1日目:初めての魂狩りに行った
宝物庫を出て2時間歩いた。
この外界にはテレポートの魔法というものが存在しているらしいが、一度歩いて到達したところまでしか飛ばしてくれないらしい。
あとは、イメージが重要だそうだ。
一度歩いて行くことは前提としてあるけれど、二回目は写真を見ればいいじゃない、と思うかもしれない。
現実は、外界にそのようなものを作る技術はあるが、街並みは日々変化するものであり、過去の写真を見ただけではうまく飛べない可能性があるという。
エルネラは目的地の教会が映った写真をひらひらさせながら語る。
もちろん、数年前に一度町に行っただけの場合も然りだ。
魔法で指定したポイントの周囲の景色が以前と異なっていると、テレポートは不発で終わる。
あまり使い勝手が良いとはだとは思えないが、変なところに飛ばされないという点ではいい魔法なのかもしれない。
「なぜ絶妙に不便そうな魔法が広まっているのか疑問だと言いたげな顔だね?」
エルネラはエスパーなのだろうか。
「君の想像している町がどんな姿なのかは分からないが、今から向かう街をはじめとしてこの外界の多くの町の建造物は石でできているからね。
壊れにくい分、昔に一度訪れただけの場所でもテレポートできる可能性が高いんだよね。失敗のリスクもないし。
うまくいったら儲けもんみたいな感覚だね。
それでも、外では失敗することが多いかな…。
不発で終わるときの原因は大体植物が生えてる時だね。植物の形が変わるのはあっという間だからテレポートをする上でどうしても大きな障害になる。
風で葉っぱがざわざわしただけで不発になるからね。
ちなみに写真は軍事機密の類で、国が許可した者にしか制作と閲覧の権利はないからこの写真の存在は内密で頼むよ」
最後にさらっととんでもないことを言われた。
その後もエルネラの話は続いた。
エルネラが言うには、テレポートの魔法というのは町のど真ん中に飛ぶためのものではなく、特定の民家の中などを対象にするのが基本だという。
確かに、民家の中なら風で何かが動いたりしてテレポートに失敗することもないだろう。この魔法が広まっているというのも納得である。
外界の多くの国では引っ越しをするときに内装をガラッと変え、次に引っ越すまではどこも弄らないというのが常識らしい。
これは前に住んでいた人がテレポートできないようにし、自分はテレポートをするためだという。
今、私たちがいる国では「不幸をよぶ地下室」という物語が流行っている。なんだかホラーなタイトルだが、お化けは出てこない。
人間同士のいざこざが原因のサスペンスだ。いざこざの内容が…友人だと思っていた相手に恋人を取られたという内容で、いかにもこの手の物語でありがちだなあと思った。
この話は、家に知らない地下室があればテレポートで泥棒に入られるから気を付けろ、というような意味のことわざが元になっているという。
王城の警備などにも支障が出るので、本来はテレポートの魔法は軍事機密だったが、世間知らずの勇者がうっかり一般市民に広めてしまったことで収拾がつかなくなって今に至るらしい。
一時期は暗殺者天国と言われていたこの町も流石に10年単位で時が経てば少しは落ち着き、国も市民も自衛の策を身に付けたという。
魔法がある世界って大変だなあと思ったけれど、私が元々いた世界でも陰でそうした苦労はあったのかもしれない。
その後もエルネラからためになる世界情勢などを聞いていると、町の入り口が見えてきた。
この町はまあ、この外界でも平凡な街なので特に要塞のような厳つさはなく、私たちをフレンドリーに出迎えてくれた。
私に駆け寄ってくる町の子どもたち。私を抱えてそのまま――――
「いや、ちょっと待て!誘拐!誘拐だよ!?」
なんでエルネラはそんな棒のような目でこっちを見ているんだ!助けて!
「ぎゃーー!!ネコが喋った!」
「魔物か!魔物か!」
「成敗!成敗!」
木刀でビシバシと叩かれる。精神体である故か痛みはそれほど感じない気がするが理不尽だ。
一分ほど叩かれた後、過去を振り返っているような、心ここにあらずといった様子から我に返ったエルネラに抱えられて私はようやく子どもたちから解放された。
そういえば今は猫の姿だったな…と今更思う。
移動中に私を見る村人の眼差しが狩人のように見えるのはさっきの出来事が少しトラウマになっているからだろうか…
私たちの目的地である教会は、私が子どもたちに捕まった町の入り口からさらに10分ほど歩いたところにあった。
とても立派な作りで、こんなところ…と言っては失礼だけど少し田舎であるらしいこの町の経済規模からしたら相当な額のお金がつぎ込まれているのではなかろうか。
ミミックの妖精の保護団体って聞いたけど、どんな金持ちが運営しているのだろう…と少しばかり興味がわいた。
屋内に入る。外観から想像はしていたが、内部もまた荘厳な雰囲気があって如何にも教会という感じがする。
邪教っぽくなくて良かったと心から思った。
「貴方が新しい妖精さん…?」
そんな空気に呑まれていた私に声をかけてくる幼女が一人。
彼女はこの教会の巫女のような立場で、人間ではあるが、教会を満たす特殊な魔力で成長が阻害され27歳になった現在でもこのような姿であるらしい。
アラサーか。まあいいか。
幼女…シシリーさんと言うらしい…が、余計なことを考える私の周りをくるくると回る。
「なるほど…異世界からの転生者ですか…。勇者以外では珍しいですね…」
「そうだね。ところで手ごろな死にかけの人間はいるかい?」
エルネラとシシリーさんが2人で話している。
少し話がずれるが、私が喋っている言語が人間語だとエルネラが気づいた理由は、異世界から来る勇者が広めた言葉の一部に私が使っているのと同じ言語があったからだそうだ。
それはさておき、私は何をすればいいのか全く分からないので、とりあえず借りてきた猫のような大人しさを演出してみる。
「死にかけの人間…。そうですね…。丁度…武器屋のアルガンさんのお父さんが…今かなり衰弱していらして…。危ない状態なので…悪気吸いをして頂けると助かります…」
「あ、悪気吸いは魂狩りのことだよ」
「エル=ネ・ラ様…。そのような物騒な言い方は…この場では控えてくださいませ…」
エルネラとシシリーさんが、なんだか貴族とその従者みたいなやり取りをしている。
「妖精さん…あなたの名前は…。そう…リオ=ネ・ラ様というのですね…こちらへどうぞ…」
シシリーさんは部屋の奥へと消えていく。私もその後を追いつつ、エルネラの方を見る。
「じゃあ妾はそっちで待っていようk…いや冗談だよ」
エルネラが居ないと魂狩り…いや、悪気吸い?の仕方が分からないから少し焦ってしまったが、ついてきてくれるようで良かった。
「そんなに怖い顔しないでよ…」
失礼な。自分で言うのはアレだけど、首輪代わりにリボンまで結んでいてこんなに可愛い姿なのに。
私は少しぷんすかしながら歩いて奥の部屋に向かった。
質素な設計のその部屋には一つのベッドがあって、このベッドはこの教会に併設された病院の患者の中から一番死に近い人が家族と面会するために設けられたものであるらしい。
ベッドの脇には壮年のガタイのいい男が一人。彼は背中を丸めてめそめそと泣いていた。まだ、ベッドの上の人物は亡くなっていないはずなんだけど…。
彼は親との別れが受け入れられなくて自分の世界に引きこもってしまったのか、周りにいる私たちに微塵も気づいていないようだ。
彼がさっきの話に出てきたアルガンという者だろう。
ということはベッドに寝ているこのご老人が彼の父親ということか。
老人は事前情報通りかなり衰弱しているようで、かなり瘦せ細っている。
医療の素人からすると今の呼吸は落ち着いているように思えるが、たくさんの者を看取ってきた教会のシシリーさんが死にそうと判断するぐらいだから相当マズい状態なのだろう。
そんな重い空気の中、おもむろに凶器と勘違いされてもおかしくないダガーを手にするものが2人。私とエルネラである。
私の手は猫の手なので正確にはダガーを手に引っ付けている?というべきだろうか。どういう原理なのだろう?
このダガーは大抵の人間には見えないようでエルネラは大道芸のようなことをしてふざけている。
奴には人間の心は無いのか!?と思ったが、そもそも人類ではなかった。
どうやら、このダガーを寝そべっている老人の体の適当なところにグサッと刺して肉を切り分けるようにして魂を切ればいいらしい。
元人間としてはちょっと気が引けたが思い切ってダガーを刺す。私は案外サイコパスの素質があったのかもしれない。そんな自分の可能性に身震いする。
老人の反応は皆無だ。魂は刺されても痛くない、という小さいのか大きいのかよく分からない発見をしつつ、適当にザクザクと切っていく。
勿論体には全く傷はついていない。少々死体損壊をしているような気分になるがこれも生きるためだ。深く考えないことにする。
「そうそう、そんな感じで…ちょっと切りすぎかな?まあ…これくらいセーフでしょ。あとは体から余分な魂を引っこ抜くだけだね。魂は…そうだな。この袋に入れるといい」
ちょっと切りすぎたらしいが、セーフなのか…?基準がよく分からない。私は袋を受け取った。袋もまた、ダガーと同様に人の目には見えないようだ。
老人の肩に触れると、体とはなんだか違う感触の何かがあるのが感じられた。
おお!掴めるぞ!
私がそれを引っ張ると、老人の体から小さな人型の何かがずるりと出てきた。
これは!例えるなら幽体離脱だろうか。だが、出てきた魂は目の前の老人よりだいぶ若々しい。というかもはや別人レベルの外見だ。この人、若いころはイケメンだったんだなあ…。
はっ!余計なことを考えてニヤッとしていたらエルネラとシシリーさんに怪訝な顔をされてしまった。
私は軽く咳払いして、エルネラから受けとった袋に魂を詰める。袋の中に収納されたイケメンはぼんやりとした表情を浮かべながら体育座りをしている。ちょっとシュールだ。
袋の口を閉じると袋はどんどん縮み、私の手のひらサイズになった。
エルネラが袋の紐を私のリボンに通す。そうか。このためのリボンだったのか!と私は小さな発見をした。
それじゃあ、とエルネラは私を抱え、シシリーさんに手を振ってその場を去ろうとする。
そんな私たちをシシリーさんが呼び止めた。
「エル=ネ・ラ様にカムパネルラ様から伝言がございます…。『勇者教の動きがおかしい。町ではラハ=ネ・ロ様とウル=ガ・ラ様の手配書が出回り、古精霊狩りの兆し』…とのことです…」
「カムパネルラ…って誰だっけ?ああ!あのインチキ占い師か!陰謀論者め、妾はもう奴の戯言は信じないぞ」
エルネラは何か嫌な記憶を引っ張り出されたのか、ぷんすかと怒っている。カムパネルラが誰だか私には分からないが、かなりの曲者なのかもしれない。
「それが…。近年の妖精たちの失踪の件もあり…此度は戯言とも言い切れず…」
「ふん!古精霊に手を出したらそれこそこの世は終わりだ。その辺の妖精の死に起因するスタンピードと一緒にするなよ!」
そういえば、ミミックの妖精が死ぬと魔物が溢れ出てくるんだっけ。この世界では精霊と妖精は概ね同じ意味だと思えばいいのかな?
剣呑な雰囲気になってきたところで私たちは教会を後にした。
去り際に、教会の奥の部屋から「親父っ!!」と感動でむせび泣くような声が聞こえてきた。
老人が目を覚ましたのかもしれない。
まあ、私たちの知るところではないが。
帰りは行きと違ってエルネラがピリピリしていたので町の子どもたちに声をかけられることもなく…
また、街はずれで我に返ったエルネラがテレポートの魔法を使ったのですぐに帰還することができた。
帰還してまずやることはさっき手に入れた新鮮な?魂を箱に詰める作業だ。
ふたを開けてぎゅうぎゅう魂を押し付けていたらいきなりスポンと吸い込まれていった。まるで掃除機のようだ。
エルネラのアドバイスによれば、目を瞑って集中することで箱の『世界』を覗くことができるらしい。
座禅のような姿勢が効率的だというので早速試すことにする。
目を瞑ってしばらくすると雄大な自然が視界いっぱいに広がった。
そこにふよふよと漂ういくつかの魂がある。
そう、じつはちょっと削り取った魂が大きかったので切り分けたら、なんだか別の個体みたいな感じで各々動き出したのである。
これはミミックの妖精が序盤を生き抜くためのライフハックらしい。
小さくしすぎるとその分弱くなり、魔物にやられやすくなってしまうのでこれくらいの大きさが限界だ。
…とエルネラは言っていたが、そういう細かい事情とかがよく分からない私からするとちょっと同じ顔を増やしすぎな気もする。
まあ、戦力が多くて困ることもないだろう。
私が今から行うのは魂への肉付けである。
魂の状態でも少し戦闘能力があるのでそのまま魔物を狩ってもらって、MPを貯める。
しかし、このままだと魔物が沸くスピードの方が圧倒的に早く効率が悪いので、肉付けによって戦力アップし、DPS(Damage・Per・Second)をあげる必要があるのだ。
魂の見た目はみんなイケメン。それは元が同じ人間だから当たり前だけど、いくらイケメンとはいえこんなに同じ顔ばかり集まっていると気味が悪い。
…私の都合でこんなところに連れてこられた彼らには申し訳ないけれども、顔は変えさせてもらおう。
美容整形は美術の成績が5だった私にお任せあれ!…十段階評価の5だというのは秘密だ。
私の手術によってまあ、うん…見れなくもない…かな?という顔面の青年が4人生まれた。
そしてあと一人いるんだけど…ごめん。彼はなんていうか…おじさんっぽくなってしまった。
まあ、これも個性だよね!と自分に言い聞かせて現実から目を背ける。
彼らは私から解放されると、また魔物狩りを始めたので、私もしばらくその様子を見守ることにする。
エルネラが言うには序盤はよく様子を見ないといつの間にか全滅していることがあるので注意が必要だそうだ。
そして、彼らが暮らしやすいように設備を整えるのも私たちの仕事であるらしい。
私たちには、雷を落としたり雨を降らす以外にも『世界』の中限定で文明を発展させる能力が備わっていると聞いて、私はいろんなことを試している。
今は、カタログみたいな冊子を見ながら焚火をMPで生み出したところである。
MPを使って文明を発展させるというのは、彼らに知恵を授けることを意味しているらしく、焚火の創り方を彼らに伝授してもすぐには作り出さなかったので少しやきもきした。
『世界』の夜の寒さに震える彼らを見続けて、『世界』の時間で1時間くらいたった頃だろうか。
ようやく彼らが薪を集め出した。しかし、彼らには体力…あるいはスタミナの概念があるので、森の中で魔物に襲われて少々バテている様子だ。
こんな時は休める家を作らなければ…しかし、焚火の作成にすら苦労しているこの様子では近代的な立派な家は作れそうにない。
そこでカタログから木と葉っぱとツルだけで作れる家をチョイスしてみた。
ついでにMPで木を切り倒して整地も行う。
なんだかゲームみたいで楽しくなってきた。しかしMPは結構カツカツなので無駄遣いはできない。
文明を発展させるより、整地するほうが消費MPは少ないんだなあ…なんて考えていると、漸く焚火が完成した。
5人の男たちは歓喜しているようだ。男ばかりでちょっとむさくるしいけど、幸せそうで何よりだ。
家の建設も大人の男が5人いればそれなりのスピードで進み、見張り番という概念をMPで交換したことで夜襲による全滅の恐れも幾ばくか少なくなった。
私もちょっと眠くなってきたので宝物庫のじゃらじゃらギラギラした床で眠りについた。
翌日目が覚めてから思ったけど、我ながらよくこんな部屋で寝れるな。
…いや、それだけ疲れていたのか。昨日はハプニングばかりで、濃い一日だった。
そんなことを考えながら何気なく箱の『世界』を覗いた私は、『世界』で暮らす彼らのよく分からない生態に度肝を抜かれることになる…




