一話 根暗令嬢フィオレリア・シエル・ローゼンハイム
ある日の昼下がり。
私は学園の長い廊下を一人で歩きながら、前を歩く令嬢の姿をぼんやりと見つめていた。
美しいブロンドヘアが、校舎の窓から差し込む光がキラキラと反射している。
制服の着こなしも優雅で、いかにも可愛らしい女の子。その子のポケットから、ひらりと薄い布が落ちたのが見えた。白いハンカチだ。
私はそのハンカチを丁寧に拾って、三回ほど深呼吸をしてから、小さく口を開いた。
「……あの、そこの貴方……」
「きゃぁっ!? あ、フィ、フィオレリア様……!? なにか私、粗相を……?」
「いえ、そうではなく……このハンカチ、落としましたよ……」
「あ、ありがとうございます! では私はこれで……!」
……彼女はまるで亡霊でも見てしまったような悲鳴を上げた後、ハンカチを受け取って走り去っていってしまった。
私はただ、勇気を出して落とし物を拾っただけなのに……。確かに、口角はうまく上がらなかったし、声だって小さすぎて掠れていたけれど……。
____私はフィオレリア・シエル・ローゼンハイム。
アヴェリオン王国の三大公爵家のひとつ、ローゼンハイム公爵家の長女だ。年齢は16歳。今年度、この王立ルミナス学園に入学してから約半年が経過した。
……にも関わらず、私には友人と呼べる存在が一人もいない。
それはひとえに、私が三大公爵家の令嬢であるということと……私がみんなから怖がられている存在だからだ。
元々私は極度の人見知りで、昔から人前に立つことがあまり得意ではなかった。好きなことは本を読むことで、お母様が主催するお茶会ですら怖くて仕方がないくらい。
学園内でもほとんど誰とも話さないし、休み時間は図書室にこもっている。そのせいで、ついたあだ名は「根暗令嬢」。もちろん公爵令嬢である私に直接言ってくるような方は、一部の例外を除いてほとんどいないのだけれど……。
幸いまだ社交界デビューを迎えていないから、社交の場に顔を出すことは今までほとんどなかった。でも、そのデビュタントも、いよいよ来月に迫ってきている。それも、王家主催の舞踏会。
正直、本当に嫌で仕方がない。たくさんの人の前で入場して、国王様にご挨拶をして、ダンスを踊るなんて正気の沙汰じゃないわ。
それでも公爵令嬢として生まれてきてしまったからには、そうも言っていられないのが現実。
それに、私には昔から決まっている婚約者がいる。だから、公爵令嬢として恥ずかしくないよう、勉強や礼儀作法のレッスンは人一倍頑張ってきた。
「早く公爵家へ戻らなきゃ……今日は宮殿に行かなけらばならない日だもの」
HRが終わってから、少し時間が経ってしまっている。図書室に本を返却しに行ったら、思ったよりも時間がかかってしまったのよね。
今日は宮殿でレッスンがある日だから、早めに集まらなきゃいけなかったのに……。きっと婚約者様は、さぞお怒りでしょうね。
気が重いけれど……これも公爵令嬢としての務めだもの。
私は少しだけ歩くスピードを早めて、通学カバンが置いてある教室へと向かったのだった。




