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ノアの終焉  作者: 齋藤昴
第1部
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第六章 悲しみの果てに(4)

 戦禍の爪痕は、ハーラントの至るところに残されていた。

 城壁の外側にあった街は、特に損傷が激しかった。建物は家も店も悉く破壊され、略奪を受けていた。市民が憩う広場には、兵士達が捨てていった武器や防具、露店の品だったものなどが散乱し、無残な姿と変わり果てていた。街の外も、ほとんどの村は略奪され、無事だったところはごくわずかしかなかった。丸ごと焼き払われた村もあった。田畑は軍靴や蹄鉄で踏み荒らされていた。収穫前の作物は踏みにじられていた。

 人びとは故郷の惨状に胸を痛めながらも、セルヤムの援助を受けながら懸命に復興に勤しんだ。崩れた建物を取り除き、新たに家を建てていった。荒らされた田畑をもう一度耕し、種を蒔き直した。

 国境近くの砦は、特に念入りに修復が施された。城壁は積み増され、新たな櫓が作られた。再び帝国軍が攻め寄せて来た時に防衛線として機能するように、十分な武器も運び込まれた。そしてヒンデルが国王を側で支え、国内の守りを固めることとなった。

 依然として、この国は深い悲しみの中にあった。しかし人々は生きるために前を向かなくてはならなかった。そうしなくては、さらに多くを失うことになることを知っていたから。傷を抱えながら、進み続けるしかなかった。

 破壊と再生。過去より人は、何度その残酷な過程を繰り返して来たのだろう。歴史は悠久の時の中で、幾度となく続く哀しき物語を目撃し続けてきた。女神の湖は、今もただ静かに人びとの営みをその水面に映している。

 厳しい冬が終わりを迎え、春の訪れを感じられるようになった頃、ハーラント城を訪ねて来た者がいた。

 ヒンデルからその知らせを受け、リフローネが城の城門の上までやってくると、門へと続く坂道の途中に佇む一人の老人の姿が目に入った。

 昨年、カレンツァから逃げてきた集団を率いていた、コバであった。

 コバは、リフローネの姿を見つけると、坂道に膝をつき、額を擦るように地面へとひれ伏した。

「彼らは、この国を去るそうです」

 リフローネの傍らで、そっとヒンデルが囁いた。

 それを聞き、彼女の心中にやるせない思いが広がっていった。

(あなたたちの所為(せい)ではない・・・!)

 帝国の侵攻を許したのも、民を守れなかったのも、責を負うべきは私たちの方だ。

 だが、この国の民の中には、複雑な感情を抱いている者もいるだろう。ヘルンを失ってしまった今、彼ら自身がこの国に留まりづらいと感じていることも理解できた。

 まだ肌寒い朝、背中に陽光を浴びながら、コバは静かに坂を下っていった。

 おそらく、セルヤムの方へ旅を続けるつもりなのだろう。そこが彼らにとって安寧の場所となることを願わずにはいられなかった。

 リフローネは、コバの姿が見えなくなるまで、その背中を見つめていた。


 雪解け水が谷を潤し、ガリア湖の湖畔に花が咲き誇る頃になり、ハーラントの国内もようやく落ち着きを取り戻してきた。

 国内の様子を見届けると、リフローネはいよいよ自身の考えを行動に移すことにした。ハーラント王は、一人娘の旅立ちを大変惜しんだが、彼女の決意の理由を知っていたので、旅の無事を女神に祈り、ナジャとともに送り出したのであった。

 リフローネとナジャは、再びアッサドを訪れた。ここの港から船でエルドラドへ向かうためだった。出立の前に、彼女らはサールーンの宮殿を訪ねた。

 サールーンは、二人を温かく迎えてくれた。

「やはり行くのか、エルドラドへ」

 国王の問いかけに、リフローネは右手を胸に置いて頷いた。

「敵の力の正体を知り、破る方法を見つけるため、行かなくてはなりません。兄の死を、無駄にはしたくないのです」

 それを聞き、サールーンも深く頷いた。

「お前が来ると聞き、察しはついていた。そこでなのだが、もう一人連れていってほしい奴がいる」

 サールーンが目配せすると、部屋の隅から小柄な人影が進み出てきた。

 マルコであった。

「フレスデンでの戦いで、最も大きな戦功を打ち立てた、その褒美をやるから何でも申せと言ったら、お前の家来になりたいと言ってきた。俺からの頼みだ、連れていってはくれないか」

「マルコ・・・」

 リフローネが驚いて目を丸くしていると、マルコは尖った両耳をピョコピョコと動かしてリフローネに頼んだ。

「おいら、あの戦いで戦って死んだ仲間のために涙を流してくれた、王女様のために働きたいと思ったんだ。どうか、おいらも連れていってください」

 一生懸命頼み込むマルコの姿を見て、リフローネは優しい笑みをその顔に浮かべた。

「もちろんです、マルコ。頼りにしていますね」

 リフローネの言葉を聞き、マルコは嬉しさの余り飛び跳ねて喜んだ。

「しかし、商船に同乗してエルドラドを目指すつもりだそうだが、大丈夫なのか?船くらい用意するのは簡単だが」

 国王の申し出に、リフローネはにっこりと微笑んでこう答えた。

「ご心配には及びません。行商人の振りをするのは、結構楽しいのですよ」

 それを聞き、サールーンはしてやられたとばかりに大笑いした。

「なるほど、さすがは兄妹だ。こういうところは、ヘルンによく似ている」

 国王の笑い声に送られるように、三人は宮殿を後にした。

 こうして、リフローネ達はまだ見ぬ新たな土地へと旅立ったのであった。


(第一部 完)

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