事件のその後とアトレスの能力
「そちらも終わってましたか。すみません、遅くなって。」
ルルゥを気絶させた後、突入してきた他の捜査官に彼女を引き渡し、アトレスは全力で本部まで走って移動してきた。
到着したアドレスが見たのは、追い詰められたレイブンと、地面へ倒れている大男、グレッグ。メーレンが一人でやったのか。
「アトレス、無事だったか。キャリアとの戦闘はあったか?」
メーレンはアトレスを見て驚く。彼の身体のあちこちから流血し、負傷している。アトレスを傷めるほどの戦いがあったということだ。
「ええ。強敵でしたが、なんとか勝てました。殺してはいません。」
先ほどレイブンが言っていた『最終兵器』というのも、ハッタリではなかったな。とメーレンは思った。
「どうやら本物の首輪をつけていたので、突入した他の捜査官の方へそのまま引き渡しておきました。」
それを聞きレイブンは笑う。
「ケヒッ!お前、やっぱり只者じゃなかったな。だが、まさかルルゥが負けるとは、思ってなかったぜ。」
ルルゥを退けここまでやってきたアトレス、目の前でグレッグを撃退した女。怪物二人を送り込まれたことで、グレッグはノーチラスを本気で怒らせたことを悟った。
「ガキのキャリアと若い女捜査官だって聞いてたのにヨォ。とんでもねぇ。なぁ、グレッグのおっさんは死んでるのか?」
メーレンは懐から出した手錠をレイブンにかける。
「貴様は自分の心配だけをしていろ。」
メーレンはそう答えると、待機命令を出していた外の捜査官へ通信をだす。
「首謀者を確保。アトレスとも合流した。突入しろ。」
20人からなるノーチラスの部隊がレイブンの商館本部へとなだれ込んだ。
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その後、本部内にあった首輪のレプリカは全て回収され、キャリアを購入した貴族の情報も全て押収された。
レイブンは全ての情報の真偽が確定され次第死刑。一命を取り留めたグレッグは犯罪者との護衛契約を結んだため、カドキワ国における傭兵の資格を剥奪されたうえで、流罪となる。
捕まっていたキャリアの奴隷たちはノーチラスで一旦確保。それぞれのキャリアの能力確認を行い、未登録のものがあれば軽いペナルティが課せられるだけで済んだ。
ルルゥに関しては、キャリアも強力。加えて殺人など犯罪に関与した可能性が高いため、余罪をあらためたうえで処分が決定される。無罪放免ということは無いだろう。
一方、キャリアを購入した貴族やノーチラスの情報を流していた貴族についても判明することとなったが、こちらは事実上、不問となる。
「バカな。」
それを聞いたメーレンは激昂する。
「大人になれメーレン一等。当然、貴族連中になんのお咎めも無いわけじゃない。今後、貴族間での発言権は弱くなり、これまでのような自由は失われるだろう。しばらく何もできんはずだ。」
「たったそれだけですか?ヤツらは市民をかどわかして私腹を肥やし、国家直属組織であるノーチラスの情報を流していたのですよ?これは大罪だ。」
カドキワ国の検事、マーベル=アクセスはメーレンへ諭す。
「仮に奴らを捕縛したとしても、裏に控えている大貴族がノーチラスへイチャモンをつけてくるだけだ。証拠もでっち上げだと言ってな。この事件は貴族が関わっている時点で、司法ではなく、政治の問題に切り替わっているんだ。」
メーレンは絶句した。これではレイブンの言った通りになっている。ノーチラスは、貴族たちの武力の一端であり、独立した機関ではないということだ。
納得はできないメーレンであったが、目の前の検事一人がどうこうできる問題ではない。彼を責めても仕方ないだろう。一礼し、その場をあとにした。
許されることではないが、現状のメーレンの地位ではどうすることもできない。一等捜査官は任務ごとの現場指揮や任命権などの小さな権限しか与えられておらず、犯罪を立件したり、捜査対象として設定することができないのだ。
(今の私ではどうすることもできない)
この一件は忠勇義烈を貫くメーレン=カドサキの心に、深い楔を打つこととなった。
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検事との面会を終えたメーレンは自宅へと帰宅する。
「おかえりなさい。早かったですね。」
アトレスが出迎える。ラットマンに続きレイブンの奴隷商館を一網打尽にしたメーレンの功績もあり、アトレスにも恩赦が出ていた。決まった任務がない場合でも、メーレンの監視下であれば自由な行動が認められるようになった。
「ああ。今日は本来であれば非番だ。私は自室にこもるとするよ。キミも自由にするといい。」
メーレンは自室で重苦しい制服を脱ぎ、ゆったりとした部屋着に着替える。
部屋の鏡に映る自分の身体。肌は元から生傷だらけではあったが、左腕が欠損し、完全な義手となったことで元の身体とは大きく変容していた。
(捜査官を続ける以上、こうなることは覚悟していたが)
メーレンは鏡に近づき、義手となった左肩と腕の繋ぎ目に手をやる。
(服を着ていれば見た目ではわからないが、しかし……クク。やはり私もショックは受けるのだな)
メーレンは身体を欠損したことで自分が落ち込んでいることを自覚し、自嘲気味に笑う。この身体を誰に見せるわけでもない。しかし、女性的な肉体を失ってしまったという事実は、本人も気づかないところで、メーレンの心を深く傷つけていた。
「メーレン。少しいいでしょうか?」
そこにアトレスが部屋の向こうから話しかける。
「アトレス?少し待て、まだ着替えている。」
アトレスの呼びかけでふと我に返ったメーレンは、やや焦りながら応え、そそくさと着替えを再開した。
「すみません。着替えが終わったら少しお話の時間を下さい。」
「……?」
「僕のキャリアについて、お話しします。」
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メーレンはコーヒーを淹れる。コーヒーは好きだ。頭をスッと切り替えてくれるし、淹れた時の香りも良い。雨の日の午後、湿った空気とコーヒーの香りが混じった家に帰宅した時なんかはすごく安心する。
アトレスはコーヒーが苦手なようで飲まない。そういうところは子供っぽいのだなとメーレンは少し安心する。12歳ということを考えればごく自然なのだが。
メーレンはアトレス用にホットミルクを入れて、テーブルに置いた。
「それで、キミのキャリアについてだったな。なぜ急に話の場を設けた?」
「メーレンには詳細を伝えておきたいな、と思いまして。単純な肉体強化ではないと気づいているでしょう?」
アトレスのキャリアが肉体強化だけでは無いということは、かつて硬貨を弾き飛ばしてみせた時から気づいていた。その時、まだアトレスを今ほどは信用していなかったことから深くは聞けなかった。
「ああ。私の家の壁をコインで破壊した時にな。」
ふふ。と思い出してメーレンは笑う。
「あの時はすみませんでした。ただ、あえてメーレンには見せておきたかったんです。他の人に黙っていてくれるかどうかも含めて。」
「アトレス。私は確かに他の連中には言っていないが、それは君を信頼していなかったからだよ。」
「分かっています。ただ、メーレンは自分の中で定めた正義があり、それに反するか否かで判断されるでしょう?そういうことがわかったので、話しておこうと思いました。」
アトレスはポケットから紙と硬貨を出す。奴隷商の一件以来、少額の小遣いをメーレンからもらうようになっていた。
「僕のキャリアは肉体だけでなく他の物質も強化することができます。効果範囲は手に触れているものだけ、持続時間は3秒ほどです。」
アトレスは紙を強化し、硬貨を切り裂いた。切り裂かれた硬貨をメーレンに手渡し、確認させる。
トリックでは無い。本物の硬貨がスッパリときりさかれている。
「なるほどな。しかし、やはり分からん。当局にもバレていなかった能力の詳細をなぜ話す?」
「理由は2つあります。1つはルルゥとの戦いでこの能力を使用しました。ルルゥが監獄で戦いの詳細を話せば、僕の能力はバレることになります。」
コクリとメーレンはうなづく。
「理由の2つ目、僕の能力はこれだけではありません。さらに奥の手をもう一つ、隠しています。その能力については、今はまだ言うことが出来ません。」
メーレンはアトレスに真剣に向き合う。
アトレスは隷属の首輪をつけている。メーレンが本当のことを話せ、と命じればそれに従う他ない。
しかし、今回はアトレスが自ら能力について話をし始めた。まずは言えないその理由を聞くことにする。
「言えない理由はなんだ?」
「僕は、いつかあなたの前からいなくなります。その時、メーレンが僕の秘密を知っていると、あなたに迷惑をかける可能性があるからです。」
「釈然としないな。まず、いなくなるとはどういうことだ?首輪がある限りキミはここから抜け出せん。それに、どれだけ犯罪者を捕らえても、無罪になることはないだろう。」
アトレスはキャリアの能力を使用して殺人を犯している。しかも税務官という、一般市民だ。自由になれることは今後、無いだろう。
「メーレン。短い間ですが、あなたという人間が少しだけ分かりました。今もあなたは首輪の力で僕に命令せず、犯罪者の僕を尊重しています。僕はそんなあなたを巻き込みたくないのです。」
「……」
「詳しくは言えないのですが、この言葉は嘘ではありません。なんなら首輪で確認してください。」
メーレンは少し悩み、隷属の首輪を発動させる
「ルーン。追加 メーレンからの質問に虚偽があってはならない。詳細条件追加 1回の質問のみ有効、その後削除。」
隷属の首輪に1回限定ルールを追加したメーレンはアトレスに向き直す。
「キミが秘密を言うと私に不利益があるのは本当か?」
「はい。その可能性があります。少なくとも僕はそう考えています。」
隷属の首輪は反応しない。
メーレンは考える。捜査官として、これは自己判断して良い問題では無い。しかし、ノーチラスも一枚岩ではいということも事実だ。
アトレスのキャリアが想定以上に強力なものであった場合、またそれを制御できない場合、誰がどのような関わり方をしてくるのか検討もつかない。
何より本人から話をしてきている以上、また首輪で確認した通り虚偽がない以上、アトレスはメーレンのためだけにわざわざこの話をしている。
(今は私のなかで収めておくことが得策か)
「わかった。いったんこの話はそれで受け入れよう。物質強化の追加能力については問いただされる可能性があるが、それは問題ないのか?」
「はい、大丈夫です。物理強化は派生能力ですし、子供の能力が成長するケースは少なくありません。そこまで大きな問題には発展しないでしょう。」
メーレンはふと手元にあるコーヒーがすっかり冷めてしまっていることに気づいた。あたため直すためにスッと立ち上がり、キッチンへ向かう。
「キミの奥の手について詳しくは聞かないでおこう。だが、私も捜査官だ。いつかキミが敵になるのであれば、容赦はできない。」
そう言い残してメーレンは部屋を後にする。
残されたアトレスは全く手をつけてなかったミルクを飲み干し、メーレンに聞こえるかどうか、小さな声で返答をする。
「メーレン。俺がいつかあなたの敵になっても、俺はあなたを傷つけたりしないよ。」




