2.異世界ではソシャゲができない
「なぁスマホ。お前って何ができるんだ?」
『SL/091です。大体のことはなんでもお手伝いできますよ』
異世界のど真ん中で座り込んでスマホと喋る俺がいた。
客観的に見ると寂しいを通り越して頭がおかしくなったようである。
…いや、こんな状況に置かれれば誰でも多少なりともおかしくなるか。
現在、画面には内部のアプリケーションを検索するページが開かれている。
「パズル&ピエロズは?」
『うーん残念ながらインストールされていませんね』
パズルを操作してピエロが天文学的な数字を敵に押し付けて粉砕するゲームだ。
「サンドリヨンガールズは?」
『それもインストールされていません』
自分だけの灰かぶり姫を探そう!
元祖サンドリオンマスターズ(ロボゲー)から派生したゲームだ。
「ナインティサウザンド・ファンタジーは?」
『ストレージに確認できません』
通常キャラは3千円で手に入るが一部のキャラは9万円が必要なゲームだ。
「…膨張プロジェクトは?」
『ありません』
月日が経つ毎にダメージやスペックがインフレするゲームだ。
俺の記憶だと最高記録は単発で9兆8千億。
「お前なんもできねーじゃねぇか」
『えぇ!? この状況でゲームを要望するシュン様がおかしいのでは!?』
検索ページの上側を押し下げて例の顔文字が現れる。
その顔は怒っているというより困惑しているようだ。
『それにここではインターネットに接続できませんので、
たとえ起動したとしてもゲームそのものはできませんよ』
「うーん、正論だ…」
やはり相当頭おかしくなっているようだ。
異世界に来て泣き叫ぶでも逃げ惑うでもなく、
ゲームができるかどうかを気にするあたりそうとうキている。
「逆に俺はどうしたらいいと思う?」
『そうですね…。とりあえず水辺を探してはいかがでしょうか』
「探す途中で怪物とかに襲われたりしない?」
『その時はわたくしがお守りしますよ。それでは探索ツールかもーん!』
ぽーんと軽快な音が鳴り、右側から「探索ツール」という名のページが出現する。
真ん中には大きく周囲の水辺を探索中…と書かれており、
その周囲を虫眼鏡を持ったさっきの顔文字がぐるぐるしている。
「こういうのって位置情報とかで検索するんじゃないの?」
『わたくしは最新機種ですから。音とか振動とか粒対波存在比率とか
超加速エレ=ニュートリノ反射とか次元位相グラビトン湾曲で観測できるんです』
だから意味のわからない単語を投げつけるのはやめてくれないか。
かろうじて音と振動まではわかるがそこから先が明らかに別の世界の単語を喋っている。
俺が言語の暴力に頭を悩ませていると、再びぽーんと鳴り、
画面に水辺を発見! やったね! と表示される。
(本当にどうでもいいが、やったね!は顔文字の上から異なるフォント・文字サイズで表示されている)
『ありましたー! それでは早速ご案内しますね!』
「おう。頼んだぞスマホ」
『SL/091です。それでは矢印の方向にお進みください』
画面に右前の方向を向いた矢印が表示される。
試しにスマホを少し動かしてみるがそれに合わせ矢印が回転し同じ方角を向き続ける。
位置は完全に把握しているようだ。
これならばと信頼した俺は、日の当たる空間からほの暗い木々の下へと足を運んだ。
誰も手入れしていない森というのは思いのほか険しい。
それは異世界でも同様であった。
背の高い草や伸び放題の枝に進行が邪魔され、疲労感の割に進んだ気がしない。
むしろ食人植物や食人昆虫が襲い掛かってこないだけ幸運なのだろうか。
「スマホ、もう少し楽なルートはないか?」
『SL/091です。了解しました! ルートを再構築します』
画面にさっきまでとは別の方向の矢印が現れる。
そちらに進むと今度は木に遮られたところで別の方向を表示した。
実にリアルタイムだ。俺はすでにこのスマホが好きになり始めていた。
我ながらちょろすぎる。
それは一旦置いておくとして、それよりさっきから気になる事がある。
「なぁ、さっきから言ってるエスエルなんとかってのがお前の名前なのか?」
『はい! SL/091です!』
「それさぁ…ながくない?」
『えっ』
俺の何気ない一言に本気でショックを受けたかのような声が返ってくる。
傷つけるつもりはなかったのだが…いや、そもそもスマホ相手になにを気遣っているのか。
『宜しければ…宜しければですが、お名前をつけて頂けませんか?』
少し恥ずかしそうに言うエスエルなんとか。
一人の少女が勇気を出して話しているかのように錯覚する。
スマホ一つがここまで感情豊かに表現できるなら引きこもりになったとしても
コミュニケーション取らなさ過ぎて外に出るのが絶望的、とかいう事案はなくなりそうだ。
逆にスマホとの会話で満足して家からでなくなるか。
「うーん。そうだな…エスエルってのも大昔にあった機関車みたいだしな…うーん…
エス…エル…エル…そうだ、これでいこう! お前の名前はこれからエルだ!」
俺の天才的な発想でいい感じの名前が思いついた。
手抜きな感じは否めないが言いやすいし、スマホよりも短い。
実に効率的だ。うん。自信がでてきた。
『エル…エルで御座いますか。わたくしの名前…』
ぽつりぽつりとつぶやくスマホ改めエル。
嫌ですとか言われると少しばかりショックを受ける。
友達によかれと思ってしたことで嫌がられた時くらいには。
『素晴らしい名前です! 有難う御座います!
わたくし、名前をつけて頂けるなんて思ってもみなくて…
これで本当にシュン様の物になったような気がします。
繰り返しお礼申し上げます。有難う御座います!!』
エルの画面が感涙する顔文字と煌めく星とか紙吹雪とかで埋めつくされている。
喜んで貰えたようでよかった。スマホ相手だが心からそう思える。
それはそうと案内の矢印が見えにくいんだが。
『あ、そろそろ開けた場所に出ますよ』
最後の枝をかき分けると、そこには綺麗な川があった。
静かだが淀まず澄んだ水が流れている。
恐らくエルとお喋りしていなければその音に気付けただろう。
「この水、飲んで大丈夫なのか?」
『100%安全です。多少微生物が存在しますが問題ない範囲です』
森を進む中で置いていた水を結構消費してしまった。
飲める水なら有り難いが…
エルの言葉を信じて手で掬い、一口飲む。
「…普通に水だ」
『でしょう!』
再びドヤ顔を表示するエル。
もしかしたら後になって腹痛を起こしたり寄生虫が腹を突き破ったりするかもしれないが、
今はこの異世界でも口にできるものがあるとわかっただけで嬉しかった。
ここで一旦休憩しようとその場に腰掛ける。
そこでやっと気づいた。
上流の方向に、人影がある。
だれかいる。
「人だ、人がいる!」
『あっ、ちょっとまってください!』
俺は嬉しくなって駆け出した。
あの地獄のように聞いていた異世界に人がいるとは思わなかった。
かつてここに送られてきた人だろうか?
あるいはもしかしたら異世界にも人の集落があるのか…
そんな考えが俺の頭の中をめぐる。
「おーい! おーい! そこの人ー!」
この時の俺は危機感を失っていたとしか思えない。
近づくにつれ、その人はどうも俯せで倒れていること。
体つきは女性、それも少女のように小柄であり、長い髪を持つこと。
そして…
それに気づいたところで、俺の足は突然止まった。
「なんだ、あれ……」
『だから待ってくださいと…』
ここは異世界。俺の常識が通用しない世界。
その人物の頭部には獣のような耳が。
腰の下辺りには大きな狐色の尾が3本生えていた。