9.皆は高速を尊ぶ
その日の晩、俺は改めてエルに問いかけた。
未だにフィーアが幻覚や映像の類だとは信じられなかったからだ。
「なぁエル。お前もフィーアは魔法で俺が見ていた映像だと思うか?」
『それに関してやはりわたくしからはっきりと断言する事はできません。
ただ…』
「ただ?」
エルにも何か思うところがあるようで、
『わたくしの観測装置各種は常にフル稼働という訳では御座いません。
特にマナ流動計測や精神波など魔法・生命に関わる情報は
この町という場所の都合上、ノイズが多くその多くが不要と判断されるため
著しく数値の大きいもののみ記録しています』
久々にエルから難解語句が漏れた気がするが、
伝えたい事はなんとなくわかる。
つまり、あまりに氾濫している事柄は細かく覚えていてもキリがないから
特に目立つものだけ残すようにしているという事だろう。
『ですので、もし許されるのでしたら…
わたくしの返答は次の機会まで待って頂きたいのです』
「許されるも何もエルがその方がちゃんと答えられるならそれでいいよ。
どうせ俺にはわからん。きっとお前の方が正しく判断してくれる」
『有難う御座います、シュン様』
画面の中で深くお辞儀をするエル。
俺は流石にエルに頼りっぱなしだとは思うが、
こればっかりは自分ではどうしようもない。
多少でも俺が魔法使えれば変わったかもしれないけど
俺その才能からっきしだからね。仕方ないね。
翌日、朝。
「屋上のハイパーイズモシステムは軌道にのったら別の場所にも作る予定なのじゃ」
「ほう。土地は確保してるのか?」
「湖から町まで引いている水道の分流にイワミ家の管理している施設がある。
そこは水質検査や水量を管理するところなんじゃがな、
あの付近なら人も寄り付かんしある程度開いた場所もある」
俺とイズモは向かい合って朝食を取っていた。
彼女は体こそ俺より二回りは小さく、その年齢も幼いが
行動力と構想力は高校生(実質中退)の俺が憧れるには十分だった。
次々新しい事を考え現実的な範囲で挑戦している様はとても偉大だ。
「母上も多忙なようじゃからのう。
なるべく母上の手を煩わせる事なく進ませたいものじゃ」
「あぁ…。俺が持って帰った魔獣のせいで、すまん」
「何を言っとる! シュンが謝る事なぞ何もないぞ。
むしろアレのおかげでハーレティクスに一歩近づけたのじゃ。
大きな進歩と言えるじゃろう」
そうなのだ。俺が持って帰ったあの異形の魔獣はかなり特別だったらしい。
ハーレティクスの欠片を取り込んだ事によって変質した魔獣は前代未聞。
肝心の欠片こそ微塵も残さず消滅したが、重大な資料には変わりない。
そのせいで管理が大変らしく、イワミはその対応に追われている。
俺が厄介ごとを持ち込んだようで申し訳なく思うのだが、
この町やハーレティクスという存在の事を考えると正しい事なのだ…
と思う事にした。
「そういえば昨日はあのサイクロプスの者に会いに行ったらしいな。
どうじゃった? 口説けたか?」
「なんだよ口説けたかって。俺はナンパ男じゃねぇぞ…
普通に気になった事があったから調べて、
その後フロレンツィーア博士に拾われた」
「おぉあの博士にか…。どうも気に入られたらしいのう」
「うーん、どうだろう」
気に入られたといえばそうかもしれない。
実のところフロレンという人についてはよくわかっていない。
イワミやメイは彼女をかなり警戒していたようだが、
俺の知るフロレンは発見に興奮して研究所をショートカットするような人だ。
変人といえば間違いなく変人ではあるな。
そんな時、少し遠くから歯車の軋む音や金属の接触する音が聞こえる。
それは段々と大きくなり、騒音と言っても差し支えないレベルにまでなる。
…噂をすればなんとやら。
「ご主人様、ちょっと見てきますね」
「あっ、はい」
いつの間にか俺の後方にいたメイはそう言うとすたすたと退出した。
完全に環境と一体化していてそこにいる事に気づかなかった…
この屋敷にいる間メイが傍にいる事が当然になってきていて
それに対して俺が疑問を抱かなくなってきているという事実に軽く恐怖を覚える。
慣れって怖いね。
「多分これ博士の…えーっと、魔導車輌だっけ」
「魔導車輌じゃと!? 噂でしかなかった研究区間最新技術ではないか!!」
え、そんな凄い物だったのかあれ。
そういえばライラも呆気に取られてた気がするな…
そこにメイが「失礼します」と戻ってきた。
いやちょっと待って流石に早くないか? でもメイなら普通か…
「ご主人様。フロレンツィーア博士がいらっしゃいました」
「博士本人が来たのか…?」
「はい。ご主人様を迎えに来たついでにイワミ様に製品の紹介…
いえ、自慢をしに来たとのことで」
「自慢て」
俺たちは急いで階段を駆け下り正門へ向かった。
メイが「お急ぎなら抱えましょうか」と聞いてきたが流石に断る。
出ると既に数名が魔導車輌を囲うように集まっており、
その先頭にはイワミの姿がある。
「こいつは魔力さえあれば無限に動き続けるのさ!
どんな重さでも悪路でもへっちゃら、馬車の時代はこいつで変わる!」
「確かにこれは凄いですね…運送に大きな変化が訪れる事は間違いありません。
しかし、こうも複雑な魔導装置だと操作に専門的な知識を要するのでは?」
「そこもご安心! 乱雑な計算や調整は魔導人形に仲介させる事で
簡単な操作方法だけで済むよう開発も進んでいる!
最終的には一家に一台、魔導車輌を普及させるつもりだからね」
フロレンは魔導車輌の天井に上り高らかに演説している。
一家に一台というフレーズが冗談に聞こえたのか周囲からは少し笑いが漏れるが
イワミの表情は真剣そのものだ。きっと彼女はかなり先を見据えている。
俺もまた、魔導車輌に似て非なる物がありふれた光景を知っているから
それが何らおかしいこととは思わない。
ただちょっと道路が狭いかな。今の大きさだと渋滞すると思うよ。
フロレンはこちらに気づいたらしくこっちに向けて手を振る。
俺も手を振ってそれを返す。
「やぁシュン。小生自ら迎えに来てあげたよ」
「間違ってたら悪いけどイワミさんに魔導車輌の自慢したかったから来たんですか」
「くくくく…まぁそれ含めて最も効率のよい行動がこれだっただけだよ」
フロレンは口元に手を寄せいたずらっぽく笑う。
容姿不相応に子供地味た仕草に不覚にも少しだけ可愛いと思ってしまった。
「でも迎えに来たって…まさか」
「そのまさかだよ」
「昨日の今日ですけど流石に早くないですか」
「まぁアポイントメント取れたからね。向こうの都合もあるかもしれないけど…」
フロレンは蜘蛛の脚で器用に天井から降り、下から見上げる俺に手を伸ばす。
俺はその手を掴むとまるでエスコートされるかのようにするりと魔導車輌に招かれた。
横眼にはそんな俺とフロレンを見て驚くイワミとイズモが見えた。
「じゃあ、彼を借りていくよ」
「無事に返してくださいね」
「あぁ。約束する。このフロレンツィーアの名をもって全力でね」
そんな区間代表同士のやり取りを聞きながら、俺はふと思った。
異世界の人たちは行動が早い。早すぎる…




