42話 記憶補正ってね
少女の心は閉ざされた。
それがいつからか、少女には思い出すことはできない。ただ分かるのは真夜中に蠢く存在だけが私のことを理解してくれている。
友人でも、敬愛するお二人でもなく、私はそれに救われた。
でもなぜでしょう。
なんで、こんなに胸が痛むのでしょうね。
私は、幸せなはずなのに。
どうして、涙が止まらないのでしょう。
◇
グノームによって、開かれた斜面を滑り落ち、カノンへと歩み寄る。攻撃してくる可能性もありますが、杞憂だったようね。
……まるで、廃人。
元の世界では、一定数居た壊れた人々。そんな彼ら彼女らと同じような顔をしている。
やつれた表情だけではない。まるで大事な何かを失ったような、そんな絶望を浮かべた少女が私の前に居る。
「——カノン、話をしましょう」
私の言葉にカノンは何も返さない。
むしろ、聞こえているのかも分からない。それ程までに前とは別人の姿。
穢れた精霊に心を奪われ、人形姫のような姿。
「はぁ……これをフィアナが見れば、どうするのでしょうね。レイフォード様が見たら、冷徹な表情で何もかも滅ぼしそう……」
最高の回復術者とも称された光の巫女、カノン。
ゲームでは明らかにならないバックストーリー。たぶん、私がこの世界に異物として入り込んだことで生じた異変。本来、起こりえない光景を前に私は思う。
何もしないほうが良かったのではないか。
ゲームと同じようにストーリーを進めれば、わたし一人の犠牲で済んだ。
私が、フィアナを魔女に。カノンの心を壊す原因を創ったのだ。
これまでの自分の愚かない行動がこの現実を生み出した。
「フィアナが聞けば否定はするのでしょうね。でも事実なのですから、ケジメはつける」
手のひらに魔素を集める。
もはや、微量。大いなる魔法なんてものは使えません。命を犠牲にしても、数秒の魔法では何も変わらないでしょう。
「……カノン。ごめんなさい。私の行動が貴方を傷つけた。貴方だけじゃない、これまで私が関わったすべての人々。レイフォード様もそう、全て私が未来を変えてしまった。だからこそ、これはケジメ。私のことを許す必要なんてない」
とある魔法を起動する。
それは、誰もが使える魔法だ。だって、最初に教わるものなのだから。
「“魔力制御”」
体内の魔素を手のひらに集める。
それを凝縮し、自分の頭へと当てた————。
突如、全ての光景が浮かび。
そして全てが消える。
その光景はこの世界の誰も知らないもの。
フィアナとレイフォード様が仲良く歩き、カノンは朗らかな表情で見守る。
どこにも愚かな私は存在せず、
幸せな光景のみが広がる。
そう、これは相手の心を揺さぶるだけ。
それでも、私は魔法を発動した。
——本来、皆が見るはずだった光景を。
「……受け取って」
手のひらに戻した魔素をカノンへと飛ばす。
それは、カノンに当たると内部に吸収され消える。
表情は変わらない。
だけど、私の記憶がカノンの中を通る感覚のようなものを受け取る。
それは壊れたカノンの心をさらに押しつぶす可能性だってある。
なんせ、今見ているのは、別の世界のカノンが望んだ光景であり私が良く知る、ハッピーエンドの物語。
「カノン。あとは貴女の判断にまか……せ」
意識が朦朧とする。
思わず、片膝を地面につき、上半身ごと地面へと崩れ落ちる。
痛みすら感じない程に、全身の感覚が鈍い。
……カノン、ごめんなさい
◇
ずっと覚めない夢を見ていた。
誰もが羨むお兄様に魔法を褒められ、休日は親友のフィアナと一緒に市街を遊びつくす日常。今の私にとって、夢としか思えない光景。
それが嬉しくて、でも怖くて。
夢と認識していても、ふわふわした状態で夢は続く。
私の記憶と小さな食い違いこそあるものの、見知った光景が多い。
だけど、それが大きく突然変わった。
魔女認定の烙印を押され最後には追放される少女。その姿は私のよく知る人で。敬愛するお兄様に相応しいお方で。
なのに、夢の少女を私は知らない。
姿も声も同じなのに、全く違う人に思えてしまう。
思わず、嫌悪してしまう程だ。
——最後には私たちは微笑み、少女は絶望した表情で去っていく。
夢の私は幸せそうだった。
大好きなお兄様、親友に囲まれ、学院でも楽しい毎日を送っている。
時に、なぞ解きをしたり、海外旅行にみんなで出かけたり。
まるで、物語のような華やかでハッピーエンドな大団円。
でも、私の心は靄としたままだ。
何かが違うのだと心が叫ぶ。身体が拒否反応を示す。
これ以上、夢を見ることなんて、したくないと身体中が訴える。
ふと、光景が変わった。
それを見て、私の心が落ち着いた。なぜだろう。
夢の私ではない、私が経験した記憶の一部が目の前に広がる。
一度経験した記憶だが、所々ぼんやりとする。
少女の姿は先ほどとは違い、何かに怯え、自分ですら騙す。
そんなことを続けていれば、身体が。精神が持つわけない。
それなのに、懸命に戦っていた。
それは、殺し屋さん、大精霊様との闘い。
私とは違い、魔法の天才と称される憧憬。
それを見て、私の心が安らぐ。穴に水が溜まり、湖ができるように、私の心が埋まっていく。……ああ、そうだ。
私はこれを知っている。だって、楽しい記憶だ。忘れてはいけないものだ。
ならば、どうして私はこれを思い出せなかったのでしょうか。
……ふと、地面を見る。
底には何かが居る。
暗黒で姿は分からない。だけど、暗闇全てから悪意を感じる。
そして、私と繋がっているように思える。
まるで、契約。
そう理解し、思わず契約を切ろうとしてしまった。
だけど、暗黒はほつれた糸を絡めとり、太い糸へと戻す。
ああ、これが原因なのだ。
そう、私は思えた。なぜだか、そう思えてしまった。
心を奪ったのはこの子なのだと。
かつては親しみを覚えていたであろう暗黒。
だけど、今はもう、何もない。
だけど接続を切ることもできない。困るなあ。
『それなら、僕が助ける』
不思議な声が聞こえた。
大精霊様に似た声が。
『君が認めた。なら、僕も認めよう』
何を言っているのでしょうか。
だけど、その声からは大好きな憧憬を感じる。
『君は目覚める。あとは、二人で話し合えばいい。女神様とはまた、会えないけど、まあ
近いうちに会えるだろうしね』
夢から覚める。
そんな感覚が広がり、私は閉じた眼を開く。
そして、あたりを見回すと、そこには、
そこにはレミリア様が横わたっている。思わず、駆け寄り声をかけるも、どうやら寝ているだけのようだ。
思わず、ほっと息を吐いてしまう。
そして、安心する。
偽物の幸せな光景が見せた夢ではない。
しっかりと大好きなお姉さまが目の前に居る。
それがとても嬉しくて、私はレミリア様が起きるまでその場で日向ぼっこをすることにします。どうやって、言い訳をするか、本当のことを言うべきか、悩みつつ。
時は過ぎていく。




