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クレメンツ・フェスティバル  作者: 蒼井七海
第五章 クレメンツ・フェスティバル
21/22

4

「いやあ、ちょうど学園祭の日だっていうからさ。今日を選んでみたよ」

「そうなんですか。あ、報告ついでに祭を楽しんでいこうって魂胆ですね?」

「さすが。悪そうな目をしてるだけあるね、お嬢さん」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 午後の部開始まではまだ時間がある。そんな中、椅子でくつろいでいる軍警察の捜査官、セドリック・アーノルドと学生ブライスがほのぼのと会話していた。その様子を見たトニーが口元を引きつらせる。

「警察官とどんな会話してるんだよ、あいつ」

「さすが心臓が鉄でできた娘、ですわ」

 その横ではシンシアがもはや見慣れたとでもいうように息をついていた。『調査団』も『新聞部』も全員、不思議な出来事には慣れているため動揺の欠片も見えない。

 反対に動揺しまくっているのがルディリアとシャルロッテだった。彼女らが、というかシャルロッテが、ステラの服の袖をつかむ。

「ちょっと、これはどういうことですの? なぜ警察の方が? 後、あの方は清掃員じゃありませんでしたの?」

 容赦のない詰問にステラは眉をしかめた。

「あたしにそんな容赦ない質問攻めをされても困るよ。最後の質問は答えかねるし。でも、最初の質問の答えなら持っているわよ」

 ステラがガツンとそう言うと、目を丸くしたシャルロッテが袖をはなした。ルディリアも、え、と言って口を手で覆っている。そんな彼女らを見ながら豪胆な少女はあっさり答えた。

「あなたたちが出した依頼、最初から警察沙汰だったの。だからよ」

 二人の少女は、絶句した。餌を求める鯉のように口をぱくぱくさせている。これを真っ先に見つけたのはさすがというか、ステラの幼馴染にほかならない。

「おいおい、いくらなんでもそいつはいきなりすぎるぞ」

 ただし彼も慌てて咎める様子などはなく、仕方ないなあこいつは、とでもいうように肩をすくめてため息をつくだけだった。

 とはいえこのままでは一番の当事者が話に追いつかないので、一通りのことは説明した。時にはアーノルド自身の手も借りて、これまで隠してきたことをざっと話す。そうしてすべてを知った二人は、唖然としていた。

「そ、そこまで大事になっていたのですね……」

 シャルロッテがうめくように呟き、

「なんだか、も、も、申し訳ないです」

 おろおろしているルディリアがそれに続いた。だが言葉を向けられたアーノルドは快活に笑うのみ。清掃員の格好をしていたときの、大人しい雰囲気はなりを潜めてしまった模様だ。

「大丈夫さ。こっちもそれが任務だったんでね。ま、彼らの介入は予想外だったけど」

 最後の皮肉ともとれる呟きにルディリアが委縮した。だが、他の十人は堂々としている。こっちは依頼されたことを忠実にこなしただけだし、学院の平和にも貢献したし、文句はないだろう。と、いうわけである。そんな、豪胆な少年少女の心中をくみ取ったのか、アーノルドがため息混じりに笑んだ。

「まったく、君たちは」

「あいにくこの手の物騒なことには慣れているので」

 ジャックがさらりと返すと、アーノルドはすっかり諦めたかのように「そうかい」と手を振った。なぜか清々しげな表情だった。

……と、校舎に馴染みのある鐘の音が響き渡る。同時に、こんな放送が流れた。

『もう間もなく、午後の部が始まります。担当の生徒たちは展示の準備を始めてください』

「おお、ようやくか」

 この警官との対面に備えて昼食を早々と食べ終わってしまった十人とその他にとって、待ちに待った時間がやってくる。ナタリーが、ふふ、と不敵に声を漏らした。

「午後は私たち休みを取ってるから、見学し放題よ」

「そうだな」

 普段、この手のことには相槌すら打たないオスカーが、珍しく言葉を返した。ステラがちょっとびっくりしているうちに彼の目は軍警察所属の捜査官の方を向く。それから、

「報告とやらを聞きながら、気ままに見学と行こうじゃないか」

 彼の口から飛び出してきた皮肉の要素を多分に含んだ言葉に、ステラはひっそりと胸をなでおろしていた。


 午後の部開始の放送が流れてから特別学習室の外に出てみると、かいがいしく働く生徒と、それを見守る客たちとで、廊下が埋め尽くされていた。ぎこちなさを感じさせる呼びこみの声も聞こえてくる。大人が子供に頼んで物を買う。そんな不思議な光景が見られるのも、学園祭ならではだった。

「さすが帝国学院のお祭りだ。賑わってるな」

 学習室の中に背広を置いてきたアーノルドが、心底楽しそうに呟く。それから近くの店で全員が人数分のワッフルを購入すると、今度はそれを食べながら歩くことになった。

 そして、どういうわけか特に人通りの多い区画に差し掛かったところで、

「それでは、あの後起きたことを君たちに話すとしよう」

 捜査官がワッフルをかじりながら、険しい顔で口火を切った。関わりの深い学生の視線が、彼の方に集中する。彼はワッフルを飲みこみ口元をぬぐったあとに続けた。

「ソーヤくんとやらは、取り調べにきちんと応じてくれた。実に正直に、自白剤か何か飲まされているのかと勘繰ってしまうくらい正直に、いろいろと話してくれたよ。……なんというか、すべてを諦めきった目だったな」

 それを聞いた彼ら、特に捜査した側の人間たちは目を伏せた。最後に見た、寂しい笑みを浮かべるソーヤの顔が鮮明に浮かび上がってくる。だがアーノルドは、気付いているのか気づかないふりをしているのか、ワッフルをかじりながら話をつないだ。

「彼の話と君たちが見つけた証拠、そして我々がつかんだ証拠のおかげで、あの後の捜査は特別難しい問題に突き当たることもなく終わったよ。そしてソーヤくんは逮捕された。少年裁判にかけられるかどうかは、まだ分からない。まああとは、帝都警察の仕事だからな」

 俺たちがどうこうできることじゃない――そう締めくくった彼はワッフルの最後の一口を飲みこみ、それを包み込んでいた紙を丁寧に折りたたんだ。

「そうですか」

 小さな声で応じたのはトニー。続けて二人の長が、依頼人たちの方を見る。

「それじゃあ、一応こちらも依頼は完遂……」

「ということでいいんだよな、おまえら?」

 二人の少女はうなずいた。ルディリアも「後日、改めてお礼にうかがうわ」と言った。ステラもレクシオもミオンもほっと息を吐き、カーターなんかはその場に膝をつきそうになってどうにかこらえていた。

 ともかく、これでようやく今回の騒動は終結したわけである。なかなか、すっきりしない結末ではあったが。

 子供たちの様子を見ていたアーノルドが紙を適当にポケットへ押し込むと、背伸びをした。

「まあ、確かにハッピーエンドとはとても言えない終わりだったな。むしろサッドエンドに近い。だが捜査が、俺の役目が、ここで終わったのは事実だ。……これでようやく、俺もやるべきことのために動ける」

 含みのある言い回しに全員が首をかしげた。

 その後、ルディリア・シャルロッテの両名と別れた。彼女らはもう少し見て回ったあと、自分たちの展示に戻るそうだ。一方アーノルドを加えた十人は、古代文明について考察されたことをまとめた展示を見たり、超難しい知恵の輪に挑戦したりした。

「あっ。こ、これ、難しいぞ」

「難しいに決まってるじゃん。どこのクラスの誰が考えたと思ってるのよ」

「普通科理系クラスの秀才軍団でしょ」

 そんな会話がされている中に、カーターがおずおずと割り込んでくる。

「ステラさん……力ずくはだ、だめですよ」

「分かってるわよ」

「す、すみません」

 だが語気を強められただけであっさりと引き下がってしまった。ミオンがそんな神官専攻の少年を微妙な目で見ていた。アーノルドは笑いながらも知恵の輪に泣かされていた。

 そんなことをしているうちに、喉が渇いたということで全員が全員、飲み物販売コーナーで適当にお茶などを買った。近くにあった、休憩スペース――もともとは会議室――に滑り込んだ彼らは、誰もいないそこで茶を飲んでひと息つく。

「そういえば、アーノルドさん」

 珍しくカーターが口を開いた。ちょうど彼の隣に座っていたアーノルドが「うん?」と言う。

「さっき言ってた『やるべきこと』ってなんですか?」

 少し厳しい顔つきで少年が問う。すると捜査官はああそれか、と呟いてからあっさりと答えを教えた。

「俺は元々、この仕事が入る前の段階から、北に行くことを画策してたんだ」

「北? 何しにいくんですか」

 ブライスが重ねて問う。ステラたちも、興味がわいてきたので身を乗り出して耳をそばだてた。するとアーノルドは爽やかな表情で、

「うん。本部の奴らに内緒で、北方の町に行くのさ。さる取引のためにね」

 とんでもないことを言ってくれた。

 全員が己の耳を疑った。そして素っ頓狂な声を上げる。

「ちょ……どういうことで? 取引うんぬんはともかく、本部に内緒って」

「そのままの意味だ」

 さらりと答えるアーノルド。何かとんでもないことをやらかすつもりじゃないだろうか、と思ったステラはなぜかうんざりしてしまって、深い深いため息をついた。

「まったく。良い歳のおっさんが何考えてるんだか」

 レクシオもつまらなさそうに、そんなことをぼやいていた。トニーもそれに同意したかのように苦笑をこぼす。まあ、俺たちにゃ関係ないでしょ、などとこぼす辺り、ステラたちに比べればドライだったが。

 と、ステラはそこでトニーを見た。平然と乳飲料を飲み干す彼は、見た目普段と変わらないように思える。猫目もいつも通りくりくりしていた。だがステラの頭からは、ソーヤ連行の直後から浮かんでいた悲しげな表情が離れない。

 疑問が隠しきれず、ついに口を開いた。

「ねえトニー。その、えと、だ、大丈夫?」

 口を開いたくせになんと言っていいか分からなくなり、結局濁す形になってしまった。だがトニーは、うん? と言ったあと、乳飲料が入っていた瓶を机に置き、にかっと笑ったのだ。白い歯が見える。

「大丈夫だよ。なんか、よくわからないけど……いろいろふっきれた」

 その様子にステラは少しばかり拍子抜けする。だが実際のところ、不思議な安心感があった。ため息をついた彼女は、

「あっそう。それは良かった」

 わざと素っ気なく言い、自分が買ったジュースをあおる。そこでミオンが嬉しそうに微笑むのを視界の端にとらえたが、一瞬見る程度にとどめておいた。ほんの数秒で空になった瓶を机に置いた少女は、会議室の大きな窓を見る。

 活気に満ちた街が、変わらず硝子越しに広がっていた。


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