↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第二章 北天燃ゆる 〜土方歳三の生涯〜
PR
52/54

第五十二話 独り刃を振るう時

 兵達を一本木関門に置いてきたのは、深い理由あってのことではない。

 新政府軍には予備兵力があるのは必定。

 その為の備えはしておきたい。

 ただそれだけのことである。


 "単騎の方が案外上手くいくかもしれん"


 万が一ということもある。

 自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせた。

 馬を進めた。

 函館の町が見えてきた。

 同時に喧騒も増してくる。

 第一陣が敗走したことはもう知っているはずだ。

 ならば、次は確定だ。

 第二、第三陣を繰り出してくるだろう。


 "果たして何人斬れるかな"


 歳三は馬を止めた。

 武器は右手の兼定のみ。

 これ以外に命を託す気は毛頭無い。

 その時、潮風が吹いてきた。

 白い朝もやが払われ、視界が広がった。

 まずい。

 この辺りには身を隠す場所も少ない。

 灌木がぱらぱらと存在する程度だ。

 歳三の姿はまる見えだろう。

 思った通り、すぐに発見された。


「いたぞ、あの騎馬兵だ!」


「たった一人とは見上げたものだが、ここまでだな」


「蜂の巣になって終わりというのに」


 聞こえてくる声は警戒と嘲りが等分に混じる。

 何人いるのか数える気にもならなかった。

 十分に距離も取って、銃を油断なく構えている。

 不意を突けば馬の脚ならあるいはと思っていた。

 けれども、それも無理らしい。

 敵陣から声をかけられ、歳三は面を上げた。


「一本木関門を守り抜いたこと、敵ながら見事。しかし見ての通り、ここから先は不可侵。大人しく降伏されたし」


「無理な相談だ。敵に頭を垂れるなど、士道不覚悟も甚だしい」


 不思議なほど恐怖は無かった。

 むしろ清々しささえ感じていた。

 会話の合間にも海から大砲の音が聞こえてくる。

 軍艦の数を考えれば、恐らく新政府軍が勝つだろう。

 結局は数の差か。

 やはり大勢は覆せない。


「あい分かった。最後に名を聞いておこうか」


 形式的な問いだろう。

 この羽織姿を見て分からないはずはない。

 けれど答えないのも大人気ない。

 歳三は素直に言った。


「新撰組副長、土方歳三だ。官軍参謀府に用がある。そこをどけ」


「笑止な。ただ一騎で歯向かうとは。新撰組の剣と自分達の銃……どちらが強いか自明の理」


 会話が終わる。

 敵の士官がゆっくりと手を挙げた。

 改めて銃がぴしりと構えられた。

 何十もの銃口が歳三を狙っている。

 逃げ場はどこにも無い。


 "終わったな"


 歳三が観念したその時だった。

 轟音がつんざくように響いた。

 その場の全員が音に反応した。

 腰を抜かした者さえいた。

 函館湾の方だ。

 黒煙がもうもうと上がっていた。

 艦砲射撃が命中したのだろうか。

 大きな火柱も見えた。

 蝦夷方の蟠竜が新政府軍の朝陽丸に命中させたのだ。

 もっともこれは事後に分かったことである。

 重要なのは、歳三がこの機会を活かしたことだ。


「参る!」


 衝撃からいち早く立ち直った。

 馬もよく応えた。

 拍車をくれると一瞬で間合いを詰めた。

 射撃には神経を使う。

 爆発で集中力を削がれたのは、新政府軍にとって不運だった。

 気がつけば、歳三の間合いになっていた。


「がっ……!」


 一言だけ残し、敵兵の一人が切り倒される。

 歳三の馬上からの一撃である。

 そのまま馬を器用に操る。

 くるりと旋回させながら、容赦なく刀を繰り出した。

 悲鳴と怒号、血飛沫の中、歳三は剣を振るう。

 馬上から振り下ろす分、斬撃には重みがあった。

 敵兵は混乱に落とし込まれた。


「っ、強い、馬鹿な、たった一人に!」


「これが元新撰組副長かっ」


「怯むな、所詮は多勢に無勢だ! 馬を狙って引きずり落とせっ!」


 だが新政府軍も立ち直る。

 一時の劣勢から立ち直り、統率の取れた動きとなった。

 まず歳三よりも馬が狙われた。

 銃剣が突き出され、馬の尻と脚に突き刺さった。

 身をよじり、馬が後脚で立ち上がる。

 たまらず歳三は振り落とされた。

 ここで勝負ありと誰もが思った。

 けれども。


「ちいっ!」


 姿勢を崩しつつも、歳三は空中でくるりと身を翻した。

 両足の裏で地面を捉える。

 卓越した平衡感覚のおかげだった。

 のみならず即攻撃に移る。

 その場の誰よりも行動が速い。


 "一人目"


 冷静に見切る。

 左足で踏み込む。

 こちらも構えは取れていない。

 強引なのは承知の上で右手だけで刀を振り抜いた。

 右下から左上への逆袈裟だ。

 相手の反応は間に合わない。

 右肩を切り裂かれ、後方へと引き下がる。

 致命傷ではないと分かったが、歳三には追撃の暇は無い。


 "二人目"


 逆袈裟から刀の勢いを反転し、平青眼に構える。

 最も慣れ親しんだ構えである。

 標的は正面の兵だ。

 かなり出来るのだろう。

 反応してきた。

 上段の構えから銃剣を振り下ろしてくる。

 その構えが過去の戦いを想起させた。

 中村半次郎、あの人斬り半次郎の右蜻蛉に似ている。

 薩摩藩出身なのかもしれない。

 だがあの男ではない。

 剣筋に兼定を割り込ませ、そのまま弾く。

 返す刀で左脇腹を狙った。

 手応えがあった。

 ふらついた相手を右の前蹴りで引き剥がした。


 "三人目"


 手頃な木を背にする。

 背後に回り込まれない為の配慮である。

 目の前の敵を見定めた。

 銃剣を青眼に構え、歳三と正対してくる。

 出来る相手と踏んだ。

 じり、と間合いを縮める。

 相手もほぼ同時に間合いを詰めた。

 周囲の兵は距離を置いている。

 歳三から仕掛けた。


「行くぞ」


「承知」


 互いの声が聞こえたか聞こえなかったか。

 ヒュッと相手の銃剣が唸った。

 尺の長さを活かし、歳三の左胴を狙う。

 歳三は退かずにむしろ前に出た。

 剣先が触れ合い交差。

 衝撃の後、互いに入れ替わる。

 足さばきは歳三の方が精妙だった。

 体の入れ替えから即座に第二撃に転じる。

 小手で左の手元を。

 受けられたと分かるや、右の手元へ鋭く小手。

 連撃で体勢の乱れを誘った。


 "もらう"


 周囲の雑音が消えた。  

 雑念も消えた。

 焦りからか相手が大きく銃剣を引いた。

 渾身の右からの横薙ぎだったが、構えが大き過ぎた。

 この一撃を、歳三は左半身を引いてかわす。

 そして三撃目の小手を叩き込んだ。

 相手の左腕から派手に血が舞う。

「強い……!」と誰かが呻いた。


「当然だ。ここにいるのを誰だと思っている」


 距離を取りつつ、歳三はその場の全員を睨んだ。

 眼光だけで威圧する。

 だんだら模様の羽織が風にたなびいた。


「京都を震え上がらせた新撰組。その鬼の副長だ。首が欲しければ死ぬ気でかかってこい」


 土方歳三、未だ倒れず。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。