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ノアの終焉  作者: 齋藤昴
第1部
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第四章 セルヤム王国(4)

 サールーン・ハジャドは、5人兄弟の末弟だった。王の血を引く身分だが、側室の子でもあったため、本来は最も王位から遠い存在であった。その上、歴史上どの王室でも繰り広げられてきたような醜い権力争いは、彼が生まれたときにもすでにそこにあり、そのために彼の母は危険からわが身と幼子を守るため、宮中から逃げ出さなくてはならなかった。

 洛外で成長したサールーンは、部族間の(いさか)いを仲裁したり、異民族と戦ってその侵入を阻んだりして、徐々に部族の首長たちから信頼を集めるようになっていった。彼らの後ろ楯を得て王宮へ戻ったサールーンは、兄たちを誅殺し、あるいは追放して、王の位を得たのであった。

 サールーン王の許可を得てリフローネたちは謁見の間に入っていったが、そこにも広い空間が広がっていた。床には白い石が敷き詰められ、壁も同様に白く塗られている。奥には一段高くなった場所があり、鮮やかな青色の分厚い絨毯が敷かれている。玉座はなく、代わりに大きな円座の上に足を崩して腰かけている者がいた。背は高く痩身で、褐色の肌の色をしている。双眸は鋭く、ギロリとこちらを睨んでいるようだった。白いターバンの下には、癖の強い黒髪が覗いている。この国の特徴であるゆったりとした服を着ており、襟や袖口には金糸で細かい刺繍が入れられていた。歳は、兄とそう変わらないくらいの若さに見えた。

 彼が、国王サールーン・ハジャドであった。

「苦しゅうない、近う寄れ」

 ハジャド王の言葉を聞き、リフローネたちは王の面前へと進み出た。王は彼女の顔をじっと眺めると、にやっと口元で笑ったようだった。

「紛れもなく、本物のリフローネ公女殿だな。公女自らが使者に来たと聞いて、疑ってしまったことを詫びよう。悪く思わないでくれ」

 王はそう言いながら、さほど悪びれる様子はない。

「こちらこそ、突然の参上にも関わらずご拝謁を賜りましたこと、感謝申し上げます」

「うむ」

 恭しく礼をするリフローネと対照的に、王の返事はあっさりとしている。

「此度は火急の事態につき、国王陛下にお願いに上がりました」

「ハーラント公の親書は読ませてもらった」

 国王の右手には、親書をしたためた羊皮紙があった。

「事情はよく理解した。ハーラントは我が国にとっても結びつきの強い国。無関係とは言えぬな」

 サールーンはそこで一旦言葉を切った。

「では・・・」

 リフローネが希望の差した表情で話しかけようとしたところで、王は片手を上げて彼女を制し、自らの言葉を続けた。

「しかしだ、そなたらに味方をし帝国と戦うことに、我が国にとってどんな利があるというのだ?」

 ハジャド王の鋭い視線が、リフローネには自身に突き刺さるように感じられた。父が、『国王サールーン・ハジャドは実利を重んじる人物』と言っていたのが思い出された。

 王は、さらにこう続けた。

「先ごろ、カレンツァの使者がここへ来た。奴ら、我が国が帝国と公国との戦いに首を突っ込まぬよう釘を刺すのが目的だったようだ。その見返りに、ヴェニアとシシリーの港をこちらに寄越すと言ってきた。あそこは多くの商船が出入りする港だ。悪い話じゃない」

 帝国はすでに、セルヤムに対して手を打っていたのだ。図らずも、帝国の使者の目的を知ることとなり、リフローネは戦慄した。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

 彼女は毅然とした態度を崩さず、国王に奏上した。

「恐れながら国王陛下、帝国を信用するのは危険でございます。私たちハーラント公爵家は、これまで永きにわたり帝国を敬い、誠実に付き従って参りました。信義と友愛を重んじ、礼節を尽くしてきたのです。しかし彼の国は身勝手な論理を振りかざし、私たちの国へ攻め込み、領地を踏みにじりました。ハーラントが彼らの手に落ちれば、次に狙われるのはここセルヤムの地です。どうか私たちに力をお貸しください。帝国の暴挙を食い止め、平安を取り戻すことこそ、王国にとって最も利となる道なのです」

 透き通った、力強い声が、王の間に響く。

「ほう・・・」

 堂々としたリフローネの立ち居振る舞いと、その言葉に、サールーンは興味を持ったようだった。注意深く聞きながら、一方ではどこか面白がっているようでもある。国王の腹の内が読めないが、気にしていても仕方がない。リフローネは続けた。

「陛下へは、我が兄・ヘルンからも親書を預かっております。どうかお目通し下さいませ」

 親書を差し出すと、カブーがそれを受け取り、王へ届けた。サールーンはヘルンの親書を読み終えると、いきなり大声を上げて笑いだしたのだった。

「フハハハハ!」

 突然のことにリフローネが呆気にとられていると、サールーンはカブーに今読んだばかりの親書を手渡し、彼女へ届けさせた。リフローネがそれを読み始めると、彼女の顔はみるみる青ざめていった。

 親書には、次のように書かれていた。


『親愛なる我が友サールーンよ

 すでに、我が国の状況は父と妹より聞き及んでいることだろう。あるいは耳敏い貴公のこと故、既に大方の事情は掴んでいるやもしれぬ。

 そしてまた鷲のごとく計算高い男であるからして、慎重に思案をしているだろうことも想像がつく。

 だが王として必要な素養は、緻密な鈍重に非ず。

 また利を求むるあまりに義を遠ざけること、厳に慎むべし。

 隣の屋敷に押し入った強盗が、「金貨10枚をやるから黙っていろ」と言って差し出した金を受け取れば、その者は隣家から金貨を盗んだも同然である。

 その者は必ず、後で金貨10枚よりもはるかに多くを奪われるだろう。

 大人しく帝国に(かしず)いて、少しばかりのおこぼれにあずかろうと思わぬことだ。契約や義務などは、強盗に最も似つかわしくない言葉である。

 迂遠な言い方を好まぬなら、要するに莫迦(ばか)なことは考えず、さっさと加勢しろということだ。

 もしも卑小な打算に絡め取られるようなことがあれば、このヘルンがアッサドまで性根を叩き直しに行く故、覚悟するがよい。

   貴君の友 ヘルン・リュディシュ・ハーラント』


 最後まで読んで、リフローネはわなわなと震えだした。

 なんと人を喰った文なのだろう!

 兄は昔から、たまに相手を面食らわせるようなことを言う癖があったが、まさかよりによって隣国の王に対してこんな挑発的な手紙を書こうとは!一体どんな顔をしてこの手紙を書いたのだろう。何より、自分にこれを託した時、兄は一体何を思っていたのだろうか!

 予想外の出来事にリフローネの頭は混乱に陥り、いろいろな考えがぐるぐると回っては消えていった。彼女は何を言えばいいかもわからず、青白い顔で口をパクパクと動かすことしかできなかった。

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