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最終話 子羊はハンターの檻の中で油断した

「夕食でも一緒にどうだ?」


 休み明け、駅で待ち構えていた先輩に捕まり駅から会社まで一緒に歩く事になってしまって顔を顰めた。まさか朝から待ち構えているとは思わなかった。


「……あの、まだ体調が万全じゃないので」

「ああそうか。なら金曜辺りでどうだ?」

「週末は実家に帰るよう母に言われまして」

「じゃあランチにするか?」

「お弁当派です」


 ランチバッグを持ち上げてそう伝えれば、ジロリと睨み降ろして来た。


「そもそも、何故食事を?」

「君が気になるから」

「……あの時はお世話になりました。お陰様で随分良くなりました」

「そのようだ。それで?いつなら行く?」

「はあ……。木曜日、会社近くの食事処で良ければ私がお礼に奢ります」

「支払いは俺が」

「いいえ。お礼に是非奢らせて頂きますので、木曜日に会社近くの食事処でお願いします」


 冗談じゃない、これ以上先輩に借りを作って堪るか。


「わかった。木曜だな?」

「はい、木曜です」

「定時終了できるのか?」

「勿論です」

「念の為に連絡先を」

「総務部第一部署」

「はあ……。わかった」


 そして先輩と一緒に出社した為、週明け同伴出勤か!?と騒がれ、面倒事がまた増えた。あの野郎、絶対許さない。

 体調が万全じゃないと言う理由で部署から出ずに一日を過ごしたら、わざわざ昼休憩中に同期が押し掛けて来て先輩の事を吐けと言われ。涙混じりで『今朝駅で待ち伏せされたの。怖かった……』と語っておいた。

 そして、噂が社内を巡った辺りで見知らぬ女性から因縁を付けられ、わざとらしくぶつかられたりを一通り経験し。初めてあの先輩が人気者なのだと知った。

 くたばれ。


「定時のはずだったよな?」

「スミマセン、何故か毎日帰社時間二、三分前になると急ぎの仕事が入るようになりまして」

「要領が悪いな」

「テメエのせいだよ」

「なに?」

「はい?」

「今何か言っただろう?」

「別に何も言ってませんが?」


 帰社する人たちでガヤガヤとうるさいので、流す事にしたらしい。


「行こう」

「はい」


 会社から徒歩五分の所にある食事処は、ランチの時間も同じ会社の人で溢れ返ると聞いていたけど、これは。


「混んでるな」

「そうですね。あ、あそこ空いてます」


 さっさと空いている席に歩いて行き、どすんと腰を降ろせば先輩もやって来て隣に座った。カウンター席なので目の前に張り出されているメニューを見ながらおしぼりで手を拭いていると、何がお勧めなんだと聞いて来る。


「全部美味しいと聞いてます」

「……君は何を?」

「そうですね……、煮魚定食」

「なら俺もそうしよう。煮魚定食二つ」

「はい、お待ち下さい」


 カウンターの奥で忙しなく動き回っている女性に声を掛け、一息吐いた。


「ここはいつもこうなのか?」

「さあ?私はいつもさっさと帰宅するタイプです」

「そうか。自炊を?」

「まあ」

「偉いな。俺はもう諦めた」

「そうですか」


 会話を楽しもうとするでもなく、淡々と切り返しているだけの返事で満足なのだろうかと心の中で首を捻る。


「なあ、本当に体調は大丈夫なのか?」

「はい。随分良くなりました。ありがとうございました」

「ああ、いやいいんだ。どうして倒れたんだ?」

「……無理なダイエットのせいですかね?」

「なるほど、きちんと食事をしなかったのか」

「まあ」


 ひょいっと肩を竦めながら答え、そろそろあの質問が来るだろうかと身構える。


「手首と肩は大丈夫だったようだな?」

「はい。元々しゃがみ込んでいたのが幸いしたようで、大した事無かったです」

「そうか」


 あっぶねーっ!

 今朝弟に言われてなきゃすっかり忘れてたわよ。良かった、本当に良かった。


「なあ、君はあの時、」

「お待たせしましたー。煮魚定食です」


 何を言おうとしたのかは判らないけど、ナイスタイミングで運ばれて来た煮魚定食を両手を出して受け取り、では早速と食べ始め会話が途切れた事にほっと胸を撫で下ろした。

 二人でさっさと食べ終え、支払いは「お礼ですから」と押し通し、挨拶をして店を出る。


「送って行こう」

「ああいえ、たぶんそろそろ弟が来てくれるので」

「過保護だな?」

「そうですか?でも、途中で倒れてしまって見知らぬ誰かに迷惑を掛けたらいけないからと」

「ああ……、なるほど」

「はい。あ、いたいた」


 駅に行くには一度会社まで戻る必要があるので、会社前で待ち合わせをしたのだ。

 ここの所続く残業を考慮して時間を伝えてあったので、あまり待つ事は無かったと思うんだけど。


「お迎えありがと」

「ああ。こんばんは、先日はどうも」

「ああ。君はいくつかな?」

「二十四です」

「勤めてはいないのか?」

「院生ですよ。教授の手伝いであちこちで働いてます」

「なるほど。それで自由に動けるのか」

「まあ、姉の体調を考慮したら動ける俺が動くべきかと思いまして」

「あの、本当にあの時はお世話になりました。どうもありがとうございました!」

「あ……、ああ、いや、いいんだ」

「それじゃ、お先失礼します」

「失礼します」


 そうして、弟と二人で帰宅し、勝利の乾杯をする。


「また何か声掛けてくると思うぜ?」

「なんでよ」

「悔しそうな顔してたから」

「……勘弁してよ」


 あの食事処に木曜に二人で行くと情報をリークしたのは私だ。お蔭で面白がった会社の人達で店内が埋められており、私達の会話は丸聞こえだった。席が二つ空いていたのも偶然じゃない。


「まあでも、これで意地悪が減ってくれると嬉しいんだけど」

「それは無理だろ。ま、それは諦めろ」

「冗談。相手が好きな相手なら戦うのも有りだけど、何とも思ってないどころか二度と関わり合いになりたくない男なのに」

「なら見た目を良い女にするんだな」

「アンタ、遺伝子に喧嘩売ってんのっ!?」

「化粧と乳パットで誤魔化せよ。女を黙らせるならそれが一番だ」

「……弟が何か違う方向に育ってる気がする」

「まあほら、犯罪心理学に興味持ったぐらいだから」

「そうね、その通りね」


 そして、次に声を掛けて来るとしたら何と声を掛けて来るかを弟が予想し、付き合う気が無いなら受けない方が良いとアドバイスをされたけど。


「最初っから圏外よ」

「……ふと気になったんだが姉よ」

「なんだ弟よ」

「どんな男が好みなんだ?そういや色恋沙汰に無縁で過ごしてるよな?」

「いや?これでも一応色々あったわよ?」

「見栄か?」

「ちっげーよっ!」


 ドスッと音を立てて弟の足を蹴り付ければ、顔顰めた弟が「いつだよ」と重ねて聞いて来る。


「付き合ったのは二人。家族に絶対ばれないように付き合った」

「だからいつだよ」

「……高校の時よ」

「遥か昔じゃねえか!」

「ほんの二、三年前じゃない」

「…………弟相手にサバ読むか」


 そうして笑い合って、まあ確かに遥か昔……、いや、遠い昔だなあと懐かしく思い出してしまった。学校から駅まで一緒に歩くだけの付き合いと言うか、まあ、そんな可愛らしいお付き合いだったわ。


「まあいいか。それなら一応対処は出来そうだな」

「まあ。一応誘いはあったし?」

「へえ?初耳だ」

「……それなりにね」

「じゃあなんで発展しなかった?」

「…………私の好きなタイプはね、キラキラしてる王子様タイプだから」

「あー……、そりゃ日本にはいねえな」

「その通り」

「海外に行くか?」

「やだ。ご飯がないと嫌」

「結婚する気は?」

「ない」

「マジか。女の大多数は憧れるんじゃねえの?」

「ドレスには憧れるけど、結婚には憧れた事が無い」

「枯れてんなあおい」

「だって、結婚したら面倒事が増えるだけじゃない?」

「子供は?」

「……折角子宮を持って産まれて来たから産んでみたいけど、育てる自信は全くないから産まない」

「ああそう……」


 自分でも枯れてるって解ってるけど、仕方がないじゃないか。

 

「弟としては色々心配になるな?」

「大丈夫。老後の計画までバッチリだから」

「そこじゃねえよ」


 くそ。どうせまだ処女ですよ、潔癖ですよ。

 いいじゃない、そんな女がいたってさあ。


「まあいいか」


 明日はまだ仕事がある。弟も一限目に手伝いがあるのだと言って、話しを切り上げ早々に眠りに付いた。

 

 その後、弟の言う通り何故かしつこく先輩が誘って来るようになり、言い訳も尽きた時に水族館にデートに行く事が決定してしまい、その水族館で何故か彼女を連れた兄とバッタリ遭遇したり、再び言い訳尽きた時に出掛けたスポーツ施設で偶々遊びに来た同僚達とバッタリ遭遇したけど、それでも懲りずに先輩は何度も何度も誘いを掛けて来た。


 そうしてゆっくりと進んで行く内、最初のあの魔法は何だったのかと言う話しが有耶無耶になって行ったのだが。


「そう言えば、あれって結局何だったんだろう?」

「あれ?」


 男の押せ押せの姿勢に周囲の女性が諦め、逆にどうして付き合わないのかと言われるようになってしまい、それに辟易しながらも何とか業務を熟す日々だ。


「そう、ええと、英語の呪文?」


 平和な日々を過ごす内、どうやらすっかり初心を忘れてしまったらしい。

 ミモルトゥのハンドルを握る男が、その言葉を聞いた途端にニイッと笑ったのを見て『しまったっ!』と慌ててももう遅い。


「ははは、やっぱりな。あの時見てたんだな?」

「……………………」

「無理矢理喋らせる呪文もあるぞ?」

「っ!?」


 両手で口を塞ぎ、目を見開いて抗議をすればどうやら視界の隅には入ったらしく男は上機嫌に笑い始めた。


「なあ、相談なんだが」

「んん?」

「俺達付き合い始めてもう一年経っただろ?」

「付き合ってないけどっ!?」

「そうか?でも二人でデートしたよな、たくさん?」

「あ、あれは、断り切れなかったって言うか」

「既に会社内では公認だし?」

「それは貴方が時と場所を考えてくれないからっ」

「最初に邪魔をして来た兄弟も黙認してる」

「そ、れは、」

「それで最初に戻るが。一年経ったよな?」

「……ソウデスネ」

「今日は泊まりでいいよな?」

「いいえ駄目です帰ります無理ですごめんなさい」

「そろそろ更に仲を深めたいと思っていたんだ。一晩中話しをしようか」

「あっ!そう言えば今日は」

「用事はねえだろ」

「……きゅ、急用が」

「入ったら送って行く」

「……………………」

「何か質問は?」


 前を見ながらそう聞いて来た男を睨み付けた。


「くたばれ」


 これ以上は無いくらいに上機嫌な男の笑い声を響かせながら、ミモルトゥは子羊を乗せたまま夕闇の中に消えて行った。


 子羊は朝陽に目を細めながら思う。

 ファンタジーは恐ろしい、と。




11/24.先輩視点の蛇足篇をupしました。

お時間がありましたならお付き合い下さると幸いです。

http://ncode.syosetu.com/n4753cz/


よろしくお願いします。

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