監獄メルギド
「ホホッ。ようこそメーレン様。監獄メルギドへ。」
メーレンと呼ばれた女性。国家一等捜査官が監獄メルギドへ到着した。
そこに小太りで背の低い、いやらしい笑みを浮かべた男が出迎えて来た。
「ワタクシがメルギドの監獄長である、ベスでございます。メーレン様、お待ちしておりました。」
「ああ、出迎えありがとう。」
【監獄メルギド】
カドキワ王国の犯罪者を収容する、国内で最も大きな収容所である。
ここでは軽微な犯罪者から、殺人を犯した重罪人まで、数多くの囚人が収容されていた。
そして、メルギドには一般の囚人を収容している牢獄の他に、異なる入口、もう一つの扉が存在した。
「ホホ、それでは参りましょうか。」
ガチリと固い鉄の扉の音が響く。ベスと名乗った監獄長の後ろにつき、彼女は不安を押し殺し、凛とした表情を崩さないまま歩みを進めた。
この若い捜査官メーレンは21才で国家直轄警備隊「ノーチラス」の一等捜査官まで昇進した才色兼備の秀才。
背中にかけて伸びた金髪、若々しく凛々しい顔立ち。
実力とその美貌ゆえに、プライドが高い美女。
それがメーレン=カドサキ。その人である。
誰にも隙など見せない彼女であったが、
しかし今回の任務は……そんな彼女でもたじろぐような内容だった。
左右に並ぶ頑丈な牢獄、無数の独房。ここに普通の犯罪者はいない。
監獄メルギドの地下30m
政府にとって有益な『キャリア』という特殊能力をもった者たちが捕らえられている。
今回、メーレン一等捜査官はキャリアを持った囚人の一人、アトレスという少年に会いに来たのだった。
「こちらです。鉄格子は頑強でございますが……んまぁ……あまり不用意に近づかぬように。」
そういってベスに案内された牢獄の奥。
薄暗い独房の中央、椅子に座り、身体を拘束された一人の人影があった。
(こいつが、国家指定ランクCの犯罪者 ……アトレス=バルドラ……)
暗闇に溶け込む黒髪に、どこか知性のある顔立ち。
まだ、成長期に思える、小柄な体。
街中にいたのなら、真っ当な仕事で奉公するような、12〜13才の少年に見えただろう。
だが、その実態は上にいた囚人達とは比べ物にならない犯罪者として幽閉されている。
(みえない……普通の子供が拘束されているようにしか。けど……)
こちらの動揺を悟られぬよう、キッと顔を整え直し、極めて余裕のある顔をつくりあげて、メーレンは話しかけた。
「こんにちわ。アトレス=バルドラ。今日の気分はいかがかな?」
メーレンに話しかけられて、アトレスはゆっくりと顔を上げた。
メーレンの姿をみたアトレスは、意外そうにうすい笑みを浮かべる。
そうしてゆっくりと口を開いた。
「へえ……女性の方が来られるのは珍しいですね。僕になにかご用ですか?」
そう言いながら少し身体を起こしたアトレス。
言葉は丁寧だが、すぐにメーレンはその不気味さに戦慄していた。
彼がここに幽閉されてから、全く身体を動かすことのできない状態のまま、ゆうに3年の時が経過しているのだ。にも関わらず、その表情からはいっさい疲弊がみえない。
一日中ずっと鎖で椅子にくくりつけられ、自由を奪われた人間がここまで平常心を保てるのか。
事前に資料には目を通していたので、ある程度この状況は知っていたが。
その異様な光景に、あらためてメーレンは警戒心を強め、話を続けた。
「ふむ。上階のその他の囚人たちと違って、君には品性があるようだね。」
言いながら、メーレンも独房前の椅子に腰掛ける。
「私はメーレン=カドサキ。国家直轄警備隊『ノーチラス』の一等捜査官だ。」
挨拶を受けて、なるほど。とアトレスは小さく頷き。
「あなたのような美人な人がここに来たら、上の男の人たちは大騒ぎだったでしょうね。」
くすくすと、年相応の笑みを浮かべてイタズラする子供のように笑った。
メーレンはむっ、と顔を朱に染める。
実際にメーレンが来た時の囚人たちの騒ぎは相当にひどかったのだ。
一般に収容されている囚人達は強盗や恐喝などで捕まった、ただの荒くれ者の男たちである。アトレスのように、キャリアも持っていない。
女性っ気のない空間に数年間も閉じ込められたうえに、メーレンの様な若い美女が目の前に現れた。
檻の中からワーワーと卑猥な言葉を投げかけたり、その後の懲罰覚悟でその場でズボンに手を入れる者も少なくなかったのだった。
「コ……コホン。…と。いや。さて、早速本題にはいるが……今日は君に二つの提案を持って来たんだ。」
「提案ですか?」
「ああ、提案というよりかは二者択一だが。」
メーレンは両手に二枚の書類を掲げた。
「そこから見えるかな?左手に持っている証書の内容だが、君の罪状とその刑罰が記されている。端的にいうと、君は今日から10日後に死刑となる。」
努めて平然とそう告げた。もちろん内心はそうではなかったが。
メーレンにとって、初めての……死刑宣告。
自分で放った言葉なのに、ズシリと心の中に刻まれた気分になる。
一方それを聞いたアトレスはほとんど顔も変えず、そうですか。と一言だけ。
監獄長のベスはそばでニマニマと笑いながらそれをみていた。
メーレンは気をとりなおし、話を続ける。
「右手の方にある証書だが、まぁ今回はこちらが本題だ。キミにとってもいい話だと思う。」
アトレスの目がうごく。
「なんでしょう?」
「私がいま取り掛かっている事件がある。『ラットマン』という男の事を知っているかな?」
アトレスは横に首を振る。
「いまから3ヶ月前に、とある女学生がラットマンという男に殺された。
死因は出血死……生きたまま腹の肉を噛み切られていたようだ。」
「それはひどいですね。」
アトレスが表面で見る限り、悲痛な顔になった。
「そうだ。そしてその後も犠牲者がでた。すべて10代の女学生だ。この3ヶ月の間に同様の事件が3件発生している。もちろん私も含む捜査官がラットマンを探した。だが……。」
ここまで聞いて、なるほど、とアトレスが納得したような顔をした。
「相手が特殊なキャリアを持っていて逃した、ということですか。」
メーレンの表情に力がはいる。
「そうだ。捜査官が2名やられた。身体の一部を喰い千切られてな。」
アトレスはそこまで聞き、うーん、と考えるような素振りを見せ
「それで僕にそいつを捕まえるか……殺すか。
まぁ……とにかく死刑になりたくなかったらなんとかしろってことですか。」
ふむ。とメーレンは頷く。
「そういうことだな。キミは、強いんだろう?」