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第57話 中日広島戦、1977年

「背番号20、星野仙一。ユキナガくん、この人は有名な投手なの?」


「有名だよ。中日ドラゴンズのエースナンバーを引き継ぐ、ナゴヤの『燃える男』。この年1977年は18勝する。僕の前世では彼が監督の時代に面識があった。若いなあ星野さん」


 中日ドラゴンズと広島東洋カープの試合が始まった。太鼓の音が賑やかに響き渡る。

 先攻カープの一番バッターは衣笠祥雄。


 4球目のスライダーをひっかけてサードゴロに打ち取られた。

 拍手が球場を包む。指笛がなる。


「お祭りに来たみたい」

 ハツがつぶやいた。彼女が初めてみるプロ野球。


「4シーム自体は、星野仙一よりユキナガくんのほうが速くない?」

 ハツが尋ねた。


「彼は何度か肘を故障していて、球速は落ちていたかもね。星野さんは『気迫で押しまくる変化球投手』だよ」


 1回表を星野が0点で抑える。

「仙さーん、日本一!」


 ハツの隣の席のおじさんが立ち上がり叫んだ。


 ハツはおじさんをジーっと見ていた。おじさんもハツをジーっと見ていた。


 広島東洋カープの先発は北別府学。ユキナガは彼のことも知っている。

「『精密機械』北別府さん。このころはまだ2年目とかかな。うわあ、すでにコントロールがえぐい」


 1回裏、中日の攻撃も0点。


 2回表、先頭の山本浩二が快打を放つ。

 打球はレフト方向に飛んで、落ちた。


「おーこれはナイスバッティング。……あ! 二塁行った! 行けるの、この打球で? わ、全然余裕だった」

 ハツがはしゃぐ。山本浩二の好走塁に小さく拍手した。


「足速くないですか、山本浩二?」


「速いよ。本塁打を40本打つだけでなく、盗塁も年間20くらい記録している。走れるタイプの四番打者だ」


「いい選手ですね」

「僕はいま星野仙一と山本浩二の現役時代を見ている。あらためてやばい」


 ハツはユキナガのほうをちらっと見た。

「君が望む言葉をわざわざ言うのがなんだかシャクにさわるのだけれど」

「何さ?」


「野球みるの面白い!」

「でしょ」

 ユキナガは微笑んだ。


「ハツはきっと喜んでくれると思っていたよ。君は野球をよく知っているから。問題はあっち」

 ユキナガは、他の未来人たちが固まって座っている席の方を見た。


「さて、行ってみるか」


 ユキナガは移動した。そして重臣たちに一個一個プレーの説明をした。


「なんで今の人はタッチされていないのにアウトなの?」

「うわあ、タッチプレーと、フォースプレーの違いをその場で説明するのは結構難しいなあ。でも僕はやる。僕はいま野球の伝道者」


 ロッテおばさんも聞いてくる。

「ユキナガくん、ユキナガくん。あの両手でわちゃわちゃわちゃとやっているのはなあに?」


「ブロックサインと言ってですね。監督の作戦指示を、手を使った暗号で伝達しているんですよ」


「あんなに長々と?」

「ダミー動作のなかに、本当のサインを紛れ込ませています。確かに長いですね。このころが一番長かったのかな」


 みゆみゆはなんだか静かだった。

「正直何をやっているのかわからぬ。ユキナガに何を聞けばいいのかが分からぬのじゃ」

「ミユには合わなかったか」


「客席が盛り上がる姿を見ているのは好きなんだけどね。向こうのさ、遠―くで見ているお客さんは何が起きているか分かるものなのか?」


「全部は分からないことがあるよ。それでもいいんだ。極論、野球を一切知らなくとも騒いでいい場所なんだよ」

「不思議な空間じゃのう」


 ヒメネスが立ち上がったタイミングで、ユキナガは彼女を追いかけた。


 少し彼女とも立ち話。


「人気の娯楽なんだなというのは分かったよ、ユキナガ氏。この場所の雰囲気はとてもいい。胸が躍る。野球のルール自体はなかなか理解が難しいけれど、どうしてこういうルールになったのか想像するのが楽しい」


「こういうのってやっぱり人間に必要だと思うんです。ところでツアー参加者ってあそこに座っている人たちで全員ですか?」

「君たちを除けば、そうかな」


「そうなんだ。じゃあどこ行ったのかな? 一ノ瀬さんという人がいるはずなんですけど。アゲハ船団の。リンドウ丸にもたまに出入りしている」


「ふうん、ガールフレンド?」


「全然そんな感じではなく、まあただの友達です。まさか球場でも本を読んでいるのかな。ありえるな」


「どこかでそれなりに面白く見ていると思うよ『全然そんな感じじゃない』一ノ瀬さんも。ではわたしはこれで失敬する」


 ヒメネス博士はちょっと機嫌が悪くなったようだ。


「え、あれ? 僕なにかまずいことをいった?」


 彼女は顔をしかめてユキナガをじっと見て、それからあっちに行ってしまった。

「なんだろうか、いったい」


 ハツの方を見ると、さきほど野次を飛ばしていたおじさんから生ビールをおごってもらっているようだった。あっちはあっちで大丈夫か?


「ユキちゃん」


 ユキナガのところへ、じとーーーっという目つきとともに一ノ瀬アンが近づいてきた。彼女もなぜだか機嫌が悪そうだ。


「あ、いたいた。どう、野球のルール分かる? 教えよっか?」

「わたしは結構です。それよりも一緒に来てもらえますか?」


「へ、どうして?」

「ムニョス男爵が個人的にあなたの説明をご所望されています」


 アゲハ船団の最高司令長官ムニョス。

 ご所望と来たか。うわー、やな予感。ユキナガは思った。

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