23 語らいは人それぞれ
ーージーナが伯爵家から、強制退去となり、会場は一気に静かになった。
ルーフィスは皆に断りを入れ、後の事をガルシア伯爵に任せると、フィーナと控え室に向かっていた。
さすがに、ワインを掛けられたままでいる訳にはいかないからだ。
しかし、都合の良く替えのドレスなど持参している筈もなく、染みの付いたドレスのままいるのも気を遣わせるだけ。
無理に残る必要はないので、フィーナはこのまま帰る事にする。
ならばと、ルーフィスが見送ってくれる事となり、ジーナとの経緯を説明しながら歩いていた。
フィーナへのやっかみだったと、ルーフィスが知るとーー
「すまない、彼女を甘くみていた」
「ルーフィス様のせいではありませんわ」
ジーナへの強い憤りより、フィーナを一人にした自分をルーフィスは責めていた。
フィーナは慌てて、それを否定する。
悪いのは赤ワインを掛けたジーナだ。ルーフィスはフィーナの為を思い、飲み物を取りに行ってくれただけ。
だから、ルーフィスが謝罪する必要など、どこにもない。
「だが、万が一にでもキミの可愛い顔に傷でもーー」
「付いたとしても、それもルーフィス様のせいではありませんよ」
とフィーナはルーフィスの唇に、続きは言わせないと、軽く人差し指を押し付ける。
ルーフィスは何も悪くないのだと。
フィーナのその行動にルーフィスは少し驚き笑うと、自分の口元にあるその手を優しく包み込む。
そして、フィーナのその人差し指に、掠める様なキスを落とした。
「今宵はこのまま、可愛い小鳥を連れて帰ってしまおうかな」
ルーフィスの蕩ける様な瞳が、フィーナの目の前にあった。
ジーナが……誰もが恋焦がれ願う瞳である。
だが、フィーナはルーフィスの目を見て、小さく笑い返す。
「サリー様を忘れないで下さいませ。ダメな鷹様」
「ダメな鷹とは酷いな」
そう言ってクスクス笑うルーフィス。
ダメな鷹と言われたものの、ルーフィスはフィーナとのやり取りを、心底楽しんでいる様だった。
そして、フィーナもルーフィスとのこの一時を楽しんでいたのである。
そんな2人を、たまたま見ていた者がいた。
「うっわぁ、何アレ……」
「口から砂糖どころか、砂が出そう」
柱の影でコソコソ話しているのは、マーカスとサリーである。
フィーナとルーフィスが去った後、ガルシア伯爵ことマーカスは夜会の主催者として事後確認をしに、サリーはその付き添いとして付いて来たのだ。
なのに、当事者2人は控え室にいると思っていたら、その途中の廊下でイチャイチャしているではないか。辺りには誰もいないが、たまたま目撃したマーカス、サリーは何とも言えなかった。
「やっぱり恋人とかじゃないのか?」
先程サリーは、なんでもないと言っていたが、どう見たって何もないとは思えない。
実は今は秘密の恋人とかで、時期を見て婚約する予定なのかと、マーカスは思ったのだ。
ーーが、サリーは呆れ顔でため息を吐いている。
何せサリーですら、あの2人の関係性は不思議で仕方がないのだ。
側から見ても身内のサリーから見ても、どの角度から考えても相思相愛の恋人か夫婦にしか見えない。
だが、互いに訊けば"友人"と返って来るのだから、訳が分からなかった。
「そう思うんだけど、違うって言うのよ」
「違うって……アレが恋人や婚約者じゃないなら、僕達は何?」
「今日初めて会った、赤の他人じゃない?」
「マジか」
マーカスはサリーにサラリと言われ、肩を思いっきりガックンと落とした。
サリーとは年齢差もあり、節度を守った付き合い方をしている。だが、それなりに仲が良いとマーカスは自負していた。
なのに、まさかの"赤の他人"。
自分達と何が違うのだと、再びチラッとフィーナ達を見れば、明らかに距離感が違う。しかも、見ているこっちの方が、無性にお腹の奥がムズムズしてくるではないか。
もはや、婚約する予定の自分達など、肩書きだけな気さえする。
それ程までに、フィーナとルーフィスの纏う空気には、愛が溢れていた。
愛の形など、人それぞれ。
だから、あの2人を基準にするのはオカシイのだが、マーカスは何故か勝手に比べ、勝手に敗北感すら感じていた。
だが、これではいけないと、マーカスは即座に奮起する。
徐にサリーの両手を握り、サリーをジッと見つめた。
「サリー、キミは僕のーー」
ルーフィスの真似をしようとしたマーカスだったが、サリーと目がバチリと合った途端に、頬を赤らめ撃沈する。
出来ない、出来る訳がない。
「ごめん、僕には無理だ」
「べ、別に言わなくてイイわよ。私だって……言えないもの」
マーカス同様に、サリーも恥ずかしくなりパッと顔を背けた。
マーカスが何をしようとしたか分かったが、されたところでサリーも返せない。
もの凄く恥ずかしくて、誰にも真似が出来る訳がないのだ。あの2人が特殊なのだと、即時理解した。
「私達は私達でイイのよ」
「だよね」
そう笑い合った2人も、今のフィーナ達とは負けないくらいに、愛が溢れていたのであった。




