13. - サーリィーン -
目が醒めても薄暗さは相変わらずだった。分かったことは今が夜ではないということ。夜ならば、薄暗いのではなく真っ暗な筈だった。朝なのか昼なのかその区別は曖昧だ。四六時中薄暗いのだからそんな境など幻に等しいのかもしれない。薄暗い夢と薄暗い現に境がないように。
ジォの背中を見送ってからどれほど微睡んだのだろう。
甘い香りがした。
甘い、甘い淫らな、花の香。
この山にいくらでも咲いている甘い花。
懐かしい香りが僕を包む。サリィに逢いたい。
「帰らないと……」
花が咲いてしまう前に帰らなければ。
身体を起こすと下敷きになっていた枯れ葉が乾いた音を立てた。転寝をする前とは比べようもないほど身体の調子は良かった。頭痛も耳鳴りも眩暈もしないなど、いつ以来のことだろうか。あらゆる不快感が取り除かれると、尚更サリィに逢いたかった。逢って彼女を抱きたかった。
右脚が思うようにならないのと身体がふらつくのが常態化していた所為で一歩目は慎重だった。けれど右脚に体重を乗せてみても、僕が思うより脚は悪くなかった。
足早に進めばあれほど遠く感じたのが嘘のようだった。綻び始めた花弁に向かって精を撒くサリィの姿を見つけ、僕は自然と駆け足になる。きっと今ならナインに追いかけられたって転んだりはしないだろう。
「サリィ!」
僕は彼女の名前を知らない。知らないから大声で番号を呼ぶ。振り返って手を振るサリィの元へ一気に駆け寄って抱き締める。
彼女の腕が僕の背中に回されて、抱き返されると懐かしい香りが一層強く僕らを包むから。
僕はまるで溺れるように彼女へキスをした。
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