第五章 フレスデンの戦い(1)
静かな夜。空には、無数の星が瞬いている。
男は冷たい石の上に腰を下ろし、無言で空を見つめていた。
そうして、どれ程の時が流れただろうか。気の遠くなるくらい長い時間が過ぎたようにも感じるし、ほんの一瞬だったようにも感じる。
星は何も語らない。凍えるような寒さとともに、いつまでも、静かに、そこに在る。
恐ろしいほどの静寂。
男は、待っていた。あの時のように、「天」が彼に語りかけてくる瞬間を。
どこまでも続く星の海も、凍てつく寒さも、あの時と同じ。
だが今は、いつまでも静かなまま変わりのない夜空があるのみだった。
「マラーヤータ」
背後から声をかけられ、男はようやく空から視線を外した。
髭に覆われた顔を手で撫で下ろし、胸から息を吐き出すと、白く曇って消えていった。
「お邪魔をして申し訳ありません。お体を冷やしてはいけないと思いまして」
声をかけてきたのは、彼と同じくみすぼらしい服を身に纏った若い男だった。マラーヤータと呼ばれた男は、一言「ありがとう」と返し、石から腰を持ち上げた。
「『声』を聞かれていたのですか?『天』は何と?」
若者の問いに、男は立ったまま再び空を仰ぎ見て、呟くように言った。
「『進み続けよ』ということだろう」
天が何も言わず、自分達を見つめ続けているのは、疑念を抱かず今の道を進み続けよ、と伝えているのだ。男はそう解釈した。
この先何が起ころうとも、それはすべて天が定めたことなのだ。恐れず、運命に身を委ね、今の自分達がすべきことをのみ、考えるだけでよい。「あの時」この身に流れ込んできた天の意思は、紛れもなく永遠に途切れることのない確かな道を指し示した。それは果ての見えない長い長い道かもしれない。この宇宙と同じくらいの、人の命では足りぬほどの悠久の時を要するかもしれない。だがそれでも、奴隷の身でいるよりははるかにましである。魂を軛に入れられ、暗黒の生を生きるより、どれだけ長く険しい道程だとしても、天の僕となりて光の中を生きる方がずっとよい。
「戻ろうか」
男が若者に声をかけた時だった。
夜空に一筋の光が走り抜けた。
その後を追うように、無数の光の矢が次々と夜空を横切り、消えていった。
二人が食い入るように空を見つめていると、最後に一際長い光の筋が空の頂点を横切り、西の地平線へ消えていった。
そしてまた、静かな星空に戻った。
「い、今のは・・・?」
驚いた様子で若者が問いかける。男はしばらく西の空を眺めていたが、やがて静かに口を開いて言った。
「西の大地で、大きな動きが起ころうとしている」
そして振り向いて歩き始めた。
「行こう。我々も進む時だ」
彼らの歩みを、星々は静かに見つめていた。




