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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第二章 北天燃ゆる 〜土方歳三の生涯〜
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第五十三話 一歩を刻み、そして

 鬼と謳われた頃がある。

 白刃の下を潜り抜け、京都を震え上がらせていた頃だ。

 鳥羽伏見以来、久しく忘れていた気がする。

 銃が主力武器となり、それに見合った戦術に染まったからか。

 だが今の歳三は京都の頃に戻っていた。

 刀のみを頼りとした鬼の副長である。


「おおおお!」


 上段からの一撃を防ぐ。

 のみならず逆に圧し返した。

 間髪入れず別の相手が来る。

 右からだ。

 銃剣が得意ではないのか、西洋刀(サーベル)を抜いていた。

 右胴を狙った横薙ぎが歳三を強襲する。

 素早くこれも受けて立つ。

 鋼と鋼が噛み合い、ギャリリと鳴った。


 "鍔迫り合いには持ち込ません"


 足が止まれば歳三の負けなのだ。

 十五人ほど倒したが、まだ敵は残っている。

 足が止まった瞬間、複数の敵に囲まれれば終わる。

 故に受け流し、相手をつんのめらせた。

 剛から柔への見事な切り替えだった。

 この時鋭い突きを入れ、相手の左足へと一撃入れた。

 深追いせず後退。

 この時には周囲の他の敵へと意識は向けている。


「まだ倒せないだと」


「二十人以上で包囲しているんだぞ、何でだ」


「怯むな、いくら土方歳三と言っても人の子だ。この人数でかかれば倒せないわけがない」


 新政府軍の兵士達も馬鹿ではない。

 歳三の奮戦に戸惑ってはいるが、まだ冷静さを保っている。

「やるじゃないか」と歳三は呟いた。

 単純に賞賛したのだ。

 恐慌に駆られ逃げ出すと予想していたのに。

 左頬を拭う。

 袖が血で赤く染まった。

 返り血ではなく、自分の血だ。

 いつの間にか頬を掠められたらしい。


「痛みを感じる暇も無かったか」


 自分の前にはまだ十人以上の兵がいる。

 この兵達の向こうを見ると、まだいた。

 後方で更に多数の兵が小銃を構えていた。

 前衛と後衛の二段構えだ。

 釘付けにされている間に、陣形を整えられてしまった。

 歳三の視線に気がついたのだろう。

 下士官らしき男が口を開いた。


「たった一人で斬り込んで、ここまでよく戦った。さすがは音に聞こえし土方歳三。新撰組の恐ろしさ、とくと見せてもらった」


「そうかい」


 歳三は無愛想に答えた。


「降伏しろとは言わん。余りに被った損害が大きい。ここで」


 男が合図する。

 スッ、と前衛の兵達が構えた。

 その場の空気がピンと張り詰める。

 拍子を合わせるように、歳三は左手で脇差しを抜いた。

 右手に兼定、左手に脇差しの二刀流だ。


「死ね!」


 号令一下、殺到してきた。

 犠牲覚悟の特攻だ。

 蟻の這い出る隙も無い。

 それでも尚、歳三は諦めなかった。

 地面に身を投げ出し、最初の攻撃をかわす。

 この体勢から夢中で脇差しを振るった。

 攻撃を弾いた感触が手に残る。

 反動を活かし、そのまま跳ね起きた。

 右手一本で兼定を振り回す。

 全てを巻き込む勢いで、敵を寄せ付けない。


「こんなところで」


 踏み込んだ。

 疲労で息が上がっている。

 そんなことは承知している。

 それでもまだ身体は動く。

 動かしてみせる。


「官軍参謀府まで」


 右手で突きを繰り出した。

 正面への二段突きだ。

 首筋、それに左肩に入った。

 同時に自分もやられた。

 右胴と左足に斬りこまれた。

 動きが止まった瞬間をやられたか。

 どんな傷か確かめる暇も無い。

 構わず、更に一歩前へ。

 体当たりのようにして、左の脇差しを叩き込む。

 前方が開けた。


「まだだ、まだ終わりじゃない」


 歳、と誰かが呼んだ気がした。

 この呼び名は近藤さんか。

 はは、何だ、あの世から俺を呼んでいるのか。

 悪いけどな、まだそっちには行けないんだ。

 俺はまだ戦うんだよ。


「届け」


 土方さん、と誰かが呼んだ気がした。

 今度は総司か。

 お前まで俺を呼ぶのかよ。

 まったく、大人しく待ってろ。

 ああ、さっきの二段突きは見たか? 

 お前の三段突きには劣るけどな、今の俺の精一杯だ。


「届け……」


 一歩が。

 次の一歩が遅い。

 膝が落ちる。

 踏み留まろうとしても落ちてしまう。

 終わりか。

 土方歳三はここで終わりか。

 違うだろう。

 まだ前に進めるだろう。

 新撰組の誠の旗は……俺にかかっているんだぞ。


「進め……」


 傷が疼いた。

 出血と共に力が抜けていく。

 視界がぼやける。

 自分の体がどんな動きをしているのか分からない。

 けれども一歩を。

 全力の一歩を踏み出すんだ。

 ほら、まだ行けるじゃないか。

 歳三がよろりと更に踏み出した時だった。

 ドドドン、と銃声が聞こえた。

 重い衝撃が歳三の体を貫いた。


 "撃たれた"


 それだけは分かった。

 認識を更に銃弾が塗り潰す。

 これでもかとばかり、新政府軍は小銃の引き金を引いた。

 目の前の男がそれほどまでに怖かったから。

 灰色の硝煙が上がる。

 火薬のきな臭い匂いが辺りを満たした。

 明らかに過剰な火力が歳三だけに集中された。

 歳三の肉が、骨が、血が、意識が、ばらばらになっていった。


「……殺った?」


 恐る恐る誰かが言った。

 歳三は前のめりに倒れている。

 ぴくりとも動かない。

 当然だろう、数十発の弾丸を浴びて生きている人間はいない。

 だんだら模様の羽織は穴だらけになっている。

 体のあちこちからは血が流れ、赤い染みが徐々に広がっていた。

「見ろよ」とまた誰かが言った。

 震える指で歳三を指差している。


「死んで尚、前に進もうとしているんだ」


 倒れ臥しながら、新撰組の副長は右手を前に伸ばしていた。

 土を掴み、這ってでも進もうとしているかのように。


 明治二年(=西暦1869年)、五月十一日。

 土方歳三、死去。

 享年、三十五歳(数え年による)。


 榎本武揚はこの六日後、降伏を申し出た。

 五稜郭は新政府軍の手に落ちた。

 鳥羽伏見より続く一連の旧徳川幕府の抗戦は、ここに終結した。

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