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side夫婦 二人の蕩けた心は離れない

 あたしは少し油断して侮っていた。

 希望的観測はあっても、キスだって実際にされるまではもしかしたら冗談でふざけてるだけかもしれないとどこかで疑ってたもの。

 ……なんて、そんなことはもうどうでもいいっ。


 旦那様の唇が◆#%▽’〕∴…◇§×◆〆≫∵ПИК㌶?〇!!!!


 言葉にできないけどとにかく最高よっ。巧みな彼のおかげで蕩けそうに熱くて思考が回らなくなっていく。

 何これ、あたしの知識ではまだ深いことはしていないはずなのに、この男ってば何者よ~っ!


 それなのにあたしってば未熟だわ。怖いっ。


 この暗殺依頼を受けて、正式に結婚するんだからと、前以て女として身を捧げる覚悟はしたはずなのに、まだまだ覚悟が足りなかったみたい。ううん、冷遇されたり何だりで覚悟が風化していたみたい。


 標的を誘惑するのは初めてじゃないけど、口同士のキスも肉体関係も初めて尽くしなのよね。


 どうしたらいいのかわからずに、戸惑いも快感も増していく。

 怖い怖いと我慢したところで後には引けないのに。興醒めだと嫌われたくない。


 すると、急に彼が手を止めた。


 何と何と何とっ、やる気だったくせに我慢してくれたのよ!

 ちょっと嘘でしょ信じられないわ! きっとあたしの様子が変だったから気が付いて、それで察して配慮した。

 あたしたち夫婦はゆっくり行こうって提案してくれて、心に沁みるような感謝が滲んだわ。


 あたしの淑女らしからぬ戦闘力を手放しに褒めてくれて妻として受け入れてくれて、更にそんな風に言ってくれる男がこの世に何人いるかしら。……散々迷惑を掛けた数々のやらかしも大目に見てくれたし、何人もいないわよ。この人ただ一人だけよ。


 見た目だけでもパ~~フェックットッなのにっ、反則よ大反則っ内面もこんなに素敵だなんてっ。ああもうホントここまで知っちゃったら仮にこの先離婚だと言われても絶対無理。離婚できない。離婚しない。離婚なんてしてやるもんかーーーーっ!

 あたしの夫は世界一心が広い男なのーって高い山のてっぺんで叫びたいわ。


 巷で聞く運命の出会いとは程遠そうな政略結婚で出会ったのがこの人で心底良かった。ああそれとも、これこそが運命と呼べるものなのかもしれないわ。

 その夜はただただ、彼が旦那様で幸せって安息に満ち足りた夜だった。

 夢の中じゃ猫にそうするみたいにたっぷり旦那様を吸って堪能したわ。


 翌朝、彼の腕の中で目覚めたからびっくりした。ああああたしったら夢の中だけじゃなく現実でもうっかりやらかしちゃった!?

 ……あら、幸か不幸か乱れはないわね。彼の眉間にシワが寄ってたりはしなかったから嫌がられてもなかったと思う。健やかそうだった。思い出したら昨夜のことが恥ずかしくなったけど、寝ていると余計に可愛いわねチクショー。

 うん、うへへ、初寝顔頂きました~。あと彼の懐に吸い付いて二度寝した。


 因みに昨晩実は駆け付けていたらしい大公家の兵士たちは、魔物の気配が消失したのと既に室内が静かだったのとで、突入はやめ扉の隙間から覗いたらしいわ。それでそのー……色々と空気を読んで皆さん揃って退散したそう。後になって旦那様からそう聞いて、思わず渋い顔で天を仰いだっけ。どっどこからどこまで見られたのよーーーーっ!


 しばらく鍛錬時の差し入れドリンクは控えたわ。そしたら逆に旦那様から照れながら催促されて再開したけど。


 それからはまあ、鍛錬を一緒にしたり討伐に一緒に行ったり食事を一緒にしたり、ベッドはあの夜から一緒だけど、お風呂も一緒に……ごほごほっ、夫婦として健全な日々を送った。


 えっへん、あたしは名実ともに大公妃になったってわけ!


 他方、弟は頻繁に大公家を訪れるようになったけど、あたしの言うことをきちんと聞いて、旦那様の暗殺なんて物騒なことはもう言わなくなった。良かった安心よ。

 ただね、どうしてだか二人は折り合いがあまり宜しくなさそうに見える時があるのよね。いつもは親しげに微笑み合ってるし狩りにだって一緒に行くから、たぶんあたしの気のせいだとは思うけど。

 この前なんて二人してくたびれた様子で狩りから帰ってきて、喧嘩でもしたのかと心配になったわよ。


『ハハハ、案ずるな。狩るか狩られるかだからな。疲れるのは当然だ』

『そうそう、義兄さんと行くとスリリングで全く微塵も気を抜けないんだよね』


 肩まで組んで笑い合っていたから、関係は良好なのよね?


 ああそうそう弟と言えば、彼にもようやく気になる相手ができたみたい。

 既に恋人なのかまだ告白してない相手なのかは教えてくれないから詳しくはわからないけど、旦那様に劣らず社交界じゃ大人気のあの子なら絶対OKもらえるはずよ。家業のことを除けば、土台断るなんて選択肢が浮かばない超優良物件だもの。今度来たらその時こそ根掘り葉掘り聞き出さないとね~。


 実家と王家には暗殺不可、魔物の活動が予想よりも活発なので王都の安全のためにも大公領の混乱は避けるべしって報告と進言を挙げておいた。


 見方を変えればそれは暗殺失敗を意味するわ。


 でもそんなものは屁でもない。成績優秀なあたしの暗殺者経歴に傷が付こうとも、あたしにとっては生活面での便宜上成績をキープしていただけで、元々価値のないものだから。

 こっちの意見に一理あるとしてか、王家からも実家からもお咎めはなかった。別の刺客が送り込まれてくる気配もない。大公暗殺は取り下げたようね。一先ずホッとしたわ。


 そんなこんなで政略結婚からもうすぐ一年。


 旦那様は未だあたしが暗殺者だとは知らない。あたしも言うつもりはない。


 もしも知られても、その時には最早手放せないくらいにあたしに溺れてるはずよ。ヒヒヒ。

 さてさて、殺意と紙一重な執心に生涯蕩ける覚悟はいいかしら、親愛なる旦那様?

 


◆◇◆◇◆



「さっきから目を閉じて何を考えている?」

「ん~ふふっ、どうやったらあなたの不意を突けるか? そうして一思いに~グサッとやって、サスペンスの開幕よ」

「ああ、最近は推理小説に嵌まっているんだったな。夫殺害ものだけはあまり嵌まってくれるなよ?」

「さあ、どうしようかしら?」


 結婚してもうすぐ一年。よく妻からは殺意を仄めかす際どい冗談を返される。彼女が暗殺者だと俺が知らないと思ってよく言うよ。少しドキリとしてしまうから正直その手の軽口はやめてほしいものだ。


 今も鏡台前の彼女の背中に問い掛けたらこれだ。鏡に映る彼女は夜のスキンケアをしているのかと思いきや、瞑想しているように両目を閉じていたんだ。

 ……早くベッドに来ればいいのにと思ったが、がっつき過ぎだと呆れられそうで結局別の言葉を選んだのを少々後悔した。


「ふふふ、気は抜かないことね。いつかあなたを殺すかもしれないわよ?」


 彼女はふと瞼を上げると鏡越しの俺と目を合わせる。

 さも直近の言葉が本気かのような、顔が半分闇に沈むような面持ちで。


『なーんてね。殺すわけないわ~。あたしはあなたの前じゃ普通の女でいたいんだもの。安心して愛してよね、旦那様?』


 俺を試していると言うより揶揄しているのは心を読まなくてもわかっていたが、何となく面白くない。

 故に状況に合わせてみた。

 緊張感溢れる顔をしてやったんだ。


「何だと……?」


 刹那、彼女は予想外にも蒼白になった。俺が本気にしたと思ったんだ。これだけで仕返しとしては十分だった。


「えっ、あのね冗談よ! 本気にしないで!」


 彼女はわたわたととても焦って必死に訴える。そんな姿ですら可愛いと言う自覚はないんだろうな。


「ああ、するか本気になど」

「え、して……ない?」

「していない」

「も~~っ」


 ベッドに飛んできてポカスカ叩かれた。


「ごめんごめん、悪かった」


 苦笑いでぎゅっと抱きしめた。


「もーっ、あたしもあたしだけど、あなたもあなたよっ。時々こんな風にしれっと人を揶揄うから質が悪いのよーっ」

「ははっだから悪かったって」

『しかもその後はめちゃくちゃ甘くなるんだから、メロメロのあたしが勝てるわけがないんだわ。あたしも我ながら学習しないわよねホントに。本気にされたかと焦ったし信用ないのって悲しくもなったわよ。暗殺者なのを秘密にしたままなのに勝手に傷付くあたしはあたしで卑怯だけど……』


 顔を曇らせる妻を目の前にし、気が付けば彼女の顔を両手で挟んでいた。変なことを考えるなと窘めたくて真正面から覗き込む。


「あのな、言っておくと、実のところ俺はもう何度も君に殺されている」

「……ええ?」

『ど、どういう意味かしら。あたしは一度だってあなたを暗殺してないわよ?』


 ははっ混乱している。変な方向への思考回路から切り替わって何よりだ。

 敢えてニヤリとしてやった。


「いつも悩殺だ。言うまでもなく、今夜もな」

「なっ……な、ななな何であなたってそういう恥ずかしいことを平然とっ……!」

「いい加減もうこれくらい慣れろ」

「なっ」


 思い切り赤面した彼女から睨まれた。それすら嬉しいなどと告げたらどんな顔をするだろうか。ま、引かれそうだな。


「全くもう、初対面時のクールな印象が今じゃ皆無だわ。普段外じゃ一切甘い蕩けた表情を見せない厳しくも真面目な大公様が、こんな激甘亭主に豹変するなんて一体誰が思うかしら!」

「ん? 君はそれも含め、この顔共々俺のことが好きなんだろう?」

「くっ……! そうですけどねっ。こんなあなただからあたしの心はあなたの全部に夢中なの!」


 彼女から先にキスをされた。


『さあ、あたしの唯一無二の標的、覚悟はいいかしら?』


 心中では相変わらずの暗殺者らしさに思わず感心した。

 望むところだと、深くキスを返した。



◆◇◆◇◆



 あたしは暗殺者。

 俺は暗殺者の夫。


 だけど、旦那様には内緒なの。

 しかし、暗殺者だと知っていることを妻に知られてはならない。



 それが、のちに歴代最強の王国の守護者と謳われる、夫婦円満の秘訣……かもしれない。

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