12話 ごみ処理業者
主人公のルールの、基準のお話
ゴオオオ、という音と共に海が波立つのが分かる。
咄嗟に大きな岩陰の裏に回ってパッシブに設定したスキルが発動されているか確認した。ついでに<呼吸停止>も発動しておく。レベルが上がって息を止められる時間も延びたが、一番SPの消費が重かったのもあって実用に足るほどとは言えない。この際不足には目を瞑る。こちらが姿を確かめるまで気付かれないことが大事なのだ。人型の殺せないタイプのナニカだったりしたら最悪である。
自分自身の魔力を岩の発する魔力に近付ける。完全に同じにはできないが身を隠す手助けになるだろう。
つい先ほど自分の手に負えないナニカに出くわしたばかりなのだ。慎重になるのは仕方のないことと言えよう。
荒々しい音は次第に収束し、海面にひとつの巨大な影が姿を現した。
鋭い牙を備えた大きな口に蛇のように伸びた体躯。その太さと海面の濃さが、見えている部分など全体のほんの一部だと教えてくれる。
(龍……)
その威容はまさしく、東洋の様々な英雄譚に描かれた龍の姿に違いなかった。
水に濡れた蒼銀の鱗は月を反射して煌めき、青く透き通る角はまるで宝石のよう。瞳は鋭く、それでいて確かな知性を宿していた。
人型でなくて良かった。勝てる気がしないという以前に、戦ってはいけないと思わせる神聖さを帯びている。グラフィックが凄いのか、脳に影響を及ぼさせる技術力がすごいのか。精神汚染のような何かは感じるが、考えても詮無いことか。
龍がゆっくりと顎を開いた。
『我を呼んだのは貴様……何故そのような所に隠れておる』
そっこうで見抜かれていた。未熟さが少し恥ずかしい。
制限時間が近付いていた<呼吸停止>を切って岩陰から出る。人型でなく敵意もなく敵いもしないソレにまでルールを通す気はない。龍の前まで進み出て謝罪の体勢をとった。
「申し訳ありません。貴方のような方がいらっしゃるとは知らず……」
正直に謝罪する。人を15人投げ込むといかにも海の主と言わんばかりの龍が出てくるとか、知ってる者はいるのだろうか。ただの在庫処分のつもりだったのです。
『ほう、我を知らずに死体を――それもヒトを投げ込んだか』
面白がるような声音に、そのままの姿勢で頷いた。邪魔だったから捨てるつもりだったのだと。
『クク、ハハッ、フハハハハ!良い、中々見どころのある奴よ。名乗りを許そう、名は何という』
名乗り――名乗り?
下げたままの頭でぐるぐると考える。どこと遡ってもどう掘り返しても名前を設定した記憶がない。
殺した渡り人の中に名前が見えた者はいただろうか。渡り人は死体が残らず識別が働かないのだから、名前など知りようがない。他の人はいったいどこで名前を設定したのだろうか。
『ほう……貴様、名を持たぬか。ならば良い。しかし――そのままでは他の者と区別が付かぬな』
龍から見れば人間は小さすぎるのだろう。顔の作りも体の構造も随分と違うから、個人の見分けなどつかないのかもしれない。
しばし考えた様子の龍から、小さな魔力のような何かが飛んでくるのを感じる。本当に魔力だろうか。小さいだけで、密度はとんでもないような気がするのだが。ぶつかったら死なない?
『受け取れ、我の加護よ。これがあれば貴様を見失うまい』
〔称号《水龍神の加護》を獲得しました〕
死体を遺棄してたら棚ぼた的に称号をもらった件について。
ラッキー、でいいのだろうか。飛んできた魔力は私を攻撃することなく広がって包み込み、やがて溶けて消えた。身体に流れる魔力に別のものが混ざったような感覚がする。違和感はあるが気持ち悪さはない。じきに慣れるだろう。何故こういう感覚まで再現できるのかという話は今更なので省略する。
「身に余る光栄です。けれどその……会ったばかりの私によろしかったのでしょうか」
『良い。たとえ貴様にそのつもりがなくとも、ヒトの供物は久々よ。また持ってくるが良い』
「は……」
普段は人以外が投げ込まれているのか。海に死体を投げ込むのなんて人間くらいだろうし、だとしたら人の死骸など投げ込もうとは思うまい。
死体ならなんでも食べるけど好物は人なのかな…と考えているうちに、龍は来たときよりも静かに海へ消えていった。
溜まったらまた来よう。ごみ処理業者みたく扱っていることに微妙な気持ちを覚えなくもないが、あちらも喜んでいたようなので良しとする。ウィンウィンの関係というやつだ。
機嫌良く戻る前に、龍のいた辺りをずっと見ていた人影に忍び寄って首を落とす。
死体は溶けて消えたので渡り人だったのだろう。残念。
周囲に人がいないことを確認して岩陰に戻った。
先ほどはそれどころではなかったが、人2人分はありそうなこの岩、どうも魔力の流れがおかしい気がする。他の岩とは流れ方が違う。途中で長方形のような何かに当たって流れを変えている感じなのだ。
まるで岩の中に扉でもあるかのような――――
(幸運って続くのか)
どうすれば開くのかは分からないが、試しに扉(仮定)をなぞるように魔力を流し込んでみる。随分と魔力の扱いがうまくなった気がする。
慎重に表面をなぞると、紋様が描かれているのが分かる。これは文字だろうか。図書館の本に使われているものとよく似ている。ムンボウ語と言うらしい。
文字数は少ないが、目に映らない文字を感覚だけで読むというのは中々に難易度が高い。かろうじて岩、魔力、玉、窪みという単語だけ読み取れた。
表面をなぞるうちに球状の凹みらしき部分を見つける。窪みとはこれのことだろうか。魔力の玉でも嵌めてやれば良いのか。
(違うか…)
なんの手応えもないのは悲しい。
どうしたものかと考え、魔力の質を岩のそれに近付けて玉を嵌め込む。カチ、と音がした。
あまりに静かな動きで岩が開く。下へと階段が続いていた。
(ビンゴ!隠れ家になるといいけど)
周囲に人がいないことを再度確認して足を踏み出した。扉が再び閉まるのを感じながら歩きだす。
そういえば、水龍だというあの龍以外も人肉を食べるのだろうか。
〔これまでの行動経験によりスキル<解読>がレベルアップしました〕
〔これまでの行動経験によりスキル<看破>がレベルアップしました〕
種族:人族
種族レベル:12
スキル:
<暗殺術>14<奇襲>13<投擲術>2
<気配希釈>14<気配察知>14<隠密>14<視線察知>7<視線遮断>6<物音緩和>6<呼吸停止>4<変装>2
<識別>7<解読>2<看破>2<採取>1
<薬学>4<言語学>8<魔力学>5<魔法学>5
<痛覚耐性>7
残SP:8
称号:
《初めてのひとごろし》
《躊躇の無い殺人》
《黎明の敵》
《薄暮の敵》
《水龍神の加護》




