14.チートの使い道
流石に人間である事がバレると不味い。
一応窓からは隠れて対応するか。
「まぁ、少しくらいならいいぞ」
ここでいないふりをするのも考えたが、
その場合この女性が虚無に向かって話している事になる。
はたから見ればあまりかわりはないが。
「あ、ほんとうにいたんですね…ありがとうございます」
彼女もそこまで確信はなかったらしい。
よかったですと一言置いて、彼女は続ける。
「ちょっと、今日は…いや、今日もいいことなくてですね。
みんなで相談しながらする作業ってあるじゃないですか」
「あるな。大体の事は一人でするより皆でやった方が早いからな」
普通に世間話が直接始まった。
お互いの自己紹介とかもせずいきなり本題に入る経験はそんなにない。
「それで…私からしたらそこそこ仲がいいと思っていた人と
一緒のグループになったんですよ」
「そこでその相手からお前と同じグループは嫌だとか言われたのか?」
「えっ」
流石にいきなり踏み込み過ぎたのか、女性は絶句する。
壁を挟み顔が見えていないせいか俺はいつもより好き勝手言っている気がする。
「そ、そうなんですよ! あの子!
資料とか貸したり、貸したり、あるいは貸したまま返って来ないから
きっとちょっとはマシな仲なんだろうなと思ってたら!」
まさかの予想的中である。しかも思っていたより酷い…
どうしよう、言っちゃおうか。いや言おう。
「いやそれ多分お前の事相手はそんな風には思ってないぞ」
「えっ、じゃあ一体私は…」
「なんでも借りれる便利屋か悪いと資料が置いてるただの机」
「生き物ですらない!」
わかりやすくショックを受ける声の主。
俺も父親が死んでから少し距離を置かれた時期もあったが、
こんな扱いは流石に受けた覚えどころか見たこともないな。
「話しかけてくれるからいい人だなぁと思ってたんですけど…」
「悲しいなぁ」
いくらなんでも可哀想で同情してしまう。
その女性はまだまだ語り足りないようで続ける。
「あとしょっちゅう私の机が倒されてるんですけど、今日は…」
「いやちょっと待って。机ってそんなに頻繁に倒されるものなのか」
「え? あ、はい。まあ。研究室入ったらあー倒れてるなーって。
大体三日に一回くらいですかね」
思った以上に深刻な闇を抱えていそうで俺まで辛くなる。
真面目に考察するならば研究室という単語が気になるが、
それよりこの哀れ過ぎる女性の話が今は重要だ。
「そうそう、それで今日はですね。
なんとひっくり返した机の上に資材を組み合わせた
結構な大きさのオブジェが立ってたんですよ!」
「ふふっ」
「あー! 今笑いましたね!
あれ崩すの凄い大変だったんですよ!」
俺は反転した机の上に高く重ねられたオブジェを想像して
悪いとは思いながらも少し笑ってしまう。
「帰り路には子供に石投げられるし…」
「え…」
女性の台詞に今の言葉は少し考える。
今までは狭い集団の中で彼女がいじめを受けている話だったが、
これはそこから離れた空間での話だ。
「肉売りのお兄さんにはあっちいけ言われるし、
筆買いに行ったら気味悪いからって追い出されるし…」
おかしい。いくらなんでも酷すぎる。
何故ここまで彼女が敵意を押し付けられなくてはならない。
それでも、当然のことを語るように彼女は言うのだ。
「今日は大丈夫だったんですけど、最近は家の前に落書きされてたのは驚いたかな。
後はゴミ置かれて家から出れなかったのも先週くらいに」
「なんで…」
「はい?」
「なんであんたがそんな目に遭わなくちゃならない」
彼女に問いかけるというよりは、
それを良しとする世界に怒るように俺は言う。
「なんでって…それが当たり前ですから」
世界だけではなく、彼女までそれでいいというのか。
「ずっとこんな感じだったんですからきっとこれからもそうですよ。
まぁ今日は誰かに愚痴れてよかったかなと」
「辛くはないのか?」
「辛いと言えば辛いですけど、どうしようもないですからね」
彼女は何も感じていないわけではない。
しかし、どんなに理不尽で不条理な世界だとしても、
どうしようもないから諦めているに過ぎない。
「なら俺が…!」
俺はエルを強く握りしめる。
まだ使い方はわからない。しかし理不尽を潰すだけの力はある。
まだ何ができるかわからない。しかし不条理を壊すだけの力はある。
何かが、できるはずだ。
「ふふふ。その言葉だけで十分ですよ。
いい人に出会えて、こんなに長く話せて私は幸せですから」
それに…と、彼女の口から小さく零れ落ちる。
「あなたも私を見たら、みんなと同じになるでしょうし」
もう我慢ならん。俺は身を乗り出し窓を除き込む。
何が同じになるだ。こちとら何もしてないのに異世界に送られてきたただの元学生だぞ?
そんな特徴もないような一般市民が誰かをそこまで邪険にできるか!
窓の外には彼女の後姿だけがあった。
シルエットの細い黒のドレスに同じ色の長髪が見える。。
頭にはベールのついた帽子を被り、まるで葬式のようなイメージを受ける。
「あんたがなんでそんな目に遭ってるのか俺には想像もつかん!
だが俺は絶対にあんたをそこから引き上げる!」
俺は彼女の背中を目に焼き付けた。
本当はここで窓を破壊して彼女を追いかけたい。
しかしそれはイズモとレリィの頑張りを無駄にする事になる。
いずれ必ず助けると決意したその姿を、俺はしっかり刻み込んだ。




