第四章 セルヤム王国(5)
「変わらんな、あいつは」
ひとしきり笑った後、サールーンは息を整えて言った。
「全く、あやつらしい。これでは援軍を求めているのか喧嘩を売っているのかわからん」
「あ、あの・・・」
ばつの悪そうな顔をして、リフローネが釈明を試みようとする。その様子がまた可笑しいのか、王はもう一度大笑いをした。
サールーンは侍女から装飾のついたグラスを受け取り、水を一杯喉の奥へ流し込んだ。一息ついたところで、彼はリフローネ達に向かって話し始めた。
「俺とヘルンが初めて会ったのは、ムラートという北のはずれの町だった。母が俺を連れて王宮を離れ、身を寄せていたところだ。そなたは幼かった故覚えていないだろうが、公爵一家が我が父に会うために王都を訪れたことがある。その帰りに、ムラートの館に寄ったのだ」
サールーンは語りながら懐かしそうに目を細める。
「あやつは年下だったが、まるで物怖じしない子どもだった。よく覚えている。俺はそれが生意気に思えて、少し怯えさせてやろうと、町外れの山に虎が出ることを教えてやったのだ。そうしたらあやつは怯えるどころか、『虎を見てみたい』などと言い出す始末だ。ついには、夜に二人で館を抜け出し、虎の山へ行くことになってしまった」
リフローネは、初めて聞く話だった。
「俺も言い出した手前やめる訳にはいかなくなり、虎よ、出るな、とずっと心の中で祈りながら山を登っていった。だが運悪く、途中で一匹の虎に出くわしてしまったのだ」
そこでリフローネは思わず息を飲んだ。
「もう終わりだと思った。二人とも、虎に食われてしまうのだと。だが、虎はこちらをじっと見つめているだけで、少しも襲ってこない。そのうち、どこかへ行ってしまった」
王は、そこで一旦息を吐いて目を伏せた。
「不思議な夜だった。虎が何故我らを襲わなかったのかは分からぬ。単に腹が減っていなかっただけかも知れぬ。しばらく二人とも呆然としてそこに立ち尽くしたが、やがてヘルンの奴はこう言ったのだ。『見ろ、虎は俺たちを食わずに逃げていった。運命は、俺たちを生かしたんだ。サールーン、俺たちは王になる運命なのだ』と」
再び王は目を開いて、リフローネを見た。
「セルヤムには、『幸運は勇敢な者の肩を好む』という諺がある。『臆病者は犬に喰わせろ』とも言うがな。あの時のヘルンの肩には、紛れもなく強運が舞い降りていた」
そこでサールーンは愉快そうに口角を上げた。
「リフローネ公女、セルヤム王国は、ハーラントに味方しよう」
「あ・・・ありがとうございます!」
驚くことばかりで感情が追い付いてこないが、王の言葉を聞いて急いでリフローネは片手を胸に置き、片膝をついて感謝を示した。
王は頷いてそれに応えた。
「今、王として何をすべきか。考えるまでもない。帝国に恐れをなしたとあっては、この国の部族はみな王の言うことなど聞かぬようになるだろう。まあ俺も、奴らの態度は鼻につくと思っていたところだ。よかろう、ハーラントへ向けて救援の軍を出す。そなたにも兵を貸そう」
「ありがたきお言葉、感謝申し上げます」
リフローネはそう言ってもう一度深く礼をした。
「ハーラント城を包囲している帝国軍を蹴散らし、逆に俺たちがヘルンを取り囲んでやろうじゃないか」
そう言って、王は三度目の大笑いをした。




