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そして密やかに歩み始める

 その日、ラメドとギーメルは珍しく話しこんでいた。そうして気付けば黄昏時である。なぜか笑いしかこみあげてこない自分に自分で首をかしげたラメドは、狂気の青年とともに本拠地近くまで来た。すると彼はいきなり振り返って、こう苦笑しながら言ったのである。

「じゃあな、おっさん。俺はアインのところに行ってやんなきゃならねえよ」

 普段の殺人狂のような雰囲気はどこへやら。困ったように笑うその姿は、少々お調子者の青年にほかならない。彼はそれ以外の一面を見せぬうちに、身をひるがえして去っていった。その闇の中をしばし見つめていたラメドはしかし、無音の来訪者に気付いて、目を開く。

「なかなか珍しい光景じゃありませんか」

 嘲笑うような口調で言いながら、『彼』がつむじ風のようなものをまといながら虚空より姿を現したのは、その直後だった。ラメドは彼の言葉には答えず、ただ問う。

「なんの用だ? 暇潰しのために北からわざわざ飛んできたなどという冗談を抜かすつもりはないだろう」

「ええ、それはまあ」

 来訪者はくすくすと笑いながらラメドの問いに楽しそうな顔をする。ラメド自身、『組織』の中では避けられがちな存在であるが、なぜか相手はそんなことを気にしないようだ。ギーメルやアインとはまた違った意味で。

――要は、この冷たい視線を受けてもまったく動じないのである。

「気に入らないな」

 男が不機嫌そうに呟くと、来訪者はまた楽しそうに言った。

「まあまあ、そんなに怒らないでくださいよ。わざわざ、我らが宗主の言葉を伝えにきたんですから」

 そういうところが気に入らないんだよ、と言いたくなったが、ラメドは辛うじてこらえる。ここで『彼』と言い合いをしたところで、時間を浪費するだけだ。ため息をついた男は、自分より幾許か小さい影をひとにらみした。

「とっとと本題に入れ」

「分かりましたよ」

『彼』はまた楽しそうに答えたが、次の瞬間、まとうその雰囲気を一変させた。鋭い目でラメドを見据えると、急に感情の起伏がない淡々とした声で告げ始める。

「宗主はこう仰っていました。『金の選定は近い。我々も、本格的に動き出さねばならぬときが来た。すぐに、準備を整えよ』――と。その先にどんな行動を起こすのかは、あなたならもう分かっているでしょう?」

 声は男のものだが、それにしては高い、どちらかというと少年のもののように聞こえるが、このときばかりはそうとは思えないほど大人びていた。そんな相手を見つめたラメドは、目をつぶって歩きだすと、『彼』の隣を通り過ぎる。

「了解だ。どうせそのことは、ギーメルには伝えていないのだろう? 私から言っておく」

 すれ違いざまに彼がそう言うと、『彼』はこう返してきた。

「それはありがたい。飛びまわる手間が省けましたね」

 もう、先程までとなんら変わらない小憎らしい少年の声に戻っていた。ラメドは顔をしかめた後、足を速める。そうして来訪者と無言の別れをした後、彼は歩きながら呟いた。

「気に入らない」

 彼のそんな言葉は、夜空の中に溶けていった。


 ラメドの背中を見送った『彼』は、くすくすと笑う。周囲に彼以外の人は一人もおらず、辺りは静まり返っている。それが返って、彼の姿と声を引き立てていた。

「あの男も相変わらずですね。その望みがなんなのかは分かりませんが……放っておけば、いずれとんでもないことをやらかすかもしれない」

『彼』としては、組織にとっての邪魔者は少ない方が良かった。だから、デルタ一族の男、ヴィントが彼らの存在に勘付いてあまつさえそのたくらみを阻止しようとしてきたときから、ずっと彼を排除すべく動いてきた。しかしこちらの手際が悪いせいなのか、それとも男が強すぎるのか、彼はそう簡単にやられてはくれなかった。故に、今も対立を続けている。

 さらに最近では『銀』の仲間と思しき学生たちも睨みあいに介入してきたと聞く。こんな現状で、さらなる邪魔者を増やすわけにはいかない。

「早めに片付けなくてはなりませんね。……できれば、次なる選定の刻までに。選定の阻止を邪魔されるのが、一番厄介ですし」

 小さくそう独語したあと、彼は空を仰ぐ。辺りが暗いせいか、星がよく見えた。ただ己の存在意義に従って宇宙をただよう物体たちに向かって、彼は微笑みを浮かべる。その後、突然身をひるがえした。

「さて。そうと決まれば戻りますか」

 一人でそんなことを言った彼は、信じられないことにふわりと宙に浮かびあがった。そうして一度手元が光ると、彼はその場から姿を消した。

 偶然その場を目撃してしまった者が思わず叫びそうになったものの、彼のただ者ならぬ雰囲気に、あわててその声をのんだという。その者の判断のおかげで、その者が息絶えることも、『彼』の存在が噂となることもなかった。

 そうしてそのまま、時は過ぎてゆく。風は、だれもいない道をむなしくも吹き抜ける。

――胎動と決戦の冬が、確実に足音を響かせながら近づいていた。


Fin


『抗争勃発』以上に時間がかかったんじゃないかと思いつつ、完結です。捜査官がやっと顔を出してくれて、また敵軍がやっと動き出しそうで、私としてはどうにかここまで来たという思いがあります。

気がつけば文化祭シーズンをあっさり逃してからの完結となりましたが、次へ進めそうなので良かったです。


さて、次回は一気に冬の話になります。季節がもうすぐ真逆になるとか言わないで。

 冬のある朝、ステラのもとに届いた一通の手紙。その差出人は、意外な人物。そしてこの手紙をきっかけとして、『調査団』初の遠方合宿が幕を開けるが、それは思わぬ悲劇を呼ぶことになってしまう。


また暗い話になりそうですが、どうかお付き合いください。次の次の回から話が動けば良いと思う。

それでは、また次の話でお会いしましょう。


2014.5.4

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