表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/36

揺れる想い

登場人物設定を第一部分に投稿させていただきました。

 長椅子に寝かされた私に、覆い被さるように膝をついた彼の顔は、部屋の中が薄暗いせいでよく見えなくて。

 見たことのない彼の姿に、冷や汗が背中を伝う。


「……それで、あんな場所で君達は何をしていたと言うんだ?」

「っ、助けていただきました。本当に、それだけです」

「嘘を吐くな!」

「!?」


 彼が声を荒げる。

 聞いたことのない怒りと大声に、私は息を呑み、彼を凝視してしまう。

 そんな彼は、自身の襟元に手をやって言った。


「あいつが……、あいつに限って、誰かを助けるなんて真似はしない!」

「……でも私は、助けていただきました」

「君は一体どっちの味方なんだ!」

「もちろん、王太子殿下の味方です」


(私は嘘を言っていない。私を、信じて)


 そんな思いを込めてじっと見つめてみたけれど、それは彼にとって逆効果だったらしい。


「じゃああんな薄暗い部屋で二人きりで何をしていたんだ!」

「お話をさせていただきました。私の役目を、きちんと果たすために」


 私の役目は、貴方の敵と味方を見極めること。

 そして、レスター様は……。

 そんな私を、目の前にいる彼は失笑した。


「役目を果たす? 僕の婚約者という役目を果たすのに、僕の敵の派閥と話をして何になると言うんだ!」

「ですが、レスター様は私を」


 公爵様から守って、と正直に話そうとした言葉は潰える。

 それは彼が私の顎に手をかけ、彼の方を向かされたから。

 そこで初めて、彼の表情を見る。

 ……悲しげに顔を歪めた、彼の顔を。


「……レスターには名前で、僕には敬称なんだね」

「っ、それは」

「なら呼んでみてよ。“ハロルド”って」

「……っ」


(言えない)


 だって、その名前を呼んでしまったら私は。

 そんな私の一瞬の躊躇が仇となる。


「……言えないんだ」


 そう呟いた彼の金色の瞳が怪しげな色を帯びた、刹那。


「!?」


 より彼の顔が近付く。

 鼻先が触れてしまいそうなくらいの距離まで詰め寄った彼は、私の瞳をじっと見つめて言った。


「君の気持ちはよく分かった。

 なら婚約者らしく、僕しか見えないようにするしかないね」

「え……、っ!?」


 刹那。唇に温かなものが触れた。


「っ……、っ!?」


 それが何かを理解した瞬間、ドンドンと彼の胸を叩くけれど、彼はそれに動じるどころか私を離さないとばかりに、いつの間にか頭に回った腕が許してはくれなかった。


(どうして……)


 嫉妬や苛立ちから来るのだろうその感情をぶつけられるように長く口付けられるけれど、それは決して荒々しいものなどではなく、優しいものだった。

 本当に私のことを、想ってくれているかのように。


(けれど私は)


 そんな貴方と一緒にいてはいけない。

 許されるはずがない、そう思うのに。


(この口付けを嫌と思わない。それどころか、嬉しいと思ってしまう自分は)


 矛盾している上に、何て愚かで、何て罰当たりなのか。

 彼の胸を叩いていた腕に、力が入らなくなる。

 力なく下ろした手に気付いたのか、彼が瞳を開けて……。


「っ!」


 バッと私と距離を取った。

 頬を伝う感覚がして、自分が泣いていることに気付いたのは、彼が悲しげに顔を歪めてからで。


「……本当に、ごめん」


 そう力なく掠れ気味に紡がれた言葉に、私は首を横に振ろうとしたけれど出来なかった。


(違う、違うの)


 この涙は、貴方のせいではない。

 口付けが嫌で、泣いたわけでもない。

 むしろその逆で嬉しかった。

 たとえ記憶がなくても、もう一度私を選んでくれたことも、何より嬉しかった。

 だけど。


(そう思ってしまう自分が、許せない)


 きっとこの手を伸ばせば、貴方は私の手を再び取ってくれるだろう。

 けれど、私はその手を一生繋ぎ続けていることに罪悪感を感じ、彼の隣で記憶が戻ることに毎日怯えて過ごすことになるのは間違いない。


(だって私は)


 ただはらはらと涙を流すことしか出来ない私の身体を、彼は優しい手つきでそっと起こしてくれる。

 そして、私の涙に手を伸ばして……、ピタリと静止してしまった。


「……嫌だよね。僕は、何てことを」

「……っ」


 違うの、とは言えない。

 だってそう言ってしまえば、きっと胸に抱えたこの想いは溢れてしまうから。


(私が彼の名前を呼べないのも、同じ理由)


 私達は仮の婚約者。

 その関係でこの距離感は、近付き過ぎた。


(私達は別れなければいけない)


 そうでないと、私の罪は。


「……また君は、僕から離れて行ってしまうんだね」

「……!?」


 彼の言葉に、ハッと目を見開いた。

 そう言った彼の切なげな瞳を見て、愕然とする。


(まさか、貴方……)


「……ごめん。馬車まで送る」

「……はい」


 辛うじて返した言葉は、らしくもなく掠れてしまって。

 急激に喉が渇くのと同時に、景色が暗転する。


(あれ……)


「……クレア嬢?」


 折角彼が起こしてくれた身体が、再び長椅子に沈む。


「クレアッ! クレア……!!」


(あぁ、やめて)


 その名前を、呼ばないで。

 でないと、私。

 この気持ちが、簡単に揺らいでしまうから―――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ