27 弟が将来を考える人
「先に言っておくけど、彼女は平民でも構わないと……」
「どんな人なの?」
ある程度、家の事情を話しているのだから、将来的にその令嬢と結婚したいのだろう。
フィーナに話すのが恥ずかしいのか、プリンはもはやグチャグチャである。
「キリミナ地方にあるコーナ男爵家の子なんだけど、彼女七女で……」
「コーナ家の七女で、なんて方なの?」
アレ程までにズケズケ物を言っていたラビーは、どこへやらだ。
言葉を濁すばかりで、シャキッとしない。
「アリアナ」
ボソリとそう言って、ラビーは俯き沈黙している。
こんな時に、こんな風に感じるのは何だけど、正論をぶちまけられて二の句が継げない母に似ていた。
「そのアリアナ嬢と結婚を考えているのね?」
「うん、いや、はい」
幼い頃のラビーがそこにいる様で、フィーナは何とも言えない。
こんなモジモジしている彼を見ていると、爵位を譲るのすら心配になる。
「どんな方なの?」
「コーナ家の七女……ってそこは話したよな。えっと、学園で知り合って、アリアナも農家にでも嫁ごうかなと、農業科に進学して来たんだ」
農家は人手不足になっても、仕事に溢れる事はない。流行を追わないといけない服飾関係は、より堅実だろう。
ラビーがプリンを液体に戻す作業をしながら、話す内容を要約すると……。
彼女の名前はアリアナ=コーナ。
コーナ男爵の七女で、ラビーと同じ年。
同じ学園で知り合い、平民になるかもしれないという点で、立場が似ていて話すキッカケに。
しかも、農業関係の仕事を考えている事も共感出来たらしい。話が合えば一緒にいる事も多くなり、何となく将来を誓い合う関係になった……という訳だった。
アリアナは元より平民になるつもりだったので、爵位に執着もなければ興味もない。だが、ラビーは彼女と結婚するなら、なるべく苦労をさせたくないと考えたそうだ。
なので、姉フィーナが爵位を譲ってくれるなら、願ったり叶ったり……という訳である。
「貴方がその方と結婚したい……のは分かったわ。でも、私は調べさせて貰うわよ?」
恋愛結婚万歳な両親なら、ラビーとアリアナの結婚は、有無を言わずにGOサインを出すだろう。
なんなら、お祭り騒ぎになるのが目に浮かぶ様だ。
しかし、ラビーと結婚すれば彼女は伯爵家夫人となり、ラビーを支える立場になるのである。
捨てるつもりだった爵位だが、「爵位を譲れて嬉しいわ」とそんな楽天的、短絡的には頷けない。
伯爵家を支える立場になるのだから、それなりに調べさせてもらいたいなとフィーナは一応、断りを入れる事にした。
「あ、なら、コレを見て」
そう言ってラビーが鞄から取り出したのは、分厚い書類だった。
「アリアナを好きなのは本当だけど、猫を飼うのが貴族だから」
自分で調査してみた……と、調査資料をフィーナに手渡したのである。
身分が上の者に猫を被るのは普通だ。ましてや、彼女は七女。
他家へ嫁ぐアテがなければ、確実に平民になる。贅沢な暮らしは終わりとなるのだから、大抵は必死になるだろう。
ラビーは爵位を継ぐつもりはないと正直に言って、付き合いを始めていたが、両親が恋愛脳の為、慎重な性格になってしまったらしい。
アリアナは勿論だが、その家族に何かあれば、姉にも迷惑が掛かると調査したそうだ。
それには、調べたいと言ったフィーナでさえ、少し引く。
農地を走り回っていたラビーから、こんな発言を聞く日が来るだなんて、年月の流れを感じると共に、弟が逞しく思えた。
「結構、蔑ろにされてきたのね。彼女」
パラパラとやたら分厚い書類を見れば、アリアナがかなり冷遇されて育った事が分かった。
「男が欲しくて子供を量産してきたから、娘には微塵も興味がないみたいなんだよ」
アリアナの父は古い考えを持つタイプらしく、男子のみに爵位を譲りたいと考えていた様で、跡継ぎの男が産まれるまで子作りをしたらしい。
だから、こんなにも女の子が多いのだろう。
子供が多い上に、可愛い息子にお金を掛けている。その為、アリアナが高等部に行かせて貰えただけでも奇跡だそうだ。
「伯爵夫人として、彼女は大丈夫そうなの?」
一応、アリアナの成績は優秀だが、それは学園での勉強であって、夫人の仕事ではない。
ラビーにすべてを任せられる程、簡単な話ではないのだ。
母は経営には疎いが、社交的なところがある。伯爵夫人としては、割と上手い方だろう。その母に教わるのはアリだが、アリアナからしたらナシかもしれない。
「言いにくいんだけど……少しの間、姉さんにサポートして貰えたらと考えてる」
「え?」
「勝手な事を言っているのは重々承知だよ。だから、対価や給金は払うし、姉さんには無理な事はさせない。勿論、好きな人が出来たら、そっちを優先してくれてイイ」
ダメだろうか? と上目遣いでお伺いを立てるラビーは、ガタイは大きいのに可愛く見えてしまうから、不思議だ。
弟マジックとはこの事だろう。
「両親を頼らないのが、ズルいわね」
サポートなら普通は姉ではなく、まず現役の両親である。
ここでフィーナにお伺いを立てるところが、賢くもズルい。
「だって、父さんは正直言って経営下手だし、母さんは八方美人なだけだし学ぶ事ある?」
「よく見てるわね」
確かにラビーの言う通りである。
父は真面目で一生懸命だが、結果が伴わない。反対に母は社交上手だが、その分服にお金を掛ける上に、領地の有益な情報は得て来ないのだ。
伯爵家の経営は現状傾いていないだけで、災害でもあったらどうなるか分からないだろう。
「本当はね。姉さんが伯爵で婿を貰って、俺が姉さんのサポート出来たら良かったんだけど……」
「白紙になった」
「まぁうん。俺的には、姉さんは独身でも構わないし、家にいてくれても全然イイんだよね」
「無理よ。お母様、結婚結婚ってうるさいもの」
幼馴染と結婚した母は、自分がそれで幸せだから、結婚が女の幸せだと譲らない。フィーナが未婚で家にいたら、母にずっとグチグチ言われて病んでしまいそうだ。
「2人に隠居してもらおうか?」
「お父様は、まだ若いんだし仕事を辞める事はしないわよ」
父は50歳とまだ若いし、ピンピンしている。社交好きな母も、隠居なんて勧めたら文句を言うに違いない。
ラビーの提案には、即座に否定した。
「即時譲れというには、俺もまだまだだしなぁ」
とさらに液体プリン作り続行である。
「姉さん、イイ人いないの?」
サポートとしていてもらうのはラビー的には構わないが、あの両親の元ではフィーナが壊れそうだ。
だからといって、姉を一人で家を出したくない。
ラビーはそう思い、つい誰が良い相手はいないのかなと、口にしてしまった。
両親から言われたら、胃が痛くなる言葉だが、ラビーには優しさが込められている。それを知っているからこそ、フィーナは怒らなかった。
「いないわよ」
と口にしつつ、フィーナの頭の隅にはしっかりルーフィスが浮かぶのだから、自嘲した。
いつかは会えなくなる相手だが、今は何故か無性に会いたい。
フィーナの心には、フィーナすら知らない内に、彼の存在は深く深く染み込んでいたのであった。




