第五章 ゴルド(4)
ゴルドの王宮は、ヴァルガ山の中腹に開いた巨大な天然の鍾乳洞を利用して造られていた。入り口は三頭の飛竜が容易く通り抜けられる程の広さがあり、天井を見上げると遥か上の方から鋭く尖った鍾乳石が幾重にも連なって垂れ下がっている。まるで巨大な竜の口の中からその牙を見上げているかのようだった。
正面には、階段のように連なった岩が続いている。その最上段に、他のゴルド人よりも一際屈強な男が、鋭い目付きでこちらを見下ろしていた。他の男たちと同じく、顔に独特の模様が描かれている。服の間から覗く隆々とした筋肉に、いくつも傷跡が付いているのが見えていた。
(あれが、ゴルド人の王か)
マリアは唾を飲み込みながら、心の中でつぶやいた。
王は、洞窟中に響き渡る声でリフローネ達に問いただした。
「答えよ!!魔導士どもが、ここへ一体何の用で来たと言うのか?」
その迫力に気圧されそうになりながらも、マリアは前へ進み出た。
「ご無礼お詫び申し上げます、閣下。私はエルドラド王家エインズワード家の次女、現女王フェルドリアの妹のマリアです。我々王家は、決してあなた方と争い合うことを望んではおりません。共に手を取り合い、エルドラドとゴルドが共に栄えることを真に望んでおります」
脚は震え、声はかすれそうになりながらも、彼女は毅然として訴えかけた。
「単刀直入に申し上げます。今、エルドラドは邪悪な力を持つ者たちによって、攻め入られようとしています。王国が彼らの手に落ちれば、その魔の手はここへも伸びてくるでしょう。どうか、私たちに力をお貸しください。ともに邪悪な軍と戦ってもらいたいのです。女王の名において、土地でも、お金でも、あなた方が望むものを差し上げます。ですから・・・」
「見くびるな!!」
ゴルドの王は、マリアの声を遮って、大声で叫んだ。
「我らを侮るな。ゴルドは損得勘定で動くような貴様ら魔導士どもとは違う。我らが何より重んじるのは、誇りと信義。汚い交渉になど、耳を貸す気はない」
王の言葉に、圧倒的な重みを感じる。マリアは全身が痺れてしまったかのように、固まってしまった。
「そも、お前達魔導士どもは、これまで幾度となく我らとの約定を反故にしてきたではないか。今さら、貴様らの言葉など、どうして信じられるものか」
心の底まで射貫くような鋭い視線に、全身が寒くなる。堪らず、ハンスが声を上げた。
「ゴルド王、お聞き下さい。私たちは・・・」
しかし、マリアが手でそれを制して、ハンスに囁いた。
「兄さん、お願い。私に任せてほしいの」
彼女は、ゴルド王に向き直り、大きく息を吸い込んだ。
「ならば私が、王に輿入れいたします!お望みとあらば、今ここで!」
洞窟中に響き渡る声で発せられた言葉に、リフローネもハンスも、皆が驚いた。
これにはゴルド王も少したじろいだ様子であった。ハンスが慌ててマリアに声をかける。
「ま、待ってくれ!マリア、ほ、本気なのか!?」
「ええ・・・」
悲壮な覚悟であった。迷いがないはずはなかった。だがそれ以上に、悔恨の念が勝っていた。
自分の浅はかな考えで、王国を危険に晒し、姉に迷惑をかけてしまった。その罪滅ぼしができるなら、何だってしたい。自分の体に流れる王女の血すら、利用できるものは何でも利用してやろうと思ったのだった。
もう、体は震えていなかった。
時間とともに、何としてもあの卑劣な男を許してはならぬという思いが強くなってくる。身体の底から、熱い感情が沸々と涌き出てくるようだった。
「王家との縁戚は、代わるものがないほど強力な結びつきになります。これが、エルドラドの示す、ゴルドの皆様への信義です」
マリアはその場に片膝をつき、深々とお辞儀した。
その時だった。どこからか、甲高い笑い声が響いてきた。
「フハハハハハハハ!」
目の前の屈強な王とは明らかに異なる声。
・・・子ども?
不意の出来事に、マリアもきょとんとして辺りを見回した。
するとゴルド王の後ろから、一人の小さな人影が現れた。よく見ると、身体にぴったりとした服を纏った、小柄な女性のようだった。
「余の妃になると申すのか。魔導士とは、つくづく面白い生き物だ。のう、テクシン。お前もそう思わぬか」
事態を飲み込めず困惑するマリア達に対し、テクシンと呼ばれた大男は再び大声で怒鳴りつけた。
「貴様ら、王の御前である!無礼だぞ、ひれ伏すのだ!」
彼の言葉に、慌てて膝をつき頭を垂れる。
「よい、苦しゅうない、面を上げられよ。左様、余がゴルドの王・エイファである」
恐る恐る顔を上げ、マリアは少女の顔を見た。
整った顔立ちに、引き締まった目元。うっすらと微笑んだ頬には、ゴルド特有の模様が描かれている。その姿は、間違いなく女性だった。おそらく、年はマリアと同じくらいに見えた。
「驚いたか。誇り高きゴルドの王が、かような年端もいかぬおなごとは」
「い・・・いえ、滅相もございません!」
必死に答えながらも、頭は混乱し、汗が吹き出してくる。エイファは可笑しそうにマリアの様子を眺めながら、続けた。
「その様子を見ると、余が王であるとは知らなかったようだな。残念だが、余はおなご故、妃を娶ることはできぬ。しかしそなたの信義の示し方は、なかなか気に入ったぞ」
エイファは腰に手を当てて、洞窟全体に響き渡る声で叫んだ。
「我らが尊ぶのは!」
「戦士の誇り!」
エイファの言葉に呼応し、ゴルドの戦士達が声を張り上げる。
「我らが恐れるのは!」
「臆病者の謗り!」
「我らが守るべきは!」
「信義なり!」
そこでエイファは再びマリアを見て、はっきりと約束した。
「マリア殿、余はたった今より、エルドラドを友と認める。援軍を出そう。友を救うため、我らはこれより、グランルートへ向かう」
「・・・!ありがとうございます!」
マリアは再び、深々と頭を下げた。




