前世:揺るがぬ決意
「来週、隣国の第二王子の誕生日パーティーが行われる。
そこでお前を婚約者として紹介する予定だ。そのつもりで準備をしなさい」
そう告げられた国王陛下の言葉に、私は凛とした口調で告げた。
「お待ちください、国王陛下」
その言葉に、国王陛下は私に見向きもせず踵を返して言う。
「私は忙しい。どうせ婿に迎え入れるのは嫌だと我儘を言うのだろう」
「えぇ。そうです」
いつもだったら国王陛下の圧を前に、ここで引いてしまっていた私。
だけどもう、この想いを譲ることはしない。
(決めたの。私は、自分の力でこの国を導いてみせると)
そして、約束したから。彼と共に生きるって。
「……いつになったらお前は諦めるのだ」
「諦めません」
「お前に何が出来ると言うのだ! お前を立派な王妃とすることを、お前の母親である亡き王妃と約束したんだ! その約束をお前自身が違えるというのか!」
国王陛下は変わられた。
王妃殿下……お母様が亡くなってから、私により一層厳しく接するようになった。
それは、息絶える寸前お母様が私に言ってくれたからだ。
『王族として生まれたことを誇りに思い、この国をより良い方向に導いていきなさい』と。
(きっと王妃殿下……お母様には私の気持ちはお見通しで、そう言ってくれたんだわ)
だから、私は。
「恐れながら国王陛下。亡き王妃殿下が私に託された遺言は、『王族として生まれたことを誇りに思い、この国をより良い方向に導いていきなさい』というお言葉です。
つまり、私に一言も王妃になれ、とは命じておられません」
「!」
背中を向けている国王陛下の肩が跳ねる。
国王陛下は更に声を荒げた。
「ならお前は何になると言うのだ! ……まさか、この国の女王になるとでも言うのではあるまいな?」
国王陛下の言葉に毅然とした態度で迷いなく頷く。
「はい。私は、この国の女王となり、己の役目を……、王妃殿下との遺言通りにいたします」
そう口にした私に、国王陛下は怒鳴るように言った。
「ならん! そもそも女が国を統治するなどもってのほか! 私は認めんぞ!」
「国王陛下」
私がそう呼んでも、国王陛下は用は済んだとばかりに歩いて行ってしまう。
(……それではダメ。これではいつまで経っても変わらない)
王妃殿下が何者かに殺された今、この国は混迷の一途を辿ろうとしている。
そんなこの国を他国の王子に任せるなど、私は許さない。
「……国王陛下」
何度呼んでも振り返らないその背中に向かって、私は……。
「こちらを見てッ!!!」
「!?」
強く念じるように訴える。
刹那、今までこちらを見ることのなかった国王陛下が私に目を向け……、ハッと息を呑んだ。
「……クレア、まさか」
驚く国王陛下に向かって、私は静かに告げる。
「……お分かりになりましたか。この気持ちは我儘などではなく、私の本心です。
誰にも……、たとえ国王陛下であるお父様にも、この気持ちは譲れません」
「っ!」
お父様は息を呑む。
私は一度瞼を閉じ、ゆっくりと目を開けてから口を開いた。
「どうか婚約のお話、お考え直しを。国王陛下」
「……やはり、第二王子殿下の誕生日パーティーへご出席されるために隣国へ向かわれるのですね」
そう呟かれた言葉に顔を上げた私は、彼が悲痛な面持ちでいることに気が付く。
その顔を見るに、私が第二王子殿下の婚約者として発表されるという話を知っているのだろう。
(そんな顔をしないで)
私は立ち上がると、彼の頬にそっと手を当てて言った。
「大丈夫よ。今生の別れではないのだから。
それに貴方は、今回も私と共に隣国についてきてくれるのでしょう?」
その言葉に、彼は頷き口にする。
「私は貴方様付きの騎士ですから」
「ふふ、そうね。嬉しいわ。
……貴方がいてくれることが何より心強いの」
私の願いを彼は知らない。
……いえ、彼ならもしかしたら口にしなくても気付いているのではないかと思う。
でも、直接口にするのは、その願いをきちんと叶えてから。
(そうしたら、私が伸ばした手を彼は取ってくれるかしら)
騎士としてではなく、私の横に並び立つものとして。
彼には才能も素質も、十分に備わっているから。
「……ハロルド」
「!」
彼の唇に、自身の唇をそっと重ねる。
そしてゆっくりと離すと、金色の瞳をじっと見つめて口を開いた。
「私を信じて」
「……!」
(私と共に生きる未来を、諦めないで)
そのためにも、何が何でも私の隣国への招待を有意義なものにしなくてはならない。
(上手くいけば、私の味方を増やす機会ともなり得る)
私は、国王陛下の言う通りまだまだ小娘だ。
これから先どんなに頑張っても、国王陛下のような威厳は出ないかもしれない。
それでも。
(私は、何よりこの国が好き)
この国も、民も、家族も、仕えてくれている侍従達も、騎士も。
そして。
「貴方のことが大好きよ。ハロルド」
「……!」
彼の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
その涙をもう一度顔を寄せて拭ってから口にした。
「でも一つだけ、我儘を言わせて。……私の名前を呼んで」
「で、ですが」
「お願い」
(貴方の存在が、言葉が、私の力になるの)
じっと彼を見つめれば、やがて彼は小さく口にした。
「……クレア」
「!」
そう恥ずかしそうに口にした彼は、私にその顔を見られまいと再び唇を重ねる。
そんな彼に身を委ねながら、私は改めて気を引き締めた。
(私は、私の手でこの国を……、貴方も守り抜いてみせる)
私が愛した者達を、何人たりとも決して奪わせはしない。
絶対に。―――




