サーグスワーゲン
商人の街、サーグスワーゲンはカドキワ国の中でも最大級の街だ。国中の商品と商人があつまり、巨額の取引が日夜行われている。
サーグスワーゲンにおいても、奴隷の売買はカドキワ国が発行する許可証を提示が義務付けられている。また、毎月の取引量や売上についても制限が設けられ、カドキワ国民の売買も禁止。販売できるのは、諸外国からの輸入や奴隷同士の子どもに限定されているなど、要件はかなり厳しい。
しかし、サーグスワーゲンのような巨大な街では国の許可を得ていない奴隷商も未だ数多くいた。奴隷商の主要顧客は力を持った貴族であることも少なくなく、事実上、違法でありながらも大通りに看板を掲げて運営されているケースも多々ある。
「今回の任務は、ここで違法に売買を行っている奴隷商の確保と販売ルートの調査だ。奴隷商の規模が大きい場合には増員も予定されており、その前頭指揮についても私に一任されている。」
カドキワ国直轄、ノーチラスの一等捜査官であるメーレン=カドサキ。高い能力と実績、美しい容姿、才色兼備の彼女は21歳という若さで一等捜査官にまで登りつめ、国家の安全と秩序のために任務をこなしている。
「それで、今回の僕の役目はどのような内容ですか?」
アトレス=バルドラ。国家指定Cランクの犯罪者であり、肉体強化のキャリアを持つ。前回の任務では凶悪なAランクのキャリアをもつラットマンを瞬殺し、負傷したメーレン一等捜査官を回収、事件解決に寄与した。
「これだ。」
ゴトリ、とメーレンは袋から取り出す。
禍々しい首輪だ。
「これは……僕のと同じメルギドの【隷属の首輪】ですか?」
「正確には異なるものだが、基本性能は同じだ。キャリアを無効化し、隷属させる力を持っている。ただ、現状ではランクにしてF〜E程度のキャリアを抑える効果しかないらしい。」
「なるほど。奴隷商ということは、これを使いキャリアの売買をしている悪い人がいる、ということですね。」
メーレンとアトレスは町人に紛れるため、軍服や戦闘服のような目立つ服装をさけ、子綺麗な格好をして、子綺麗なカフェで食事をとっていた。見た目は、良家の姉と年の離れた弟が食事をとっているように見えるだろう。
「今回は奴隷商の調査段階から私たちの任務だ。対象の奴隷商は割れているが、ガードが固く、なかなか調査も進んでいない。町人に紛れつつ情報収集を行うため、長期戦になる。」
「僕が呼ばれたということは、戦闘になるんですよね。」
「おそらく、いや、基本的には戦闘になるだろう。相手にキャリアはいないが、用心棒のグレッグをはじめとして、全員が武装しており兵力も不明。こちらも準備を進めているが状況によっては早急に対処しなければならない場面もありうる。キミはその時の武力装置だ。」
ラットマンの捕獲には及ばなかったが、一等捜査官を出し抜いた相手を瞬殺、無事に帰還させたアトレスへの評価は高かった。特にこれを制御しきったメルギドの【隷属の首輪】への信頼性は高まり、開発者であるベスの希望はすんなりと二人へ通された。
「腕は問題ないのですか?」
「ん?これか?元通りとはいかないが、存外悪くないぞ。ティーカップの受け皿を持つくらいのことは出来る。裁縫をやれとせがまれない限りはな。」
くくく、と自嘲気味にメーレンは笑う。
「いつかメーレンにもそういう日が来るでしょう。」
「私にか?ありえんな。捜査官になると決めた日から、女としての幸せなど捨てている。」
「来ますよ。必ず。」
アトレスの見た目は12歳前後の子どもだ。だが、時にこうやって年齢以上の言葉をかけてくる。
能力も未知数。言動も子どもらしからぬ。しかし、出会った当初の不気味さというものは、メーレンの中から消えかかっていた。
命の危機を助けられた。というもの、関係しているのだろうか。
「ふむ。しかし、私のそんな未来があるとしても、無いとしても。今回の任務に成功しなければ、君の命はない。よって確かめることも叶わないだろう。しっかり手伝ってもらうぞ。」
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二人は中心街からやや離れた宿屋に拠点を作り町人への聞き込みやいくつかの奴隷商の周辺について調査をしていた。
通常、奴隷商では奴隷の仕入れと販売は別のグループで行われる。しかしキャリアをもった奴隷の売買については話が別。大罪になり得るため、同一グループ内で処理している可能性が高い。
そもそも、キャリアを奴隷にするなどリスクが高すぎて発想すら生まれなかったのだ。最低ランクのFのキャリアでも、人外の力を操ることに代わりはない。どのような形で主人に牙を向けるのか未知数だ。
メーレンは貴族の娘という設定で、「弟に相応しい奴隷を選びたい」と、奴隷を紹介してくれる商会を探した。
首輪を扱う奴隷商の居場所はすでに分かっていたが、あくまでも非合法。いきなり初見の客が来たら警戒されるため、自然な形で紹介される必要がある。取引実績のある客か、信頼できる同業者などの仲介役が必要だ。
しかし、一見して若い子連れの貴族の娘。ディープな奴隷の情報は集まりにくく、健康で若い従者用の奴隷ばかり紹介されてしまっていた。
「これではらちがあかんな。」
貴族の娘として情報収集するという方向性に問題はない。しかし、ディープな情報を得るにはどうしてもアトレスが若すぎる。
「仕方がない。彼は別の方向で活かすしかないだろう。アトレス、ちょっとこちらへ来てくれるか?」
「どうしましたメーレン?」
「ルーン 開示」
アトレスの隷属の首輪が光り、機械音が現状のルールを読み上げる。
①メーレン様に同行し命令に絶対遵守
②奴隷商の確保、及び販売ルートの回収
③期限は3ヶ月以内
メーレンは首輪にそっと触れ、アトレスのルールを変更する。
「ルーン 削除 同行。追加 メーレンの死亡時には10日間の猶予を与える。追加 メーレンとの非接触状態が20日を超えてはいけない。」
『変更しました。現在のルールを開示します。』
①メーレン様の命令に絶対遵守
②奴隷商の確保、及び販売ルートの回収
③期限は3ヶ月以内
④メーレン様の死亡時には10日間の猶予が与えられる
⑤メーレン様との非接触状態が20日を超えてはならない
「これでアトレスは私から離れて任務ができるようになった。」
アトレスはふふっと笑う。
「僕はいいですけど、これメーレンは大丈夫ですか?特に、死亡時の猶予10日間って。僕がメーレンを殺すこともできるじゃないですか。」
「それも懸念としてはあるが、私が死んだ瞬間にキミが死ぬのであれば、私が大きな弱点になり得る。例えば人質にとられたり、戦闘時に攻撃が私へフォーカスされたりな。デメリットの方が大きい。」
「まぁ僕はかまいませんよ。そこまで信頼してもらえてるのは嬉しいですし。」
信頼。というと少し違うという気持ちもある。ただ、アトレスは無意味に私を攻撃しないという確信はある。これも一つの信頼の形だろうか。
「ともかく、これで別行動が可能だ。まずは私が単独で情報収集をする。キミには追って別の命を与えるが、しばらく待機していてくれ。」
そう言って、メーレンは足早にその場を後にした。