EP 3
「……これ、本気で動くと思ってるのか?」
ポポロ村の広場。
俺の目の前には、錆びついた鉄の塊があった。
ルルカが地下帝国から持ち出してきたという、試作型の『内燃機関』だ。
「当たり前だよ! 計算は完璧なんだ。でも、魔石を燃料にすると爆発の制御が難しくて……。すぐに回路が焼き切れちゃうんだよ」
ルルカが悔しそうにスパナを握りしめる。
なるほど。この世界の魔導工学は、すべてを『魔力』で解決しようとしすぎている。
だが、俺が精製したのは魔力を含まない純粋な化学燃料――ガソリンだ。
「ルルカ。この燃料は魔力じゃない。ただ『燃える』だけだ。爆発のタイミングさえピストンに伝えれば、回路は焼けない」
俺はスキルを発動し、原油から抽出したガソリンをさらに高純度へ。
ノッキング(異常燃焼)を防ぐため、炭化水素の鎖を緻密に組み替えていく。
「よし、燃料注入。……キャルルさん、ちょっと離れててください。耳がびっくりしますよ」
「え? う、うん。わかった!」
キャルルさんが不安げに長い耳を伏せる。
その時、広場に嫌な声が響いた。
「ハハハ! 何をしているかと思えば、ゴミと追放ドワーフが鉄屑をいじっているのか!」
現れたのは、ポポロ村に駐留しているルナミス帝国の魔導騎士だ。
ランクCの魔導師。時速150キロで岩を飛ばす『ストーンバレット』の使い手。
彼は自慢の騎乗用魔獣『ジオ・リザード』に跨り、鼻で笑った。
「そんな鉄の塊が、このジオ・リザードより速く動くはずがなかろう。無駄な泥遊びはやめて、帝国の命に従え。その黒い泥を差し出せば、命だけは助けてやる」
「……へぇ。じゃあ、賭けようか。あんたのトカゲと、この鉄屑。どっちが速いか」
俺が不敵に笑うと、魔導騎士は顔を真っ赤にして叫んだ。
「貴様、帝国を愚弄するか! よかろう、完膚なきまでに叩き潰してくれる!」
◆
「ルルカ、準備はいいか?」
「いつでもいけるよ、金吾! 点火して!」
俺はエンジンのスターターを思い切り引いた。
キュキュキュ……ガッ、ボゴォッ!!
爆発。
マフラーから黒煙が吹き出し、シリンダーが激しく上下を始める。
ドォォォォォォォォォンッ!!
広場を揺らす、重低音の咆哮。
それは魔法の優雅な発動音とは無縁の、野性味溢れる金属の叫びだ。
「な、なんだこの音は!? 地響きか!?」
魔導騎士が怯む。ジオ・リザードがその咆哮に震え、尻尾を巻いた。
「これが『科学』の産声だよ。……いけ、ルルカ!」
ルルカがエンジンを搭載した三輪車に飛び乗る。
アクセルを全開にすると、後輪が土を跳ね上げ、ポポロ村の地面を削り取った。
「ヒャッハー!! すごいよ金吾! 力が……溢れてくるぅ!」
ブォォォォォォォォォォォンッ!!
時速45キロ。
100メートル8秒の人間スペックを、一瞬で置き去りにする。
さらに加速。時速60キロ、80キロ、100キロ――。
「う、嘘だろ!? 詠唱も魔力も感じないのに、なぜあんな速度が……!?」
魔導騎士が慌ててジオ・リザードに鞭を打つが、勝負にならない。
生物の限界を超える加速。
それは、ルチアナ女神が作った世界のルールを、俺たちが『物理』で書き換えた瞬間だった。
ルルカの運転するトライクは、砂煙を上げて魔導騎士の横を瞬時に通り過ぎ、その衝撃波だけで彼を馬車ごとひっくり返した。
「……見たか。これが俺のスキル『ハズレ』の正体だ」
俺は、転がった魔導騎士を見下ろして言い放った。
広場は静まり返っていた。
キャルルさんは、驚きのあまり耳をピンと垂直に立てたまま固まっている。
村人たちも、もはや『呪いの泥』を恐れてはいなかった。
彼らの瞳に映っているのは、恐怖ではなく――『未来』への希望だ。
「金吾くん……これ、ポーションの配送に使えば、世界中どこへでも届けられるんじゃ……」
「ええ。それだけじゃない。この石油があれば、空だって飛べるようになりますよ」
俺は空を見上げた。
そこには、ルナミス帝国の飛行船が浮かんでいる。
魔力を大量消費して優雅に浮かぶ金持ちの乗り物だ。
待ってろよ。
近いうちに、この黒い泥で、あんたたちの空も引きずり降ろしてやる。




