21 隙をつかれた
「ドリンクを貰って来るね?」
一曲踊り終えると、ルーフィスが飲み物を取りに行く。
給仕はいるが、来るのを待つより自ら行く方が早い。こういう細やかな気遣いを出来るか、出来ないかで相手への評価は変わる。
現に近くにいた令嬢は、パートナーが察しないどころか、逆に取りに行かされていた。あれでは、今後どうなるかなんて考えるまでもない。
常に女性ファーストのルーフィスと比べては、世の男性陣が可哀想だけど、労りは必要だと思う。
そんなルーフィスは今、早速、令嬢達に囲まれている。
「ルーフィス様ぁ、お久しぶりです」
「私、今日はルーフィスに会えて嬉しいですわ」
「会えなくて寂しかったですぅ」
フィーナから離れた瞬間から、"待ってました!"とばかりに、令嬢達に捕まっているから苦笑いが漏れた。
パートナーがいる女性の視線すら、一身に浴びている。
ルーフィスという優美な花の前では、フィーナは虫除けとして効果はない様だった。
むしろ、「あんな女に負けて堪るか」と、フィーナが着火剤になっているのでは? と思う。
だが、そこはルーフィスだ。それすらも利用している事だろう。
女性達は職場にいる事が多い男性と違い、服や装飾品は勿論、茶会に用意する備品や菓子などを、様々な場所へと買いに行く。
中には邸に店の者を呼ぶ者もいるが、大抵の場合はストレス発散も含め外出する。外出すれば、それだけ見たり訊いたりするのだ。
その情報は不確かであるものの、男より遥かに情報量が多いだろう。
それらから得た話を、女性達は誰かに喋りたくて仕方がないのに、家に帰って話しても夫は右から左。男性は聞き下手が多いから仕方がないが、鬱陶しいと邪険にするからどうしようもない。
ならば、夜会で会う友人にでも、話そう。
そう意気込んで来た夜会で、見目麗しい上に聞き上手のルーフィスに会えば、それはもうダムが決壊したかの如くである。
たとえ、くだらない話もルーフィスは嫌な顔一つせず、笑顔で聞いてくれるから余計だ。それが嬉しくて、つい話す予定でなかった事まで、"ここだけの話"として話してしまう。
それが、ルーフィスの兼ね備えた話術と資質である。
そして、女性達は、話す情報に秘匿性が高ければ高い程、彼と秘密を共有した背徳感。自分が彼に教えてあげたという高揚感。他の女を出し抜いた優越感。
それらがまるで、麻薬か媚薬かの様に堪らなく癖になりーー
ーー結果。
ほとんどの女性達はルーフィスを前にすると、いらん事までついつい話してしまう……という訳である。
しかも、ルーフィスが厄介なのは、逆にこの女性達を上手く使って、噂を流したり、他家を不有益な方向へと誘導したりするから巧妙だ。
まさに力で制するのではなく、情報で制するのが、このルーフィス=ハウルベックなのである。
そんなルーフィスの様子を見ているとーー
「あら、ごめんなさ〜い?」
という声と共に、フィーナのドレスにピシャリと冷たい液体が掛かった。
ーーやられた。
鼻に香るアルコールの匂いと、ドレスに広がっていく赤い色。
赤ワインである。
ルーフィスが離れた隙を好機とばかりに、早々にやって来たのだろう。ルーフィスに見惚れていたフィーナは、横から来た令嬢に気付かなかった。




