嘘の区別なく、並列に並べられた情報から真実を見抜ける眼力があるというのならね」

 自信家の表情で得意げに笑みを浮かべるアーチーに、スティーヴは気にした様子なく煙草の煙を天井に向けて吐いた。「言い逃れ用としても無駄だぞ? アーチー」

 天井から視線を落とし、アーチーに視線を合わせてゆっくりと言葉を並べる。

「もう一度言うけれどもね。私が何故来て、何故あなたに聞いたかを良く理解するべきだ、という事を懇切丁寧に話しても仕方がないだろう。実際、時間の無駄だしね」

「……、だったら何を――」「最後まで聞けよ。早漏は嫌われるぞ」

 スティーヴは煙草を灰皿に押しやって、一息つく。肩を上下させて重い溜息をついた。

「キーガンがそんじょそこいらの異常者と同列でない事くらい分かっているし、触れたくない第一位になっている存在なのは、教会でもマフィアでも警察でも同じなんだよ。

 そもそもさ、《呼ばれた者》という存在が自然界には不自然すぎるんだよ。超越者――というのが正しいのかは別として、教会が崇める神……と同等のあるいはそれ以上の力を持つ者の”劣化版”がどうして氾濫しているんだい?

 分かっているよ、どこかの馬鹿どもが創ろうとしたんだろう? どの国ということも想像がつく。墓を暴き、全世界に散逸した聖遺物をかき集めて、『神』の代わりを創ろうとしたんだろう?

 私がね、何を怒っているのかというのは、”そこ”につながる証拠をあなたが持っていて、一切提示せずに、『死んで来い』と言っているから怒っているのだよ。

 戦う相手くらいはせめて教えて欲しいものだね。馬か人かもわからず、化け物を想像して、空想したまま戦う事ができるほど、私が現実逃避していると思うのかい?」

 ばさり、とスティーヴの背後で翼がうごめいた。アーチーは一切それを気にしない。自分の目の前に居る存在が、戦艦と同等の戦力であったとしても、何も感じない。

 武力でどうこうする次元の話しではない。気に入らなければ《呼ばれた者》は自由に力を行使できるはずだ。縛れるものは少ない。

「現実逃避ね。――わたしが思うに、空想の産物である天使――というのが目の前に居たとして、相手の正気を保証するモノは居ないし、わたしの正気を裏打ちしてくれる神すらこの世には居ないんですよ。

 すべてが妄想だと言い切ってしまえればいいですが、そんな事はできないでしょう。わたしとあなたと、見ている世界は同じだというのに、否定をする事が得策とは思えない。

 せめて、共通認識は持って、せめて『対等』に語りたいものですけれどね」

「力をちらつかされてそれどころではないと?」

「端的に言えばそうでしょうね」肩を竦めるアーチーにスティーヴは笑い声をあげて天井を仰いだ。右手で目を押さえ、アーチーを蔑む様に嘲笑する。

「……心外ですね」「どの口が言うというものか」

 スティーヴが笑いを押し殺して向き直る。「あなたが情報という武器をもってわたしと対等に話をして居るというのに、わたしの武器を見た途端非力だという。――いったい幾つの秘密をかかえているんで? 十や二十ではないだろう。

 政治家も教会の上層部も、全部”ゆする”ための情報を集めて。自滅する程にかき集めた人々の恥部を取捨選択して晒す作業は随分と板についているじゃないか。

 私が思う事を素直にぶつけるならば、『偽善的な正義』を振りかざす姿は、合衆国政府と同じであり国家という義務がない分、あなたの行いは人道に反する、とこき下ろすだろう」

 しかし、とスティーヴは言葉を区切る。「あなたに何を言ったところで響きはしないだろうね。深海よりも深い悲しみは、人の心なんてもうない程だ。

 言いたくはないが、”たかが”一人の肉親の死でここまで変われる人間だけなら、世界はもっとましになっていたと思うが」

 不快な表情を貼り付けたアーチーは、口をへの字にして煙草を灰皿の縁に置いた。右手で後ろ首をぽりぽりと引っ掻いた。手は次第にゆっくりとなり、ぺちんと一度肩を叩いた。

「知りたいのですね?」もったいぶった言い方ではない。確認としては、最短の物であったが、スティーヴには地獄の門と同等にすら思える圧が感じられた。

「知りたい、のですね?」二度目の確認に、スティーヴはゆっくりと首を縦に振った。

 ため息を一つついて、アーチーは立ち上がる。応接室のソファーの横に置かれた少し大きめのバッグへと寄った。アーチーの物らしく、革で出来た鞄は随分と使い込まれている事が分かった。年数的に考えれば彼が『子供』の頃から、だろうか。

「前任の物ですよ。――前任というのが、誰かは、……まぁ想像つくでしょう? R.N.のイニシャルが入ったカバンを見て、違う物を想像したというのであれば、随分と察しが悪いと思いますがね……。

 アレが何をしていたのか、全く理解できていない様なので、其処からの説明になるでしょうがね……」

 テーブルの傍まで重そうに鞄を持ってくると、鍵を外して、中から分厚い紙袋を取り出す。

 丁寧に梱包され、紐で口が縛られている。

 どさり、と置くと好きに読めと言わんばかりに右手でスティーヴを催促した。

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