1日目:自分でも気づかない間に転生していた
気づいたら金銀財宝が眠る宝物庫のような場所にいた。
ここはいったいどこなのか。そして、先ほどまで自宅にいたはずの私がなぜこんなところにいるのか。
当然、私の家はこんな金ぴかな場所ではない。誰かに拉致されるような心当たりもない。
状況がよく分からない。
幸いなことに脱出口らしき天井の穴からは梯子が卸されているので、ここから逃げるという選択はできそうだ。穴の向こうは暗く、灯りもなしに進むのは少し厳しいような気がした。
だが、逃げる以前の問題が一つ。困ったことに体が上手く動かないのだ。辛うじて、四つん這いのような姿勢になっているということは分かるが、腕や足に力を込めても起き上がれないのである。
動くたびに金属同士がぶつかる音がする。
そして不思議なことに私の周囲にある全ての物は私が実際に見た、或いはイメージしていたそれよりはるかに巨大であった。
仮に私が巨人の国に迷い込んだわけではないのだとしたら、なんだか目線がすごく低いところにある気がする。
全ての物体が圧迫感を放っているように感じられる。
比較的近くにある黄金のコインも私の拳骨より大きいだろう。
だが、そんなことを考えている場合ではない。私を攫ったと思しき何者かがここに戻ってこないうちにここから脱出しなければならないのだ。
肌の感覚からして紐などで拘束されているわけではないことは分かっているが、思い通りに動けないまま暫くジタバタしていると、突然人の声がした。
「宝物庫から人間の言葉が聞こえる……まさか盗賊!?」
それは女性の声だった。声から推測すると年齢はおそらく10代後半から20代くらいだろうか。
彼女?のいう宝物庫とは私のいる部屋のことだろう。私を泥棒と勘違いしているあたり、誘拐犯ではなさそうだ。かといって助けが来たわけでもないだろう。
次第に声は大きくなり、足音からも彼女が近づいてきているということがわかる。さて、彼女は敵か味方か。
手足の自由が利かない今の私には逃げることも戦うこともできないので味方であることを切に願う。
梯子のかかった穴の奥が何かの光で照らされる。そして、穴からにゅっと生える二本の足。
当然それは人間の足だが、彼女の腰が見えたところで私の頭に疑問符が浮かぶ。
しっぽが生えているのだ。しかもゆらゆら動いているし、それは針金が入っているような不自然な動きでもない。ロボットでもなさそうだ。ということは本物の尻尾なのか?
そして案の定私が逃げることもままならないうちに梯子から降りてきた彼女の顔が見え、目が合った。
彼女は猫耳少女だった。尻尾と同じ黒い猫耳は警戒心を示している。
しばらく無言の時が続いた。沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「盗賊はいないみたいだね。同族がまた死んだのか」
彼女は不可解な言葉を残してその場を去ろうとする。宝物庫についていたその足が梯子にかかった時私の口からは自然と彼女を引き留める言葉が出ていた。
「待って!助けて!動けないの!」
彼女は怪訝な顔をして上げかけていた足を下ろす。
「同族が人間の言葉をしゃべっている……さっきの声の主は君か。それに……動けないとはどういうこと?」
彼女がこちらに近づいてくる。その姿は私が思っていたよりも巨大であった。
やはり私はサイズ感のおかしい世界に来てしまったのか。いや、それだとあの猫耳少女の存在の説明がつかない。或いは夢でも見ているのか。
混乱する私の腕を彼女が触って何かを確かめる。
「うーん…特に怪我はしていないように見えるけど……。そもそも妾たちは生まれたてでも十分に動き回れるはず……」
彼女の腕が私のお腹に伸びる。そして私は真っ黒い毛に覆われた両腕を伸ばすような形で抱きかかえられた。
そこで頭が混乱する。私の腕はこんな毛むくじゃらじゃないし、私の手はこんなネコ目の動物みたいな形じゃない。やっぱりこれは夢なのか?現実だとは思えないというか思いたくない。
「わ…私の腕が…!」
思わず弱弱しい声が零れる。
「腕…特に変なところはないけど……。……………!まさか!」
彼女は何かに気づいたようで顎に手を当てて考え事をしている。
やがて私の眼を見て徐に口を開く。
「もしかして、君は前世持ちってやつ?」
キョトンとする私に彼女は頭を搔きながら何かを言いづらそうな顔をする。
「あ…その反応だと自分の最後を知覚していないパターンか。
四足歩行が上手くできなくて人間の言葉を喋るってことは、多分君の前世は人間とか人魚あたりだと思うんだけど。……まあ、そのうち歩き方には慣れると思うよ?
それに1000年くらい生きれば人化の術が使えるようになって二足歩行の生活に戻れるからさ」
彼女はそう言って私の肩に手を置いた。
私には彼女が何を言っているかよくわからない。でも、とりあえず今の私が人間ではないということと、ここが私の常識の通用しない場所だということは分かった。そして言いたいことが一つ。
「1000年も四足歩行してたら却って二足歩行ができなくなるんじゃないかな……」
私の言葉を境に再び沈黙が続く。
沈黙を破ったのはやはり彼女だった。
「ふふっ。あはははは!状況が飲み込めてなさそうな状態から最初に放つ言葉がそれだなんて!君、変わり者だって言われたことない?」
何かが彼女のツボにはまったらしい。
「確かに、変わってるねって言われることは多々あるけれど、今置かれた状況に比べれば私の変人度合いなんて些細な事というか…」
「ごめんごめん、気を悪くしないでね。そうか、今置かれた状況が変だと感じているんだね。つまり君の前世はこの世界の人間ではなかったということかな」
私は少し躊躇いつつも頷き、肩の力を抜く。どうやら彼女の様子を見るに、色々と説明をしてもらえそうな雰囲気である。
「そうだなあ…何から説明しようか。この世界の人間が使う暦とかはまあ、説明してもしょうがないから省いたっていいよね。まずは、妾たちの種族について説明したほうが良いかな。あと自己紹介も。」
彼女は顎に手を当てて暫くブツブツと呟いていたが、考えがまとまったようで私の目をじっと見て口を開いた。
「まず、こちらから名乗ろう。妾の名前はエルネラ。種族はミミックの妖精で年齢は……1000歳より先は数えていないね。この精霊洞窟の管理をしている者だ」
なにか色々と聞き馴染みのない単語が出てきたが、とりあえずそれはスルーして名前を名乗ろうとした……がそこでエルネラが口を挟む。
「そうだ、君の名前を聞かねばならないが、妾たちには妾たちの掟というものがある。名前は二文字まで、最後に部族名の『ネラ』を付けることだ」
急に謎ルールが発生した。まあ、郷に入っては郷に従えともいうし、私の名前は幸い2文字なので問題はない。部族名とは苗字みたいなものだろうか。
「私の名前は、りお……だから、これからはリオネラと名乗ればいいのかな?」
「なるほど、リオネラか。君は妾に聞きたいことはあるか?」
エルネラは満足そうな顔で頷いている。だけど、呼び方は結局「君」なんだね…
「まず、ミミックの妖精っていう種族について知りたいな。ミミックってあれだよね。ゲームのダンジョンとかで冒険者を食べようと襲い掛かってきて致死性の攻撃を放つ宝箱の魔物……?」
エルネラは、ふむ……と暫く考え込む。説明の段取りを考えているのだろう。
「君の言うゲームというものが何を指しているのか分からないが、ミミックという魔物は確かにそういう生態を持っているな。だが妾たちは魔物ではないぞ。妖精族の一種だ。君のそのからだは精神体で、本体はそこにある。それが破壊されると死ぬぞ」
そう言うとエルネラは一つの箱を指さす。
それはなんだかボロくて人間の手のひらサイズでこの宝物庫のお宝と比較すると極端に浮いて見えるが、あれが私の本体なのか。なんだか今にも崩れそうだ。
色々ツッコミたい気持ちはあるが、これがここでの常識ならば…と喉まで出かけた言葉をのみ込む。
理解には遠く及んでいないが、深く考えずに状況を受け入れよう。そうしないと、夢か現実かも定かではないこの世界でやっていけそうにない。
そんな私をよそにエルネラの説明は続く。
「ミミックの妖精にはいくつかの部族があって、それは精神体の姿で区別される。『ネラ』は所謂、黒猫の姿をした者を指す。『ネ』という文字は体毛が黒いということを表し、『ラ』が猫ということを表す。だから、私の名前を正確に名乗るならエル=ネ・ラだ」
ふむふむ。ここまではなんとか飲み込むことができた。
「そうそう、ミミックの妖精は特殊な性質がある故に命が常に危険にさらされている。」
その情報はちょっと唐突すぎて飲み込めないかな。
「まず、ミミックの妖精は本体となる箱に『世界』を溜め込んでいる。
この『世界』には魔物が沸き、その数が増えすぎると箱が破壊され妾たちは死に至る。
妾のようにそれなりに長く生きたものは許容量が多いためそう簡単に死にはしないが……君は下手をすると今週中に死ぬことになり得るな」
「そんなの聞いてないよ!」
「まあまあ、話は最後まで聞くものだよ。妾がこうして今まで生き延びていることからも、この問題には解決策があるということが推測できるだろう?」
思わず感情が爆発しかけたが、確かにその問題をどうにかするすべは存在しているのだろう。というか、存在していてくれ。
「まず、魔物退治というのは攻撃能力を持たない種族である妾たちには不可能だ。でも、そういう荒事が得意な種族がこの世界には星の数ほどいる。君の前世の種族である人間だ。」
「なるほど?でも、魔物ってあの箱の中に住んでるんだよね……人間が入りこめるような入り口はない気がするんだけど」
「そう、当然ながら生身の人間は箱の世界に辿り着くことができない。だから妾たちはこのダガーで人間の魂をちょちょいと拝借して―――」
「まって!魂を拝借ってつまり人間を殺すってこと?その……死神の鎌みたいな感じで?」
「死神の鎌というのが何なのかよく分からないけど、安心するといいよ。魂をちょっと分けてもらうだけで別に人間を殺すわけじゃない。寧ろ延命しているから誰も損しないんだ」
「延命……?」
疑問がポコポコ湧いてくる。しかし、ここで何か反論したところで状況が好転するわけではない。
私が静かになったのを確認してエルネラは解説を続ける。
「人間に限らず、この世のほぼすべての生命体は生きているだけでその魂を肥大化させていくんだ。
そしてその魂が体…つまり器から少しでもはみ出ると、外界から引っ張られてそのままスルンと抜けてしまう。これがいわゆる死というものだ。
一度抜けた魂は放っておくと天上を目指して飛んで行ってしまうから、死者の蘇生はとても難しい。
そして、魂の膨張による死…すなわち老衰なら蘇生はほぼ不可能だ」
なるほど。この世界の死の考え方は私のいた世界とはまるで違うようだ。
「寿命が長い種族というのは魂の膨張を抑制したり魂の一部を分離する性質を持っているからエルフなどは長生きするんだ。
おっと、話が少し逸れたね。
えーっと何の話だっけ?
…そうだ。妾たちの種族はこの魂というものに干渉できる能力を持っていてね。
その力の結晶がこのダガーなんだけど、これで魂の余分なところを削って抜き取ることで疑似的に長命種が自然に行っている魂の分離ができるわけだ」
「それで結果的に人間の寿命が延びてウィンウィンってこと?」
「うん…うぃんうぃんが何なのか分からないけど多分そういうことだよ。そして、妾たちはその抜き取った魂の欠片を本体に取り込み、魂に仮初の肉体を与え、魔物狩りを代行してもらうわけだ」
「取り込まれた魂の方になにか利はあるの?なんだか、急に危険地帯に放り込まれて不憫に思えるんだけど…」
「そうだね。確かに、危険地帯に放り込んでいる…ように思われても仕方がないだろうね。でも、少なくとも妾の『世界』に住む者たちは特別不満に思ってはいないはずだ。…多分。
まず、魂のみになった時点でその存在は今までの記憶とは切り離されるから、一から人生を歩むことになるんだよ。
そして、外界の魔物より箱の『世界』の魔物の方が弱くて狩りやすい傾向にある。それこそ、君のような生まれたての妖精が生み出せる魔物など人類の敵ではない。素人が素手でも倒せるレベルだ。」
「なんかそういう言い方されるとちょっとやだな」
「まあ、深く考えても仕方がない。妾たちはもとよりそのような性質の種族なのだから」
なんだか若干腑に落ちない部分はあったが…まあいいか。
「だが、自分たちの都合に人間たちの魂を巻き込む以上、妾たちには彼らの面倒を見る義務がある。
具体的には…まず魔物について補足したほうが良いか。
外界の魔物もそうだが、『世界』に存在する魔物には核となる物体があってだな。それを一般的に魔石と呼ぶ」
「今更だけどファンタジーだね」
「魔石には力が眠っていてこれをミミックパワーと呼んでいる」
略してMPかな?
「妾たちは度々『世界』に赴き、人間たちからこの魔石を受け取り、取り込むことでミミックパワーを得るんだ」
「なるほど、それでどうするの?」
「ミミックパワーがある程度溜まると妾たちは『世界』の内部限定で超常的な力を振るうことができる。まあ、制限こそされるが、長く生きれば外界でも力を使えるようになることもある」
「具体的にはどんな感じの?」
やばい、結構絶望的な状況に置かれているはずなのに段々ワクワクしてきた。
「何もないところに木を生やしたり鉱石を生み出したり、雨を降らせたり雷を落としたり川や海を作ったりできる」
「神様みたいな感じ?」
「そうだね。確かに妾たちを神と呼ぶ宗教も人間たちの間では広まっているようだ。『世界』内部だけでなく外界でもそのような宗教はごく一部の者に信じられている。
だが一方で外界の人間たちの中には妾たちをよく思わない者もいる」
「私たちが急に襲い掛かるから…とか?」
「いや、ミミックの妖精という種族自体に他者を死に至らしめる意思がないというのは人間たちの間でもよく知られているから…まあ、多少は彼らを驚かせはするが問題はない。
問題は、妾たちの死後に『世界』の魔物が外界に放出されることだ。
『世界』に定着した人間たちの魂は元が魂であるゆえに妾たち抜きでは生きてゆけないのだが、魔物たちには魔石という核が存在しているゆえにエネルギーの循環路が自立しており、外界でも生存できてしまうのだ」
「理屈はよく分からないけど、なんかめんどくさいことになるってことは分かったよ」
「今、外界に存在する魔物のルーツは全て妾たちの種族にあるんだ。
その死が新たな種類の魔物たちの発生に結び付くから、人間たちはこちらを厄介な存在だと思いつつも手を出せない状況にある。寧ろ一部では保護活動なるものが行われているみたいだね。
妾たちを神とする宗教も、元はそういう活動を行っていた集団から生まれている。
300年ほど前に人間は妾たちの同族を狩って痛い目を見たばかりだから、多分…彼らの中の過激派も今は大人しくしているだろう」
なんだか私たちを取り巻く状況は思ったよりも不穏なんだな…。
それに、300年もたっていたら人間は過去の過ちなんて覚えちゃいないだろう。
人間と会うときは用心しなければ。
それに、エルネラと会ったとき「同族がまた死んだのか」と言っていたのも気がかりだ。
これは考えても仕方がないので質問するしかない。
「そういえば、なんで私を見て同族が死んだって言ったの?」
「ん?ああ、確かに人間からすれば奇妙なことのように思われてもおかしくないか。
ミミックの妖精というのは外界に存在する数があらかじめ決まっていて、今存在している誰かが死ぬと君のように新しい子が生まれるんだよ」
「ふーん」
つくづく不思議な生態をしているんだなあ。
「それにしてもここのところ50年はよく死んでいるよ。反応が消えたのはみんな生まれてから100年以内の子だからまあ、死んでも特別不思議な事ではないけどさ」
急に室温が下がったような錯覚がした。エルネラは気づいてないみたいだけどそれ、多分陰謀的な何かが渦巻いてるよきっと。
私の考えすぎだと良いんだけど、今の話の流れだと不穏すぎないか?
私の暫定第二の人生?はどうなってしまうんだ。
「ちょっと心配だから最初の魂狩りは妾も同行しようか」
「え、魂狩り…ああ、うんお願いします」
魂を狩ることに馴染みが無さ過ぎて一瞬ポカンとしてしまった。
だが、妖精としての生が長いエルネラの同行を断る理由はない。お言葉に甘えるとしよう。
そもそもどうやって魂を削って回収するのかもよく分からないからね。
「そうと決まれば、まずは教会に連絡して、死にかけの人間を探すとしよう」
こうして私は私が生まれた地である宝物庫を後にするのであった。




